コラム

ソフトバンクがNTTを訴えるメリットと真の目的は一体何なのか?


11月18日(金)に発表された訴訟でソフトバンク側の訴えが認められれば、おそらくYahoo!BBなどの利用料金が現状よりも多少は安くなると思われますが、たったそれだけのためにここまでやるものなのか?と考えていくと、この訴訟の裏側には真の目的があることが分かります。

◆ソフトバンクが目指す目的はただ一つ


金曜日に出たリリースによると「FTTHサービスを提供したいDSL事業者は、FTTHサービス市場への参入が不可能な状況に置かれ、同市場において、NTT東西の独占化が強化され、競争が実質的に機能しておりません」とのことで、実際に2011年6月末時点では、戸建て向けFTTHサービスでのNTT東西合計の市場シェアは76.3%に達しています。独占かというとそうではないが、圧倒的なシェアを占めていることに変わりは無い、という絶妙なところ。過去のWindowsの市場シェアなどを考えると、NTTにしてみればもう少しぐらいシェアを拡大しても独占禁止法に触れない範疇なのでまったくもってOKなわけなので、今もNTTは必死に営業をそこら中にかけています。つまり、NTTのパワーは未だ健在であり、正直、ソフトバンクごときでどうこうできる相手ではありません。

では、ソフトバンクは一体何がしたいのでしょうか?

ソフトバンクのリリースを改めて読み込むと、以下のように書いてあります。

このようなNTT東西による「8分岐単位での接続の強要」「1分岐単位の接続の申し込み拒否」「OSU非共用」の行為は、電気通信事業法に基づく接続義務に実質的に違反し、かつ、独占禁止法上も単独の取引拒絶、優位的地位の濫用に当たり、不公正な取引方法に該当するため、当社らは独占禁止法24条および19条に基づく本件行為の差止めを請求いたしました。

当社らは、接続により当社をはじめ、多数の事業者がFTTHサービス市場に参入することで、同市場を活性化させ、サービスの多様化・高品質化をもたらし、あわせてNTT東西の設備の有効利用を促すことでサービス料金の低廉化につながり、利用者・一般消費者の利益を増大させるものと確信し、本件訴訟を提起したものであります。

なんだか長々と書いてありますが、ポイントはたった一つ、「サービス料金の低廉化」という部分のみです。この訴訟の結果がいつ頃出るのかは分かりませんが、とにかく「ネット接続のコストを安くしたい」とソフトバンクが考えていることだけは確かで、それもかなり必死である、訴訟をするぐらい必死なのだ、ということです。

で、ポイントはなぜ今頃、こういう訴訟を起こしたのか?一体なぜそんなに必死なのか?という点です。

◆ソフトバンクモバイル唯一にして最大の弱点


そもそもソフトバンクはiPhoneなどのスマートフォン利用の急増によって回線キャパシティを増やさなければならないという事情があり、空いている周波数帯を巡ってバトルを繰り広げています。

どれぐらい激しいバトルかというと、まだ周波数帯を確保していないのにもかかわらず、確保していない周波数帯を使う基地局増設の工事をドカンと前代未聞のスケールで見切り発注するぐらいの勢いです。

電波不足に焦るソフトバンク、スマートフォン増えいよいよ正念場(1) | 企業戦略 | 投資・経済・ビジネスの東洋経済オンライン

 7月28日、ソフトバンクは東京・汐留の本社に20社弱の通信工事会社を集めて、説明会を開催。内容は「東京PBプロジェクト 新局建設の概要・コンセプトについて」だ。PBは「プラチナバンド」の略称で、700~900メガヘルツ帯の周波数を指す。建物を迂回して届くつながりやすい電波であることから付いた呼び名だ。

 ソフトバンクはプラチナバンドの基地局の建設を10月から2年ほどかけて実施。都内では今年12月からアンテナ設置に着手し、13年3月末までに5割を稼働させる予定。工事総額は2500億円超とみられる。「ものすごい規模の工事になる。業界内では、“最後の大型インフラ工事”と言われている」(中堅通信工事会社のソフトバンク担当幹部)。9月にも正式契約となる見通しだ。

 実は、テレビのアナログ放送終了によって空いた電波のうち、900メガヘルツ帯は携帯電話に割り当てられる予定。総務省は年末をメドに割り当てる会社を決めるが、ソフトバンクはこの帯域の獲得を見込んで、工事発注に動き出したのだ。「まだ認可が下りていないのに発注するなんて、聞いたこともない」。業界関係者は異口同音にいう。

もちろんこのソフトバンクモバイルにとって帯域不足が致命傷であるというのは自明の理で、2011年10月27日に行われた「2012年3月期 第2四半期決算」においても以下のように発表しています。

2012年3月期 第2四半期 決算説明会 | ソフトバンク株式会社


一方、ソフトバンクモバイルが「唯一の弱点」としているモバイルネットワークについては、その弱点の克服のため、さまざまな努力をしていることを説明しました。基地局数は5年間で8倍になりました。またお客様からの指摘が多かった自宅などでの接続率も、現在では他社とほぼ同水準にまで改善しています。「ソフトバンクWi-Fiスポット」のアクセスポイント数は、他社を圧倒的に上回る125,000となり、11月1日からは、都営地下鉄線に続き東京メトロ全駅で、無線LANが利用できるようになりました。
そして、今年12月に免許申請が予定されている900MHz周波数帯の割り当てについては、その獲得に強い意欲を見せました。700~900MHz帯の電波は、建物内や山間部にも電波が届きやすいという特性を持つため、携帯電話にもっとも適した周波数帯と言われています。NTTドコモとKDDIは、すでに800MHz帯でサービスを提供していますが、国内大手移動体通信事業者3社の中で、ソフトバンクモバイルだけがこの有利な周波数帯を割り当てられておらず、より多くの基地局を建設しなければならないという状況が続いています。孫は、「もし900MHz帯が割り当てられなければ、ソフトバンクモバイルの利用者に対して不公平。ソフトバンクモバイルに割り当てられると信じているが、不退転の覚悟で取り組みたい」と、新周波数帯獲得に強い決意を示しました。その他にも、ソフトバンクモバイルは2年間で1兆円の設備投資を行うことを表明しており、今後もさらなるネットワークの改善に努めます。

この中で注目すべきは「都営地下鉄線に続き東京メトロ全駅で、無線LANが利用できる」という点。


実際に業界関係者に話を聞いてみると、地下鉄などの交通機関において携帯電話を利用する人はかなり多く、確かに出勤や通学の途中でスマートフォンを操作する人はいまやどこに行っても見ることができるほどであり、場合によっては駅構内の基地局が一時的にパンクするほど。最近ではそのあたりの増設や工事を強化しているため、なんとかつながるようにはなっていますが、ここの通信を「無線LAN」に逃がすことができれば、かなり快適になるはずなのです。

◆自分以外の相手の力を利用するのがソフトバンク流


基地局を増設するよりも無線LANのアクセスポイントを整備する方がおそらくコストは安く済むはずであり、基本的にソフトバンクは自社でかけるコストは必要最小限にし、自分自身の力ではなく他人の力を使って契約したり手を組んだりして「協力」「協業」、あるいは思い切って会社ごと「投資」「買収」、あるいはもっと大きく「ただ乗り」などによって事業を成長させる戦略をこれまでも取っています。ソフトバンクモバイル自体がもともと「ボーダフォン」だったわけで、基本的に相手の力をうまく取り入れて利用するのがソフトバンク流の手法の王道である以上、ここに至るまでの一連の行動自体は不思議ではなく、むしろ「自明の理」です。

この「自分の力ではなく相手の力をうまく使って利用して利益を上げる」という方法は、創業者である孫正義が最初から行っている手法であり、「音声機能付き他言語翻訳機」のエピソードでも以下のようにして顕著です。

「音声機能付き他言語翻訳機」を考案。大学内で、マイクロプロセッサの権威、ソフトウェアの権威を訪ね歩き、製作協力を要請。報酬は「出来高払い」という悪条件で相手を説得し、試作機を完成させる。

このことは孫正義本人が公認しているほぼ自伝に等しい書籍「志高く 孫正義正伝 完全版」でも同じように書かれています。


「他人のふんどしで相撲をとる」を地で行っており、このあたりがまさしくソフトバンク流です。「NTTの作った土管の上にできるだけただ乗りしようとはなんてやつだ!」という意見が出るのは当然で、むしろそれこそがソフトバンクそのもの、というわけです。

しかしこの「他人のふんどしで相撲をとる」戦略がどこまでうまくいくのか、その岐路に立たされているのが今のソフトバンクなのです。

◆未来予想が当たると大ピンチに陥るソフトバンク


さらに決算説明会では以下のような将来的ビジョンも発表しています。

孫は、今後の成長のための戦略についても解説しました。
まず、インターネットのモバイル化を推進してきた過去数年間を振り返り、ハード面・ソフト面のいずれもが、大きな発展を遂げたこと、特にiPhone、iPadの登場は、国内携帯電話業界の様相を一変させるインパクトがあったことに触れました。そして2020年には携帯電話出荷台数の90%がスマートフォンになり、パソコン端末出荷台数の70%がスマートパッド(タブレット端末)になるという予測を提示し、「これからはインターネットマシンの時代」になると説明しました。「端末メーカーには、3年前に『スマートフォン以外は持ってこないでほしい』と依頼した」という孫は、現在のスマートフォンの普及は、決して偶然に起こったものではなく、ソフトバンクグループが未来を予測し、戦略的に進めてきた結果であると強調しました。今後もスマートフォンは、ソフトバンクグループのモバイルインターネット戦略の重要な柱になります。


もし仮に今年の12月に行われる900MHz周波数帯の割り当てでソフトバンクがうまく希望する周波数帯をゲットできたとしても、今後、2020年までにもし携帯電話の9割がスマートフォン化するという予想がズバリ的中してしまえば、明らかにソフトバンクモバイルの帯域はさらに足りなくなる可能性があり、しかもその増加速度が基地局を作る速度を上回った場合、いくらソフトバンクが金を突っ込んでも「ソフトバンクのスマートフォンで通信できない」「ソフトバンクは遅い」「ソフトバンクは重い」「ソフトバンクは使い物にならない」という最悪の事態が発生するわけです。

つまり、通信網の整備が急務でありながら、そのための地力が決定的にいまだ不足しているのが否めない事実であり、事ここに至ってついにソフトバンクは「他人のふんどし」ではなく「自分の力」で戦わざるを得ないわけですが、それでもやはり利用できる可能性が少しでもあるのであれば、とりあえず損にはならないからやれるだけやってみよう、というソフトバンク流の思想が今回の訴訟の根底には隠されています。


また、孫正義は先の資料を見ても明言しているように「端末メーカーには、3年前に『スマートフォン以外は持ってこないでほしい』と依頼した」と言っているわけなので、今後もさらにスマートフォンの端末ラインナップをソフトバンクモバイルが強化してくるのは明らかです。だからといって、いくら魅力的なスマホを揃えても、通信できなければただの「高級文鎮」になってしまいます。

これを回避するためにはやはり「無線LAN」を街中に張り巡らしたり、駅構内や自宅では「無線LAN」に切り替えて通信してもらうなど、膨大なトラフィックによる帯域をできるだけ違う部分へ逃がす、というのが当面の方策として、さらに将来的な予測不可能な増加速度に対しても妥当な考えであり、そうなってくるとその無線LANの先っぽがつながっている部分、つまりNTT基地局において少しでも接続料金を下げようという今回の訴訟は、まさにソフトバンクの利益を考えると当然の選択である、というわけです。また、加入者の急激な増大が見込めないYahoo!BBの維持コストを下げる働きもあり、むしろ「訴訟するのが遅すぎる」ぐらいなのです。

もちろんソフトバンクだけのメリットではなく、結果的には利用しているユーザー、消費者にとっても安価で高速、しかも快適な接続が可能になるわけですし、結果的にはNTTドコモやauとの競争も活性化していき、市場全体にとってはプラスに働く可能性は大です。

なお、この訴訟が却下されたとしても、料金が安くなる可能性はあります。事実、2007年にも実は今回と同じようなことがありました。

[3]NTT回線“1分岐レンタル”の交渉は難航 - 「光の道」論争の次の課題、2011年の論点:ITpro

 結果から言えば、2007年度の議論ではNTT東西や電力系通信事業者など設備事業者からの猛反対に遭い、3案すべてが却下された。OSU共用に関しては、事業者間で設備を共用することによってNTT東西が機動的に設備展開できなくなると見なされ、「義務化は現時点では不可欠とは言えない」と判断された。

これが最後にはどのようになったかというと、なんと「代わりに接続料自体をある程度引き下げることで決着がついた」わけです。つまり、安くさせることに成功しています。つまり、ソフトバンク自体の目的としては設備投資リスクを最小限に抑えてあらゆるコストを引き下げ、NTT東西の上にタダで乗っかるという構造にしたい、ということになります。

果たして、今のガラパゴス的携帯電話・フィーチャフォンが1割を切り、そしてスマートフォンが9割を超えたとき、生き残っているのはどこなのか、どこがより魅力的でユーザーにとってお役立ちな事をしてくれるのか、これからの各社の動きに要注目です。

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in コラム, Posted by darkhorse

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