図1 以前は海外の組織から直接IPアドレスを割り当ててもらっていた
図1 以前は海外の組織から直接IPアドレスを割り当ててもらっていた
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図2 使われていないIPアドレスの返却を呼びかけている(イラスト:なかがわ みさこ)
図2 使われていないIPアドレスの返却を呼びかけている(イラスト:なかがわ みさこ)
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 「歴史的PIアドレス」とは,商用のインターネットが本格化する1995年以前に,プロバイダを介さずに国際的なIPアドレス管理機関からユーザーが直接割り当てを受けたIPアドレスのことである。PIは「provider independent」の略で,「歴史的プロバイダ非依存アドレス」とも呼ばれる。現在,古い時代に配布されたIPアドレスで,管理者不明の状態を解消するために,国内のIPアドレス割り当て組織であるJPNIC(日本ネットワークインフォメーションセンター)がこの歴史的PIアドレスを回収しようとしている。

 現在,インターネット上で利用するIPアドレスは,JPNICから指定を受けた「IPアドレス管理指定事業者」がユーザーに配布する体制をとっている。つまり,ユーザーがIPアドレスを使いたいと思ったときは,JPNICから指定を受けたプロバイダ経由でIPアドレスを割り当ててもらう。歴史的PIアドレスとは,国内にこうした割り当て制度ができる前に,企業や個人に配布されたIPアドレスのことである。

 インターネットは当初,大学や企業の研究者などを中心に徐々に広がっていった。その当時,商用プロバイダはなく,国内にIPアドレスを割り当てる組織もなかった。当時は,InterNICと呼ばれる国際組織がIPアドレスを管理しており,ユーザーはInterNICから直接IPアドレスを割り当ててもらっていた(図1)。InterNICはICANN(Internet Corporation for Assigned Names and Numbers)と名前を変え,現在は,IPアドレスをユーザーに直接割り当てることはしていない。

 JPNICは2004年から,インターネットで使われていない歴史的PIアドレスの回収を進めてきている。その理由は二つある。一つめの理由は,インターネットで使えるIPv4アドレスの数が残り少なくなっているので,使われていないアドレスを有効活用するためである。歴史的PIアドレスは,JPNIC発足以前にさまざまな組織に割り当てられた。そのすべての組織が現在も活動を継続しているとは限らず,すでに活動を停止していたり,企業の買収や合併などで使わないまま放置していたりする可能性がある。こうした現在使われていないアドレスを有効活用すれば,IPアドレスの枯渇対策になる。

 JPNICはこれまで,歴史的PIアドレスを持つ組織に対して,メール,郵送,電話などの方法で回収を呼びかけてきた。しかし,依然として連絡のとれない組織も数多くある。そこでJPNICは,2008年3月から同センターのWebサイトで,インターネット上に経路として流れていない歴史的PIアドレスを保持し,連絡のとれない組織名の公開に踏み切った(図2)。組織名は,2008年6月まで公開される予定である。この期間を過ぎても連絡がつかない組織が保有する歴史的PIアドレスは,2009年3月にIPアドレスの利用者データベースであるwhoisから削除される予定である。

 今回JPNICが公開したのは,連絡がとれなかった約90の組織である。IPアドレスの数にすると約30万個分になる。ただ,この30万個のアドレスが全部使えたとしても,大手プロバイダ1社が1~2年で使い切ってしまうくらいの数にしかならないと見られている。

 JPNICが歴史的PIアドレスの回収を進めるもう一つの理由は,IPアドレスの不正利用を防止するためである。実はこちらの方が「待ったなし」の状況と言える。歴史的PIアドレスは,JPNICやプロバイダの管理が及ばないので,アドレスを悪用されたとしても,その管理者に連絡をとる手段がない。これはセキュリティ上問題となる。インターネットで不正行為をはたらくクラッカは,自分の存在を隠すためにIPアドレスを詐称する。ユーザーの個人情報などを盗むフィッシング詐欺でも,ユーザーを引き寄せる偽のWebサイトを構築する際に他人のIPアドレスを利用する。クラッカにとって,管理されていない歴史的PIアドレスは,悪事を企てるのに都合のよい材料といえる。今回の歴史的PIアドレス回収の動きは,IPアドレス枯渇対策というよりも,不正行為を防止するという意味合いの方が大きいと言えるだろう。