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'''大澤 ちほ'''(おおさわ ちほ、女性、[[1992年]][[2月10日]] - )は、日本の元[[アイスホッケー]]選手。現役当時は[[道路建設ペリグリン]]に所属していた<ref name="example2">[https://www.tomamin.co.jp/sports/icehockey/10751/ 苫小牧民報(2017年3月7日)]</ref>。ポジションは[[フォワード (アイスホッケー)|FW]](ライトウィング)。日本代表選手として冬季オリンピック3大会(2014年ソチ、2018年平昌、2022年北京)に出場している。 |
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== 来歴 == |
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[[北海道]][[苫小牧市]]出身。父は元[[アイスホッケー日本代表]]の[[大澤広利]]で親子二代のアイスホッケー選手。弟もU-18およびU-20日本代表に選出されている。6歳のとき、苫小牧東小学校同好会で競技を始めた。中学入学後、[[トヨタシグナス]]に入団。苫小牧東高校2年生のとき、三星ダイトーペリグリン(現:[[道路建設ペリグリン]])に移籍。 |
[[北海道]][[苫小牧市]]出身。父は元[[アイスホッケー日本代表]]の[[大澤広利]]で親子二代のアイスホッケー選手。弟もU-18およびU-20日本代表に選出されている。6歳のとき、苫小牧東小学校同好会で競技を始めた。中学入学後、[[トヨタシグナス]]に入団。[[北海道苫小牧東高等学校|苫小牧東高校]]2年生のとき、三星ダイトーペリグリン(現:[[道路建設ペリグリン]])に移籍。 |
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2008年の[[バンクーバーオリンピック]]予選に高校2年で[[アイスホッケー女子日本代表|日本代表]]入りしたが、本戦の切符を逸した。 |
2008年の[[バンクーバーオリンピック]]予選に高校2年で[[アイスホッケー女子日本代表|日本代表]]入りしたが、本戦の切符を逸した。 |
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2010年4月に[[苫小牧駒澤大学]]に進学<ref name=example1>[https://web.archive.org/web/20180216025118/http://olympichk.info/post-49/ アイスホッケースマイルジャパンのキャプテン]</ref>。[[2011年アジア冬季競技大会]]([[カザフスタン]]・[[アルマトイ]])で銀メダルを獲得。2013年2月に[[スロバキア]]の[[ポプラト]]で行われた[[ソチオリンピック]]世界最終予選では、チーム主将としてチームを牽引し、五輪出場権獲得に貢献した<ref>{{Cite web|和書|url=https://web.archive.org/web/20130214065049/http://mainichi.jp/select/news/20130211ddm035050170000c.html|title=アイスホッケー:ソチ冬季五輪・女子最終予選 日本、4大会ぶり五輪 努力と執念、壁突破|author=毎日jp|accessdate=2013-04-20}}</ref>。大学を卒業後2014年4月からダイナックスに入社した<ref name=example1/>。 |
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2015年6月から[[アメリカ合衆国]]の[[デトロイト]]に渡り、1年間「[[ビクトリーホンダ]]」に所属した<ref>[https://www.tomamin.co.jp/sports/icehockey/5752/ 苫小牧民報(2015年5月28日)]</ref>。 |
2015年6月から[[アメリカ合衆国]]の[[デトロイト]]に渡り、1年間「[[ビクトリーホンダ]]」に所属した<ref>[https://www.tomamin.co.jp/sports/icehockey/5752/ 苫小牧民報(2015年5月28日)]</ref>。 |
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2017年2月に苫小牧市で行われた[[平昌オリンピック]]最終予選で3戦全勝で切符を手に入れた<ref name="example2"/>。 |
2017年2月に苫小牧市で行われた[[平昌オリンピック]]最終予選で3戦全勝で切符を手に入れた<ref name="example2"/>。 |
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2022年8月1日、[[ツイッター]]で現役引退を表明<ref>[https://www.sanspo.com/article/20220801-P5UW4HTP75OYBFEX2GIUIXTHYY/ 大沢ちほが現役引退 五輪3大会連続で女子主将/アイスホッケー] サンケイスポーツ 2022年8月1日閲覧。</ref>。 |
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== エピソード == |
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代表選手の試合や練習はいつも苦し |
代表選手の試合や練習はいつも苦しいものだと思っていたという。しかし2012年2月から代表コーチを務める[[カーラ・マクラウド]](元[[カナダ]]代表)から「楽しめ」とアドバイスを受ける。大澤は練習中から笑うように心がけ、「いい雰囲気で試合ができて良かったです」と述べている。アイスホッケー女子代表のニックネームは選手全員の話し合いで「スマイルジャパン」にしたという<ref>{{Cite web|和書|url=https://www.sponichi.co.jp/sports/news/2013/03/02/kiji/K20130302005302450.html?feature=related|title=アイホケ娘 愛称は「スマイルジャパン」 選手の希望通りに|author=Sponichi Annex|accessdate=2013-04-20}}</ref>。 |
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* [http://www.douken.co.jp/peregrine/?post_type=player&p=400 道路建設ペリグリン(大澤ちほ)] |
* [https://web.archive.org/web/20180617165240/http://www.douken.co.jp/peregrine/?post_type=player&p=400 道路建設ペリグリン(大澤ちほ)] |
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2024年1月3日 (水) 04:16時点における最新版
大澤 ちほ | |
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2017年撮影 | |
生誕 出生地 |
1992年2月10日(32歳) 北海道苫小牧市 |
ポジション | フォワード |
所属チーム | 株式会社ダイナックス |
プロ選手期間 | 2004年 – 2022年 |
大澤 ちほ(おおさわ ちほ、女性、1992年2月10日 - )は、日本の元アイスホッケー選手。現役当時は道路建設ペリグリンに所属していた[1]。ポジションはFW(ライトウィング)。日本代表選手として冬季オリンピック3大会(2014年ソチ、2018年平昌、2022年北京)に出場している。
来歴
[編集]北海道苫小牧市出身。父は元アイスホッケー日本代表の大澤広利で親子二代のアイスホッケー選手。弟もU-18およびU-20日本代表に選出されている。6歳のとき、苫小牧東小学校同好会で競技を始めた。中学入学後、トヨタシグナスに入団。苫小牧東高校2年生のとき、三星ダイトーペリグリン(現:道路建設ペリグリン)に移籍。
2008年のバンクーバーオリンピック予選に高校2年で日本代表入りしたが、本戦の切符を逸した。
2010年4月に苫小牧駒澤大学に進学[2]。2011年アジア冬季競技大会(カザフスタン・アルマトイ)で銀メダルを獲得。2013年2月にスロバキアのポプラトで行われたソチオリンピック世界最終予選では、チーム主将としてチームを牽引し、五輪出場権獲得に貢献した[3]。大学を卒業後2014年4月からダイナックスに入社した[2]。
2015年6月からアメリカ合衆国のデトロイトに渡り、1年間「ビクトリーホンダ」に所属した[4]。
2017年2月に苫小牧市で行われた平昌オリンピック最終予選で3戦全勝で切符を手に入れた[1]。
エピソード
[編集]代表選手の試合や練習はいつも苦しいものだと思っていたという。しかし2012年2月から代表コーチを務めるカーラ・マクラウド(元カナダ代表)から「楽しめ」とアドバイスを受ける。大澤は練習中から笑うように心がけ、「いい雰囲気で試合ができて良かったです」と述べている。アイスホッケー女子代表のニックネームは選手全員の話し合いで「スマイルジャパン」にしたという[6]。
脚注
[編集]- ^ a b 苫小牧民報(2017年3月7日)
- ^ a b アイスホッケースマイルジャパンのキャプテン
- ^ 毎日jp. “アイスホッケー:ソチ冬季五輪・女子最終予選 日本、4大会ぶり五輪 努力と執念、壁突破”. 2013年4月20日閲覧。
- ^ 苫小牧民報(2015年5月28日)
- ^ 大沢ちほが現役引退 五輪3大会連続で女子主将/アイスホッケー サンケイスポーツ 2022年8月1日閲覧。
- ^ Sponichi Annex. “アイホケ娘 愛称は「スマイルジャパン」 選手の希望通りに”. 2013年4月20日閲覧。
参考文献
[編集]- 朝日新聞 2013年4月20日朝刊13版 22面