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第二十九章外伝 花嫁に祝福を

『猫耳猫』のイベントを克明に描写すると、結構ヘビーなことになるという一例です

読むと本当に暗い気分になる人もいるようなので、暗い話が苦手な方は読み飛ばして下さい

内容は次話の補足なので、話を理解する上では全く問題ありません

 俺たちが王都リヒテルにやってきてから、もうゲームの時間で一ヶ月近くが過ぎた。

 俺たちは順調にレベルを上げて、今では胸を張って中級冒険者を名乗れるほどに強くなっている。


 レベルもそうだが、何よりも俺のプレイヤースキルが上がった。

 特にステップのショートキャンセルのタイミングを完璧に覚えたのが大きい。

 今ではスラッシュ以外のスキルにも、ステップのショートキャンセルからつなげるようになった。

 ラムリックにいた頃には苦戦していたモンスターたちも、今の俺の実力なら一度も攻撃を喰らわずに倒せる自信がある。


 そういえば、仲間だって増えた。

 始めてからしばらくは二人だけで冒険をしていたが、今では四人パーティ。

 最初はパーティを組んでの連携なんて柄ではないと思っていたのだが、彼らとの連携もずいぶんとうまくなってきて、今では四人で戦うのが当たり前になってきた。

 新しく仲間になった二人の性格もだんだんつかめてきて、今では戦闘の癖どころか、暇な時にしゃべる独り言の内容まで残らず暗唱出来るほどだ。


 その内の一人、重戦士のエディは前衛タイプ。

 パーティ内での役割は、タンク兼アタッカーだ。

 エディは元々、この『New Communicate Online』では珍しい大剣使いで、その特性上、どちらかというと防御よりも攻撃に適性がある。

 しかしそれでは立ち行かないことも多いので、無理矢理に装備を固めて盾役も担ってもらうことにした。


 一方のマーりんは、エディとは対照的に完全な後衛タイプだ。

 いさぎよいほどの火力特化のキャラで、残念ながら後ろから攻撃魔法をぶっ放す以外のことは彼女には出来ないし、それ以外は期待していない。

 物理攻撃に非常に打たれ弱いのと、MPが切れると完全にでくの坊になるのが難点ではあるが、彼女の攻撃魔法はパーティの誰よりも強力な攻撃手段だ。

 少なくとも彼女のおかげで、レベル上げの効率は倍以上に向上したと考えている。


 そして、もう一人……。

 俺の最初の仲間にして、俺がこのゲームで一番好きなキャラクター。

 やっぱり最初の仲間というのは誰にとっても特別で、それはもちろん俺にとっても例外じゃない。

 俺がこの世界にはまっているのも、その理由の半分程度は彼女がいるからと言っても過言ではないかもしれない。


「操麻さん。どうかなさいましたか?」


 そうやってぼうっとしていると、彼女が声をかけてくれる。

 それはもちろん、彼女だって所詮ただのNPC。

 本物の人間ではないし、俺が一定時間無言で突っ立っているのを感知したAIがそんな台詞をしゃべらせているだけだと分かっているのだが、それでも俺の心は跳ねる。


「いや、なんでもないよ」


 そんな感情を見栄だけで押さえつけて、俺は彼女に言葉を返した。


「それじゃ行こうか。……ティエル」


 俺がこのゲームで作った初めての仲間、ティエル・レンティア。


 パーティの回復役を一手に引き受ける彼女には、俺もずいぶんと助けられた。

 彼女がいなければ全滅していた場面も、今までにたくさんあった。

 パーティにとっても、そして俺にとっても、彼女の存在は大きくなっているように思う。


 そして、今日。

 俺と彼女の関係は、一つの転換期を迎えようとしているのかもしれない。


 ――今日は俺とティエルにとって、記念すべき日になるはずだから。




 ティエルはラムリックの町で仲間に出来るNPCで、治療院の見習いをしている。

 HPやMPは町でゆっくり休んでいるだけで回復するが、一日に何度も狩りに出たい時にはそんな悠長なことをしていられない。

 そういう時に役に立つのが治療院だ。

 この世界の通貨であるエレメントを支払うことで、HPやMPを短時間で回復してくれる。


 ティエルはそこの見習い治療師で、特定の時間帯に訪れると先生の代わりに治療をしてくれる。

 彼女の治療も特に治療院の先生と内容に差はないのだが、ここで彼女の内面が推し量れるようなイベントが入っている。

 お金がない時に治療院を訪ねると、普通の先生の場合は叩き出されるだけなのだが、ティエルの場合、何か他にアイテムを差し出すか、それもなければただで治療をしてくれるのだ。


 仲良くなってから話すと分かるのだが、そういう時は自腹で治療院にお金を入れていたらしい。

 他人を治療した上にそいつのために金まで払うとか、ちょっと信じられないレベルの優しさである。

 ティエルさんマジ聖母。


 なんて言っていると、作られたキャラクターにどうしてそこまで入れ込むのか、と思われそうだが、それは違うと俺は思う。


 ゲームというのは結局、一番楽しんだ奴が一番の勝者なのだ。

 俺にとって、NPCをNPCと思うより、人間のように思って感情移入して遊んだ方がずっと楽しいという、ただそれだけの話。

 少なくとも、彼女の意識や身体が偽物だったとしても、ティエルに優しい言葉をかけられて嬉しいと思った俺の気持ちは本物なのだから。


 しかし、そんな素晴らしいティエルだが、ゲーム全体から見るとそんなに人気のキャラという訳でもないようだ。


 公式のページを見た所、ゲーム発売後の最初の人気投票では、トレインちゃんとかいうネタキャラが人気ランキングと不人気ランキングの二冠を達成したらしい。

 まあ彼女のトレインイベントは俺も一度経験してトラウマになりかけたが、あんなインパクトだけのキャラはすぐに人気が頭打ちになるだろう。

 次回の人気投票では、きっと10位とか20位くらいまで一気に人気を落とすに違いない。


 かといって、ティエルが次の一位になれるかというと、これは流石に難しそうだ。

 ティエルの前回のランキングは七位。

 ゲームも進んでこれから色々なキャラが出て来る中でこの位置というのは、一位を狙うにはきつい。


 コメントを見ていると、シスターのマリエールさんとキャラがかぶっているとか劣化マリエールさんとか能力も胸もマリエールさんには勝てないとか、教会にいたシスターと比べて色々言われているようだが、全く見る目のない連中である。

 彼女の美点は全てを包み込むような慈愛の心だし、何より彼女には他のキャラにはない個性がある。

 美的センスが残念という、大きな個性が!


 このゲームではキャラクター毎に友好度というのが設置されているらしく、これが高くなれば好意的な言動が多くなり、特別なイベントも起きやすくなる。

 その一環で、キャラの友好度が一定値より高くなれば自分の好きな物を教えてくれるのだが、ティエルはよりにもよって『魔杖ゲルーニカ』が好きだとかほざき……教えてくれた。


 『魔杖ゲルーニカ』とはこの世の全ての苦痛と怨嗟を杖の形に凝縮したようなデザインをしている魔法杖で、ラムリックの町の魔法屋に一本だけ置いてある。

 いくらデザインがあれでも、ティエルが欲しいというのなら買うのはやぶさかでもないと思ったのだが、お値段は49000Eで、この王都まで来るのにもお金がなくて魔封船にも乗れなかった、俺たちのような金欠冒険者にはとても手が出せなかった。

 またこの町に戻った時に絶対買ってやる、と一方的に約束して、俺たちは馬車に乗ってラムリックの町を出て、ここ、王都リヒテルまでやって来た。


 もちろん、中級冒険者として軌道に乗ってきた今の俺たちにとって、49000Eははした金、とまでは言わないが、払えない額では決してない。

 今度ラムリックに戻ることがあったら絶対に買ってプレゼントしようと思っているが、それより前に俺は大きな勝負に出ようとしていた。


(俺は今日、ティエルにプロポーズする!!)


 ティエルだけを一人外に呼び出したのもそういうこと。

 俺はティエルに結婚を申し込もうと考えているのだった。



 公式のアナウンスによると、好きな物を教えてくれるのは友好度80以上。

 そして、友好度が100以上あると、なんとキャラクターがプレイヤーのプロポーズに応じてくれるという。

 そう、つまりはそれが、結婚イベントなのである。


 結婚イベントはこの『New Communicate Online』の売りの一つで、人気の出そうな主要キャラのほとんどには求婚出来る仕様になっているらしい。

 もちろん結婚したからと言ってこのゲームは全年齢対象のゲームだからして大したことは出来ないが、せっかくなら好きなキャラと結婚してみるのもいいんじゃないかな、なんて考えるのも自然な心の動きだろう。


 ちなみに公式に載っていた情報によると、この国、ジェンダーフリーが進んでいるらしく、男だろうが女だろうが幼女だろうがショタだろうが老人だろうがなめくじだろうが相手キャラに結婚可能フラグが立っていたら何の問題もなく結婚出来る。

 もはやジェンダーとかいうレベルではない気もするが、逆に言えば結婚フラグが立たないキャラだとどう頑張っても結婚出来ない訳だが、ティエルが結婚可能キャラだというのは既に知っている。

 どうでもいいと言えばどうでもいいが、エディやマーりん、それにさっきちょっと話題に出て来たトレインちゃんなんかも結婚可能キャラらしい。


 別に俺はティエル以外のキャラと結婚イベントを起こすつもりなどさらさらないが、ゲーム設定的には重婚も特に問題ないらしく、何人とでも結婚イベントが起こせる。

 開発者コメントにも『一応不倫予防イベントみたいなものはちょろっとだけありますが、基本は自由ですね。誰とでも、何人とでも結婚して、思う存分ハーレムを作っちゃって下さい(笑)』とか書いてあった。

 流石にフリーダム過ぎるだろ、と思わなくもない。


 しかし、結婚イベントにはゲーム的に明確なメリットもあって、結婚相手のスキルや能力の一部をプレイヤーが使えるようになることもあるらしい。

 それに、『プロポーズイベントをやらないと習得出来ないスキルが存在するかも』なんてことも公式サイトには書いてあった。

 このゲームは重婚が可能なのだから、結婚イベントは起こさなければ損ということになる。



 ただ、うまい話には裏がある。

 数多くのバグと、それと同じくらい悪質な内容のイベントで世の中を騒がしているこのゲームについて言えば、それは間違いがない所だ。

 特に、最近やった『ミハエルの青い鳥』クエストや、『生贄の迷宮』クエストの性格の悪さを考えるに、そんなおいしいイベントが素直に用意されているはずがない。


 俺がにらんだ所、この結婚イベントには大きなリスクがある。

 結婚イベントに関する説明を見るに、どうもこのイベント、一発勝負で、しかも『失敗したら二度と挑戦出来ない』イベントの可能性があるのだ。


 まず、プロポーズイベントはプレイヤーがモノリスの近くにいる時にしか出来ない。

 これは、『神に結婚の誓いを立てるため』と説明書には書いてあるが、絶対に嘘である。

 なぜなら数行先に、こんなことが書いてあるのだ。


『プロポーズイベントを起こすと、自動的にデータがセーブされます。イベントの結果にかかわらず、やり直しは出来ませんのでご注意下さい』


 MMOだった時の名残なのか、このゲームはクイックセーブを除けばセーブ領域が一つしかない。

 しかも、データをセーブした時にクイックセーブも更新されるので、基本的にバックアップを残しておくのは不可能なのだ。

 もちろんVRマシン自体をいじれば何とかなるのかもしれないが、俺はそういう裏技は使わない。

 そうなると、これからのプロポーズイベントは正にぶっつけ本番、一発勝負となる。


 そして、このゲームがプロポーズイベントでセーブを要求するのは、『失敗すると、思わずリセットしたくなるような取り返しのつかないことが起こるから』ではないかと俺は類推している。



 プロポーズイベントを成功させる条件は三つ。


 まずは指輪系のアクセサリーをプレゼントして、それを指にはめてもらうこと。

 そうすると、決まったキーワードを口にした瞬間に、告白フェイズに移る。

 告白の言葉を口にして、その時に相手の友好度が100以上あれば、告白成功。

 結婚出来ることになるらしい。


 しかし逆に言えば、友好度が100以上ないと、告白は失敗する。

 そこに、大きな落とし穴があるのではないかと俺は考えている。


 普通のゲームであれば、告白に失敗しても何度でも挑戦出来る。

 ペナルティとして考えられるのは、せいぜいが告白相手の友好度が下がるという程度のものだ。

 だが、この『New Communicate Online』で、そんなぬるい罰則だけしかないのはありえない。


 単純に『一度プロポーズに失敗したら二度目は行えない』という可能性もあるし、本当に最悪の想定で俺だってまさかとは思うが、『プロポーズに失敗したらそのキャラクターが仲間から外れてしまう』なんてこともこの『New Communicate Online』でならありえるかもしれない。

 そんな可能性が残っている以上、このイベントは絶対に失敗出来ないのだ。


 ティエルに好きな物の話を聞いたのは、もう三週間ほども前。

 今までと同じペースで友好度が上がっているなら、もうとっくに100は越えているだろう。

 失敗はない、と信じたい。


 葛藤をしている内に、モノリスの前までやって来てしまった。


「どうしたんですか、こんな場所まで連れてきて」


 彼女の性格をそのまま写し取ったような、穏やかな表情をしてティエルが言う。

 ティエルの長い黒髪が風になびく。

 ゲームのキャラなのに、ゲームのキャラだからこそ、綺麗だと思った。


 ――それで、完全に覚悟は決まった。



「『大事な話がある』んだ」


 満を持して、キーワードを口にする。

 しかし、


「…?」


 ティエルに目立った反応はない。

 まさか、キーワードを間違えたのか?


 一瞬パニックを起こしそうになったが、すぐに勘違いに気付いた。

 手順を間違えていた。

 まず指輪を渡してから、その台詞を言わなくてはいけなかったのだ。


(落ち着け、落ち着け。これは、ただのゲームだ)


 呼吸を整え、身体の強張りをほぐす。

 そしてまず、指輪を彼女に差し出した。


「これは…?」

「プレゼントだよ」


 ちょっと奮発して王都の店で買った、あの店で一番高い指輪だ。

 それを、俺の手で彼女の薬指に着ける。

 実はこの時のために、彼女の指輪の装備を一つ外させてもらっていた。


「プレゼント?!

 まあ、ありがとうございます!」

「いや、いいんだよ」


 限定された条件下においては、人間と変わりないほど自然な反応を見せるティエルのAIにそう返しながら、俺は息を吸い込み、


「ティエル。君に、『大事な話がある』」


 もう一度、プロポーズ開始のキーワードを口にする。

 今度こそ、ティエルが驚いたように顔を上げる。


「改まって、どうしたんですか?」


 相も変わらぬ、穏やかな微笑み。

 その笑顔に向かって、俺はとうとう言った。



「ティエル。『好き』だ。俺と、『結婚して』くれ」



 この『好き』と『結婚して』は共にキーワードで、これが入った台詞は全てプロポーズとなる。

 あとはもう、俺に出来ることはない。

 ただ祈って、彼女の返事を待つだけ。


(……どう、だ?)


 息の詰まるような、沈黙。

 そして、ゆっくりと彼女の口が動く。

 その、返事は……。





「はい、よろこんで!」





 彼女の、満面の笑顔だった。

 それを確認して、俺の身体から一気に力が抜けた。

 色々と気をもんでいたが、どうやら杞憂だったようだ。


 だが、ここでへたり込んでいる場合ではない。

 最大の山場は越えたとはいえ、結婚のイベントはここで半分だ。

 ここからお互いの結婚を神に誓うという儀式を行わなければいけない。


「それじゃ、誓いの言葉を言うぞ」

「はい」


 俺たちは一瞬視線を交わし、それからお互いに真正面から向き合って、神前に誓いを立てる。


「相良操麻と……」

「ティエル・レンティアは……」



「「唯一神レディスタス様の名の下に、永遠の愛を誓います」」



 そう、二人が口にした瞬間だった。


「な、何だ?」


 三つのことが、同時に起こった。

 視界の端で『ゲームがセーブされました』というメッセージが流れ、空から光が舞い落ち、頭の中に声が響く。


《おめでとう! 実におめでとう!》


 よく響く低音で、祝福の言葉がかけられる。

 口調から敵意は感じられないのに、そこには人を威圧するような迫力、威厳のような何かがあった。


《汝らの素晴らしき愛に、祝福を与えよう》


 まさか、神の声、とかだろうか。

 結婚イベントを成功させると、こんな演出が入るらしい。

 かなり凝った演出をするんだなと、感心していると、



《この地におわする唯一神であらせられる、邪神ディズ・アスター様の眷属、この終末呼ぶ魔王が、な!》



「……え?」


 俺が不思議に思い、思わずティエルの方を見た時には、全てが手遅れだった。


《ではまず花嫁に、不老不死の祝福を授けよう》


 突如として空から一筋の雷光が落ち、それがティエルの身体を打つ。


「ティエル!」


 叫ぶが、彼女の所まで駆け寄っていけない。

 特定のイベントの時には、観戦モードとなってプレイヤーが行動を起こせなくなる時がある。

 だが、それをここまでもどかしく思ったのは初めてだった。


《そして花婿には、永遠に愛を貫けるよう祝福を与えよう》


 その言葉に、思わず俺は動かない身体を固くしたが、特に何かが起こるということはなかった。

 プレイヤーである俺には、祝福とやらが効かなかったのか?

 しかし、考えている暇はなかった。


《感謝するがよい。人の身には決して解けない魔族の王の祝福だ!

 では人の子らよ! 我が祝福に歓喜し、偉大なるディズ・アスター様のために一層励むがよい!》


 それだけを言い残すと、高らかな哄笑と共に魔王の気配が消えていく。

 同時に目の端に、『新しいスキルを習得しました』というメッセージが映る。

 空が元に戻り、笑い声が聞こえなくなった時、俺の身体もまた、動くようになっていた。


「ティエル!」


 恐怖からか、さっきから一歩も動かないティエルに俺は駆け寄った。

 彼女がNPCであることも忘れ、必死になってその身体をつかんで、


「な、これ…!」


 その感触に絶句した。

 ……硬い。

 まるでガラスにでも触れたかのような冷たい硬さ。


「なん、だよ、何だよ、これ……」


 その上、俺が引っ張っても叩いても、ぴくりとも動かない。

 まるで、時間が止められているかのように、無反応。

 不吉な想像が頭を過ぎる。


(思い出せ。あの声は、なんて言った?)


 そう、確か、『不老不死』。

 背筋をぞわっとした悪寒が走り抜ける。


 動きもせず、何も変化しないのなら、それは確かに不老で不死だろう。

 だけど、まさかこんなのを祝福だと言い張るつもりなのか。


「そうだ! ネクタル!」


 俺はこの前の冒険で一つだけ手に入れた、万能の治療薬の存在を思い出す。

 万が一の時の備えとしてポーチに入れてあったそれを呼び出し、


「動け! 動いてくれ、ティエル!」


 固まってしまったティエルにぶつけた。

 直後、ネクタルは確かにティエルに対して発動した。

 なのに、


「何で、何で治らないんだよ!!」


 ティエルは固まったまま動かない。

 万能のはずのネクタルが、効果を発揮しなかった。

 ネクタルの効果は、プレイヤーの持つあらゆる治療魔法、治療手段を上回るはずだ。

 それでも駄目だとなると、もう俺に打つ手はない。


「何だよこれ、ありえないだろ!

 いくらイベントだって言っても、こんな理不尽なのは…!」


 叫びながら、俺はティエルの身体を揺する。

 彼女自身の肉体は動かない。

 だが、場所をずらすことは出来た。


「待ってろよ。すぐ、治してやるからな」


 俺は彼女の身体を抱えると、教会に向かう。

 俺に出来ないことでも、俺以外の人間になら何とか出来るかもしれない。


 教会は、そもそも状態異常を癒し、呪いを解くための場所。

 それに加えて、そこにいるグラティア神父はいくつものイベントに絡んでくるような、このゲームの陰の実力者だ。

 まだ詳細な設定は現れていないが、引退した実力派冒険者か何かだと俺は考えている。


 彼ならなんとかしてくれると確信して、俺はティエルを抱いて教会の扉を開けて、


「うそ、だろ……」


 その光景に、絶句した。

 グラティア神父が、まるで信者に説法をするような姿勢のまま、固まっていた。

 ティエルと同じ症状であることは、一目見ただけで分かった。


(まさか、これを治せそうな人間を先に潰したってことなのか?!)


 混乱する頭を必死でなだめながら、俺は教会を飛び出した。


 とにかく、今はとにかく、ティエルを安全な所まで運ばなければいけない。

 頭の端の方では今のティエルに危害を加えられるものなどいないと分かっていたのだが、実はそんなのは言い訳で、俺は逃げ込める場所を探していたのだ。


「とりあえず、とりあえずみんなと合流しないと……」


 動かないティエルの身体を引きずるように、宿に向かう。


「お客様?」


 宿に入ると、宿屋の従業員に怪訝そうな声で出迎えられる。

 普段なら苛立ったかもしれない場面だが、俺はそれを見て心から安心した。

 王都の宿では、きちんと人が動いていた。


(よかった。宿屋の中は無事だったんだ)


 安堵のあまり、その場にへたり込みそうになる身体に鞭打って、俺は自分たちの部屋に向かった。


 大丈夫だ。

 まだやれる。

 ティエルだって、まだ治らないと決まった訳じゃない。


 これからエディやマーりんと合流して、作戦を練って、それで……。


「エディ! マーりん! 大変なんだ、ティエルが……」


 ドアを開けてエディとマーりんに話し掛けて、そこで俺はようやく異常に気付いた。

 彼らは俺が部屋に入ってきても、何の反応も起こさない。


「何でだ? 何で、ティエルだけじゃなくて、エディやマーりんまで?」


 意味が分からない。

 理屈が通らない。


 魔王が祝福という名の呪いをかけたのは、俺たちに対してのはずだ。

 それが、どうして……。


(待て、よ。あいつは俺に、『永遠に愛を貫けるよう祝福を与えよう』って……)


 永遠に愛を貫く、とは、つまり浮気をしないということだ。

 なのに俺に影響はない。

 なら、誰に呪いはかけられた?


(まさか、結婚が出来るキャラクター全部に、呪いをかけた、のか?)


 ありえない!

 そんな、きちがいじみたイベントをゲームに組み込むなんて、ありえない!


 だというのに、俺の理性は既にその仮説を受け入れていた。

 エディもマーりんも、主要キャラとまでは言えないが、結婚可能キャラだというのは分かっていた。

 そして確認は取れていないが、グラティア神父は単なるモブキャラとは思えない存在感を持っていた。

 あの人も、きっと結婚可能キャラの一人だったのだろう。


「くそっ! くそっ!」


 俺はもう一度、今度は一人でモノリスに向かって走っていた。

 目的は、ティエルじゃない。

 そうじゃなくて、ただ、やり直すこと。


 無人のモノリスが見えてくる。

 俺はそこに走り込むと同時に、力の限りに叫んだ。


「ロードだ!」


 叫んで、メニュー画面からゲームデータのロードを選択。

 即座にロードする。


 瞬間、視界が暗転して……。



「はい、よろこんで!」



 俺の目の前に、ティエルのいつもの笑顔があって、俺はほっと息をついた。

 だが、このままじゃまずい。

 手をこまねいていたら、彼女はまた魔王の呪いを受けて時間を止められてしまう。


 誓いの言葉さえ言わなければいいはずだが、底意地の悪いこのゲームのことだ。

 それだけではやっぱり安心出来ない。

 出来るだけ早く、ティエルをここから移動させるべきだ。

 俺はそうティエルに伝えようとした。


(ティエル、今すぐ、逃げ……)

「それじゃ、誓いの言葉を言うぞ」


 なのに、俺の口から漏れたのは、それとは正反対の言葉。


 俺の口から?

 いや、違う。

 これは録音だ。

 かつての自分が語った言葉が、リプレイとして流れているだけ。


「はい」


 だが、それに対してティエルは嬉しそうにうなずく。

 それを止めたいのに、観戦モードの身体はぴくりとも動かせない。

 俺は何も話していないのに、勝手にイベントが進行していく。


「相良操麻と……」

「ティエル・レンティアは……」

「「唯一神レディスタス様の名の下に、永遠の愛を誓います」」


 俺とティエルの声、そして響き渡る魔王の声。


《おめでとう! 実におめでとう!》


 それからの流れも同じ。


 魔王がその正体を現して、ティエルが固まって、町の人の何人かも同じように時間を止められる。

 その間、俺は何も出来ずにただその場に立っているだけだった。



 全てが終わって、


「は、はは……」


 俺は、ようやく分かった。

 これが、これこそが『New Communicate Online』の結婚イベントに仕掛けられた罠。


 事前にセーブをさせるのも、結婚イベントの失敗ペナルティを回避させないためじゃない。

 結婚イベントが成功した時の、この魔王による祝福のイベントから逃げられないように開発者が考えた、最悪の仕込みだったのだ。


「はは、ははははは……」


 おかげで俺は、今まで苦楽を共にしていたパーティメンバーを全て失った。

 そして、結婚イベントがあるような名のあるNPCの助けも、もう一切借りられないことになる。


「……めて、やる」


 意識せずに、口からつぶやきが漏れた。

 だが、きっとそれは、俺の心からの叫びだった。


「こんなクソゲー、やめてやる!!」




 そうしてログアウトした俺は、すぐに『New Communicate Online』のデータを消して、何も考えずに布団をかぶって眠りについた。


 これは、俺がゲームの世界に入り込む一年ほど前。

 『猫耳猫』なんて呼び名すらない頃の、まだ俺が、このゲームを素直に楽しんでいた時期の話である。


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この時のためだけにわざわざ一年前に連載を始め、この一週間で何とか二十三話まででっちあげた渾身作です!
二重勇者はすごいです! ~魔王を倒して現代日本に戻ってからたくさんのスキルを覚えたけど、それ全部異世界で習得済みだからもう遅い~
ネタで始めたのになぜかその後も連載継続してもう六十話超えました
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