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第三十二章 猫耳猫の化身

「貴方が、ソーマ?」


 宿から出た俺とイーナを出迎えたのは、そんな声だった。


 彼女を一目見た瞬間に、理解した。

 いや、彼女に限っては、見間違うことなどありえないだろう。


「――ミツキ・ヒサメ」


 『お助けチーター』などとも呼ばれる、彼女の名前が口から漏れた。


 『猫耳猫』最強の女剣士であり、『猫耳猫』の良心と呼ばれるキャラクター。

 『猫耳猫』スタッフにもっとも愛された、『猫耳猫』の理念を体現した存在。


 腰まで流れる艶やかな黒髪に、それとはまるで対照的な、透き通るほどに白い肌。

 白い装束に包まれた細い身体はともすれば折れそうで、いかにも儚い印象を受ける。

 だが、触れなば切れんといった風情のその無表情な美貌を目にした瞬間、彼女がそんなか弱い存在ではないと、一瞬で思い知らされる。


 しかし、恐ろしいまでに整ったその怜悧な美貌も、彼女の姿を彩る単なるアクセントにしか過ぎない。

 何よりも強く彼女を特徴づけているのは、その芸術的とも言える整った顔の直上。


 ――その頭部に誇らしげに鎮座する、『NECOMIMI』だった!!



 おそらく『猫耳猫』スタッフは、このゲームの猫耳のモデリングに命を懸けていた。

 その結果生まれた、非常にリアルでありながらも同時に愛らしくもあるその猫耳は、まるで真実の命を持っているかのように『ぴこぴこ』と動く。

 ごくまれに『ぱたぱたぱた』とも動く。

 びっくりすることがあると『ぺたっ』と反対側に伏せられる。

 どこからか音がすると片方が『ぴっ』と横を向くし、頑張ろうとする時には『きゅぅ』ってなる。


 おそらく猫耳があるキャラは、猫耳のモーションを操作するのに専用のAIを組み込んでいるのだろう。

 その動きの自然さ、細やかさは、どんなキャラクターのどんな動きの追随をも許さない物だった。

 喜び、悲しみ、怒り、恐怖、驚き、その全てをこのゲームの猫耳は表現可能だったし、事実、それは専用のAIによって適切な場面で表現された。


 他全てに手を抜くことはあっても、猫耳という一点において、彼らの仕事は一分の隙もなく完璧だった。

 いや、完璧以上だったと言っていい。


 現実に存在する如何なる猫耳よりも愛らしく、しかも現実にありそうなリアルさを失わない。

 その中でも、キャラデザインやキャラ人気とあいまって、ミツキ・ヒサメの猫耳は究極であり至高であるとすら言われた。


 いわく、「一日中見ていても飽きない」「見ているだけで幸せな気分になる」「うほっ、これはいいNEKOMIMI……じゃなかった、NECOMIMI!」「この分野で『猫耳猫』は二十年は時代を先取りした」「お前ら、可愛いとか癒されるとか、この猫耳の本質を全く分かっていない! この技術レベルは異常だぞ?! よく見てみろ! この画素の多さとそれをフルに使ったデザイン、それにどんな思考制御が使われたらこんな自然な動きが出来るのか。もっとよく観察するんだ。ほら、見ているだけで分かる! 技術的に、思考制御が、もふもふで、ふわふわの……かわええ~いやされるぅ~」「ミツキ結婚してくれー!」「いや、むしろ猫耳と結婚したい」「奴ら『猫耳猫』スタッフは最悪のクソ野郎だが、この猫耳を作ったことだけは認めざるを得ない」「奴らはこの猫耳を開発するのに半年かけたと言うが、俺は一年見続けている」「本人の気高さ、孤高さを思わせるようなつんとしたたたずまいでありながら、触ってみるとふわふわのもふもふ、これがツンモフというものか!」「思わず触ろうとしてチーターに十回くらい斬り殺されたのも、今となってはいい思い出です」「とりあえずもふもふしたい」。


 俺は特に猫耳に含蓄も過剰な興味もないが、確かにヒサメの猫耳には、斬られてもいいから触ってみたいと思わせるような何かがある。

 気付くとそこに吸い寄せられてしまうような、不思議な魔力が……。


「そ、ソーマさん?」


 知らぬ間に猫耳を凝視していたのだろうか、イーナに呼びかけられて、我に返る。

 見ると、前に立つヒサメは全く表情を変えず、そのままこちらを見ていた。

 ただ、彼女の頭部の猫耳だけが、わずかにたわめられて不快を表現していた。

 かわええ~いやされるぅ~……ではなく。


 彼女は一体どうしてここまでやってきたのか。

 思わず首をかしげると、ようやく俺が我に返ったことを認めたのか、彼女がもう一度口を開いた。


「貴方が、ソーマですか?」

「え、ああ。ソーマは俺だけど……」


 肯定してから、なぜ彼女が俺の名前を知っているのかと疑問に思う。


 ヒサメが『猫耳猫』の良心と言われるのは、彼女が魔王撃破以外のどんな時にもランダムに現れて、プレイヤーを手伝ってくれるからだ。

 『王都リヒテル防衛戦』などの、条件さえ満たせば必ず発生するイベントやクエストの中には、クリアするのに一定以上の実力が必要な物もある。

 そういうイベントが発生する直前にセーブしてしまった場合、実力不足でイベントがクリア出来ず、詰んでしまう状況が多々あるのだ。


 しかしそんな時でも望みはある。

 ヒサメの出現はランダムでそう可能性が高い訳ではないが、もし出現すれば無償でプレイヤーを手伝ってくれる。

 彼女の実力ははっきり言ってクリア後のプレイヤー以上なので、ぶっちゃけ彼女が協力してくれている時に、敵が強すぎてクリア出来ないなんてことはまず起こりえない。


 しかも、バグなのか仕様なのか知らないが、彼女は『魔王の祝福』イベント後でも平然と出現する。

 いや、むしろそこから、彼女は結婚不可能キャラだと思われていたのだが、実は仲間にすることで結婚も可能になることが判明した。

 彼女は後期の『猫耳猫』人気キャラ投票においてシェルミア王女と人気を二分する存在だったのだが、王女の方が結婚不可能キャラだと確定したこともあって、頭一つ抜け出る形になった。


 話が逸れたが、彼女はそういうお助けキャラ的存在で、最初にプレイヤーに会った時も、


「貴方には、私の力が必要ですか?」


 といきなり助力を申し出てくる。

 宿で待ち構えていて名前を訊かれるなんて展開はなかったはずだ。


「私は……気まぐれに人々からの依頼を受け、日々の無聊を慰めています」

「え? は、はぁ……」


 それは知ってる。

 というか、やっぱりプレイヤーの頼みを引き受けてたのって、単なる暇潰しだったのか。


「この町でも、依頼、と言ってもいいものかどうか。

 ちょっとした頼み事を見つけました」

「たのみごと?」


 話が全然見えない。


「はい。この町に、女性に虚偽の身分を語り、カクカクとした変態的な動きで脅かし、言葉巧みに暗い穴倉に誘い込み、脱出を餌にその身を弄ぶ。

 そんな最悪の変態がいるそうなので、成敗して欲しいという物でした」

「それは……大変ですね」


 適当な相槌を打ちながらも、俺はなんとなく、話の流れが見えてきてしまったような気がした。

 不思議なことに、一つ一つのフレーズを取り上げると、心持ち聞き覚えがあるような気がするのだ。

 そしてもう一つの最大のヒントは、その話を聞いた途端、隣にいるイーナが真っ青になってぷるぷると震え出したこと。


「その、ちなみに、ですけど、その依頼はどこで?」

「この町の、広場の掲示板に書かれていました」


 そうヒサメが口にした瞬間、イーナがびくっとなった。


(あ・の・と・き・かぁああああ!!)


 あれは魔封船の乗り場に行った時のことだ。

 先に店に行くというイーナは、確かこんなことを言っていた。


『はい! あ、でもその代わり、すぐ来てくださいね!

 来ないと広場の掲示板に、ソーマさんの悪口書きまくっちゃいますから!』


 その時、イーナは恐らく悪戯半分に掲示板に俺のことを書いたのだ。

 そして、それを消すのをすっかり忘れていた。

 まさかそれをヒサメが見てしまうなんてことは想像もしてなかったんだろうが……。


 たまに見直したりすると、忘れた頃にとんでもないことをやってのける。

 流石はトレインちゃんである。


「ち、違うんです、それはっ!」


 たまらずにイーナがヒサメに弁解しようとする。

 しかし、ヒサメはそれを制した。


「構いません。すぐ終わりますので」


 そう言って、手を小さく振る。


(……ん?)


 その時もずっと、俺はなんとなく彼女の猫耳を見ていた。

 だからその猫耳が『きゅぅ』となったのを見て、反射的にステップを使って、



「――え?」



 後ろに跳んだ俺が見たのは、一瞬の内に目前に現れたヒサメと、


「おや、これを避けますか」


 一瞬前まで俺が立っていた場所を通り抜ける銀閃、そして、


(あれ、もしかしてこれって、ピンチじゃね?)


 ぴこぴこと揺れる、彼女の猫耳だった。

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この時のためだけにわざわざ一年前に連載を始め、この一週間で何とか二十三話まででっちあげた渾身作です!
二重勇者はすごいです! ~魔王を倒して現代日本に戻ってからたくさんのスキルを覚えたけど、それ全部異世界で習得済みだからもう遅い~
ネタで始めたのになぜかその後も連載継続してもう六十話超えました
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