テロの「疑い」だけでDNAサンプルを取られる、米司法省提案の新法

米司法省が提案している、通称「第2のパトリオット法」に、テロリストの疑いがある人物のDNAサンプルを採取しデータベースに保存するための条項があることが明るみに出たことで、市民的自由の擁護派を中心に抗議の声がわき起こっている。中東系の人々や、政治に関する批判的意見を表明する人々までもが、「国内テロ防止」という名目でDNAの提供を強制される事態を招きかねないというのだ。

Julia Scheeres 2003年04月03日

米司法省がテロ容疑者のDNA情報を集めたデータベース作成を提案していることに対し、不安視する声があがっている。「DNA大捜査網」が敷かれ、警察が中東系の人々や特定のグループの人々から強制的にDNAサンプルを採取するようになるのではないかというのだ。

『2003年テロリスト識別データベース法』(The Terrorist Identification Database Act of 2003)は、司法省が秘密裏に起草した『2003年国内安全保障強化法』(Domestic Security Enhancement Act of 2003)、通称『第2のパトリオット法』(Patriot Act II)の奥深くに埋め込まれている。成立すれば、司法長官は、「テロ活動の発見、捜査、訴追、予防、対応」を目的としてDNAサンプルを収集する権限を得ることになる。

司法省が提案しているDNAデータベースは、かつてない規模で個人の遺伝情報へアクセスすることを法執行機関に認めるもの。捜査員は、国内テロと見なされる幅広い活動への参加が疑われるというだけで、その人物のDNAサンプルを採取できるようになる。国内テロは、最初の『パトリオット法』で新たに定義された犯罪だ。

米市民的自由連盟(ACLU)をはじめ、米国政府の動きを監視する各団体は、この国内テロに対抗する法律が合法的な政治的抗議行動、とくに暴力沙汰に発展するような抗議行動を抑圧するのに利用されるかもしれないと警告している。もし法律が成立すれば、警察は理論上、テロとの戦いを口実にそういった政治活動家のDNAサンプルを採取できるようになるかもしれないという。

ACLUの『技術と自由プログラム』の責任者、バリー・スタインハート氏は、「われわれは今まさに恐ろしいモンスターを作ろうとしている。しかもそれを縛る鎖はない」と語る。

この法律が成立すれば、過去に一度も犯罪で有罪判決を受けたことのない米国民のDNAを――裁判所命令なしに――採取することが可能になるだけでなく、集めたサンプルが警察で無期限に保存されることも認められてしまうだろう、とスタインハート氏は言う。

2月に報道機関にリークされて以来、この法律はあらゆる政治的立場の人々から批判を受けてきた。その第一の理由として挙げられるのは、政府が裁判所命令なしに米国民の情報を探ることが容易になるということだ。DNAデータベースへのサンプル提供を拒否した人には、最高20万ドルの罰金と最高1年の拘禁刑という重い罰則が科せられる。すでに身柄を拘束されているテロ容疑者は、釈放の条件としてDNAを提供しなければならなくなる。

プライバシー擁護派が遺伝情報データベースの拡大利用に強く反発する1つの理由は、指紋などの身元確認技術に比べて、DNAがはるかにプライベートな情報を含んでいるということだ。

警察は現在、綿棒で頬の内側をこするという実に簡単な方法でDNAを採取しているが、これだけでも、さまざまな病気に関する遺伝的な素因や両親のことなど、プライベートな情報が明らかになる。将来は、そういったサンプルから本人の性的指向や攻撃性などの行動特性や、皮膚の色といった身体的特徴までわかるようになるかもしれないと、研究者は言う。

DNAデータベースを取り締まる連邦レベルの遺伝子プライバシー保護法がないため、プライバシー擁護派はデータの悪用を恐れている。これまでにも、「欠陥」DNAを持つことを理由に雇用主保険会社(日本語版記事)、政府から差別を受けてきた人々は存在する。

すでに遺伝を理由とした差別には前例がある。米国で優性思想が盛んだった20世紀前半、「精神薄弱」あるいは精神病のために子孫を残すべきではないと見なされた多くの人に対して、本人の意思とは関係なく不妊手術が施された。

司法省はDNAを利用した犯罪捜査の未来に関する報告書(PDFファイル)の中で、2010年には警察が手のひらサイズのDNA分析器を使って現場で身元確認ができるようになると予測している。報告書はさらに、一般市民のDNAサンプルを警察のデータベースに加えておくことや、DNAサンプルから容疑者の身体的特徴を絞り込むことの利点を強調している。

これに対し、バージニア州にあるラドフォード大学のトッド・バーク教授(刑事司法学)は、警察のDNAデータベースを拡大して犯罪容疑者の――そしてひょっとすると一般市民の――DNAサンプルを含めることは「ファンクション・クリープ」[使用される範囲が本来の使用目的を超えて徐々に拡大されること]の最たるものだと語った。

犯罪捜査のためのDNAデータベースはもともと、未解決事件の現場に残された血液や精液や毛髪といった生物学的証拠と、暴力犯罪で有罪判決を受けた者のDNAとを比較するという特定の目的で作られた。

バージニア州は1989年に米国初のそういったデータベースを設けたが、その後速やかに、性犯罪で有罪判決を受けた者や、非暴力犯罪の重罪犯人、成人として重罪の有罪判決を受けた未成年犯罪者のDNAサンプルをデータベースに加えていった。

「そして今年、バージニアは米国の州では初めて、暴力犯罪で告発されただけの人からもDNAサンプルを取ることにした。容疑者逮捕の手続きの際に、綿棒でDNAサンプルを採取するという。市民的自由擁護派にとって、これは許しがたいことだ。まだ裁判にもかけられていないというのに。『有罪が証明されるまでは無罪』という原則はどうなってしまったのか?」とバーク教授は言う。

DNAデータベースを支持する人々は、これは他に類のない犯罪解決ツールだと主張する。バージニア州のデータベースは、有罪判決を受けた重罪犯人20万人近くのDNAサンプルを集めて米国最大の規模を誇っており、殺人事件100件以上、レイプ事件200件以上、住居侵入事件450件以上の解決に威力を発揮してきた、とバージニア州当局は説明する。

第2のパトリオット法に関して司法省に取材を申し込んだが、返答はなかった。

現在、米国50州すべてが犯罪捜査用のDNAデータベースを持っており、各地方の警察署は精力的にデータベースに情報を追加している。警察が容疑者の特徴に当てはまる人物を呼び止めてDNAサンプルの提供を求めるというDNA捜査網は次第に日常的なものになってきた。

ルイジアナ州警察は先月、1人の連続殺人犯を捜すために約1000人の男性のDNAサンプルを集めるという、史上最大級のDNA捜査網を敷いた。その際、DNAのプライバシーをめぐる懸念から当初協力を拒否した人物は、殺人犯の可能性ありというレッテルを貼られる事態となった。

DNAデータベースに反対する人々は、新たな法律によって同じような捜査網が敷かれ、中東系の人々だけでなく反体制的意見を表明する人々のDNAまでが採取されるのではないかと心配している。さらにこの法律には、容疑者の無罪が証明された場合、どうすれば自分のDNAサンプルをデータベースから削除できるかについての記述が一切ない。

イリノイ工科大学シカゴ・ケント・カレッジ・オブ・ローのハロルド・クレント学部長は次のように語る。「恐ろしい話だ。(この法案は)合衆国憲法修正第4条[で禁じられた不合理な]捜索を認めている。判例では、プライバシーに関して、反社会的行為により有罪判決を受けたことがある者とそうでない者との間に、明確な境界線を引いているのに」

歴史的なマサチューセッツ州の訴訟では、有罪が確定した重罪犯人のDNAサンプル採取には憲法修正第4条の権利が適用されないという判断が下されたが、DNAの提供を強制された容疑者に関しては、まだ判例がない。

[日本語版:藤原聡美/鎌田真由子]

WIRED NEWS 原文(English)