オンライン地図サービスとプライバシー問題

各社の地図サービスによって、市街地の広範囲をカバーする詳細な画像がネットで簡単に検索できるようになった。中には、偶然フレームに入った人や車を鮮明に捉えた街路の画像を提供しているサービスもある。こうした動きに、個人のプライバシーが侵害されると懸念する声も出始めている。

AP通信 2006年01月18日

シアトル発――近所の生け垣は最近手入れをしたのだろうか? 地元のお気に入りの食堂の前に停まっている車は友人のものではないだろうか?

現在、そんなことまで判別できる精緻な画像が、米アマゾン・コム社、米マイクロソフト社、米グーグル社といったインターネットの超有名企業から提供されており、誰もがネット上で見ることができる。各社が展開中の地域検索とマッピングを組み合わせたサービスでは、主に検索結果が写真画像で表示され、休暇中に訪ねてみたい場所や新しい美容室の探索を、これまでよりも簡単に行なうことができる。

市街地の広範囲をカバーする詳細な画像の検索可能なデータベースが一般公開され、これほど手軽なものになったことはいままでなかった。そのためプライバシー擁護派は、こうした写真がいずれ、家庭内暴力から逃れて施設に身を寄せている女性など、危害を加えられる恐れのある市民まで、容易に所在を探り当てられてしまう事態を招くのではないかと心配している。

「プライバシーの問題があるのは間違いない――これによって不快な思いをする人が出てくる」と話すのは、米フォレスターリサーチ社のアナリスト、シャーリーン・リー氏だ。「だから問題は『見返りは何か。それに見合う価値があるのか』ということになる」

フォレスター社の調査では、答えはイエスだ。

リー氏によると、消費者の関心がすでに集まってきている。全国規模の広告への出稿を望まない地元企業からオンライン広告をとれる可能性があるとみた企業は、こうしたツールを引き続き開発するだろうとリー氏は語った。

大都市圏の詳細な航空写真の提供を昨年暮れに開始したマイクロソフト社は先週、米ベライゾン・コミュニケーションズ社と提携し、ベライゾン社の『スーパーページズ・コム』の地元企業広告をマイクロソフト社の地域検索ページで配信することを表明した。

一方、アマゾン社は昨年の8月から、子会社の米A9コム社を通じ、車から撮影した街路の写真を提供しており、人々が地元企業を見つけるのを手助けするのがこのサービスの主な目的だと語る。『A9コム』では現在、米国の24都市の街路の写真を提供している。

現在、マイクロソフト社のサービスで詳細な写真画像を見られるのは米国内の限られた都市についてのみだが、このほか米国外のいくつかの場所についても衛星写真が提供されている。グーグル社は世界中の写真画像を提供(日本語版記事)しているが、どの程度まで詳細に表示されるかは地域によって大きく異なっている。

たとえば、シアトルやニューヨークといった都市部については、個々の家屋やビルまで判別可能な写真画像が手に入るが、ワイオミング州ランダーのような地域になると、グーグル社のサービスでは粗い写真画像のみだし、マイクロソフト社のサービスでは写真でなく地図しか入手できない。

グーグル社のサービスが提供する画像は大部分が衛星写真で、アマゾン社やマイクロソフト社のものほど詳細ではないが、建物を判別することはできる。

グーグル社の製品責任者ジョン・ハンケ氏によると、同社の技術は家探しや、休暇で出かける先がイメージ通りの場所かどうかを確認するといった用途によく使われているという――「ビーチフロント」ホテルは本当にビーチに面しているのか、それとも、ビーチとホテルの間に幹線道路が走っているのか、といったことを確かめるわけだ。

トロント在住のエンジニアで起業家のダニエル・デコニンク氏は、近所に住む会計士を見つけるのにグーグル社のサービスを利用した。それ以来、自転車店やコンピューター販売店を探すのにサービスを使っている。これはいつの日か地域のイエローページに取って代わる可能性を秘めたものではないかと、デコニンク氏は考えている。

「『グーグル・マップス』を紹介すると、誰もがこれを見て呆気にとられる」と、デコニンク氏は話す。一方でリー氏は、個人経営の店がこれに飛びつき、写真画像を用いた地域検索が大きな収益を生み出すとの考えには懐疑的だ。

「中小企業のことを考えると、最初はごくゆっくりとした動きになると思う。これは中小企業の営業形態を根本的に変えるような話だからだ」とリー氏。

しかし現在のところ、たくさんの人がただ好奇心を満たすために、誕生してまもない各サービスを訪れているようだ。マイクロソフト社の製品責任者ジャスティン・オズマ氏は、『ウィンドウズ・ライブ・ローカル』のユーザーは多くの場合、最初に――たぶん自身が住んでいる――住所を入力してみて、その後はシアトルの『スペース・ニードル』のような大きな建造物を探す、と話している。

A9コムが提供する都市の街路の画像には、偶然フレームに入った人や車が鮮明に捉えられているものがある。これは、A9コム社のバーナビー・ドーフマン副社長が「まさに人間の経験」と呼ぶ、街を歩いたりドライブしたりするときに目にする景観に近い画像を提供するためだ。

ワールド・プライバシー・フォーラム』のパム・ディクソン氏は、弱い立場の人がこういった画像で追跡される恐れもあると話す。ディクソン氏によると、A9コム社はディクソン氏の要求を受けて保護施設の画像をはずし、サイトのディレクトリーから個人情報を削除する方法を提供しているという。

ディクソン氏はこういった方針が広がることを望んでいる。「『いや、結構です』と断る選択肢がなければおかしいと本当に思う」とディクソン氏。

しかし企業側は、これまでのところ苦情はほとんどないと説明する。グーグル社のハンケ氏は、同社のサイトで入手できる画像の一部は、すでに地方自治体や連邦政府――たとえば米国地質調査所など――を通じて入手可能なものだと主張している。しかし、行政が提供する画像は民間で入手するものほど整理されていないし、利用も容易ではない。

ハンケ氏はまた、実際に街路を歩けばグーグル社の提供する画像を見るよりも多くの情報を得ることができる、とも述べている。

グーグル社の画像は安全保障上問題があると、懸念を表明した国もある(日本語版記事)。ハンケ氏によると、グーグル社はこれまでにいくつかの国からの懸念について検討したが、画像の変更はいっさい行なっていないという。

マイクロソフト社のオズマ氏によると、安全保障上の懸念に応える処置として、同社はこれまでにホワイトハウスをはじめとするいくつかの画像を変更した。顔を識別できるほど接近した画像はないとオズマ氏は語っている。

ロサンゼルス市警察のポール・バーノン警部補は、こういったネット上の画像に関する懸念を捜査当局者から聞いたことはないと話す。それどころか、バーノン警部補によるとロサンゼルスの警察官のなかには、ある場所がどの位置にあるかを素早く知ったり、犯罪が行なわれた疑いのある地域を探索するのに便利だと考えている警察官もいるという。

アマゾン社、グーグル社、マイクロソフト社のいずれも、サービスの提供を拡大し、画像を利用した検索ツールを追加していく可能性もあると話している。

オズマ氏は『スーパーボウル』や交通ナビゲーション・システム向けに――現在マイクロソフト社のサイトで提供している、しばしば数ヵ月前のものだったりする静止画ではなく――上空からのライブ映像を提供する可能性も否定していない。

オズマ氏は、マイクロソフト社が今後もっと詳細な画像を提供するかどうかを答えるのは難しいとした上で、「靴のひもが見えるほどズームできるところまではいかないと思うが、標識を読んだり行き先を確認したりするために接近画像を得ることは意味があることかもしれない」と語った。

[日本語版:緒方 亮/福岡洋一]

WIRED NEWS 原文(English)