人間と機械の融合、その最前線(2)

脊髄を損傷して麻痺状態になった人々向けに開発された、脳に直接接続する『BrainGate』。考えるだけでコンピューターを操作し、人工腕も動かせる。脳卒中で話せなくなった患者の場合も、脳信号を利用してタイプできるようになったという。

Rachel Metz 2007年05月17日

(1から続く)

切断された後も、脳は変わらずに「腕」に信号を送り続け、手触りや温度を感じるよう指令している。バイオニック・アームでは、こうした脳の命令を流用し、アームの制御に使う。装置から神経に繋がれたセンサーは、装着者が腕を動かそうと頭を使うことで、次第に神経と一体化していく。

バイオニック・アームを装着すると、センサーと電極がアーム内のコンピューターとモーターを制御し、手が動く。装着者は、手を動かそうと考えるだけでいい。

ただし、神経の再配線が軽微な副作用を引き起こす場合がある。この技術を開発したシカゴ・リハビリテーション研究所の研究部門、義肢神経工学センターのTodd Kuiken所長は、これについて「Sullivan氏の胸部に触れた時、その場所によっては、同氏は手を触られたと感じることがある」と説明する。

現在、Sullivan氏以外にも5人の腕切断者(前段で紹介したMitchell氏を含む)が、バイオニック・アームを試用している。被験者は、研究所ではモーターが6つある高機能型のアームを使うが、普段の生活ではモーターが3つあるアームを使っている。被験者のうち、4名は片腕を切断した人で、Sullivan氏のように両腕をなくした人は1名だ。Kuiken所長によると、すべての被験者が神経とセンサーを直接接続しており、うち1人に問題が発生しているが、他の被験者については正常に機能しているという。同所長が率いる義肢神経工学センターはこのアームの開発に300万ドル費やしたが、このうちの200万ドルは米国立衛生研究所(NIH)が提供している。

Kuiken所長の次の課題は、バイオニック・レッグだ。現状でも、義肢製作会社は電動の義足を開発しているので、研究所の技術を組み入れてこうした義足を制御したいと、同所長は考えている。

脊髄損傷者の「心を読む」装置、『BrainGate』

米Cyberkinetics Neurotechnology Systems社が開発した、脳とコンピューターを接続するインターフェース『BrainGate』は、脊髄を損傷した人たちにとって画期的な装置だ。BrainGateを脳に直接接続すると、麻痺状態の人々がコンピューターを操作し、スイッチを入れ、人工腕を動かせる――頭の中で考えるだけでそれが可能なのだ。

2002年に刃物で刺され、首から下が麻痺状態になったMatthew Nagle氏は、BrainGateの最初の被験者となった。車椅子に座り、頭から電極を突き出した姿のNagle氏がパソコンのカーソルを動かししたり、『Pong』[米アタリ社が1972年に発売したゲーム]で対戦相手に勝つのを見て、誰もが仰天した。

そして今、BrainGateは、動くことも喋ることも全くできない、いわゆる「ロックド・イン」状態にある患者からの脳信号もピックアップできると、Cyberkinetics社の研究者は語っている。

Cyberkinetics社の最高経営責任者(CEO)を務めるTim Surgenor氏は、「こうした患者は、コミュニケーションをとりたいという強い願望を持っている」と述べた。

同社の研究者たちは、筋萎縮性側索硬化症(ALS、いわゆるルー・ゲーリッグ病)患者の大脳皮質活動を記録している。脳幹卒中のため話せなくなった別の被験者は、BrainGateを使ってタイプができるようになった。

BrainGateでは、脳に埋め込まれた電極から外部のアンプに信号が送られると、その指令がソフトウェアを介して伝達され、コンピューターのカーソルを動かすなど、電気信号を利用した動作が可能になる。試験システムは有線だが、Cyberkinetics社の研究者は、最終的な製品はワイヤレスになる予定だと語っている。

Surgenor氏は、BrainGateについて、今後4年ほどで米食品医薬品局(FDA)の認可を得たいと考えている。

人工網膜で目の不自由な人に再び光を

2006年、ワイヤレス方式の人工網膜を移植する臨床試験が実施され、被験者となった目の不自由な人たちに視力がよみがえった。

スイスのIntelligent Medical Implants AG社とその子会社でドイツに拠点を置くIIP-Technologies社の研究者たちは、網膜損傷者の視覚回復を目的に、『ラーニング・レティナル・インプラント・システム』(学習型人工網膜システム)を作成した。色素性網膜炎によって盲目になった4人の患者を対象にした臨床試験の結果は良好だった。色素性網膜炎とは、網膜の変性を引き起こす疾患で、患者の3分の1は発症後わずか数年で完全に盲目になる。患者数は全世界で100万人にのぼる。

IIP-Technologies社のCEO、Hans-Gurgen Tiedtke氏は「こうした人々と話すと、わずか1つの点のようなものでも、見えると見えないでは大違いだということがわかる」と述べている。

このシステムでは、無線送信機と目の前の画像をとらえる超小型カメラを取り付けた、特殊なメガネが用いられる。メガネは腰に装着したプロセッサーパックとケーブルで接続されている。このプロセッサーが網膜のように情報を分析し、画像情報を網膜に埋め込まれたチップに送る。さらに、チップが電気的に網膜を刺激し、神経節細胞が画像情報を受け取る。ここから先は、通常の目と同じように情報が処理される。画像の情報が視神経を伝わり、脳および視覚皮質に到達し、画像として再構成されるわけだ。(3に続く)

[日本語版:ガリレオ-福井 誠/長谷 睦]

WIRED NEWS 原文(English)