建築界の女王、ジーン・ギャングの「都市改革論」

建築界の女王、ジーン・ギャング。常識を覆す多くの建築を手がけてきた彼女は、いかにして数々の不可能を可能にし、その斬新なアイデアを実現させてきたのか。シカゴのスター建築家が語る、いま建築が求める“実現可能な理想主義”。
建築界の女王、ジーン・ギャングの「都市改革論」

米シカゴにおける新しい建築と都市整備の大きな波に乗って、さらにその拡大を期して、10月3日、「シカゴ建築バイエニアル展」がシカゴ文化センターで幕を開けた。主催者によると、これは北アメリカ史上最大の建築展だという。

シカゴ市長ラーム・エマニュエルが陣頭指揮を執り、美術監督ジョセフ・グリマとサラ・ハーダが率いるバイエニアル展の目玉は、30カ国以上からの100を超える実践展示だ。展示の多くが新しい事例で、確立された建築界を革新しようとしている建築事務所のものである。シカゴはもちろん、世界中からの出品を募ったハーダは、この展覧会の目的を「建物の未来を解き明かすこと」だと話す。

4フロアにわたって行われている展示では、実物大の建築模型、進歩的なインスタレーション、啓蒙的な建築のデッサンやレンダリング、そして都市や社会さえをも変革しうる意欲的な計画に触れることができる。

建築界のユニコーン

参加した建築家ジーン・ギャングは、建築史に大きな影響を与えたイノヴェイターを生み出してきたシカゴで、広く街のスターとして知られている存在である。

展覧会では、ギャングのプロジェクト「ポリス・ステーション」が展示されている。典型的な警察署をコミュニティの中心地として再形成し、ジムや市場、コミュニティセンター、さらには警察と近隣住民の間の信頼を築くための空間までをも統合したアイデアだ。

この彼女の代表作は、気が利いていて野心的、かつ独特であり、なぜいままで誰もつくらなかったのかと不思議に思うほどの出来栄えだ。また、この作品において最も素晴らしい点は、彼女が実際に住民と警察署を説得し、この計画を実行に移していることである。彼女は先日、市の第10警察署の駐車場にあるバスケットボールコートで、計画のスタートを祝ってリボンカットを行った。ギャングはこの「新しい警察署」をできるだけ早く建てるために、自らプロジェクトに関わっているのである。

ギャングのポリス・ステーション。これまでの常識を考え直すような、アクティヴ・コミュニティとしての警察署の姿。

ギャングは“建築界のユニコーン”のひとりで、その実績から広く尊敬を集めるだけでなく、クライアントを説得し、彼らができると考えるよりもさらに先に進むことができる戦略的実用性と優れた能力をもち、常識を覆すような建物をつくり続けてきた建築家である。

例えば、彼女の「アクアタワー」を見てみるといい。82階建てのビルを覆うバルコニーは、別の階にも通じていて、屋外での近隣住民と交流する場としての役割も果たしている。さらに彼女は、そこから通りを下ったところに、ガラス模様に覆われた、3つの超高層ビル「ヴィスタタワー」(最上階は93階)の建設を計画している。

彼女がニューヨークに建設中の約1,700万平方メートルのオフィスタワーは、切子ガラスで覆われ、窓から十分に日光を取り入れられるように形状は大きく湾曲している。またギャングは、元々シカゴ湖岸にあった人工の半島「ノーザリーアイランド」を、さまざまな種類の生息環境と文化施設を取り入れた活気ある公園へと生まれ変わらせる手助けも行った。

スタジオギャングの「実現可能な理想主義」

ギャングは間違いなく、(ザハ・ハディドを除けば)世界トップクラスの女性建築家だろう。しかし最近50歳になったばかりの彼女は、いまでも展示会に参加しているティーンエイジャーと同じように建築の仕事に果敢に挑んでいる。

彼女の事務所である「スタジオギャング」による形状・生態学・材質・社会的つながりに関する創造性に富んだ研究は、その創始者がテックギークであることだけでなく、人からなるべく多くの声を集めようとする姿勢にも起因している。

「アイデアがあらゆるところから飛び回っているときは、本当にワクワクするんです」と彼女は言う。スタジオのスタッフには、ほんの数例を挙げても、都市計画、都市問題、歴史、科学、テクノロジー、社会正義、そして芸術の専門家(あるいは少なくともそこに愛のある人々)といった人々が集まっている。「わたしたちには豊富な交代要員がいるということね」と、彼女は冗談を言う。

多様性のあるチームがつくる建築物は、独自性があることはもちろん、美しく、かつ技術的にも進んでいて、建築家でニューヨークのデザイン事務所「SO-IL」社長のフロリアン・アイデンバーグの言葉を借りれば「人間中心」なものに仕上がっている。

彼女のオフィスの研究部門はまた、何冊かの書籍も制作している。そのなかのひとつに『Reverse Effect』(反転作用)と呼ばれるものがあり、これはギャングが、川の跡地の復元プロジェクトでシカゴ市の協力を取り付けるのに役立ったという。(本書でも述べられている)彼女の基本的な願望は「すでになされたことを押し通す」ことであると彼女は言う。「利用できるものは使いますが、違ったやり方で使うのです」

そう、彼女のアイデアはイノヴェイティヴだが、決して革命的に過ぎるわけではない。ギャングは自らのアプローチを「実現可能な理想主義」と呼ぶ。「われわれはできることの断片を見つけようとしているのです」

ギャングが他の多作なイノヴェイターと一線を画しているもうひとつの決定的要因は、プロジェクトを実現する方法をクライアントにきちんと示すことで、試されたことのないアイデアでも実現させてしまう能力である。

「クライアントは本能的に、新しいことに抵抗します」と彼女は言う。「そこで彼らが乗り越えなければならないものを学び、少しずつ障壁となっているものを崩していくのです」。彼女はこの計画的な作戦を、テックギーク、美術館のキュレーター、開発者、政治家を巻き込みながら実行してしまう(キャッチフレーズを付けるのが好きというギャングは、あらゆるタイプに適応できる自身のカメレオンのような能力を「戦略の流暢さ」と呼ぶ)。

「何かイノヴェイティヴで実験的なものをつくっている最中は」と切り出しながら、彼女はこの説得能力の秘密を明かしてくれた。「クライアントには、それがイノヴェイティヴで実験的だということは隠しておけばいいのよ」

新しいアイデアを戦略的に実現させてしまう彼女のスキルは、シカゴの建築家ジョン・ローナンが言うところの「リスクへの欲求があまりない」実用指向のシカゴという街では特に貴重である。そして彼女はいま、ポリス・ステーションの計画で再びこの能力を証明し、新しいアイデアをクライアントが受け入れる前例をつくっている。

シカゴ建築バイエニアル展に出展している他の建築家には、奇抜すぎて理解できないようなアイデアは出さないようにしている者や、自ら建築物を建てることのできるテクノロジーを使ってクライアントに頼らない術を学ぼうとしている者もいる。しかし多くのイノヴェイターはいま、ギャングのような「実現可能な理想主義者」がいかにして都市改革のための新たな道を切り開いていけるのか、ということに目を凝らしている。

TEXT BY SAM LUBELL