ソーラーパネルの発電量を高精度に予測できれば、無駄なCO2排出が激減する? “念のため”の火力発電を減らす機械学習の効果

天候次第で電力供給が途切れてしまう太陽光発電。英国では万が一のためのバックアップとして、余剰な電力が火力発電で排出されているのが現状だ。こうした状況を、機械学習を使ったより高精度な気象予測で解決しようとする試みが始まっている
ソーラーパネルの発電量を高精度に予測できれば、無駄なCO2排出が激減する? “念のため”の火力発電を減らす機械学習の効果
BLOOMBERG/GETTY IMAGES

気象予測は、ときに腹立たしいほど不正確な科学になりうる。天気予報アプリは、ある地点における24時間以内の降水の有無を高い精度で教えてくれるが、次の日曜の午後3時にロンドン中心部で土砂降りの雨が降るかどうかを知りたい場合は、あまり役立たない。どうしても濡れたくなければ、傘を携帯するか屋内にいるほうがいい。

とはいえ、たいていの人は1時間後の天気がわからなくとも大して困らないだろう。一方、これは電力網にとっては不便どころの話ではない。天気がわからないせいで、大量の二酸化炭素(CO2)を排出してしまうからだ。

「念のため」で排出される大量のCO2

ここで、何か問題なのかを見ていこう。英国のグレートブリテン島で晴れた春の一日につくられる太陽光由来の電力は、この島の総発電量の約30パーセントだ。厳密な電力量は気象条件によって大きく異なるが、理想的な状況、すなわちソーラーパネルが最も稼働できる晴れた涼しい日であれば90ギガワット、平均でも30ギガワットの電力を量産できる可能性がある。ここまではいいだろう。

ところが、ソーラーパネルの大半が設置してある島の南西部に大きな雲が急速に広がると、突如として送電系統に供給される再生可能エネルギーの量が大きく減ってしまう。その減少量は、実にガス火力発電所ひとつが稼働停止してしまった状態に等しい。こうして、数百メガワット分の供給が途切れてしまうのである。

発電所まる1カ所の総発電量に相当する電力が数分でなくなる状況は、どう考えても理想的とは言えない。そこで埋め合わせとして、電力会社はバックアップ用の電力を発電し、太陽光による発電量の変化によって起きるあらゆる問題を調整するスケジュールを組んでいる。

グレートブリテン島で電力の需給調整と配電に関する責任を負う企業は、電力事業者のナショナル・グリッドESOだ。同社は太陽光発電の予期せぬ発電量減少に備えて、通常は天然ガスを燃料とする火力発電所に余剰電力の生産を要請している(アイルランド島には、グレートブリテン島とは運営方法がやや異なる独自のエネルギー供給網がある)。

しかし、化石燃料を使う火力発電所は動きが遅く扱いにくい。「5分から1時間半で電力を増産できる発電所が望まれます。風力発電や太陽光発電の発電量が、それくらいの時間で変化するからです」と、カリフォルニア大学サンディエゴ校教授で再生可能エネルギーと環境流量を専門とするジャン・クライスルは言う。

ところが、火力発電所は稼働開始まで時間がかかるうえ、最も発電効率がよくなるのはフル稼働時である。こうした制約があることで、太陽光発電や風力発電の万が一の減産に備え、余剰な電力がさらに多く発電されるのだ。

5分ごとの発電量を予測する

この問題への対処法のひとつは、気象予測の精度を上げることだろう。グレートブリテン島で任意の時間に見込める太陽光発電の発電量を正確に把握できれば、ナショナル・グリッドESOは余剰な発電を控え、エネルギー供給によって排出されるCO2を削減できる。つまり、5分ごとにどれだけの太陽エネルギーが電力網に供給されるかが正確にわかれば、そのすべてを使い切ることができ、火力発電で発電される予備の電力に頼らなくてよくなるというわけだ。

こうした予測の大幅な改善方法を編み出したと考えているのが、ジャック・ケリーである。アルファベット傘下のDeepMind(ディープマインド)の研究者だったケリーは、機械学習を使って温室効果ガスの削減に取り組む非営利団体「Open Climate Fix」を共同設立した。

「わたしは気候変動を深く危惧している機械学習の研究者として、できることはすべて実行し、気候変動への対策を講じたいと考えています」と、ケリーは語る。太陽光の発電量予測の精度が上がれば、英国におけるCO2排出量を毎年10万トン減らせるというのが彼の予測だ。ナショナル・グリッドESOは2025年までの目標として、再生可能エネルギーによる発電量が十分あるときは電力供給におけるCO2排出量をゼロにすることを掲げているが、その達成のためにも予測精度の向上は不可欠だとケリーは考えている。

そこでケリーは、太陽光発電の「ナウキャスト」の精度向上に機械学習を活用することを考えた。ここでのナウキャストは、任意の時間から2時間以内に太陽光発電で供給できる電力量を予測することを意味する。

正確な発電量予測を実現するには、ある地域の全般的な気候を分析するのではなく、ソーラーパネルに対する雲の正確な位置と、雲の大きさや形がパネルに到達する太陽光の量に与える影響を把握しなければならない。「予測の精度が上がれば、電力事業者は発電機の稼働計画をより正確に立てられるようになり、フル稼働に近い状態で使われる発電所の数も減らせます」と、ケリーは語る。

足りない情報を補うには?

Open Climate Fixでは、欧州気象衛星開発機構(EUMETSAT)が集めた1年半分の衛星画像や、グレートブリテン島にある700カ所の太陽光発電システムから得た発電データを基に、機械学習モデルを訓練している。これは利用できるデータのほんの一部(EUMETSATは金属製テープに過去11年分の衛星画像を保存している)だが、スタートを切るには十分だろう。

予測にあたり、Open Climate Fixは「Transformer」と呼ばれる深層学習のアーキテクチャーを使った。OpenAIが作成した文章生成言語モデル「GPT-3」でも重要な役割を果たすこのTransformerは、特定のアウトプットをするためにデータのどの部分が重要なのか、そしてそれらのデータがどう相互作用するのかを分析するものだ。


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太陽光発電用のナウキャストでは、単に雲がソーラーパネル上空にかかるかどうかを予測するだけでは情報が足りない。太陽光がほかの雲に当たって跳ね返る場合の影響や、風向きの変化が発電量に与える影響についても知っておく必要があるのだ。「どれも注意が必要な要素です。どの雲が最も有益な情報をくれるのか、そして雲同士がどう相互作用するのかを見極めるために、衛星画像の1枚1枚を注意深く観察する必要があります」と、ケリーは説明する。

しかし、英国全体の太陽光発電の出力を推算するとなれば、もっと根本的な問題がある。国内にあるソーラーパネルの設置場所を把握しきれていないのだ。英国の太陽光発電の施設に関する情報は複数のデータベースにばらばらに保存されており、重要なデータが欠落してることも多い。

「全国にあるソーラーパネルの位置と発電出力がわかることが理想です。パネルが向いている方向や傾きもわかれば、なおよいでしょう」と、シェフィールド大学の太陽光発電研究チームSheffield Solarのシニアデータサイエンティストのジェイミー・テイラーは語る。「不確実さの改善という意味でいま最も簡単に取り組めることは、どこにどれだけの出力をもつソーラパネルがあるか把握することでしょう」

Open Climate Fixは、この問題にも取り組んでいるところだ。同団体はいま、「OpenStreetMap」を使ってソーラーパネルの場所をマッピングするプロジェクトを実施している。これに加え、機械学習によって衛星画像や航空写真からソーラーパネルの位置を特定する取り組みも続けているという。太陽光発電設備に関する正確な位置情報は、太陽光の予測精度の向上にも役立つはずだ。

電力需要増で求められるスピード

太陽光による発電量の予測精度は、すでにかなり高い。Sheffield Solarのチームは気象モデルと統計モデルを併用し、日射量や気温、風力などを郵便番号別レヴェルで予測できるようになった。

だが依然として、改善の余地も多く残されている。昨日と今日の天気がまったく同じと仮定して発電量を予測するモデルと比べれば、太陽光発電量の予測精度は完璧にはほど遠いと、カリフォルニア大学のクライスルは考えている。

こうしたなか、Open Climate Fixは2021年4月、太陽光の予測プロジェクトを進展させる目的でグーグルの慈善活動部門Google.orgから50万ポンド(約7,800万円)の資金提供を受けた。「こうした取り組みには大きな影響力があります。電力予測の誤差を減らし、高額な化石燃料を必要とする火力発電所の稼働を抑えられるのですから」と、ナショナル・グリッドESOで革新戦略およびデジタル変革部門を率いるカロリーナ・トートラは言う。「Open Climate Fixの短期予測の研究は、世界中の電力事業者の予測精度を向上させる可能性を秘めています」

CO2排出量を2035年までに1990年比で78%削減するという英国の削減目標を達成するには、エネルギー需要の予測精度の向上も欠かせない。自動車や暖房器具の電動化で、電力需要はかつてなく伸びるだろう。そしてその電力の大半は、風力や太陽光といった複数の発電方法で供給されなくてはならない。

「電気自動車やヒートポンプは、電力需要に大きな影響を与えるでしょう」と、Sheffield Solarのテイラーは指摘する。「さらに分散型の電力貯蔵にも取り組むとなると、電力事業者にとっては頭痛の種です。電力需要の予測方法は、今後数年で著しく精度を上げる必要があります」

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TEXT BY MATT REYNOLDS

TRANSLATION BY MADOKA SUGIYAMA