すべてが壊れてしまったいまこそ「壁」をつくり直す:CREATIVE HACK AWARD 2021授賞式レポート

「既成概念をハックせよ!」をお題目に『WIRED』日本版が主催する次世代クリエイターのためのアワード「CREATIVE HACK AWARD」。9回目の開催となった今年は、新型コロナウイルスのパンデミックによってそれまでの「当たり前」が揺らぐ激動の社会状況を色濃く映し出した、いまの「ハックのあり方」を提示する作品が数多く集まった。そのなかから見事に受賞を果たした作品を、審査員たちの講評と共にお届けする。
すべてが壊れてしまったいまこそ「壁」をつくり直す:CREATIVE HACK AWARD 2021授賞式レポート
PHOTOGRAPHS BY SHINTARO YOSHIMATSU

今年は、新型コロナウイルスのパンデミックによって、それまでの「当たり前」が揺らぐ激動の1年だった──。昨年の「CREATIVE HACK AWARD 2020」ではそう記した。2021年、その様相は変わることなく、むしろ社会の不均衡、欠陥、混沌はさらに激しく、顕著になってわたしたちの前に現れた。

「既成概念をハックせよ!」をお題目に、『WIRED』日本版がソニー グループとワコムの協賛のもと9回目の開催となった「CREATIVE HACK AWARD」(以下、ハックアワード)には、そうした社会状況を色濃く映し出した“いまの「ハックのあり方」”を提示する作品が数多く集まった。

そして12月6日(月)、250を超える応募作品のなかから二次審査を経た16組のファイナリストの作品から受賞作品を選ぶ最終審査会、および授賞式が開催された(今年は2年ぶりのオンサイト開催となった)。

審査員は、齋藤精一(パノラマティクス主宰)、笠島久嗣(イアリン ジャパン取締役/プロデューサー)、水口哲也(エンハンス代表)、佐々木康晴(電通 執行役員/チーフ・クリエーティブ・オフィサー)、クラウディア・クリストヴァオ(Head of Brand Studio APAC at Google)、福原志保(アーティスト)、塩田周三(ポリゴン・ピクチュアズ代表取締役)、福原寛重(ソニーグループ クリエイティブセンター Design Business Development室 クリエイティブディレクター)、そして『WIRED』日本版編集長・松島倫明の9名だ。

(写真前列左から)福原寛重(ソニーグループ クリエイティブセンター Design Business Development室 クリエイティブディレクター)、福原志保(アーティスト)、「Class Jack」で準グランプリを受賞した石原航、塩田周三(ポリゴン・ピクチュアズ代表取締役)。(後列左から)水口哲也(エンハンス代表)、笠島久嗣(イアリン ジャパン取締役/プロデューサー)、松島倫明(『WIRED』日本版編集長)、佐々木康晴(電通 執行役員/チーフ・クリエーティブ・オフィサー)。

「なにを、なぜ、いかにハックしたか」という、ハックアワードが掲げるシンプルながら深遠なテーマに沿って、ファイナリストたちは最終プレゼンテーションを実施し、質疑応答を経て、作品の意外性(「そうきたか!」と思わせる視点=「なにを」の面白さ)、社会性(「問い」の鋭さ・広がり・深さ=「なぜ」の深度)、表現性(アイデアをまとめ上げる力=「いかに」の妥当性)の3つの指標に基づいてグランプリなど6賞の受賞者を選出する。今年は、“該当作品なし”となることもしばしばある特別賞が2作品選出されるなど、非常に豊かな作品が並ぶハックアワードとなった。

見えない「壁」を問い直す

ハックアワードの毎年の審査会は審査員の見解が割れることもしばしばで、今年もやはり議論百出の最終審査会となった。しかしながら、「結果的に審査員のみなさんの視点/意見が集まった」と、松島は冒頭の挨拶で明かす。それだけ、審査員の面々を納得させる力強い作品が最終審査に並んだということだろう。

応募総数254作品のなかからグランプリに輝いたのは、岡碧幸の「私たちは壁をつくることができる」。人が住むことができる最小単位の空間で、さまざまなものを隔て制御する「壁」の技術の発展を俯瞰的に捉え、ハックした作品だ。

映像の舞台となった「床」と「壁」には、「Google マップ」などで仮想空間の情報に沿って動く人間、野生動物/害獣、自動運転技術といった都市に存在するもののメタファーとして、人間、カタツムリ、お掃除ロボットが登場する。三者は一見すると同じ地平にいながらも、VR空間、害虫排除に使われる木酢液、赤外線を発するヴァーチャルウォールという、見えない「壁」によってそれぞれ区切られている。それらは互いに交わることはないが、「壁」の位置が切り替わることでそれぞれの空間を移動し、床面に行動の痕跡が刻まれる。

「私たちは壁をつくることができる」でグランプリを受賞した岡碧幸。授賞式はリモートでの参加となった。

Zoomのようなテクノロジーなどを介した「遠くにいる人やものとかかわる」ための動的な壁、ウイルス対策の消毒アルコールや建築素材など、人や動物、あらゆる生命や環境に干渉してきたフィジカルな壁──。本作品は、パンデミックによってよりあらわになった社会のあらゆる領域で実装される「壁」の技術を使い、他者同士が共存し合う空間について新たな問いを投げかける作品であった。

審査員たちが岡の「私たちは壁をつくることができる」をグランプリに選出したのは、なぜなのか。審査員たちによる講評と、『WIRED』日本版編集長の松島による総評をお届けする。

なお、各受賞作品の紹介は「CREATIVE HACK AWARD」の特設サイトに掲載しているので、ぜひチェックしてほしい。

福原志保(アーティスト)による講評

今年もパンデミックによって、閉じた世界で自問自答する時間が増えたかと思います。「断絶された世界」があらゆる分野のテーマになるなかで、岡さんの作品もそれが切実に落とし込まれていたと感じます。エドワード・バーティンスキーの作品やAmazonの倉庫が表象するマシンランドスケープにインスピレーションを得たというこの作品。現代の消費社会/資本主義がかたちづくった人新世において、そして福島第一原発事故以降の社会において、「自然と人間の関係はいったいどのようなものだろう」という普遍的な問いを、哲学的かつシンプルに昇華した素晴らしい作品でした。

塩田周三(ポリゴン・ピクチュアズ代表取締役)による講評

正直に言うと、一次審査のとき、ぼくのなかで『私たちは壁をつくることができる』は選出圏外の作品でしたが、最終選考でのプレゼンによって評価が大きく変化しました。

人は大なり小なり「壁」を操作/コントロールしており、周りの環境に影響を与えている。そして周囲はそれに対してアダプトしなければならない。そうした現実社会に存在する「嘘のない設定」をもって、壁に対する新しい概念を、あの小さい箱庭のなかで具現化していました。岡さんはステートメントで多くを語っていませんが、作品を見た人にさまざまなことを考えさせる力と余白をもつ、本当に素晴らしい作品だと思いました。

『WIRED』日本版編集長の松島倫明による総評

現在はタンジブルなアナログの手触りが渇望されている時代であると感じるのですが、その時代の渇望を作品に実装し、提示する作品が多い年でした。去年のグランプリを獲得した崎村宙央さんの『叫び』から、一歩前に進んでいると感じさせる作品が並び、そのなかでも岡さんの『私たちは壁をつくることができる』は、そうした時代性のなかでのハックを強烈に問うた、グランプリにふさわしい作品でした。

ぼくたちは自然や動物、あるいはAIやアンドロイド、アヴァターなど、さまざまなものとの共生を考える時代に対峙していますが、それは言葉では何とでも言うことができますし、概念的にも提示できる。岡さんの作品は、それらをあの狭いひとつの作品の中に実際に実装し、「壁をつくる」ことの意味をポジティヴかつ能動的に提示し直すものでした。

デジタルカルチャーを追い続けてきた『WIRED』は、「イノヴェイションとはディスラプティヴ(破壊的革新)である」と2000〜2010年代に唱えてきましたが、パンデミックによって本当にすべてが壊れてしまった。ぼくたちの社会がもつ弱点は何か、何を、どのようにこれからつくり直していかなければならないのか。それらが徐々に明らかになりつつあるなかで、ハックとは、常識あるいは覆すことが難しいものに対して破壊的に、果敢にオルタナティヴを提示するだけではなく、いま壊れてしまっている社会そのものをもう一度、一つひとつ丁寧につくり直すことなのではないか。今回、改めてそう感じることができました。

※『WIRED』による「CREATIVE HACK AWARD」の関連記事はこちら


RELATED ARTICLES

限定イヴェントにも参加できるWIRED日本版「メンバーシップ」会員募集中!

次の10年を見通すためのインサイト(洞察)が詰まった選りすぐりのロングリード(長編記事)を、週替わりのテーマに合わせてお届けする会員サーヴィス「WIRED SZ メンバーシップ」。毎週開催の会員限定イヴェントにも参加可能な刺激に満ちたサーヴィスは、1週間の無料トライアルを実施中!詳細はこちら


TEXT BY TAKUYA WADA

PHOTOGRAPHS BY SHINTARO YOSHIMATSU