“バクテリアのように抵抗する”実験的アートプロジェクトが、若者たちの自律的な社会変革を後押しする

アルスエレクトロニカ2022のインタラクティブ・アート+部門でゴールデニカを受賞した「Bi0film.net」は、香港の雨傘運動に着想を得たコミュニケーションシステムによって、有機的で流動的なコミュニティと抵抗の形を示している。
ジュン・シューとナタリア・リベアによる「Bi0film.net Resist like bacteria」。アルスエレクトロニカ2022においてインタラクティブアート+部門、ゴールデン・ニカ賞を受賞。
ジュン・シューとナタリア・リベアによる「Bi0film.net: Resist like bacteria」。アルスエレクトロニカ2022においてインタラクティブアート+部門、ゴールデン・ニカ賞を受賞。PHOTOGRAPH: JUNG HSU

ポストコロナの暮らしの変化は、 気候変動、経済格差、植民地や移民問題、民族や宗教間の対立、人種差別など、人間社会において生じ続けていたさまざまな不都合や分断を露呈させ、そのなかで人々は日々闘い、生活している。アートシーンにおいても、個々のエンパワーメントの重要性に焦点をあて、個人、集団、社会の在り方を問う作品やプロジェクトが近年増えてきた。

2022年9月、オーストリアのリンツで行なわれた世界的なメディアアートの祭典、アルスエレクトロニカ フェスティバルにおいてインタラクティブ・アート+部門でゴールデニカを受賞したジュン・シューとナタリア・リベアによる「Bi0film.net: Resist like bacteria」は、こうしたさまざまな問題に対して、社会の変容を願う市民の側からのアクションを後押しする実験的なアートプロジェクトだ。

「バクテリアのように抵抗する」というコンセプトが掲げられた「Bi0film.net」は、香港の雨傘運動に着想を得た傘をパラボラアンテナとして使えるようにし、デモ参加者とともに自律的で遊動的なコミュニケーションシステムを模索している。受賞を受けて行なったふたりへのインタビューは、現代を生きる若い世代の勇気と希望を象徴するかのような彼女たちのビジョンとリアリティが映し出されたものとなった。

──まずは、アルスエレクトロニカでの受賞、おめでとうございます。政治・文化・社会の問題をバクテリアの抵抗の力で結びつけ、社会を変えていこうとする若い世代の市民の願いと行動を優しく後押しするあなた方の作品「Biofilm.net」は、有機的で流動的なコミュニティと抵抗の形を示唆しているように感じ、興味深かったです。この作品のアイデアはどのように生まれたのでしょうか。

ナタリア・リベア わたしたちは、共にベルリン芸術大学に在籍していて、2021年にこの作品をつくりはじめました。お互いに、微生物とわたしたち人間社会とのつながりを軸とした研究や作品制作をしていたことも、コラボレーションのきっかけになりました。お互いの興味関心を深め合うなかで、自然とそこにつながる政治的見解や社会的経験の話題も出てくるようになったんです。

わたしの母国、コロンビアでは、19年11月に政府の経済政策に対する抗議デモと、デモ参加者監禁に対する抗議運動が起こったのですが、20年9月に警察の横暴に対抗して再びこうした反政府デモの動きが現れ、首都ボゴタでは警察による市民の虐殺や弾圧が起こりました。こうした流れはその後21年に5カ月以上にわたる反政府デモにつながり、さらに強力な動きが生まれています。

ジュン・シュー(右)とナタリア・リベアのふたりは2021年から「Biofilm.net」のプロジェクトに取り組み始めた。PHOTOGRAPH: TOM MESIC

ジュン・シュー わたしの母国、台湾では、中国の政治的な介入に対して、香港との政治的な関連が強い国でもあり、2014年から続き、パンデミックの始まる前の19年には大規模に行なわれた香港の民主化運動を経験しています。若い世代が立ち上がった香港の民主化運動は世界中に知られ、ラテンアメリカのさまざまな国で抗議運動に使われる戦略のインスピレーションとなりました。この運動には、明確なリーダーがおらず、水滴が集まって川になり、自ずから流れ、捉えどころがないという意味をもつ合言葉「BE WATER(水のようになれ)」が強い影響を与えました。

このような社会的・政治的背景に加えて、パンデミックによってもたらされた、ほかの生物に対する理解や関係の見直しの必要性から、「Bi0film.net」プロジェクトは生まれました。微生物、特にバクテリアの生態からインスピレーションを受け、テクノロジーの力を借りることで、より有機的かつ自律的で生命としての表現を伴った連携・行動を創造することを目的としています。

──「Bi0film.net」の作品は、香港の雨傘運動やオンラインネットワークから着想を得たオープンソースのパラボラアンテナで構成されています。このプロジェクトの構造や仕様などを教えてください。

シュー わたしたちが「Bi0film.net」で提案するのは、脆弱なコミュニティや危険が差し迫っているコミュニティが、路上でのデモに対し、自律的で遊動的なコミュニケーションシステムを共同で構築できるプロセスです。

「Bi0film.net」はオープンプロジェクトとして現在進行中で、さまざまな共創ワークショップを通して多様なバージョンがアップデートされています。プロトタイプとして発表した初期の傘は、アーティストのアンドリュー・マクニールによる長距離間のWi-Fi信号を飛ばすオープンソースプロジェクトがベースとなっています。ミニサーバーキットが搭載されアンテナの機能をもつ傘は、Wi-Fi信号をブーストし、使う人が増えれば、バクテリアのように有機的な屋外ネットワークを構築できます。

Bi0film.net: Resist like bacteria / JUNG HSU, NATALIA RIVERAPHOTOGRAPH: TOM MESIC

──傘というポップなアイコンがアンテナとなり、デモ参加者のコミュニケーションを円滑にし、つながりを強化するわけですね。

リベア その通りです。22年の初めには、ボゴタのアート&サイエンスのコミュニティ「Mutante」と共同で、ルーターをハックしたオープンプロジェクト「Piratebox」を自律サーバーとして使用したネットワークのバージョンを開発しました。このバージョンは、ボゴタのアナーキスト・ブックフェアであるLa Furiaでの共創ワークショップでテストも行なっています。最近では、ベルリン芸術大学のMedienhausプロジェクトと共同で、ラズベリーパイをサーバーやリピーターとして使い、MatrixベースのチャットプラットフォームとCinnyベースのユーザーインターフェイスを備えたプロトタイプをつくりました。

──現代では、世界中で政治的、社会的、生態学的、文化的な課題や危機が現れてきています。コロンビアや台湾での政治的危機のお話しもでてきましたが、それらの政治的、社会的、文化的な問題に対して、あなたは日々どのように対処し、行動していますか?

リベア 世界中で顕在化する多くの課題や危機に対して、「正しい答え」はないかもしれませんが、多くの行動やネットワーク、実践が存在し、また生まれつつあり、その現状のなかで、わたしたちはこのプロジェクトを立ち上げています。

人間社会で起こすアクションへのインスピレーションとして、わたしたちはバクテリア、菌類、植物、そのほかの多細胞生物など、ほかの生物の生態に焦点を当てています。なぜなら、そうした生物は、人間の支配や人間中心主義に対するある種の抵抗を、わたしたち人間とは異なる形態で行なっているからです。

人間中心主義は、わたしたちの生物圏をここまで発展させた組織システムですが、同時に自分たちの想像の範囲を超える制御できない出来事や多様化する生命の表現を恐れているようにも感じています。だからこそ、それを抑圧し、制限しようとし、その生命を殺してしまうのかもしれません。

Bi0film in BogotaPHOTOGRAPH: JUAN DIEGO RIVERA

シュー  「Bi0film.net」のほかにも、わたしたちふたりは多様な実践を行なっています。ナタリアは、ボゴタのアート&サイエンスのコミュニティ「Mutante」やネットワーク「Suratómica」で、地元や海外のコミュニティと協業して創作を行なっています。わたしは、特にマイクロバイオポリティクスと法的システムや有罪データの正義について研究しています。そこでは、現在進行中のさまざまな社会問題に対し、異分野の知識を結びつけたハイブリッドな物語を構築しようとしています。

──社会変革を後押しするプロジェクトにバクテリア、菌類、植物をコラボレーターに選ぶというアイデアは面白いです。

シュー  バクテリア、菌類、植物をコラボレーターと呼ぶあなたの発想はいいですね。わたしたちもそのような関係を築きたいと思っているので嬉しいです。バクテリアは、わたしたちよりもずっと前から存在しており、わたしたちが属している生物圏やそれを構成する生物多様性に貢献し続けてきました。米国の生物学者のリン・マーギュリスは、細菌を個体としてではなく、常に集合体として、さらには地球規模で相互接続された超生物として理解しています。

──まさに、わたしたち人間が、細菌が生み出す多様性の表現のひとつとも言えますね。

リベア そうです。このプロジェクトでは、通常のバイオアートで表現されるような、物質としてのバクテリアを直接扱うことはありません。代わりに、さまざまな科学者、研究者、クリエイターとの対話を含め、バクテリアの行動を調査するなかで、バクテリアの抵抗の仕方から応用できるアイデアを学んでいます。わたしたちが知らない可能性、これから生まれる可能性をもたらすかもしれないシンプルな生命の行動に視点を向けることは、社会の変容をゆるやかに促してくれるかもしれません。

Bi0film in TaipeiPHOTOGRAPH: LESLIE CHI

──「Bi0film.net」のひとつのメタファーとして、有機的で自律的という側面のほかに、個体としてはもち得ない強さを集団としての行動に与えているバクテリアの生態も感じられます。

シュー  はい。「Bi0film.net」は、コミュニティが行動を起こすのに充分な量になるまで、発見されずに成長することも可能にします。バクテリアは、集団行動のなかで栄養分や水を共有し、素晴らしい分子プロセスでコミュニケーションをとり、抗生物質にも抵抗することができます。

──「Biofilm.net」はオンラインで制作されたと聞きました。

リベア そうなんです。21年からスタートしたプロジェクトですが、パンデミックの影響もあって、大学も全部オンラインでの授業となってしまいました。実は、22年9月のアルスエレクトロニカ フェスティバルで初めてジュンとオフラインで会ったんですよ。

Bi0film.net: Resist like bacteria / JUNG HSU, NATALIA RIVERAPHOTOGRAPH: TOM MESIC

──直接会っての作業ではなく、オンラインで作業することの難しさや、プロジェクトを進める上で心がけたことは何でしょうか。

シュー  例えば、オンラインでの作業では、材料や生産プロセスへのアクセスが制限されるといった難しさがありました。オンライン上での会話は流動的で、タスクは、自分たちの状況に応じて有機的に展開されました。お互いの経験や考え方、得意・不得意なこと、自分たちを取り巻く状況や課題を、より丁寧に、センシティブに知るということが、プロジェクトを円滑に進めるにあたってのひとつの心がけだったかもしれません。もしベルリンの大学で直接一緒に作業をしていたら、こうした気づきもなかったかもしれません。

──「Bi0film.net」は、オープンソースの共創型プロジェクトとのことですが、これまで共創や社会実装の事例にはどのようなものがありますか?

リベア 「Bi0film.net」は、生物にインスパイアされたコミュニケーション技術を創造するためのコンセプトプロジェクトで、そのひとつの核となるのが共創ワークショップです。さまざまな共創ワークショップを通じてコミュニティとプロトタイプを開発しています。また、共創ワークショップのほかに、バクテリアに対する理解や関係性をテーマにしたイベントやワークショップも展開しています。アルスエレクトロニカ フェスティバルの期間中も多くの対話の場を設け、コミュニティが自らの経験を共有し、コミュニティ間の新しいコラボレーションを生みだす機会としました。これらは、技術開発や製品開発を超えた社会実装の例だと言えるでしょう。コラボレーションのさまざまな戦略や、地域の状況に応じてそれらがどのように生まれるかについても、多くのことを学びました。

──Biofilm.netは、今後どのような活動をしていくのでしょうか?

シュー  「バクテリアのように抵抗する」というコンセプトを通じて、さまざまなコミュニティとワークショップや対話を展開し、地域の文脈に応じたプロトタイプを一緒につくり続けたいと考えています。アーティスト、生物学者、ハッカーコミュニティ、あるいは自律的なネットワークの潜在的な未来に興味がある人など、より多くの人々に、このプロジェクトとつながるように呼びかけていきたいと思っています。複数の場所からのさまざまな声を増幅させ、次のイテレーション(開発サイクル)を一緒に創造していく予定です。

ジュン・シュー|JUNG HSU
ベルリンを拠点に活動する研究者、ニューメディアアーティスト。学際的な知識と芸術的な研究を組み合わせることで、異分野をつなぐ機会を創出している。彼女の作品は、多角的な視点から社会状況を読み解き、隠喩的なオブジェクトからスペキュラティブなシナリオを描く。近年の作品では、マイクロバイオポリティクスと社会運動に焦点をあてている。
PHOTOGRAPH: CHUNLI WANG
ナタリア・リベア|NATALIA RIVERA
デジタルメディア、バイオメディアアーティスト。現在、生命間における相互援助メディアとしてのデジタル技術の可能性を探求している。彼女は、不確定/クィアな知識の創造という文脈を用い、ボゴタのアート&サイエンスのコミュニティMutante laboratory、芸術・科学・創造のためのグローバルネットワークSuratómicaなどとの協業を通じて、多分野にまたがるオープンかつ集団的な共同体としてのコミュニケーションを実践している。
PHOTOGRAPH: TOM MESIC

(WIRED JAPAN/Edit by Michiaki Matsushima)

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