「スペースサステナビリティ」への取り組みが日本でも大きく前進する:アストロスケール 伊藤美樹──THE SPACE INDUSTRY IN 2023(1)

加速する宇宙ビジネスの裏で深刻化しているスペースデブリ(宇宙ゴミ)の問題。世界各国の政府や企業が対策を検討しているなか、日本でも2023年にスペースサステナビリティ(宇宙の持続可能性)の向上に向けて大きな一歩が踏み出されるのだと、スペースデブリ除去を含む軌道上サービスを手がけるアストロスケールの伊藤美樹は言う。(シリーズ「THE SPACE INDUSTRY IN 2023」第1回)
アストロスケールの商業デブリ除去実証衛星「ADRASJ」のコンセプト画像。
アストロスケールの商業デブリ除去実証衛星「ADRAS-J」のコンセプト画像。photograph: Astroscale

かつてないほど多くの人工衛星がわたしたちの生活を支え、民間人の宇宙旅行も実現した現代。2022年には月探査計画「アルテミス」最初のミッションを完了させたり、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が新たな宇宙の姿を撮影したりと、宇宙を巡る研究やビジネスは加速するばかりだ。

それでは続く2023年には、どのようなイノベーションが起きるのか? 宇宙産業の第一線で活躍する日本の企業に、それぞれの分野で見逃せないトピックや出来事について聞くシリーズ「THE SPACE INDUSTRY IN 2023」。第1回はスペースデブリ除去を含む軌道上サービスを手がけるアストロスケールの代表取締役、伊藤美樹へのインタビューをお届けする。

シリーズ「THE SPACE INDUSTRY IN 2023」

  1. アストロスケール 伊藤美樹:「スペースサステナビリティ」への取り組みが日本でも大きく前進する
  2. アクセルスペース 中村友哉:衛星用の光通信技術が、破壊的イノベーションを起こす
  3. ALE 岡島礼奈:地上から楽しむ宇宙エンターテインメントが科学を身近にする
  4. Space BD 永崎将利:日本が「ポストISS」時代に向けて動き出す
  5. ispace 袴田武史:「サービス」としての民間宇宙探査が活発化する

さまざまな経済活動が人工衛星に支えられている現在、宇宙はわたしたちの生活と不可分になっています。その一方で危ぶまれているのが、スペースサステナビリティ(宇宙の持続可能性)です。

過去の使い捨て文化の結果として、各国の宇宙開発で打ち上げられてきたロケットの上段や人工衛星、部品は宇宙空間に放置され、スペースデブリ(宇宙ゴミ)となって浮遊しています。こうしたスペースデブリは高速で移動しており、たった数ミリメートルのものでも人工衛星のボディを破損させる威力をもっているのです。

現在、人工衛星や宇宙ステーションは、地上の観測をもとに高度を上下させるなどして、こうしたスペースデブリを回避しています。しかし、地上から観測できるスペースデブリには限界があるうえ、打ち上げで宇宙がどんどん混雑しているいま、こうしたスペースデブリの衝突や細かい爆発が運用中の人工衛星を破壊するリスクはどんどん高まっているのです。

このままだと衝突が止まらなくなり、スペースデブリが連鎖的に増加していく状況に陥ってしまうでしょう。そうなれば、もとの宇宙の姿に戻すことはできなくなり、わたしたちの生活のさまざまな場所に停滞をもたらすことになります。

世界初のプロジェクトが日本で始動

こうしたなか、2023年は日本が世界に先駆けてスペースデブリ除去の大きな一歩を踏み出す年になります。というのも、宇宙航空研究開発機構(JAXA)による「商業デブリ除去実証(CRD2)」の一環として、アストロスケールの商業デブリ除去実証衛星「ADRAS-J」が打ち上げられる予定だからです。このCRD2プロジェクトは、日本が過去に打ち上げたロケットの除去を「フェーズⅠ」と「フェーズⅡ」の2段階でおこなうものです。

宇宙空間のなかでも、特にロケットの上段や小型人工衛星などが密集している低軌道が非常に混雑している現状を踏まえると、特に大型のデブリから排除していくことが効果的です。そのために、JAXAがわたしたちアストロスケールと共同で進めているフェーズⅠでは、まずADRAS-Jによってスペースデブリを宇宙空間にて近距離で観測することを目指しています。その後のフェーズⅡでは、さらに別の人工衛星で実際にスペースデブリを除去する技術の軌道上実証が実施される予定です。

スペースサステナビリティに対する意識は、世界でも高まっています。例えば、19年には国連宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)本委員会で「宇宙活動に関する長期持続可能性(LTS)ガイドライン」が加盟92か国の全会一致で採択されました。並行して各国が独自の取り組みを進めています。JAXAによる前述の取り組みのほか、英国や米国でも国の機関がスペースデブリ除去に関する事業や技術実証に関する支援を打ち出しています。

一方、こうしたスペースデブリ対策の技術は、衛星を回収する技術であるがゆえに悪用されないことが大切です。例えば、JAXAの商業デブリ除去実証に先駆け、日本では世界で初めて国として「軌道上サービスを実施する人工衛星の管理に係る許可に関するガイドライン」を制定しました。フェーズⅠで使われるアストロスケールの技術も、第1号としてこの認可を受ける予定であり、国によってその安全性を保障されます。

デブリ化防止やルールメイキングの必要性

スペースサステナビリティに関する取り組みは、スペースXの「スターリンク」のような衛星コンステレーションの増加によってますます重要性を増しています。こうした衛星コンステレーションは、多数の衛星を飛ばすことによって広範囲で高精度な通信や情報収集を可能にするものですが、衛星がひとつでも壊れ、ゴミとしてその場に留まってしまうと、その衛星の担当範囲をカバーできません。ビジネスの持続可能性という意味でも、スペースデブリの除去や回収は大切なのです。

そうした持続性向上のためには、「デブリを減らす」だけでなく「デブリ化を防ぐ」ことも重要です。例えば、アストロスケールでは衛星用のドッキングプレートを提供しています。これはクルマが故障で走行できなくなった場合に使われる牽引フックにあたるパーツで、将来のデブリ除去衛星による捕獲を簡単にするものです。例えば、衛星コンステレーションによる衛星通信サービスを開発している米国のOneWebは、このドッキングプレートを搭載した衛星をいくつも打ち上げています。

さらに、22年12月にはJAXAと共に衛星への燃料補給サービスのコンセプト共創活動を始めました。軌道上での燃料補給を前提に開発された衛星だけでなく、そのような設計が施されていない衛星にも軌道上での燃料補給ができるミッションコンセプトを検討する予定で、寿命延長によるサステナビリティの向上を目指しています。

もちろん、宇宙の持続可能性の向上のためには、軌道上サービスに加えて地上から宇宙を観測するシステムの精度向上も不可欠です。また、宇宙の交通ルールの策定など、単一企業が管理できる範囲を超えた課題も多くあります。宇宙の持続可能性に関わるプレイヤーが増えるなか、他社間での協業や積極的な意見提案・交換を通じて、宇宙の環境改善を加速させていく必要があるでしょう。

(Interview by Haruka Inoue/Text by Asuka Kawanabe)

伊藤美樹|MIKI ITO
日本大学大学院航空宇宙工学専攻修了後、内閣府最先端研究開発支援プログラム「(通称)ほどよし超小型衛星プロジェクト」にて2機の超小型人工衛星「ほどよし3号機」「ほどよし4号機」の熱・構造設計、試験業務に従事。その後およそ1年間、外国人留学生の衛星製造の指導や開発サポート業務を経て、2015年4月アストロスケール日本R&Dに入社、同社代表取締役に就任。エンジニア業務も兼任し、デブリ除去衛星実証機、「ELSA-d(エルサ・ディー)」の開発などにも取り組んだ。

シリーズ「THE SPACE INDUSTRY IN 2023」

  1. アストロスケール 伊藤美樹:「スペースサステナビリティ」への取り組みが日本でも大きく前進する
  2. アクセルスペース 中村友哉:衛星用の光通信技術が、破壊的イノベーションを起こす
  3. ALE 岡島礼奈:地上から楽しむ宇宙エンターテインメントが科学を身近にする
  4. Space BD 永崎将利:日本が「ポストISS」時代に向けて動き出す
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