電気自動車(EV)の実用化や自動運転技術の進化、人工知能(AI)やIoTといったテクノロジーの発展、それらが自動車産業にもたらす重要な変化の数々──。これら動きを4つのキーワードで示した「CASE」(Connected/Autonomous/Shared/Service/Electric)と呼ばれる新たな概念の登場によって、いま自動車業界は100年に一度とも言われる大変革期を迎えている。

この数十年で、人とクルマの関係は大きく変わった。いまや誰もが高級車に憧れる時代ではない。それどころかクルマを所有する意識が希薄な層も、都市部の若者を中心に増え続けている。こうした自動車を取り巻く人々の大きな意識の変化を背景に、その存在意義を問われているのが世界各国で開催されるモーターショーだ。

迫られる大転換

1954年に「全日本自動車ショウ」として初めて開催され、現在も日本最大のモーターショーであり続けている「東京モーターショー」。その来場者数は、バブル景気に湧いた1991年に史上最高の200万人を突破した。ところが、以後の入場者数は下降線をたどり、前回の2017年には77万人にまで落ち込んでいる。もちろんこうした傾向は日本に限ったものではなく、欧州などで開催される主要なモーターショーを見ても、ここ数年は入場者数や出展社数の減少に歯止めがかかっていない。

そんな人々の“モーターショー離れ”に強い危機感を表明し、モーターショー自体が変化する必要性を強調したのが、日本自動車工業会の会長でもあるトヨタ自動車社長の豊田章男だ。豊田は9月に実施された東京モーターショーの事前説明会で、次のように訴えた。

「例えば、米国の家電見本市であるコンシューマー・エレクトロニクス・ショー(CES)では出展メーカーが増え、新型車の発表もその場で行われるようになっています。クルマの未来の姿をモーターショーというクルマ単体のイベントで伝えていくのは、いまや難しい。東京モーターショーもCESのように、ともに未来をつくろうというさまざまな産業とともに、人々の暮らしの未来を示す場にモデルチェンジしていかなければならない。そうでなければ、ジリ貧のまま東京モーターショー自体が終わってしまうのではないでしょうか」

ブース内のコンテンツ体験でポイントを手に入れ、貯めたポイントに応じてブース内の「トヨタコンビニ」でグッズをもらえる。体験を重視した展示が目白押しだ。PHOTOGRAPH BY KOUTAROU WASHIZAKI

10月24日から11月4日まで12日間にかけて開催されている「東京モーターショー2019」のテーマは、「OPEN FUTURE」だ。このテーマにある「OPEN」という言葉には、文字通り「未来への扉を開く」という思いに加えて、いくつかの意味がある。まず、これまでの会場だった東京ビッグサイト有明エリアから、新たに会場となる青海エリア、さらに両会場をつなぐオープンロードへの開催エリアの拡大。そして高校生以下の入場を無料としたうえ、誰もが未来の暮らしを無料で体験できる「FUTURE EXPO」の開催などによって、新たな来場者に向けてイベントを“オープン化”するといった動きだ。

従来の“最新自動車の見本市”から、クルマやバイクのある未来の暮らしを人々に想起させる場へ──。今年の「東京モーターショー2019」で体験できるのは、業界の垣根を超えてオールインダストリーで実現される、そんなモーターショーのエポックメイキングな大転換である。

次世代モビリティが走る“未来の街”を体験

こうしたなか、トヨタが提示する「モビリティのある未来の暮らし」とは、いったいどんなものになるのだろうか?

ブースの主担当者であるトヨタの伊原麻弥は、「まさにそうした未来を右脳的に体験してもらうことが、今回のトヨタブースの狙いになります」と説明する。「わたしたちが考えているのは、どこまで行っても人が中心の世の中で、人が楽しく生活するためにモビリティはどうあるべきなのかということ。モビリティがあることで、もっともっと未来の暮らしは楽しくなります」

「これまでのモーターショーでは最新の自動車を展示してその横に技術の説明員が立ち、クルマの機能やコンセプトを説明するイメージでした。今回はそうした枠組みをすべて取り払って、クルマが好きな人もそうでない人も、大人も子どもも純粋にモビリティのある未来を楽しめるような体験型の展示にしています」

今回のトヨタブースのテーマは、「PLAY THE FUTURE!」だ。まず最初に来場者は、それぞれのニックネームや顔写真に応じた背景が入ったレジデンスカードをブースの入り口にある端末で発行してもらい、“未来の街”へ。受付カウンターではSF映画から抜け出してきたようなコスチュームに身を包んだキャスト(未来人)とともに、生活支援ロボット「HSR」と人型ロボット「T-HR3」が迎えてくれる。

受付カウンターでは、人型ロボット「T-HR3」が来場者を迎えてくれる。PHOTOGRAPH BY KOUTAROU WASHIZAKI

ブースに展示されているのは、わたしたちが知るクルマやバイクとは少し違ったモビリティだ。例えば、遠隔で医師の問診や診察を受けながら病院に向かうことができる「TOYOTA e-Care」。非接触充電システムを備え、走行しながらほかのEVに充電できる移動型インフラモビリティ「TOYOTA e-Chargeair」。フィットネスジムやミュージックスタジオなど、利用者のニーズに応じて車内をカスタマイズできる1人乗りモビリティ「TOYOTA e-4me」。そして、さまざまな人と荷物を積んで自由に移動できるライドシェアモビリティ「TOYOTA e-Trans」や、空飛ぶほうきをモチーフとした「e-broom」など、トヨタが想像する20XX年の未来都市を走るモビリティ群である。

来場者はこれらのモビリティの一部に乗り込んで、実際に未来のシステムを体験できる。さらに体験拠点に設置された端末にレジデンスカードをかざすことで体験ポイントが加算され、ポイントに応じてノベルティを手に入れられる。幅80mの巨大スクリーンに映し出される未来の街の映像を背景に、未来のラストワンマイルの物流を担う自律走行の配達ロボット「TOYOTA Micro Palette」が登場し、来場者にウォーターボトルを配布するといった演出もある。

従来のようなクルマ中心の展示から、人を中心とした展示へ──。つまり、今回のトヨタブースは新車のスペックや機能を伝えるのではなく、人が実際に未来のモビリティに触れることでどのような「楽しみ」を手に入れられるのか、体験しながら楽しめる仕掛けになっているのだ。

もっと人を中心としたモビリティ社会へ

モーターショーの開催に先立って10月23日に開催されたトヨタのプレスカンファレンスの冒頭では、VRのキャラクターであるVチューバーの「モリゾウ」になった社長の豊田が、未来の街が映るスクリーンに登場した。豊田は今回のトヨタブースのコンセプトを、スクリーンを見つめる報道関係者たちに向けて次のように説明した。

「このキャラクターは、わたしの表情に応じて笑顔になったり、驚いたりもする。たとえ離れた場所にいても、皆さんはわたしの存在を感じることができるはずです。人は大量の情報を瞬時に処理し、判断することができる。だからこそ、情報社会が高度になると、街も社会も、もちろんクルマも、もっと人中心になっていくのです。だから今回のトヨタブースは、人を中心としたモビリティ社会を体感できるようにつくりました」

続いてステージに立った豊田は、モビリティ・アズ・ア・サーヴィス(MaaS)専用の次世代EVとして開発された「e-Palette」を紹介した。ライドシェアから小売り、ホテルなど、あらゆる目的で活用できるというe-Paletteには、「CASE」の概念がすべて詰め込まれている。

それは「モビリティカンパニーへのモデルチェンジ」を目指すトヨタの未来を担うコンセプトカーでもあった。すでにe-Paletteは2020年の東京オリンピック・パラリンピックでの活用も決まっているが、動く状態で披露されるのは今回が初めてとなる。

「e-Paletteは、あるときはオフィスになったり、靴屋になったり、ホテルになったり、さまざまな移動サーヴィスを提供できるモビリティ。そうしたe-Paletteのコンセプトと同様に、今回のブースに展示されるのは社会や街とつながり、人に移動やサービスを提供するモビリティばかりです」

遠隔で医師の問診や診察を受けながら病院に向かうことができる「TOYOTA e-Care」。PHOTOGRAPH BY KOUTAROU WASHIZAKI

人とモビリティが心を通わせる未来

こうした未来のモビリティによって、クルマはもはや個人で所有するものではなくなってしまうのか?

そんな疑問に豊田は力強く「NO」を宣言する。「共有するモビリティがあるからこそ、人はよりパーソナルなモビリティを所有することになる。そんなよりパーソナルなモビリティとしての回答が、今回のブースでも展示するe-RACERです」

そう言って豊田が紹介した「TOYOTA e-RACER」は、いわば未来のスポーツカーだ。その日のドライヴァーの気分や体調によってぴったりのシートやアクセサリーが自動的に3Dで生成されるうえ、専用の拡張現実(AR)/仮想現実(VR)グラスを装着することで、好きな国や未来・過去の街並み、さらには海中といった好みの走行シーンを現実世界に重ね合わせることができる。トヨタが考える未来の「Fun to Drive」を体現したモビリティだ。

「たとえるなら、社会で共有するe-Paletteは馬車のようなもので、e-RACERは競走馬のようなもの。クルマの誕生によって米国では1,500万頭の馬がクルマに置き換わったと言われていますが、競走馬はなくなりませんでした。人は馬を操る楽しさを知っていますし、人は馬と心を通わせることができる。馬は乗る人にとってかけがえのない存在であり、クルマもAIの進化によって人と心を通わせる存在になりえます。未来のクルマはまた馬のような存在になり、未来のモビリティ社会は馬車と愛馬が共存する社会になるのではないでしょうか」

未来のスポーツカーのコンセプトを示した「TOYOTA e-RACER」。馬車に対する競走馬のような存在になるのだという。PHOTOGRAPH BY KOUTAROU WASHIZAKI

とはいえ、そうした未来のモビリティ社会において、人が愛馬となるクルマに求めるものは、心を通わせ一緒に移動する喜び、つまり「Fun to Drive」だ。

もちろん、いくら最新の機能が搭載された魅力的なモビリティが開発されたとしても、それを実際に使いこなす人がおざなりにされては新たな物語は始まらない。今回のトヨタブースでは、人が活用することで始まる“モビリティの未来”という物語が提示され、そうしたヒューマンコネックテッドな未来を、従来の自動車ファンだけでなく未来の主役である子どもたちが体験するのだ。

シェアにせよ個人での所有にせよ、人とモビリティが心を通わせることで、それぞれの「楽しみ」や「好き」や「便利」が、どんどん拡張されていく。今回のトヨタブースを体験した多くの人が、それぞれにそうした未来を想像するだろう。人とモビリティがコネクトすることで、個人のなかでそれぞれに未来のストーリーが動き出す──。まさにその先にあるものこそが、トヨタの示す20XX年のモビリティ社会の姿なのだ。

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