フィジカルな空間だからこそ

銀座4丁目のガス灯通りを行く。かつて「ISSEY MIYAKE GINZA」と呼ばれていた空間には末尾に「/ 445」という記号と数字が付され、エントランスフロアには展示空間「CUBE」が拡がっている。

そしてさらに30mほど歩を進めると、そこには新たに生み出されたもうひとつの旗艦店があった。「ISSEY MIYAKE GINZA / 442」だ。白とライトグレー、そして無垢のアルミニウム(リサイクル素材を使用しているという)を基調とした空間は、大きくとられた窓からたっぷりと光を取り込む。シンプルで合理的な設計が行き届いたクリーンなフロアに、柔らかで美しい陰影をつくり出し、さまざまな衣服の美しいドレープや色彩を浮かび上がらせていた。

4フロア構成の空間を手がけたのは吉岡徳仁だ。プロダクトデザインや建築、アートと幅広い領域で活躍するこの人もまた、三宅一生の薫陶を受けたことで知られている。

「研ぎ澄まされて、堂々としています」。同窓ともいうべきデザイナーの仕事について宮前義之は語る。「素材の特性を突き詰めて、ダイナミックに使っていくところなどは、ぼくたちの服づくりが目指しているところでもある。とても気持ちよく服と出合うことができると思います」

確かにファッションを産業の視点で見れば、ECは成長を続けヴァーチャルな領域にまで拡大しつつある。それでもなお宮前は衣服にとってフィジカルな空間は重要だと断言するのだった。

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「ISSEY MIYAKE GINZA / 442」は地下1階から3階までの4フロア構成となっている。展開しているのは、地下1階に「IM MEN」と「HOMME PLISSÉ ISSEY MIYAKE」、「ISSEY MIYAKE WATCH」「ISSEY MIYAKE EYES」。1階は「PLEATS PLEASE ISSEY MIYAKE」と「BAO BAO ISSEY MIYAKE」、「GOOD GOODS ISSEY MIYAKE」。さらに2階には「ISSEY MIYAKE」と「ISSEY MIYAKE PARFUMS」。そして3階には「A-POC ABLE ISSEY MIYAKE」と多彩。

──銀座という街にこれほど大きな空間を2つも構えるというのは、かなりの決断を要するように感じます。意図を教えてください。

宮前 イッセイ ミヤケのなかでも、この数年、話してきたことがあります。ぼくたちの仕事の基礎になっているのは、服をつくり、着る人のもとに届けること。それを全力でやり続けるのは当然だけれど、自分たちが何に感動しているのか、何に興味をもっているのか、そういったコミュニケーションの必要性についてでした。

三宅さんも常々語っていたのですが、ぼくたちの仕事はものをつくっておしまいではないんですよね。デザインというのは、ものを通して文化を届ける仕事で、これから先はますますそれが大切になる。そのためにも空間が必要だったのです。

──「CUBE」の展示空間のコンセプトには対話や交流の場になっていくことも掲げられていますが、これもそのためですね。

宮前 いまはオンラインでも服を買うことができますから。この場所でこそ感じられる体験を、いかに提供できるかが大切になってくるのではないでしょうか。初回はイッセイ ミヤケとも深い関係性にあった、田中一光さんのまさにデザインど真ん中ともいえるプロジェクトを展示していますが、次はまた違った企画になるかもしれません。定期的にチームで話し合いながら、自由にアイデアを膨らませています。訪れる人たちも巻き込むような、コミュニケーションの場所になっていくといいなと思っています。

「ISSEY MIYAKE GINZA / 445」の展示空間「CUBE」では、田中一光の作品をモチーフにする「IKKO TANAKA ISSEY MIYAKE No.6」の特別展示が開催されている。会場にちりばめた無数の紙を色の粒子に見立てたユニークで美しい展示構成は、日本デザインセンター三澤デザイン研究室が担った。会期は3月29日まで。なお、こちらの店舗の2階には「132 5. ISSEY MIYAKE」と「me ISSEY MIYAKE」、「HaaT」をラインナップしている。

──10のブランドとプロジェクトが2店舗に集積しています。イッセイ ミヤケのものづくりを俯瞰することができ、その全体像に宿る文化や思考も体感できるかもしれません。

宮前 そのような場所にすることが、ぼくたちの目標です。こうした規模で全体をご覧いただける場所は、大阪(ISSEY MIYAKE SEMBA)以外ではなかったので、みんな気合が入っていますよ。それに、10のブランドとプロジェクトを近い空間でプレゼンテーションすることで、お互いの切磋琢磨を加速する機会にもなるような気がしています。普段はそれぞれの方法で、それぞれの個性とイッセイ ミヤケらしさを同時に追求していますから。ぼくたちも、これまでにない刺激を得られると思うんです。

──これまでに挙げられたコミュニケーションや俯瞰性などは、あるいはVRやXRなどのリアルを拡張した空間にも可能性がありそうです。この点については、どのように考えていますか?

宮前 個人としては興味があります。例えば重力から解放された服は、どのようなデザインになるだろうと考える。服をつくることは、重力と向き合う作業でもあるんです。布がどう落ちるか、動いたときにどのようなドレープやシルエットが生まれるか。普段はそんな格闘をずっとしています。なので重力がなかったら、服の本質から考え直すことになるし、未来の新しい領域として想像するのは楽しいですね。

けれどイッセイ ミヤケでの服づくりとして考えると、人々の日常生活や身体の心地よい感覚に寄り添うことを大切にしたい。素材の肌触りや生地の重み、着心地とか高揚感とか。フィジカルな感覚から離れてはいけないという気持ちがあります。もちろん、テクノロジーの進化は続いているし、仮想空間で素材感を表現することに取り組んでいる人たちがいるのも知っています。けれどいまはまだ、はた目に見ているというのが正直なところですね。ファッションの歴史を書き変えるほどの可能性をもっているかもしれないですが。

──やはり服にはフィジカルな空間が必要になるのですね。

宮前 願っても簡単には得られるものではないですしね。この場所をよりよいものにするために、ぼくたちはクリエイションとビジネスの両輪を動かしていきたいと思っています。

白とライトグレーを基調とした「ISSEY MIYAKE GINZA / 442」の店内は、リサイクルアルミニウムを大胆かつ繊細に取り入れている。シンプルで洗練されているが、堅苦しさはない。天井が高く、太陽光もたっぷり入るため、開放感や心地よさがある。

デザインは希望のために

昨年の訃報が明らかにしたのは、三宅一生が残したものの大きさ、あるいは広さだったのではないだろうか。それは例えば、先に挙げた吉岡徳仁をはじめとして、ファッションだけではないものづくりやアートにまつわるさまざまな領域で、その言葉や思考を受け継ぐ多くの人が活躍していることからも明らかだ。

そして今回のインタヴューにおいても感じることだが、イッセイ ミヤケという組織における「デザイン」という言葉の使い方は、独特の重みや拡がりがある。どうやらデザインは形をつくることだけを指すのではなく、人、空間、社会へと拡がっていく力のようなものなのかもしれない。宮前はこの言葉をしばしば思い出すのだという。「デザインには希望があると信じています。人々に驚きと喜びを与えるのです」。

──この三宅一生さんの言葉はデザインへの確信に満ちていますね。

宮前 服は肌に最も身近なプロダクトで、人の気持ちに直結するものだと思います。だからこそ、ぼくたちは着る人の感情を確かに揺さぶるようなプロダクトをつくっていきたい。

そのためにはまず、自分たちがワクワクする必要があるし、つくるプロセスを楽しんで、着てくれる人とそのストーリーを共有したい。三宅さんが話していた「デザイン」という言葉は、それらをすべて含んでいたのではないかと、いまでは思います。

──「希望」という言葉はポジティブに響きますが、覚悟も問われるような重みがあります。特にファッション産業は環境問題や気候変動の点でも、厳しい目を向けられています。

宮前 目の前の問題に対する具体的な行動は、当然やるべきです。リサイクル原料や環境に配慮した素材や製法も進めていきたい。ぼくたちはあくまで、新しい服やコレクションをつくり続けることでそれを進めていきます。素材の産地の人たちや、糸や生地をつくる人、縫製や加工をする人などと一緒に、みなが希望をもてるような服づくりができるはず。そのようなプロセスを生み出して、着る人と共有するまでを、これからはデザインしていく必要があると思います。

「A-POC ABLE ISSEY MIYAKE」のフロアでは、「TYPE-O」シリーズの生地が展示されていた。ブランド独自の技術である、「Steam Stretch」で生み出されたプリーツの立体感や縮み具合、合理的なパターンのとり方などが解体的によくわかる。「一枚の布」に込められた、創意やデザインを感じることができるはずだ。

──この新しい旗艦店はその共有の現場になっていくということですね。

宮前 だからこそコミュニケーションを大切にしていきたいのです。きっとそれは言葉だけでなく、衣服や空間を通じて行なうものなのだと思います。A-POCというブランド名の由来にもなっている「一枚の布(A Piece Of Cloth)」は、三宅さんが掲げてきたコンセプトですが、それが一体何であるかは、三宅さん自身も言葉にしきれなかったのではないかと思うことがあります。それが服をつくり続ける原動力になり、空間やショーやプロダクトの表現へと拡がっていったのだと思います。

──極論かもしれませんが、三宅さんにとってデザインは問いだったのでしょうか。

宮前 そうかもしれません。根っこにあるのは、人の暮らしのなかで、生きることと衣服を直結させ、それにどう向き合っていくべきかという問いでした。さらにその背景にある社会や時代とどうかかわり合うか、という問いも重なっていきます。

──イッセイ ミヤケやA-POC ABLE ISSEY MIYAKEが前進し続けるのは、問いを受け継いだからですね。

宮前 そうやって種が蒔かれてきたのかもしれませんね。三宅さんは10年に一度、大きなイノべイションを生み出してきました。ぼくたちも次の10年や、その先の10年に向けて、いままでとは異なるものづくりや価値観を提案する準備をしていかなければいけないと思っています。この銀座の拠点を、その一歩目にしていきたいんです。

宮前義之|YOSHIYUKI MIYAMAE
1976年東京都生まれ。2001年に三宅デザイン事務所に入社し、三宅一生が率いたA-POCの企画チームに参加。その後ISSEY MIYAKEの企画チームに加わり、11年から19年までISSEY MIYAKEのデザイナーを務めた。21年に新たにスタートした「A-POC ABLE ISSEY MIYAKE」では服づくりのプロセスごと変革することに邁進している。

SHOP DATA

ISSEY MIYAKE GINZA / 442
東京都中央区銀座4-4-2
TEL. 03-6263-0705

ISSEY MIYAKE GINZA / 445
東京都中央区銀座4-4-5
TEL. 03-3566-5225

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