ジョン・シーブルック

1989年から『ニューヨーカー』誌に寄稿し、1993年からスタッフライター。近著の「The Song Machine: Inside the Hit Factory」を含む4冊の著書がある。(@jmseabrook

医師のほうもあまり遠隔医療に魅力を感じられない事情がある。2019年に米医師会が実施した調査によると、ヴァーチャルケアが自身の業務のプラスになると全面的に認めている専門医は3人に1人、プライマリー・ケアの医師では5人に2人だ。患者を画面越しに診察・治療しなければならないという制限に加えて、経済的な制限もある。またヴァーチャルな診療については、患者によって必要なテクノロジーを扱う技量が大きく異なることもあり、対面診療より時間がかかる場合が多い。

さらに地域によっては、条例が障害となるケースもある。2019年12月に法律の専門家チームが分析した結果によると、ヴァーチャル診療の報酬を対面診療と同じ条件で制限なしに補償するよう、民間保険会社に求めている州はわずか10州のみ。遠隔医療を行なう医師たちは、診察により時間がかかって患者数が少なくなるうえ、報酬も充分に得られないのだ。そんな診療に誰が参加したいと思うだろうか?
 
「そこで起こったのがこのパンデミックです」とオセイドは言う。2020年2月28日金曜日、イタリア旅行から戻ってきたばかりのダートマス=ヒッチコックの職員が、病院の医療スタッフにインフルエンザに似た症状を訴えた。その職員は自主隔離に入るよう言われたのだがそれに従わなかった。ダートマス大学のタック・スクール・オブ・ビジネスが、近くのホワイト・リヴァー・ジャンクションにある音楽ホールで開いたパーティに出かけてしまったのだ。3日後、その職員の新型コロナウイルス陽性が判明し、ニュー・ハンプシャー州で最初の患者となった。

次の火曜日までにダートマス=ヒッチコックの職員で2人目の陽性患者が判明し、全米に大きく報道される事態となる。ダートマス=ヒッチコック医療センターには、新型コロナウイルス患者向けのベッドが30床設置された。

危うくなる病院収入の「生命線」

パンデミックの前、ダートマス=ヒッチコック医療センターとその外来クリニックでは1日4,500件の外来患者を受け入れ、100件近くの選択的外科手術[編註:緊急を要しない計画的外科手術]を行なっていた。医療施設はどこでもそうだが、この医療センターの経済的基盤は対面診療と手術のうえに成り立っている。

「はっきり言って選択的外科手術は、全部とまでは言わないにしても実に多くの病院の収入を支える生命線なのです」と、米麻酔専門医協会会長であるメアリー・デイル・ピーターソンも、政治メディア『ポリティコ』に3月に語っている。

ダートマス=ヒッチコックは、3月半ばまでに外来診療はほぼ停止状態となり、選択的外科手術もどうしても必要なものだけに限る事態になった。個人用保護具(PPE)の在庫を保持し、医師と患者両方を新型コロナウイルスから守るためだ。4月1日にはダートマス=ヒッチコック・ヘルス・システムが扱う遠隔外来診療は、週2000件に跳ね上がっていた。「いまはあらゆるところから遠隔医療の依頼が来ています」とオセイドは言う。それでもダートマス=ヒッチコックの最高経営責任者(CEO)であるジョアン・コンロイはこう打ち明ける。

「夜になると、最高財務責任者とわたしはしょっちゅうEメールのやり取りをしています」。ふたりが話し合っているのはもっぱら、病院の予算の不足分をどう埋め合わせるか、だという。

遠隔医療企業が最前線のトリアージセンターに

米国でロックダウンが始まると、ヘルスケアはヴァーチャルに移行した。本来なら診療の50パーセント近くが対面でのプライマリーケアを必要とするが、それは実質的に不可能になった。人工股関節置換手術などの選択的外科手術は延期され、腎臓結石除去や心臓弁置換手術の必要な患者は手術が行なえず症状の悪化を見るよりほかになくなった。