北朝鮮の強制収容所に生きる家族を描いた感動の長編アニメ映画『トゥルーノース』が来週6月4日からいよいよ全国ロードショーとなる。いまだ国際社会からひた隠しにされる政治犯強制収容所に送還された家族の過酷な現実を描いた本作は、極限状態での家族愛を下敷きに、倫理的な生き方とは何か、生きる意味とは何かという人間の生存条件そのものを問うことで、魂を揺さぶってくる作品だ。

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現実に12万人とも言われる“政治犯”のなかには、日本からの帰還事業で帰国した家族や拉致被害者も含まれるという。それは日本に住む日常とはあまりにかけ離れた「地獄」だけれど、だからといって、基本的な人権が極端に剥奪された世界で唯一の場所というわけではない。先週からこのSZメンバーシップで全5週にわたって連載されている新疆ウイグル自治区での弾圧の実態は、まるで強制収容所が国全体に拡がっているかのようだ。

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本日配信予定の第2回では、住宅の外壁に貼り付けたQRコードで住人の個人情報を読み取り、すべてのクルマには国が発行したGPSトラッカーがつけられ、携帯電話からはあらゆるデータが抜き取られる現状が紹介されている。さらに「全民検診」なるプログラムによって、血液型や指紋、声紋、虹彩パターンやDNAサンプルなどの生体データが国に提出されている。監視カメラで使用する顔認識ソフトは、ウイグル族の顔を識別できるように訓練されてもいる。まさに「デジタル時代のアパルトヘイト」という言葉すらふさわしいのだ。

今週のSZメンバーシップは、「ダイヴァーシティ」というテーマの下で、欧米に拡がるアジア人差別の問題を紹介している。これは短期的にはもちろん、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を「チャイナ・フル」と呼んだ当時のトランプ大統領に責任のいくばくかがあるけれど、今週の記事にあるように、その差別はもっと根深く、日常的にあることを、海外経験のある日本人なら誰もが知っているはずだ。

今週の記事:
アジア系に対するヘイトクライムを止めるには「込み入った歴史」をひも解くことが重要だ
反アジア感情の高まりはなぜ続いているのか:人種差別を常態化させないためにわたしたちができること

よく勘違いされるのだけれど、ぼく自身は留学経験も海外在住経験もない。それでも、バックパックを背負ったアジア旅ではなく仕事で欧米の主要都市のちゃんとしたホテルに泊まるようになったり、家族も含めて海外との関係を深めていくと、そこに存在するアジア人への差別をいやでも感じるようになった。正直に告白すれば、特に若い時分にはそれはショッキングで、これまで経験したことがないような、自尊心が傷つけられる体験でもあった。

でも逆説的に学んだこともある。それは、日本という比較的閉鎖的な社会において、日本人で男性で大卒で仕事をもっていることが、どんなに恵まれた、そしてときとして他者を無意識に差別する側の存在かということだ。社会のマジョリティにとどまり続けさえすれば、一生その手の嫌な思いをせずに暮らし続けることができる。そして、日本において実際に多くの人が、人種差別やヘイトクライムの被害者になることなど一度も想像することなく過ごしているはずだ。

勘違いしないでいただきたいのは、「人種差別を経験したほうがいい」と言いたいわけじゃない。今週の記事にあるように、特に「アジア系」とくくられるぼくたちは、もっと明確に意思表示をしていかなければならない。そのことが、差別する側とされる側が多元的で複層的であって、自らもそこに加担しているかもしれない可能性に、常に意識的であるための道筋でもあると思うのだ。

今週は「NEW NEIGHBORHOOD」を特集する雑誌版『WIRED』最新号の校了ウィークで、編集部は久しぶりにオフィスで顔を合わせながら連日深夜まで編集作業を続けてきた。その出来栄えについてはぜひ、6月14日の発売日を楽しみにしていただきたいのだけれど、そのなかで、新しいネイバーフッドを考えるひとつのヒントとして、ノーベル文学賞受賞後初の長編『クララとお日さま』を近頃発表した作家カズオ・イシグロの言葉を引用している。

それは「縦の旅行」と「横の旅行」についてで、世界中を飛び回っても同じ価値観の人々としか会わず、グローバルな同質性を強化する一方の「横の旅行」に対し、同じ通りに住んでいる人々でさえ、まったく違った世界に住んでいて、そうした人たちをもっと知る「縦の旅行」が必要ではないか、というものだ。