フィンランドには、RovioやSupercellといったゲーム業界大手から、データベース・マネジメント・システムを手がけるMySQL、フードデリバリー・サービスのWoltに至るまで、数多くのユニコーン企業がひしめいている。また、世界最大規模のスタートアップのためのイベント「Slush」が開催される場所でもある。Slushは毎年、ヘルシンキのエキスポ&コンベンション・センターで行なわれている。

Slushに毎年参加している人たちは、ヘルシンキを年に1回立ち寄るだけの場所と考えがちだが、それではヘルシンキの活きのいいスタートアップの現場と直につながる機会をみすみす逃してしまうことになる。「最も重要なのは、ここにある文化です」とヘルシンキ最大手の事業開発サーヴィスNewCo Helsinkiのスタートアップビジネス・アドバイザー、ミア=スティーナ・ヘイッカラは言う。「ここには、とてもオープンで人への信頼を重視する風土があります。だからこそ、誰もが自分のビジネスのアイデアを口にしやすいのです」

ヘルシンキはフィンランドという比較的小さな国にある小さな都市であり、投資の規模もさほど大きいとは言えなかったが、その状況は急速に変わりつつある。国際的な才能ある人々を惹きつけることの重要性に気づいたヘルシンキは、特に新規企業に的を絞った資金提供を行ないつつ、地元のスタートアップ企業の強化にも力を入れている。

Volare(ヴォラーレ)

Volare共同設立者トゥーレ・パルヴィアイネン。 PHOTOGRAPH: JUSSI PUIKKONEN

Volareの共同設立者トゥーレ・パルヴィアイネンとマッティ・ターティネンは、アメリカミズアブという昆虫が、世界的なフードチェーンにおける二大難問を解決するカギになるかもしれないと考えた。ひとつは食品廃棄物、もうひとつはタンパク質の需要に関わる問題だ。

ふたりはVTT(Technical Research Centre of Finland)でミズアブの養殖方法を開発する共同研究を始め、2021年の春にはVTTから独立して、そのアイデアを産業レベルへとスケールアップすることに成功した。アメリカミズアブの幼虫は、Volare本社の半径50km以内から集められた食品廃棄物をエサにして育てられ、成虫になると加工されてペットフードや動物用の飼料になる。Maki.vcから受けた70万ユーロ(約9,800万円)のプレシード・ファンディングによって9人のメンバーによる会社の基礎がつくられ、23年にはヘルシンキの北約50kmに位置するヒュヴィンカーに年間5,000トンのプロテインを生産できる工場が建設される予定だ。
volare.fi

Gubbe(ギュッベ)

サンドラ・ルーナマーは祖父を亡くして、難問に直面した。ひとりになった祖母の世話を誰がするのか? マーケティングの専門家であるルーナマーは、責任をもって祖母を介護し、家事のあれこれを請け負ってくれるような信頼のおける人物を派遣してくれる会社を探したが、それを見つけるのは至難の技だった。そこで18年、自ら会社を立ちあげることにした。母親たちのフェイスブックコミュニティで出会った友人であり、共同設立者でもあるメリー=トゥーリ・ラークソネンの協力を得てつくったGubbeの会社名は、愛犬にちなんだものだ。
「Gubbeは年を重ねた最愛の人に、最高のケアサービスを提供する会社です」とルーナマーは言う。同社は7段階の審査過程をクリアした学生のケアラーと、ケアを必要とする人たちとのつながりを仲介する。システムとしてはWoltに似ているが、この場合提供されるのは「介護ケア」だ。スウェーデンとフィンランドでこのサービスに登録しているケアラーの数は1,000人以上に及び、22年8月には英国でもサービスを開始する。従業員45名ほどのこの会社は、Spintop Ventures、Nidoco AB、Tesiといった投資会社から610万ユーロ(約8億6,000万円)の資金を調達している。
gubbe.com

Mjuk(ミューク)

ユーズド家具取引プラットフォームMjukの共同設立者リッカルド・ジリアクス。 PHOTOGRAPH: JUSSI PUIKKONEN

Mjukは19年、状態のよい中古家具を手頃な値段で、かつ手軽に購入したいと考えたリッカルド・ジリアクス、マックス・ヘイノー、カスパー・フォン・プファラーによって設立された。「わたしたちは中古家具を売買する際の面倒な手続きを排除し、売買したい人の都合がいいときに家具を引き取りに行ったり配達したりするサービスを立ちあげました」とジリアクスは言う。引き取りと配達を含む運送業務はMjukが自社で請け負い、そのためにつくられたアプリを使って管理される。

創設以来、Mjukが販売した家具は25,000点にのぼり、販売総額のランレートは500万ユーロ(約7億円)、しかも22年度はそれが倍増する見込みだ。同年3月の資金調達ラウンド(同社にとって2回目となる)では、投資家から調達した資金総額は550万ユーロ(約7億7,300万円)となった。この資金は23年に計画されているヨーロッパ全域へのサービス拡大に使われる予定で、社員も現在の25名から増強する考えだ。「わたしたちは今後5年間で、ヨーロッパで最大の中古家具取引所となることを目指しています」とジリアクスは語る。
mjukhome.com

GraphoGame(グラフォゲーム)

イェスパー・リーナネンは30歳になるまでに6カ国に住んだ経験があるが、フィンランドの教育システムがどこよりも優れていることに気づいた。フィンランドでは、学習レベルに関係なく、すべての生徒がひとつの教室内で学ぶのだ。

17年、リーナネンは共同設立者のメルヴィ・パランダーとともにGraphoGameを設立する。パランダーは、オンライン学習プラットフォームのClanedをはじめとする、デジタル学習システム開発の分野で25年の経験をもつ人物だ。GraphoGameでは、ケンブリッジ大学やイェール大学などの研究結果をもとに、4歳から9歳の子ども向けにゲームを使って読み書きを学習するプログラムを提供している。

「わたしたちは政府の協力のもとに、こういったアプリを最も必要とする子どもたちに届けています。そうすることにより、フィンランド全体の教育に長期的な影響を与えたいと考えています」とリーナネンは言う。GraphoGameのアプリを使うことにより、子どもたちは1、2カ月で基本的な読み書き能力を身につける。このアプリは現在15カ国で、1カ月あたり40万人の子どもたちに利用されており、ザンビアの民族言語なども含む15の言語に対応している。
graphogame.com

Solar Foods(ソーラー・フーズ)

歴史が始まって以来、食物連鎖は農業に起点を置いてきた。だが、Solar FoodsのCEO兼共同設立者パシー・ヴァイニッカは、必ずしもそうである必要はないと考える。17年にVTTから独立する形で設立されたSolar Foodsは、ミートボールや麺類、アイスクリームといった食品の原料として使用可能なSoleinと呼ばれるプロテインパウダーを製造する。このSoleinは微生物を発酵させてつくるもので、その成分は65〜70%がタンパク質、5〜8%が脂質、10〜15%が食物繊維、3〜5%がミネラルとなっている。商業ベースの生産は、ヘルシンキの北20kmに位置するヴァンターの工場で23年前半期に開始される予定だ。この工場は22年2月にフィンランドのPharmacy Pension Fundから1,000万ユーロ(約14億円)の資金を得て建てられたものだ。
solarfoods.com

Flowrite(フローライト)

当時フィンランドのスタートアップ支援企業Kiuasのリーダーだったアーロ・イソサーリは、同じようなメールを繰り返し書くのにうんざりして、ほかになにかいい解決策があるはずだと考えた。そして20年、スタートアップ企業を支援する側から、自らスタートアップを立ちあげる側に回り、Flowriteを設立する。Flowriteの主軸となる製品は、AIの力を借りて“cal invite?(cal 招待する?)”のような短い指示語を、すぐに送れるEメールやメッセージにまとめてくれる文章作成アシスタントだ。現在はまだベータ版だが、Google Chromeの拡張機能として配布されているこのアプリは、すでに5万人以上の人に使われている。Flowriteは500万ドル(約6億6,000万円)の資金調達により、18名の社員規模を実現したが、現在その全員がリモートで働いている。
flowrite.com

Pixieray(ピクシーレイ)

Pixierayはいつでも、どこでも、誰にでも完璧な視界を提供したいと考えている。21年にニコ・エイデン、レベッカ・スー、クラウス・メラカリ、ヴィッレ・ミエッティネンによって設立されたPixierayは、単なる可変焦点レンズのさらに数歩先を目指す会社だ。彼らが開発した適応能力を備えたメガネは携帯のカメラのような機能をもち、100ミリ秒ごとにズームインとズームアウトを繰り返しつつ、つねに焦点を調整し続ける。Pixierayは21年6月にMaki.vcやアマゾン・アレクサ・ファンドなどから440万ドル(約5億8,000万円)のシード・ファンディングを調達しており、23年に最初の製品を出荷する予定だ。
pixieray.com

IQM

18年にアールト大学から独立した量子ハードウェア会社IQMは、ヤン・ゴエッツ、クァン・イェン・タン、ミッコ・モットネン、ユーア・ヴァーティアイネンの発想の賜物だ。IQMは超伝導量子ビットを使って量子コンピューターを組みたてる会社であり、エスポー、ミュンヘン、パリ、マドリードにある4つのオフィスで、180名の従業員が処理能力を高速化する仕事に取り組んでいる。

IQMはフィンランドのVTTリサーチセンターに5量子ビットのプロセッサーを納入しており、ドイツのQ-Exaプロジェクトで使われている量子コンピューターもIQM製のものだ。IQMが得意とするのは、ひとつですべての仕事をこなせる万能型のマシンよりも、特定のタスクに特化したプロセッサーの開発である。たとえばナノスケール核磁気共鳴画像処理といった特殊なタスクがそれにあたり、このアイデアによってIQMは投資家からの資金調達に成功している。直近では、22年7月に1億2,800万ユーロ(約180億円)を集めたラウンドが終了したばかりだ。
meetiqm.com

Helppy(ヘルピー)

フィンランドは世界で最も急速に高齢化が進む5カ国のうちのひとつであり、したがって高齢者ケアには多くの企業からの注目が集まっている。HelppyはGubbeとともにその一角を担うスタートアップ企業だ。

Helppyのプラットフォームは、これまでシフト制の勤務体制下で働いてきて、患者のことをほとんど知らなかった看護師たちに、患者のニーズに関するデータを伝えることにより、個々の患者に対するケアに一貫性をもたせることを目指している。18年にリチャード・ノルドストロームによって設立されたこのアプリは、5,000人の看護師に利用され、ケアを必要とする人たちと看護師とをつないできた。

現時点でこのアプリを利用する看護師によりケアを受けた患者の数は1,000人にのぼる。22年5月、HelppyはWoltの共同設立者エリアス・アールトや、VC企業Alliance Ventureなどから300万ユーロ(約4億2,000万円)の資金調達を受けることに成功した。ノルドストロームによれば、この資金によりHelppyは中央ヨーロッパへの進出を行なう予定だという。
helppy.com

Mainframe Industries(メインフレーム・インダストリーズ)

MMO(大規模他人数同時参加型)ゲームは430億ドル(約5兆7,000億円)規模の巨大産業だが、クラウド対応が充分だとは言えない。Mainframe Industriesはそんな状況を是正したいと考えている。この会社を19年に設立したのは、元Ubisoft、Blizzard Entertainment、CCP Games(EVE Onlineを開発した会社)などの経歴をもつ13人のベテラン・ゲーム開発者だ。Mainframeが開発中のクラウド基盤のゲームでは、プレイヤーはNetflixにアクセスするのと同じような感覚で、デバイスにとらわれない方法でゲームをプレイできる。Mainframeの現従業員数は約60名、Twitch and King(Candy Crush Sagaの開発会社)の共同設立者を含む投資家から、約3,000万ユーロ(42億円)におよぶ資金を調達している。
themainframe.com

WIRED UK/Translation by Terumi Kato, LIBER/Edit by Michiaki Matsushima)