
当方はウクライナやスラブ研究者では無く、米国大学にてホスピタリテイ・観光経営分野で研究系博士教員をしている日本人学者・米国永住者です。ウクライナには縁があって旧ソ連崩壊後数年であった1995年から往訪しており、渡航回数は30回程度です。過去5年は年に数回のペースで渡航していました。 自分の研究領域専門分野ではありませんが、比較的現地情勢に詳しいので、約一か月前に掲題の雑学メモを書きました。現地に行かずに欧米メデイアを分析・評論するような日本語メデイア、或いは親ロシア派の自称コンサルタントのロシア寄りのメデイアの意見や見解が日本ではより目立つようで、ウクライナ側から見た見解に比較的に各種反応を頂いたので、侵略が始まった直後の現時点で追加・補足をしようと思います。なお、当方はロシアにも5回程度渡航しており、現在もロシア語を趣味で勉強しており、大学院生にロシア人学生も居るので、ロシア人・ロシア文
nekojita @nek0jita 「コロシテ…」の元ネタはハガレン、幽遊白書(Dr.イチガキチーム)、メイドインアビスなど諸説有るがハガレンではそもそも言ってない。 たぶん最古は「ジョニーは戦場へ行った」(小説1939年/映画1971年)で半身不随になりながら生き延びた主人公が、首の動きのモールス信号で『Kill me』と繰り返すシーン 2020-08-25 22:09:37 nekojita @nek0jita 月に叢雲、花に風。 月影に波、虹に霧。 雪に足跡、砂浜にデスワーム。 オムライスにセロリ、字幕に誤訳。 電車に混雑、観光地に人波。 都市に朝焼け、ビルに雨。 AIに倫理規制、歌に疲れ。 ツイにX、論争に嘘。 ロボに人権、メイドに自我。 悪に後悔、愛に条件。 正義に暴力、出会いに別れ。 人生に酒。 nicovideo.jp/mylist/10661344 nekojita @n
リンク note(ノート) さよなら、愛しのFreeBSD|力武 健次 / りきたけ けんじ|note 2019年1月末でFreeBSDに関連する開発活動を止めることにした。とても愛していたOSだけに身を切られるような思いは否めなかったが、別れが来るなら自分の自由になるうちにと思い、決断した。以下は個人的な想いを綴っている。 BSDの大元は、カリフォルニア大学バークレイ校で作られたオペレーティングシステム、今風に言えば基本ソフトだ。Berkeley Software Distributionというのがもともとの名前だ。 1985年に自分がUNIXに触れたころから憧れていたのがこのBSDだった。当時のBSDは 287 users 3 発明家で技術コンサルの北神 @nonNoise 自作Linux基板作るんだから、Linuxについてお詳しいんでしょ?って思うじゃん! 言ってもまだLinuxをビ
1950年代から1970年代初頭にかけて行われた「学生運動」を、一般社会はどのような認識でとらえていたのか。当時の映像資料は主に学生・運動家視点で描かれたもので、状況をビジュアル的に認識するには十分なものだが、一般の人々の心境を知るには今一つ信ぴょう性の上で問題もある。そこで今回は内閣府の公式サイトで公開されている戦後の各種世論調査のうち、1968年(昭和43年)に実施された「学生運動に関する世論調査」から、その実情に探りを入れることにする。なお1968年といえばいわゆる東大紛争、日大闘争などが発生し、機動隊側でも多数の死傷者が生じている。また10月にはいわゆる「新宿騒乱」が起き、新宿駅などの機能がマヒし、騒乱罪が適用され多数の逮捕者も出ている。 今調査は1968年11月29日から12月5日にかけて、調査員による面接聴取方式で20歳以上の男女に対して行われたもので、有効回答数は2502人。
中国で発見された唐の時代の官僚の墓石に刻まれた墓誌が、当時、唐に渡っていた吉備真備によって書かれたとみられることが分かりました。専門家は、吉備真備が書いた文字は日本国内でも見つかっていないとして、貴重な発見だと注目しています。 25日、北京で公開されたのは、中国の唐の時代の官僚で、遣唐使など外国からの使節の受け入れを担っていた李訓という人物の墓石に刻まれていた328文字の墓誌です。 墓誌は、6年前に河南省洛陽で見つかり、李訓の生前の経歴などが記されていて、文章の最後に「日本国朝臣備書」と刻まれていました。墓誌を発見した広東省深※センにある博物館の閻焔館長によりますと、日本の「朝臣備」という人物が書いたことを意味し、文字が書かれた年代から、「朝臣備」は遣唐使とともに留学生として唐に渡っていた吉備真備を指すとみられるということです。 吉備真備は、奈良時代に2度にわたって唐に渡り、当時の中国の政
歴史は雑学だと思って切り捨てたんだわ。ごめんな。 https://t.co/ManlN0F1ok
ってな画像がツイッターでは極たまに流れてきて、 「学校で教えるべきですね」とか、 「日本だけ日本のままですごい」とか、 そんな感じのコメントとそれに対する突っ込みが入るのが極まれ茶飯事ってな感じです。今回はこの画像についての軽い記事をばをば。 ひとまずこの画像が出回ってるのが現在確認できるのは2007年くらい(ツイッターの指摘を見ると2006年にはもうありました。ただそれも転載です)からで、その時から同じ文脈で使われています。ただその確認できるサイトが出所元かというと、そちらにも出典元が明記されていないのでおそらく流用してという感じが濃厚でしょう。大本を今現在のネットで探るのは無理臭いかなと。 ただ現実にある本の出典元としては『プロムナード世界史(浜島書店)』でしょう。こちらのブログで出回っているのよりも全く同じ構成でやや新しい年表が出典先と共に明記されています。なので元は高校向け資料集で
俺はずっとマンガ「キングダム」を歴史スペクタクルマンガだと思っていたが、違った。 キングダムはヤンキーマンガなのだ。 地元、都道府県、そして全国の高校のやべーやつらと戦って、全国制覇を目指す。キングダムのフォーマットはそれだ。 だからオリキャラ、史実キャラ問わず量産型なやばいやつが途切れることなく出てくる。「秦六将」とか「三大天」とか「魏火竜」とかは「〇〇高校四天王」みたいな感じだし。 と言うわけで自分の中で整理はついた。 それと同時に、寝る前とかに妄想してた「俺のキングダム」が先日無事始皇帝が死に、次世代の英雄たちが顔見せして終わったので、俺の中のキングダムをここに書いて残しておきたい。 いやー、項燕は強敵でしたね…。 主な舞台は3つキングダムにはストーリーの軸となる舞台が3つある。 秦の宮中秦の朝廷戦場、前線この3つだ。 この3つを経糸に、キャラクターを緯糸にしてストーリーが紡がれてい
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