「上司は部下をどう導けばいいのか」という議論が盛んですが、人間関係は双方向。例えば上司が自分の行動原理にマッチした成功パターンを教えても、部下の行動原理が違えば、部下は反発、上司は困惑…そうした事態を避けるために、ぜひ活用したいのが「FFS理論」です。『宇宙兄弟とFFS理論が教えてくれる あなたを伸ばす部下、つぶす部下』をベースにしたこの連載では、FFS理論を活用して「行動原理が違う部下と良い関係を構築するための勘所」を解説します。人気コミック『宇宙兄弟』の名場面とともに、一緒に学んでいきましょう。第1回は「保全性が高い上司と拡散性が高い部下」編です。
「上司は部下をどう導けばいいのか」という議論が盛んです。しかし、人間関係は必ず双方向です。部下は上司に影響を受け、そして上司も、部下に影響を受けます。関係性が良ければ部下だけではなく上司も大きく成長しますし、悪ければ上司がつぶれることもあります。強い組織をつくるマネジメントは「上司と部下」の両方で考えることが必要です。
そもそも、人の行動原理にはズレがあります。例えば、物事に取り組む際に「好きか嫌いか」を重視する人もいれば、「合理的かどうか」に重きを置く人もいるでしょう。重視するポイントが異なる人が一緒に同じ物事に取り組むと、そこにはどうしても誤解や「あいつのやることは分からない、おかしい」という不信感が生まれがちです。
行動原理の違いが「悪意」と受け取られる悲劇
行動原理が違う人が一緒に働く場合、立場が平等な同僚ならばまだ逃げ場もあるのですが、問題は上司と部下のような、上下関係がある場合です。
上司は、自分の行動原理にマッチした成功パターンをよかれと思って部下に教えようとしますし、自分だったらこう扱われたい、というやり方で部下に接します。同じタイプの人間同士ならば問題は起こりにくいのですが、行動原理がまったく食い違う組み合わせも存在します。
上司は、自分の教えをはねつける部下に困惑し、部下は、自分には理解できないやり方を押し付けてくる上司に反発します。パワハラ、逆パワハラが生まれかねませんし、最悪なのは、「理解できない」という気持ちが「相手が自分に悪意を抱いているから、こんなことをするのでは」という恐れ、不安に転化してしまうことです。
そこで、もしムッとすることがあったら「この人は、おそらくこういう行動原理で動いている。だから自分のやりたいことと食い違いが起きるのだ」と理解し、「この人の行動原理からすれば、こういう言い方をすれば理解の糸口になりそうだ」と考える。ここから対話への一歩が始まり、誤解が解け、組織が正常に機能します。自分の行動原理を理解し、相手の行動原理を見抜き、その上でアプローチするわけです。
うまくいけば、お互いの苦手なところを相互に補い合う理想的な補完関係もつくれます。そのためのツールとなるのが、FFS理論です。
『宇宙兄弟とFFS理論が教えてくれる あなたを伸ばす部下、つぶす部下』と、それをベースにしたこの連載でご紹介するFFS理論(開発者は小林惠智博士)は、TOPPANホールディングス、レゾナック、ポーラ・オルビスホールディングス、リクルートグループ、マネーフォワードなど、延べ約900社で導入されている、人の個性を科学的に分析し、組織作りやチーム運営を支援するためのツールです。
「その人にとって何がストレスになるか」に注目し、ストレスの原因を5つの因子(「凝縮性」「受容性」「弁別性」「拡散性」「保全性」)に分けて、その高低とバランスで診断します。日本人は「受容性」の因子が最も高い、あるいは2番目に高い人が64%を占め、その次が「保全性」、そして「拡散性」となります。
FFS理論についての詳しい説明は、日経ビジネス電子版の
●「日本人の6割は『最初の一歩』が踏み出せない」(「保全性」と「拡散性」、どちらの傾向が強いかの診断へのリンクがあります)
●「Five Factors and Stress (FFS)」とは何か
をご覧ください。
本連載では、多数派の「受容性」「保全性」、そして日本人の中では異色(の割には人数がそこそこ多い)の「拡散性」の高い人を中心に、それぞれが上司と部下として向かい合ったときに起こりがちな誤解、それをどうすれば回避できるか、を扱っていきます。
自分の個性、部下(上司)の個性を診断してみよう
ご自身がどの因子が高いのかについては、『あなたを伸ばす部下、つぶす部下』に収録した自己診断でつかむことができます。また、部下を(あるいは上司を)観察することで、高い因子をある程度推定することもできる診断も収録しています。
そしてこの書籍では、小山宙哉氏の人気コミック『宇宙兄弟』の名場面をふんだんに引用し、それぞれの個性の強み、弱み、異なる個性と向き合った際の反応を分かりやすく解説しています。そこで、宇宙兄弟とFFS理論のコラボを記念して、以下のリンクから、FFS理論に基づくあなたの「個性の傾向」と、宇宙兄弟の8人の登場人物の中で似ているキャラクターを紹介します。まずはこちらでお試しください。
https://www.ffs-uchukyodai.com/spacebr/trial/TrialRegist.ffsm
紙の書籍版には、無料でFFS理論に基づくWeb診断が受けられるアクセスコードが付いています(上記の無料診断の、より精度の高いバージョンになります。電子書籍版にはアクセスコードはありませんので、ご注意ください)ので、活用していただければと思います。
それでは今回は「保全性」が高い上司と「拡散性」が高い部下という、日本企業でとてもありがちな「どうしてこうなる?」と双方を悩ませる組み合わせを見てみましょう。「丁寧に指導すればするほど、部下のやる気がなくなるぞ」というあなたの悩みに、もしかしたら当てはまるかもしれません。上司、部下、の順に、アドバイスさせていただきます。
○特徴が強みとして発揮された場合の評価
▲ 何事もしっかりと準備して取りかかる→慎重でミスが少ない
▲ 納得するまで情報を集める→抜け漏れのなさ
▲ リスクに敏感である→回避策、代替案も考えるので成功する確度が高い
▲ 自分の居心地をよくしようとする→日々、工夫改善していく
×特徴が裏目に出た場合の評価
▼ 何事もしっかりと準備して取りかかる→スタートするまでが遅い
▼ 納得するまで情報を集める→情報を集めるのが目的化してしまう
▼ リスクに敏感である→物事を変えたくない、前例主義的になる
▼ 自分の居心地をよくしようとする→既存の枠組みを死守しようとする
「保全性」と「拡散性」の特徴を最初に簡単に説明します。
「拡散性」が高い人は、未知の領域に本能的に惹かれる性質を持っています。特に積み重ねや知識がなくても、興味のあることに迷いなく飛び込んでいく様子に、「保全性」の高い人は「なんでそんな無茶ができるんだ?」と驚きを隠せません。
「保全性」の高い人にとって、その腰の軽さは憧れにつながることもあれば「動けない自分」のふがいなさを感じることもあります。でもこれは、行動原理の違いです。「保全性」の持ち味は積み重ねの力であって、そこは「拡散性」が最も苦手とするところ。引け目を感じる必要はまったくありません。
要するにこの2タイプは考え方が大きく異なるのです。「保全性」が高い人が多い日本の社会では、ほどほどに数がいる「拡散性」が高い人との間にはどうしても誤解や衝突が生じがちで、それがコミュニケーションを妨げたり、個人の成長の足を引っ張ったりしています。両者が理解し補い合えば、日本企業の生産性は数字に出るくらい上がる、と、私は本気で思うのですが。
さて、こうした傾向から「拡散性」の高い部下(以下、「拡散性の部下」「拡散性部下」とします。本連載では以下同)から「保全性」の高い上司(同じく、「保全性の上司」「保全性上司」)は、「自分の行動を制限し、対応が遅い」人に見えます。
地図を用意する保全性上司が部下にはうざったい
保全性の上司は、目的よりも手順を優先して説明しがちです。
登山に例えると、「どの山に登るか」より、「これこれを準備して、こういう服を着て靴を履いて、荷物はこういうバッグにこう入れて、何日何時にこの場所に着いて、そこから1時間にこのくらいのペースで登って」と、事細かく段取りを説明するほうに力を入れがちなのです。目的より、手順をきっちり固めて着実に実行することそのものに、仕事の喜びを見いだします。
そこで、自分が登頂に成功した実例をもとに磨き込んだ細かなノウハウを丁寧にまとめて、惜しみなく部下に伝授します。「このとおりやれば成功する」と思えばこそ、自作のマニュアルも用意して教えようとするのです。
しかし、拡散性の部下からするとこの指示は実につまらないものに思えます。
「拡散性」が高い人は、手段よりも目的志向です。どの山に登るか、それが面白そうか、が判断基準になります。「面白そうだろう? だからこの山に登ろう。登り方は君に任せるよ」というのが、拡散性の部下にとって最もアガる指示です。
その真逆のことをやられて、「全部制約されて自由にやれないし、そもそもどの山にどうして登るのかを教えてもらえない」と、拡散性の部下は不満たらたらです。「そんなにかっちり決めたいなら、もう、課長が自分で登ったらいいじゃないですか。僕は別の山に行きますよ」と、反抗的になるのです。
そんな気も知らず保全性上司は「もしかして、マニュアルが分かりにくかったかな」と丁寧に手直ししたりします。もちろん部下はなんの感謝もしてくれません。
自分で動いてしまうのは絶対NG
プロセスを重視する保全性の上司は、指示を出したらその進捗をこまめに確認したいのですが、これも拡散性の部下には逆効果というか、興味を持ててないからさぼりがち。こうなると保全性の上司からは拡散性の部下が、ただの不真面目な人に見えてきます。「やる気も能力もないダメなヤツなんじゃないか?」という疑念がどんどん膨らみます。
ここで保全性の上司がやりがちで、しかし絶対にやってはいけないことは、「あいつにやる気がないなら、もう自分でやったほうが早い」と、自ら動いてしまうことです。
「保全性」の高い人は、事態が進む中で自分が何もしていないことに不安を覚えます。仕事が進捗しないことに、管理者としての指導力が疑われそうだと気になり、自分で仕上げようとします。すると拡散性の部下は「あ、課長がやってくれるんですか、どうせ興味ありませんからどうぞ、どうぞ」と、悪気なくさらに上司の気持ちを逆なでします。
保全性の上司からしたらもう意味不明です。いくら指示をしても言うことを聞かず、感謝も反省もしない。ふてぶてしい態度に腹も立つ。こうなるとまともに会話することすら難しく、「こいつは苦手だ、手に負えない」と、関わりを避けます。最悪の場合、拡散性の部下が上司にはっきり反旗を翻して食ってかかるようになることもあり、そうなると上司にとっては強いストレスの原因になります。
もちろん、ふてぶてしい態度を取ったり反抗するのは部下の側に大いに問題があります。
ただ、保全性の上司がよかれと思ってしていることが、思わぬ反発を招く方向に拡散性の部下を押しやっていることがある、ということはぜひ知ってください。「保全性」の高い人は「拡散性」の高い人に苦手意識を持ちがちなので、一度こじれるとたいへんやっかいです。
そんな拡散性の部下を、保全性の上司がうまく扱い、戦力として育てるにはどうするか。
拡散性の部下を気分良く走らせるコツ
「拡散性」の高い人がやる気を見せるのは「好き」や「興味」があること。拡散性の部下には、本人の好きなやり方で任せるのが一番です。興味を持たせるには、手順を教えるのではなく、登る山を教えてあげる。すなわち部下が「つまらない」と思っている仕事が持っている意義、意味を教えて、そして本人にとって「面白いこと」に変えてやるのです。
拡散性の部下が知りたいのは、手順ではなくて目的なのです。そして、目的に対して自分ならではのやり方を考えることが大好きです。
例えば決まり切った仕事でも、「時間と手間を減らすアイデアはないかな?」「結果が同じなら、プロセスは変えても構わないよ」と、部下がやりたいようにやれる自由度を与えてあげれば、がぜん興味を示すはずです。上司側の気持ちに余裕があれば「これは君にしかできないと思う」と付け加えてみる。「面白そうですね」と食いついてきたらしめたものです。
さらに言うと、拡散性の部下はアイデアや行動は得意ですが、手順の洗練や細かい事務作業、成果の刈り取りは苦手です。そこは「保全性」が高い人の得意分野ですから、さりげなくフォローしてあげましょう。そして、出た成果は評価してあげて、あなたは実を取ればいいのです。
部下とハサミは使いよう、の見本例
保全性の上司にとって拡散性の部下を扱うコツは「部下とハサミは使いよう」です。
詰めの甘さや生意気さはおそらくずっと変わりませんが、自分ではなかなか手を出せない分野や既存の仕事の改革に、「面白い」と感じれば見返りを求めずに突進してくれる、ありがたい部下になります。
もちろん、保全性上司にとって、自分の行動原理である「仕事の段取り」を、どうにも頼りなく見える拡散性の部下に「自由にやれ」と任せるのは、なかなか抵抗があると思います。
ですが、そこは口出しを我慢して見守りましょう。うまくいったらあなたが拡散性の部下の手法を体系化し、自分の段取りのバリエーションとして加えればいいのです。
そして「任せる上司」という、部下からは意外な一面を見せることで、拡散性の部下のみならず、上下左右の人々のあなたを見る目も変わってくることでしょう。
保全性の上司を持った拡散性の部下へのアドバイス
この人はどうにもならない、と思ったら、「上司をヒーローにしてあげるゲーム」と考えて、上司が苦手な新分野への切り込み隊長などを買って出るのはどうでしょう。また、保全性上司はヒエラルキーを強く意識しますので、顔を立ててあげると安心します。
会社の地位とかメンツとかは、あなたにとってはどうでもいいことのはず。「自分にこんなに好き勝手にやらせてくれるのは、この会社であなたしかいませんよ。これからも役に立ちますので、使ってやってください」と、感謝しつつうまくノセて、自分がやりたいことをやれる環境をつくっていってください。
(本連載は単行本『宇宙兄弟とFFS理論が教えてくれる あなたを伸ばす部下、つぶす部下』の内容に基づき、一部再編集を加えたものです)
古野 俊幸(著)、/日経BP/1980円(税込み)