東京・下北沢に新刊書店「本屋B&B」を開業し、“小規模書店業界”のリーダー的存在の一人である内沼晋太郎さん。内沼さんのインタビュー最終回は、経済産業省が検討している書店支援策について。「国や自治体が書店を支援すること自体は歓迎だが、できることなら一律支援ではなく、頑張っている書店を応援するものにしてほしい。魅力的なイベントや特色のある棚作りなどへの支援であれば、地域全体の文化を活性化させるきっかけにもなる」。

韓国ではプログラムへ支援

2024年3月、街中の書店が急速に減少しつつある現状に対し、経済産業省が書店振興プロジェクトチームを立ち上げ、対策に乗り出すことになりました。現在は書店へのヒアリングを終え、「関係者から指摘された書店活性化のための課題(案)」を公表してパブリックコメントを集めた段階ですが、このように国が書店業界を支援しようとすることをどう思いますか。

内沼晋太郎さん(以下、内沼) 自分は特にヒアリングを受けてはいないのですが、国が書店を支援すること自体は、珍しいことではありません。第1回 「内沼晋太郎 韓国と台湾に『本屋』の未来を探す」 で話したように、台湾では本の流通にも国の補助金が入っていますし、韓国においても、政府や自治体による支援があります。中国に至っては、国を挙げて本屋を増やすような政策を進めています。

 特に韓国のやり方は、日本にフィットしているのではないかと考えています。時の政権によって変化があり、ちょうど最近その支援策がなくなってしまったようではあるのですが、基本的な方法はプログラム支援だと聞いています。書店に限らず、図書館や文化系の団体、施設が対象になっているようです。

 例えば、ある若手小説家によるライター講座のような企画を書店が立てたとして、それをしかるべき機関に申請して受理されたら、補助金が出ます。それが、開催期間中にその小説家の生活を支え、書店が家賃を払えるような、まとまった金額であるそうです。日本でもアートイベントなどにはそうした助成金が入っていますが、一書店の連続講座のようなものも小規模な文化プログラムとして対象になっていて、助成金を申請するのが一般化しているということですね。

 この形のいいところは、まだ印税だけでは生活できない作家が、本の売り上げだけでは成り立たない書店と、力を合わせて良いプログラムを企画しようとすることです。作家にとっては、それが地元の書店であったり、普段から関係性のある書店だったりする。それは、それぞれの地域の書店の個性が出てくることにもつながります。

 日本でもそうですが、出版社は自社の本をできるだけ多くの書店に置いてもらいたいわけです。すると当然、書店の規模ごとに本の品ぞろえがどうしても似てくる部分がある。そのこと自体は問題だとは思いませんが、書店ごとの個性のようなものは見えにくくなります。

「書店に対する一律の支援は、むしろ弊害のほうが大きいと思います」と話す内沼晋太郎さん
「書店に対する一律の支援は、むしろ弊害のほうが大きいと思います」と話す内沼晋太郎さん
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 そんな中、店ごとに最も得意とする分野で、違う作家とプログラムを企画すれば、結果的にそれぞれの個性が出てきて、差別化ができますよね。それぞれの地域にいろんな書店があることで、文化的に豊かになるということでもあります。

一律支援は弊害のほうが大きい

経産省の問題意識としては、書店のない自治体が増えていることに危機感を持っているようですね。

内沼 このままだと、書店を一律に支援するような方向になりそうですよね。でも正直、自治体という単位で見ることに意味はあるのかという気もします。現状だと、一律の支援は、むしろ弊害のほうが大きいんじゃないでしょうか。

 書店側はただ今まで通りやっていればいいだけになってしまい、創意工夫を生み出し、差別化するきっかけになりませんから。今の書店の状況で、全体がシュリンクしている中で、何の変化も求めずに一時的に楽になってしまうと、結局またじわじわと売り上げが下がって、その支援があっても潰れるようになるだけではないかと思います。お金の使い方として、変化するインセンティブが働く方向に使われるといいなと。

 そもそもこうした支援は、いつまでも続く保証がない、という前提で行われるべきです。ただ商いの現状維持のためにズルズルと垂れ流されるようになってしまうと、他の業界の人から見ると納得がいかないじゃないですか。あくまで文化振興や地域でのコミュニティーづくり、教育などの公益のために、書店の力がより生かされるような使い方をしないと、かえって書店の衰退を早めるだけになってしまうのではないでしょうか。

 誤解を恐れずに言えば、ただの現状維持のためなら、支援はされるべきではないと思います。出版や書店の存在を文化だと言い、国のお金を使おうというならば、やはりそれぞれの地域で、ある種の公益的な活動の拠点として、その役割を担えるところに重点的に配分するのが良さそうだと思います。そこから地元の作家が有名になっていったり、書店が独自性を発揮してファンを増やすようになったりすれば、面白いですよね。

プログラム支援といっても、日本ではイベントなどを企画する書店は少ないのでは?

内沼 そうでもないですよ。別に大々的なイベントではなくても、小さなトークイベントやサイン会とか、店頭で展開されるフェアなども含めれば、大小を問わずいろんな書店で行われているので、まずはそうした小さな企画でも自発的にできる書店に対して、拠点としての種を見いだして支援する形でいいと思うんです。

 フェアを評価するという点でいうと、民間の有志による取り組みですが、2024年から「Book Fair Championship(BFC)」というのも始まりました。各地の書店員が立てたフェア企画を募集し、その発想力や提案性、芸術性を競い合わせようというものです。チャンピオンになればチャンピオンベルトと賞金30万円が贈呈されるそうで、こういう取り組みがたくさん出てきてもいいと思いますね。

小さな出版社・書店が集まる場をつくりたい

出版社も書店も、大手と中小の間では大きな差がありますね。

内沼 僕が今、一番関心を持っているのは、中小の出版社や書店、あるいは個人で本を作ったり売ったりしている人など、本にまつわる多様な取り組みが、いかに多様なまま継続し得るかということです。そのためのインフラのようなものを、具体的につくっていきたいと思っています。

 すでに多くのプレーヤーがいますが、今はそれぞれバラバラに生き残りを模索している感じです。お互い利害の一致しない部分もありますが、もっと共同してアイデアを出し合い、一緒にやれる土台のコミュニティーをつくったほうがいいんじゃないかなと。第1回で台湾の独立系書店には組合があるという話をしましたが、そうした動きとも近いかもしれません。

「小さな出版社と書店が集まってアイデアを出し合い、生き残り策を議論する場をつくりたいと思っています」
「小さな出版社と書店が集まってアイデアを出し合い、生き残り策を議論する場をつくりたいと思っています」
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大手出版社も大手取次も、いろいろな取り組みを始めています。彼らとはまた別の生態系で、というイメージですか。

内沼 日販とトーハンが物流の一部を共有していたり、紀伊國屋書店とカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)が日販と一緒に会社をつくっていたり、大手でさえ、今まで手を組めなかった競合同士が、力を合わせ始めているわけですよね。第2回 「内沼晋太郎 欧州ではオーディオブックが流行中」 でも話したように、そうした大手の取り組みはあくまで既存のシステムを土台に、テクノロジーを活用してより効率的にしていく方向に動いていると思います。もちろん道義的に、中小を切り捨てないように考えるとは思うのですが、実質的には規模に応じた、別の生態系もつくる必要があるのではないかと思っています。

方向性や目的がそれぞれ違いますからね。その多様性が出版業界の面白いところでもあります。

内沼 まさしく、そういう意味で日本の出版は、今すごく豊かさを保っていると思っています。欧米だと出版社がグループ化しているという話もしましたが、今の日本は大小さまざまなプレーヤーがいます。ですが、さすがに規模やスタンスの違う主体が、同じ大規模な流通網の下で事業を展開することには、無理が出てきているとも感じます。海外展開できる漫画などのIP(知的財産)を持っていたり、ITや不動産など多角的に事業展開ができたりする大手出版社とそれ以外とでは、さすがに前提となる状況が違いますよね。

 日本の取次流通システムはそれでも、ある時代までは雑誌や漫画が盛大に売れていたことによって維持されてきました。しかし今やかつてのパワーがない以上、出版社側への負担増は避けられなくなっています。そこにとどまり続けられなくなった人たちが潰れてしまったり、大手に吸収されていったりするのではない、別の未来を描こうとすると、やはり別の小さな循環をグルグル回せるような環境が必要なはず。

 僕にとってはここ数年、ずっと考えながらいろんな人と話をしてきたことで、まだまだ道半ばですが、いずれそうした土台をつくることが目下の目標です。

取材・文/島田栄昭 取材・構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集) 写真/木村輝