【主な内容】
■第一章 ポーランドゲーム産業
■第二章 ポーランドの歴史と文化背景
■第三章 近年のポーランドゲーム産業トレンド
■第一章 ポーランドゲーム産業
【「とにかく日本となじみのない」神秘のゲーム大国ポーランド、政府に招かれゲームイベント参加】
中欧・東欧は2億以上もの人口を擁する一大商圏である。最大人口を抱えるポーランド(4000万人)やウクライナ(3800万人)を筆頭に、ルーマニア(2000万人)、チェコ(1000万人)、ギリシャ・ハンガリー(各1000万人)、ベラルーシ・オーストリア(各900万人)ブルガリア(660万人)、スロバキア(570万人)と他には400万人未満のクロアチア、モルドバ、アルバニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、マケドニア、エストニア、ラドビア、リトアニアなどから成り立っている。ただ、その多くは冷戦までは「ソ連側」であったことが、よりこの地域を日本人になじみのないものにしている。
貿易としてのつながりも薄い。日本の約80兆円の年間輸出は中国とアメリカだけで半分のシェアになる。東アジアと東南アジアが続き、EU全体で1割程度。しかもその大きなものはドイツ、オランダ、フランスの順。東欧では「大国」といえるポーランドも、日本の貿易相手としては20位にも入ってこない0.6兆円。中東や南米の国のほうがまだ大きいくらいだ。日本企業の進出企業はトヨタ、ブリヂストン、セラミックの日本ガイシなどの自動車関係から、キューピーや味の素、ロッテといった食品系で合計して350社ほど。しかもポーランド看板産業であるはずのゲーム業界で、支社の展開実績はない。
それがゆえに、今回2025年大阪万博という節目もあり、ポーランドがEU基金などを使って多くの日系ゲーム会社の招致ツアーを実施した。スクウェア・エニックス、カプコン、SNK、ケムコ、8-4などのゲーム関係会社や4gamer、Game with、ルーディムス、Gamebizなどのゲームメディアも招待を受けた。期間としては2024年10月20~28日、ちょうどドイツ・ケルン以東で最大のゲーム展示会「Poznań Game Arena(以下、PGA)」(2024年は6.1万人が訪れた)のタイミングで5都市(Warsaw、Kraków、Katowice、Wrocław、Poznań)を周遊し、数十社単位のポーランド・ゲーム開発会社との交流が行われた。詳細なレポートはGamewith社から参加した矢崎高広氏(関連)や、以前より同国のゲーム業界を注目してきた徳岡正肇氏が取材しているので そちらもご覧いただきたい。
【国家助成が入ったゲーム開発。EU欧州地域開発基金という“助け合い”】
CD Projekt, Techland, 11 bit studio-こうした企業名に聞き覚えがある日本人は多くはないだろう。だが、現地を訪れてみるとその意外なサイズ感に驚く。現地のゲーム消費市場規模としては6億ドルと、フランスやドイツ、カナダの1/10にも満たない。それでも開発会社494社、産業人口1.5万人、年間530本もの新規ゲームが出て、開発会社としての売上は12億ドルを超える。なにより1年で16~24%も増えている開発者の数1.5万人(ウクライナ戦争の影響も大きい)という規模は、実はドイツ本国よりも多く、フランス・イギリスに迫る規模だ。物価高騰や治安悪化で住みづらくなった西欧から、英語も通じてEU圏内のポーランドに移住するトップ級開発者もそれなりの数に及び(1.5万人のうち2200人もの「外国人」開発者がポーランドに在籍している)、「一大開発地域」になりつつあるのが現状だ。
日本においてはグローバルで成功するソフト会社の海外売上比率は3~5割、任天堂で8割だ。だがポーランドのゲーム産業全体が「海外比率96%」という状態にある。もともと人口4000万人で、1人あたりGDPが2.2万ドル(リトアニア、ギリシャ、ハンガリー、クロアチア、ルーマニアなどの東欧・中欧は同水準)で英仏独の半分以下しかない同国では、最初から自国市場で勝負しようという発想がない。ドイツやフランス、イギリス、なにより一番メインは「米国市場で稼ぐ」ということである。CDProjekt社の地域別売上は7割北米、2割欧州で、ポーランド母国からの収入は3%に過ぎない。
ポーランド発のゲームに馴染みがないのも仕方がないかもしれない。530本の新作リリースは160本がPC、90本がMobile、Xbox・PS・Switchの家庭用プラットフォームで231本とあって、「とにかく(日本企業が馴染みが薄い)PC向けが多い」状況。『Cyberpunk2077』も売り先は5割PC、3割プレステ、2割Xboxといったところ。そもそもSwitchとMobileが強い日本とは対極的な状況ともいえる。
開発者も開発会社も増えている。100名を超える開発会社も2020年に14社だったが、2023年には25社とどんどん増えている。1988年設立のCD社、1991年設立のTechland社など1990年代に数社しか存在しなかった産業が、00年代に数十社立ち上がり、PCとXbox、Playstationなどのプラットフォームに向けて毎年30~50社と立ち上がっていく「ゲーム会社起業ブーム」が2010年代の特に後半に大きくなる。日本では1980年代後半の家庭用と、2000年代後半のモバイル向けが一番のゲーム会社起業ブームだったが、ポーランドの場合はそれが直近10年の間に起こったのだ。
特にゲーム史を創り上げたにも等しい「CDProjekt」社は、『Witcher』と『Cyberpunk2077』の2つの看板タイトルを誇り、2019年にはポーランドにおける時価総額No.1企業になった実績を持つ。自動車部品やコンビニチェーンなどよりも「ゲーム会社が国のNo.1」ともなれば、国が力を入れるのも当然だろう(日本では任天堂が2007年の絶好調時にトヨタ自動車に次ぐ2位になった実績がある)。本作は2016年にポーランド政府より750万ドルの技術研究費の支援を受けている。
そもそもEUとポーランドの間にはSmart growth programといってEUの結束「欧州地域開発基金(ERDF)」はEUの地域間格差是正のために、主にフランスやドイツなどの先進国から集めた資金を使って、ポーランドなどの地域に無償援助を行うもので、技術開発に対して一定比率を援助が行われる。特にポーランドへの助成はかなりの金額で、2004年EU加盟後から約20年間で資金援助をもらった総額は1500億ユーロ(24兆円相当)にも及ぶ(※) 。今回出張の際に訪れたPoznanのeNStudioというモーションキャプチャースタジオも950万ユーロ(15億円)のEUからの助成金によって建設されている。2016年から長い年月をかけて交渉し2020年にようやく採択となり、そこから2年かけて建設して2022年にオープンした。
ポーランド政府自身もERDFほどではないが、プロジェクトの公的助成を行っている。直接ヒアリングした情報ではCDProjekt社に合計4件の技術助成で750万ドルを拠出したが、それ以外にも38件のプロジェクトを採択し、3180万ドル(約50億円)の資金提供を行ったという。対象は3つの領域、「デジタル」と「グリーンテクノロジー」と「ヘルスケア(製薬)」に集中しており、合計すると500億ドル(350億が借入、150億が投資)にも及ぶという。
52の大学(うち半分は国立)でゲーム学部が存在し、新卒人材もゲーム業界に供給され続けている。いずれにせよ、政府助成・EU開発基金がゲーム業界というエンタメ産業にも惜しみなく配分され、産官学あわせたゲーム産業振興がなされ、なにより上記のような詳細なデータは毎年計測され、可視化されている。日本は市場こそ大きく歴史も長い国を代表する一大ゲーム産業ではあるが、こうした欧州・北米の産・官・学あわせたゲーム産業振興を見るにつけ、栄華の時代を超えて日本のプレゼンスが縮小していくのはもはや必然だったのかもしれないという気持ちにもなる。
※ERDFはどの国も無条件に受けられるものではなく、GDPがEU平均からみて「75%未満の後進地域」「75-90%の移行地域」「90%以上の中進地域」に分けて傾斜配分される。地域の発展度合いに応じて対象プロジェクトの50~85%を負担し、残りは該当地域の公的・民間資金で賄う。
【作り直しが実を結ぶ『Cyberpunk2077』、4.4億ドル総コストを回収する『エル電リング越え』の販売本数】
『Cyberpunk2077』はリリースまでに約1.7億ドルの開発費が投じられたといわれる。2012年に最初に構想が発表され、注目を浴びたのは2018年でのキービジュアル公開。5年かけて500人が専従するような競合体制で助成金やクラウドファンディングなど様々な調達手段が模索され、広告費を含めたコスト総額はなんと4.4億ドル(約650億円)。ポーランド1国のゲーム消費市場規模の額を、(全体収益の3割を担う時価総額No.1の企業とはいえ)1社が投資しきってしまう「無謀なチャレンジ」は易々と成功を手に入れたわけではないのだ。
2019年に期待値はうなぎのぼりだったが、正直2020年12月にリリースされたときには“物議を醸す”ところから始まる。1300万本を売り上げた結果だけは良かったが、バグ、クラッシュ、パフォーマンス問題に悩まされ、CD社はその改善に多大な努力を払ってきた。リリース後の半年間では30万件近いレビューのうち、5万件を超える“Bad”レビューがあった(Playstation版は半年間「取り下げ」されている)。
それが追加開発やマーケティングで継続的にコストをかけ続ける結果になるのだが2年半かけて改善に次ぐ改善を重ね、2023年夏には累計55万件レビューで“Good”スコアが80%を超える。「最も開発費のかかったビデオゲーム」でありながら、それは同時に累計3000万本を超える「史上最も売れたゲームの一つ」にもなった(『PUBG』7500万本、『Witcher3』5000万本、『あつまれどうぶつの森』4600万本、『ゼルダの伝説ブレスオブザワイルド』3400万本、『エルデンリング』2800万本といった世界的大ヒット作と並ぶ)。2022年9月には日本のトリガーが制作した『サイバーパンク:エッジランナーズ』がNetflixで公開となり、本作をもってゲームの存在を知った人も多いのではないだろうか。2018~19年ごろ、まだゲーム完成前からラファル・ヤキ氏が日本⇔ポーランドを行き来して作り上げた、めずらしい日本・ポーランド共同制作作品である。
「単なる東欧の一企業が世界的ヒットをつくった」というシンデレラストーリーの裏側に壮絶な苦労があったことが伝わってくる。前回取材したCD社に在籍していた榊原寛氏の話もあわせて拝読されたい(こちら)。ポーランドではNo.1のCD 社も、売上や時価総額だけみれば日本のカプコン社やコーエーテクモ社よりも小さい。1100人という従業員数も、日本2社の半分どころか1/3規模である。にも拘わらず「史上最大規模のコストをかけたゲーム」が作れるのは、なぜなのだろう。様々な外部の資金調達手段、『Witcher3』の成功もあり営利率30~40%のCD社は利益額だけであれば絶好調のコーエーテクモ社(同社の海外比率は5割近いがその大半が中国で、欧米は1割程度)とほぼ同規模。それらを賭して、賭けに勝った。
こうしてタイトル別にみると、2011年『Witcher2』の800万本も決して低くはないが、2015年『Witcher3』で「世界にCD Projektあり」と5000万本を超える大成功をおさめ(本作も2019年からNetflixで実写ドラマ化している)、2020年の『Cyberpunk2077』でそれを超える初動売上を確保している。
いずれにせよ、日本の60分の1のゲーム消費市場サイズしかない、開発者の数も4分の1程度の「ポーランド」において、売上500億“しかない”一ゲーム会社が世界に響き渡るようなトップ作品を開発し、「ポーランドにゲーム業界あり」と名乗りをあげている勢いのすごさには驚嘆するしかない。
1980~90年代において、日本企業はマリオやソニック、FFなどの作品は現在価値で換算すると50~100億円、時にそれすら超える投資をしてきた。だが00~10年代に世界トップ作品の覇権は米国企業に移り、2020年前後になると中国・ポーランド・オランダといった国で500~1000億円といった規模の開発作品が出てくるようになった。なぜ彼らはそんなに小さな市場の出自にも関わらずこれだけ大きな勝負ができるのか。逆に日本はなぜこれほど大きな市場と長い歴史の出自に関わらず、近年全世界的な成功をおさめるような巨大な開発作品が減ってきてしまったのだろうか。
資金調達が決して簡単というわけではないのだ。GDPに対しての上場企業時価総額でいえば、200%近い米国や170%超えの日本は「投資価値として期待されている市場」である。それに対して仏・英ですら100%前後、ドイツは50%強、イタリアやポーランドとなると30-40%(中国ですら60%)。実はIPO大国である米国に次いで、日本も上場によって株価がつきやすく投資期待が高い市場であり、対する欧州諸国はこうした「資金調達」ではずいぶんビハインドにあるという状況なのだ。
■第二章 ポーランドの歴史と文化背景
【2度滅び、ずっと占領下にあったポーランド。難民と戦争と隣り合わせにあった国】
ゲーム産業の外に目を向け、史跡・博物館を通じてポーランドに持った強い印象は「戦争」であった。もともと「ポー・ランド(広い・国)」というほどで、とにかく山がなく平原が広がっている。西からは黒い森で覆われたドイツという大国が、東からは不凍港をもとめて西進しようとするロシアという大国が、そして南からオーストリア=ハンガリー二重帝国に囲まれてきた。
ポーランドの黄金時代はいつだったかをさかのぼると、日本でいう応仁の乱、室町の時代まで戻る。1386年から1572年まで続いたヤゲロー朝は「ポーランド・リトアニア合同王朝」であり、ドイツ騎士団の進行を食い止め、モンゴルの襲来にも耐え、ルネサンス期のイタリアから王女を迎え入れることで文化的な繁栄の極みをみた。だが1772年から3度にわたってプロイセン王国、ロシア帝国、オーストリアから分割をされ、国は滅亡する(現在もポーランドが風光明媚な観光国家になっているのは皮肉なことにプロイセン領のPoznan、オーストリア領のKraków、ロシア領のWarsawと3都市が別文化の占領下にあったからだ)。
▲1596年まで首都だったKrakówのヴァヴェル城(970年設立)
「ポーランド」が再び1つの国として復活するのは約150年後、上記の三大帝国が第一世界大戦で崩壊し、王・王朝・家系として横断的に統括してきた血縁による君主制から国民国家の時代になってからだ。だがポーランドは再び、滅亡する。それがナチス・ドイツのポーランド侵攻、たったの1か月の間だった。1939年9月1月にドイツとスロバキアが宣戦布告、9月17日にはソ連が東から侵攻し、戦車を使った“電撃戦”によって10月6日には国は占領される。
あまりに有名なアウシュヴィッツの歴史はぜひ現地に足を運んでみていただきたい。14~16世紀にもユダヤ人はスペインやドイツから迫害を受け、自由闊達で広く人材を受け入れたポーランドには多くのユダヤ人が住んでいた。クラクフの中心部にもゲットー(ユダヤ人の集住地域)があり、そのユダヤ人の多さがゆえにドイツのアーリア主義に火がついて強制収容所が。ナチスドイツ研究をしていた私自身も知らなかったが耐えかねたポーランド国民は1944年8月に「ワルシャワ蜂起」として5万人で武装蜂起を行い、民間人も15~20万人が死亡するという『戦場のピアニスト』において隠れぬいた主人公をあぶりだすように火炎放射をされていた最後のタイミングがまさにその話であった。
この強大国に囲まれ、平原で侵攻を許しやすい「地政学的な脆弱さ」が中央ヨーロッパを常に戦争の最初の進行地にし、時に緩衝材、時に火薬庫のような存在にしていた。それがゆえにいまや文化的にロシアと西欧とスラヴ文化、イスラム文化の影響までミックスされた絶好の文化観光地となっているのはなんとも皮肉な話でもある。長い歴史の中でもロシア語やドイツ語は第2言語としては使われてきたが、EU連合に入ってもポーランド語という「言語」とズウォティという「通貨」を堅持していることはポーランドの誇り高さを裏付けている。
これほど戦争に直面し続けた国だ。2022年のロシアのウクライナ侵攻は決して他人事ではなかった。ウクライナ3800万人のうち約800万人が国外に脱出。うち200万人近くはポーランドに逃げたが、当時ポーランド人たちは車で国境まで駆けつけ、順番に(見ず知らずのウクライナ難民を)数人ずつ自宅に連れて帰ってしばらく住まわせた、という話は衝撃的であった。その多くはいまは独立し、ポーランドで(難民というイメージが日本人にはわきにくいが、最初に逃げられる人はスキルがあり資産も豊富な人が多い)一種のエリート層のように現地で根付いている。
我が身でおきかえたときに、もし韓国や台湾でそういった“事件”が起きたときに、難民を自宅に囲い込み、支えあおうとするメンタリティが日本にはあるだろうか。言語・文化・地理的に分断している東アジアと、緊密にからみあって大国から身を守り続けてきた東欧でずいぶんと状況が違うということを痛感する話でもあった。
2020年代は「大難民時代」である。冷戦終結後の難民数は増加の一途を辿ったがこの数年で急増している。アフガニスタンから640万人、シリアから630万人、ウクライナから600万人、さらにロシア自体からも100万人が難民として母国を離れざるを得ない状況にある。ロシア人もまた受難を受けている。ベルリンに10年以上住んでいたロシア人の女医は、開いていた病院に客が一切こなくなり、街中に自由には出られないような状況。在住ビザも更新されない見込みだったこともあり、ほとんど故郷のように過ごしていたドイツを離れ、思い切ってスイスに移住したそうだ。ポーランドにいたロシア人も、多くは欧州外に再移住。ウズベキスタンなど中央アジアに逃れていった者もいる、とのことだった。
年初に公開されたNスペシャル「シン・ジャポニズム」では戦時中のウクライナでも首都キエフで「新世紀エヴァンゲリオン」や「NARUTO」「ジョジョの奇妙な冒険」などの日本アニメの音楽コンサートが開かれた様子が報道された。特に「進撃の巨人」について深く感銘を受けた1人のウクライナ女性がつぶやく。「今の状況と似ている…殺されないために敵を倒すしかないと感じてしまう。しかしそれはとてもむなしいこと。でも敵を駆逐することしか考えられなくなってしまう。この物語に自分を重ねることで、まるで同じ問題を抱えた人と対話をしているような感覚をおぼえる。すごい力がある。」
▲クラクフ旧市街にある『シンドラーのリスト』のシンドラー工場跡
■第三章 近年のポーランドゲーム産業トレンド
【中国資本が迫るポーランドのゲーム会社】
▲KotowiceのPixelAntGames社オフィスの頂上から。
日本企業はほとんど接点がないポーランドゲーム会社だが、中国の資本はこんなところにも及んでいた。社員500名超で『Dying Light』などをリリースする老舗Techland社は2023年より16億ドルで資本参加したテンセントが67%株主。2020年設立したばかりで90名サイズにもなったPixelAntGamesは、その親会社を英国のSumo Digital(2003年設立で『Hitman』『Forza』『Call of Duty』シリーズなどを手掛ける1000名超の巨大スタジオ)とし、2022年からテンセント100%資本となっている。こちらも12.5億ドルという巨額のディールになった案件だ。2008年設立で250名擁する『Silent Hill2』のBloober社も2021年にTencent社が22%株主になっている。
Neteaseの存在感はそこまで強くなかったが、同じ中国のPerfec worldがマイノリティ出資をしていたNano gamesの話を聞くと、売りたいわけではないが資本提携をして各社が課題となっているマーケティング支援などを期待しているとのことだった(ポーランド各社はメタクリで80点など高得点ゲームを作ってもマーケティング費用不足で広がらないなどの課題を抱えている)。逆に中国側は国内で枯渇した開発リソースを探し求めて、2020年コロナ以降さらに積極的に東欧・中欧諸国の開発会社にも資本提携を迫っているとの話だった。残念ながら日本企業については「今回、初めて会ったよ」という状態である。
Krakowの街にあるインキュベーション施設Digital DragonではDrago Enteratinment社、Frozen District社、Nano Games社など合計6社のプレゼンがあり、その後交流会で日・ポーランドの開発環境の違いを情報交換が行われた。
Katowice の街ではドイツからきた8社と日本からの10社での交流が行われた。印象的だったのはドイツESL FACEITグループのManagement Director、Aleksander Szlachetko氏の講演。2000年に設立されたeスポーツ主催の同社は2015年には世界最大のeスポーツ企業となり、2022年にサウジアラビアのSavvy Games Group社(EA、Take2、Activition Blizzard、任天堂、Embracerなどの株式を10億ドルで買い集めている巨額のゲーム産業向け投資会社、2022年9月に378億ドル投資すると発表し、実際に2023年にはScopelyを49億ドルで買収)によって10億ドルで買収された。いまや世界33億人のゲーマーが存在し、2024年に2212億ドルもの市場が形成され、月240億時間もの総視聴時間を稼ぐゲームはあらゆるエンタメのなかでトップコンテンツである、という。
戦時はある意味、植生が変わる「チャンス」のタイミングである。JETROウクライナ支局が2024年にポーランドの管轄で設立された。なぜ戦時の市場にJETROが乗り出すのかといえば、戦後支援を見据えてウクライナ進出を計画する企業の問い合わせが絶えないからだ、という。2024年現在でもJETROワルシャワオフィスへの連絡の多くはウクライナ関連、その他多くの国のJETRO的な政府機関が展開されているなかで遅れまいとようやく進出したとのころ。10人所帯で4人の赴任者がいるワルシャワから兼務でウクライナに出張する際には防衛費が必要で、通常の拠点展開よりもずいぶんお金がかかるとのこと。
【ゲームカンファレンスGIC、一人負けする日本のモバイルゲーム業界&「戦争下でのゲーム」】
本出張のハイライトはGame Industry Conference(GIC)である。ゲーム市場としては2019に比べて2020、2021年が巣ごもり需要で大きく花開き、2022年以降にロックダウン解除とともにもとに戻っていっている。しかしそれ以上に大きかったのは「非ゲーム」といわれる、動画配信や音楽といったゲーム以外のアプリの影響だ。Google社の調査でも、コロナ後はDL数では変わらないが、もともと8割げームだったものが、いまや6割ゲームになっている。「スマホでお金を使うのはゲーム」という思い込みがあるが、もはやゲーム以外に課金性向が奪われつつある。だからといってゲーム全体が成長傾向であることは確かだし、その2000億ドル近い巨大市場の半分がモバイル、1/4ずつの家庭用とPCがあるこの市場はいま再び成長基軸にあるのだ。欧州においてもこの数年はゲーム会社で不調をきたすところが多かったが、中長期的にみればポジティブなのだ。
▲Google社Mariusz Gasiewski氏Game Industry Conrecenre(2024/10/26)講演資料
コロナ後の3年間は「日本と台湾だけモバイルゲーム市場が成長していない」状態だった。US、中国、ドイツ、韓国など世界各国が軒並み成長基軸、近年の日本モバイルゲーム不況を裏付けるようなデータだ。そして他各国のモバイルメーカーは海外比率が高いゆえにこの市場変動に対してフォローの風が吹いたが、国内比率が高すぎる日本モバイルゲーム業界「だけが」アゲインストであった、ということになる。
市場の話もそうだが、筆者の心に響いたのは、「どんな環境にあってもゲーム作りを辞めない人々がいる」というセミナーであった。“Game of War”というセッションがあり、自身もベラルーシの難民であり、28年間のゲームキャリアをかけてウクライナで戦争勃発後でも現地でゲームカンファレンスを開いているYaraslau I. Kot博士の話を聞いた。イーロンマスクとプーチンが戦うゲームやとにかくプーチンにビンタをしまくるゲームなど、半分冗談のようなミニゲームも多いが、ゲームという自由表現の空間は超政治的なこの状況下においても「自由に自分たちの思いをメッセージするもの」になりうるのである。2014年のロシア侵攻と2022年以降の戦時下で開発された200強ものゲームについて紹介をしていった。だが多くのゲームがストアから削除されている。リソース不足や、売却などもあるが、実際に「開発者が死亡した」事例なども散見され、ゲームという非日常と戦争という超現実が交差するウクライナの最前線のリアリティを鳥肌をたてながら拝聴した。
▲6.1万人が来場するPGAとGICが併催されていた状況で、隣に足を運ぶと巨大なスペースで所狭しとコスプレーヤーや一般ユーザーが集積している。
▲グッズのほとんどは並行輸入品(日本販売のものを輸入して輸送費+αの価値をつけて販売)
▲1箱200ZL(7500円)のミステリーボックス。『ハイキュー!』や『セーラームーン』『ドラゴンボール』『鬼滅の刃』などのグッズ一式が売られている(海賊版)
日本IPグッズもポーランド現地では人気コンテンツの1つ。『ブルーロック』『チェンソーマン』『フェアリーテール』『呪術廻戦』『花子くん』『ラブライブ!』『NANA』『推しの子』『東京喰種』『初音ミク』『ヴァイオレットエヴァ―ガーデン』などアジアでの人気トップランキングと変わらないラインナップが売られていた。
現地でゲームセンターなどもあるが、メーカーも中身のソフトもほとんど聞いたことがないレベル。パッとみではわからない地下のバーなどにも偏在し、まだ市場として特定しにくい遊興場が点在しているような印象。そしてそんなところでもサンリオのハローキティは健在であった。
【悲観係数が高すぎる日本。豊かすぎる土壌のなかでハックを忘れた国民性】
ポーランドゲーム産業から感じたのは「たくましさ」である。枯渇した資金源をEU加盟や助成金、産官学で集積しながらCDProjekt社のような先駆者が巨大な成功事例を築き、そこに中国資本なども絡めながら「世界で勝っていこう」とするポーランドの産業振興は日本が停滞していた2000~2010年代の期間にむしろ勢いを強め、コロナ禍はむしろチャンスとして彼らを後押ししてきた。思えば私自身も直接現地で開発をしていたカナダも北米の成長トレンドに乗っかり、マレーシアも欧米や東南アジア、中国の成長トレンドにのっかり、「グローバルでホットな成長市場にキャッチアップして枯渇した資源をやりくりしながら自国産業を盛り上げよう」というハングリーさがあり、それは今回のポーランドとも共通している。
対する日本はゲーム産業の始祖のような潤沢な市場、豊潤な株式調達市場と米国・中国という2大商圏いずれにもアクセスできるポジションの優位性がありながら、どうしてこれほどに悲観的・後ろ向きなのだろうかと思ってしまう。こちらのグラフがそれを顕著に表しているが「景況感を国民がどう感じているか」において「国レベル」「個人レベル」どちらも21か国のなかで日本は最低(面白いのはインドネシア、ブラジル、フィリピン、インドネシアも「国の経済は悲観的でも、個人的な経済は楽観的」という差がある。仕組みをハックできれば自らの地盤となる母国経済の好不況によらず「稼ぐこと」は可能なのだということも読みとけるグラフだ)。アメリカも韓国も国へは悲観的でも、個人経済ではもっと楽観的なのだ。
豊かな市場や産業基盤に囲まれながら、ただ悲観ばかりしている日本は(その国民性もあるだろうが)どうしてこう極端なまでのスコアになってしまうのかはなはだ疑問である。おりしもゲームのみならず、アニメ・音楽・映像含めた日本コンテンツは2025年現在、空前の世界的ブームともいえる状況にある。果たしてこの悲観係数高すぎる日本において、ポーランドのような「チャレンジをする事例」を自ら創出し、産官学を巻き込んだ大きな胎動を作っていこうという“起業家”“クリエイター”が今後生まれてくるのか。今回のポーランド出張はそれにあたってのエールをもらったような気持ちで帰国した。
▲Google社Mariusz Gasiewski氏Game Industry Conrecenre(2024/10/26)講演資料
会社情報
- 会社名
- Re entertainment
- 設立
- 2021年7月
- 代表者
- 中山淳雄
- 直近業績
- エンタメ社会学者の中山淳雄氏が海外&事業家&研究者として追求してきた経験をもとに“エンターテイメントの再現性追求”を支援するコンサルティング事業を展開している。
- 上場区分
- 未上場