水性順相クロマトグラフィーのソースを表示

{{Infobox chemical analysis|name=水性順相クロマトグラフィー|image=|caption=|acronym=|classification=[[クロマトグラフィー]]
[[高速液体クロマトグラフィー]]|analytes=|manufacturers=|related=|hyphenated=}}'''水性順相クロマトグラフィー'''（すいせいじゅんそうクロマトグラフィー、[[英語|英]]: '''Aqueous Normal Phase Chromatography'''、略称: '''ANP'''）は、 '''[[高速液体クロマトグラフィー#逆相クロマトグラフィー|逆相クロマトグラフィー]]'''（Reversed Phase Chromatography、RP）と'''有機性[[高速液体クロマトグラフィー#順相クロマトグラフィー|順相クロマトグラフィー]]'''（Organic Normal Phase Chromatography、ONP）の間の移動相の[[極性分子|極性]]領域を含む[[クロマトグラフィー]]手法である。
== 原理 ==

=== 順相クロマトグラフィー ===
順相クロマトグラフィーでは[[クロマトグラフィー#固定相・移動相|固定相]]に高極性の[[充填剤]]、[[クロマトグラフィー#固定相・移動相|移動相]]として低極性[[溶媒]]を用いる。典型的な順相固定相は未修飾[[シリカ]]、 [[シアン化物|シアノ]]または[[アミン|アミノ]]基を[[共有結合]]させたシリカなどで、 [[アルキル基]]を結合させた[[ODSカラム|オクタデシル]]（C18）、オクチル（C8）などが好まれる逆相とは対照的である。保持挙動は'''逆相（RP）'''とは反対で[[疎水性]]化合物を初めとして、[[親水性]]の低い溶質から高い溶質の順に溶出する。 従来の'''有機順相（ONP）'''で使用される移動相は [[ヘキサン]]や[[ヘプタン]]などの非極性溶媒と、 [[2-プロパノール|イソプロパノール]] 、 [[酢酸エチル]] 、 [[クロロホルム]]などのやや極性の高い溶媒で構成され、移動相中の極性溶媒の割合が増えると保持力が低下する。  

=== 水性順相 － HILIC との相違点 ===
'''水性順相（ANP）'''の移動相は通常、[[水]]と、 [[メタノール]] 、 [[アセトニトリル]]などの[[混和性]]極性有機溶媒からなる混合物で、 極性溶媒（水）の割合が増えることで保持力が低くなる。ONP・ANPは両方とも[[吸着]]を保持原理とし、高極性溶質の極性の違いに基づいた分離・分析に使用される。この様な特徴からANPは順相クロマトグラフィーの一種である'''[[:en:Hydrophilic_interaction_chromatography|親水性相互作用クロマトグラフィー（Hydrophilic interaction liquid chromatography、HILIC）]]'''と頻繁に混同される。HILICも同じく水と混和性極性有機溶媒を移動相とし極性溶質の分離に使用されるが、こちらは固定相表面に形成された水層による分配を原理としたものである為、同一ではない<ref>Pesek, J. J.; Matyska, M. T. Aqueous Normal-Phase Chromatography: The Bridge between Reversed-Phase and HILIC. In ''[https://www.crcpress.com/Hydrophilic-Interaction-Liquid-Chromatography-HILIC-and-Advanced-Applications/Wang-He/p/book/9781138113398 HILIC and Advanced Applications]''; Wang P. G.; He W., Ed.; CRC: Boca Raton, FL, 2011: pp 1-26.</ref>。    

=== シリカハイドライド ===
[[ファイル:Ordinary Silica vs. Silica Hydride.jpg|サムネイル|424x424ピクセル]]
通常のクロマトグラフィー法に使用される（ONP・HILICを含む）シリカ系充填剤の表面は主に[[シラノール]]（-Si-OH）で構成されているが、ANPは大半の末端基が-Si-Hで構成されている<ref>Pesek, J. J.; Matyska, M. T. Silica Hydride–Chemistry and Applications. [https://www.crcpress.com/Advances-in-Chromatography-Volume-48/Grushka-Grinberg/p/book/9781420084535 In ''Advances in CHROMATOGRAPHY volume 48'']; Grushka E.; Grinberg N., Ed.; CRC: Boca Raton, FL, 2010: pp 255-288.</ref>[[:en:Hydrosilylation|ヒドロシリル化]]処理を施したシリカ<ref>[https://pubs.acs.org/doi/10.1021/ac00193a013 Sandoval, J.E., Pesek, J.J. ''Anal. Chem.'' '''1991''', 63: 2634.]</ref>（'''TYPE-C<sup>TM</sup> Silica Hydride'''）など特別な充填剤でのみ実行可能である事が示唆されている。その理由としてシリカハイドライドが低極性で水層形成を行わないにもかかわらず、極性溶質の吸着・保持が可能という性質を持つことが挙げられる。[[アーヴィング・ラングミュア]]の[[吸着]]式を用いた実験データに基づく計算結果では通常のシリカは6-8[[モノレイヤ|モノレイヤー]]の水層を形成するのに対し、シリカハイドライドでは0.5以下である事が確認されている<ref>[https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25544246 J. Soukup, P. Jandera, J. Chromatogr. A''.'' '''2014''', 1374, 102–111.]</ref><ref>[https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/23497850 J. Soukup, P. Janas, P. Jandera, J. Chromatogr. A, '''2013''', 1286, 111-118.]</ref>。 また、[[ゼータ電位]]測定の結果、シリカハイドライドに[[酸性]]の残存シラノールが殆ど無いにもかかわらずマイナスに[[帯電]]していることも分かっている。この事から水酸化物イオンなどの[[イオン (化学)#アニオン|アニオン]]の吸着を誘発する Collective dipole-moment fluctuation suppression theory（直訳：集団[[双極子モーメント]]変動抑制理論）の影響が示唆されている<ref>[https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25656442 C. Kulsing, Y. Nolvachai, P.J. Marriott, R.I. Boysen, M.T. Matyska, J.J. Pesek, M.T.W. Hearn, J. Phys. Chem B, '''2015''', 119, 3063-3069.]</ref>。これは[[塩基]]性・低イオンの移動相を使う事でゼータ電位がさらに下がり、それにつれてシリカハイドライドの塩基性・[[イオン (化学)#カチオン|カチオン]]化合物の保持時間が延長される事と一致する<ref>[https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/24594817 Kulsing, C.; Yang, Y.; Munera, C.; Tse, C.; Matyska, M. T.; Pesek, J. J.; Boysen, R. I.; Hearn, M. T. W. Anal. Chim. Acta '''2014''', 817, 48–60.]</ref>。 

== 特徴 ==

=== 主な利点 ===
ANP[[カラムクロマトグラフィー#HPLCカラム|カラム]]はHILICカラムと違い、厚さの変動が起こりやすい水層を形成しないのでカラムの平衡化に掛かる時間が一般的に短い傾向にある。さらに、通常HILICでは分子保持に必要な水層形成を促す為、移動相に[[アンモニウム]]、[[ギ酸]]、[[酢酸]]イオンなどの[[緩衝液|緩衝剤]]を添加する<ref>[https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/23492984 Greco, G.; Letzel, T. ''J. Chromatogr. Sci.'' '''2013''', 51 (7), 684–693.] </ref>が、ANPではその必要はなく少量で済む<ref name=":0">[https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/26766498 Pesek, J. J.; Matyska, M. T.; Natekar, H. ''J. Sep. Sci.'' '''2016''', 39 (6), 1050–1055.] </ref>。その為、添加剤による[[エレクトロスプレーイオン化#イオン化機構|インターフェイス]]の汚染やイオン感度低下などの懸念がある[[質量分析法]]とは高い互換性がある。また、ANPの保持機構は充填剤の表面に蓄積する[[水酸化物イオン|水酸化物アニオン]]により成り立っている。従って、塩基性化合物に対する親和性が強く、多くの場合で高[[水素イオン指数|pH]]の移動相を必要としないという利点もある。

=== 二重保持 (Dual Retention) ===
シリカハイドライドをベースとする水性順相カラムは[[高速液体クロマトグラフィー#概要|グラジエント]]の設定次第で順相と逆相の両モードを個別、または同時に使用することが可能である<ref name=":0" /><ref>[https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21962494 Boysen, R. I.; Yang, Y.; Chowdhury, J.; Matyska, M. T.; Pesek, J. J.; Hearn, M. T. W. ''J. Chromatogr. A'' '''2011''', 1218 (44), 8021–8026.] </ref>。

=== 水素/重水素交換質量分析への応用 ===
水素/重水素交換質量分析 ([[:en:Hydrogen–deuterium_exchange#Mass_spectrometry|Hydrogen-deuterium exchange mass spectrometry, HDX-MS]])では重水素逆交換の抑制に低pH・温度やオンライン消化カラムなどが主に用いられている。前述のとおりANPはほぼ無水状態での極性溶質の分離が可能な為、移動相中の水を減らす事でLC内での逆交換の抑制が可能である<ref>[[doi:10.31979/etd.sww8-2x32|Watanabe, Seiichiro, "Synthesis and Evaluation of Novel Silica Hydride-based Stationary Phases for Bioanalytical Applications" (2019). ''Master's Theses''. 5050, 118-124.]]</ref>。

== 参考資料 ==
<references />
[[Category:クロマトグラフィー]]
{{DEFAULTSORT:すいせいじゅんあいくろまとぐらふぃー}}