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作曲を[[信時潔]]、[[クラウス・プリングスハイム]]に師事。[[1931年]][[東京音楽学校 (旧制)|東京音楽学校]]師範科卒業。[[1933年]]同研究科作曲聴講生修了、[[日本ビクター]]に所属。[[1937年]]、[[宝塚歌劇団]]作曲部に所属。[[1938年]][[ドイツ]]に渡り、[[ベルリン国立歌劇場]]で[[オペラ]]を研究し、[[1940年]]帰国。[[1946年]]、東京音楽学校作曲科[[教授]]に就任。[[1949年]]、学制移行により[[東京芸術大学]]教授となる。[[1975年]]、同大学[[名誉教授]]となる
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門下から、[[菅野光亮]]、[[保科洋]]はじめ多数の作曲家を輩出している。
[[音楽教育]]に力を注ぎ、著書に『作曲法教程』『大和声学教程』『対位法』などがある。門下から、[[保科洋]]、[[菅野光亮]]、[[三枝成彰]]はじめ多数の作曲家を輩出している。


==主作品==
==主作品==
*いなる朝 ([[日本国憲法]]発布記念祝のための[[カンタータ]])
* {{ruby|偉|おお}}いなる朝 ([[日本国憲法|新憲法]]施行記念祝賀会のための[[カンタータ]]<!-- https://www.digital.archives.go.jp/img/606387 憲法普及会『事業概要報告書』 -->
*瓶の中の世界 ([[弦楽器]]・[[打楽器]]・[[四分音ピアノ]]と[[朗読]]による放送音楽、イタリア放送協会賞を受賞)
* 瓶の中の世界 ([[弦楽器]]・[[打楽器]]・[[四分音ピアノ]]と[[朗読]]による放送音楽、イタリア放送協会賞を受賞)
*二つの日本民謡調 (ヴァイオリン、ピアノ)
* 二つの日本民謡調 (ヴァイオリン、ピアノ)
* 生はげ舞曲(男鹿半島舞曲)
*第一弦楽四重奏曲
* 第一弦楽四重奏曲
*室内管弦楽または9楽器のための能 (ピアノ、クラリネット、フルート、オーボエ、ヴィブラフォン、2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ)
* 室内管弦楽または9楽器のための能(ピアノ、クラリネット、フルート、オーボエ、ヴィブラフォン、2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ)
*管弦楽のためのバラード
* 管弦楽のためのバラード
*万葉抄 ([[歌曲]])
*秋の歌四章 (歌曲)
* 万葉抄 [[歌曲]]
*希望の歌(昭和24年度全国唱歌ラジオコンクール[現 [[NHK全国学校音楽コンクール]]]中学校の部課題曲)
* 秋の歌四章 (歌曲)
* 希望の歌(昭和24年度全国唱歌ラジオコンクール[現 [[NHK全国学校音楽コンクール]]]中学校の部課題曲)
*いつも心に(昭和27年度全国唱歌ラジオコンクール中学校の部課題曲)
* いつも心に(昭和27年度全国唱歌ラジオコンクール中学校の部課題曲)
*早春(無伴奏混声合唱)
* 早春(無伴奏混声合唱)
*春待草([[国民歌謡]])
* 春待草([[国民歌謡]])
*やぎの子 ([[童謡]])
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*[[北九州市歌]]
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* 市原市民歌
*東京農工大学歌
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*[[香川県立丸亀高等学校]]校歌
* 立命館大学学生歌<ref>[https://www.ritsumei.ac.jp/data.jsp?database=R168archivesBlog&id=52 <学園史資料から>「立命館大学学生歌」と「寮歌」 立命館あの日あの時 | 立命館 史資料センター準備室(旧・立命館百年史編纂室)]</ref>
*[[長崎県立長崎西高等学校]]校歌
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*[[島根県立出雲高等学校]]校歌
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*[[富山県桜井高等学校]]校歌
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*千葉県立佐原高等学校校歌
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* [[富津市立大貫中学校]]校歌
* [[富津市立佐貫中学校]]校歌
* [[日光市立湯西川小中学校]]校歌<ref>{{Cite web|和書|url=https://www.nikko.ed.jp/yunishigawa/%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E6%A6%82%E8%A6%81/%E6%A0%A1%E6%AD%8C|title=校歌|publisher=日光市立湯西川小中学校|accessdate=2022-04-03}}</ref>


==著書==
* 合唱読本
* 対位法:線的作曲技法及びカノン・フーガ
* 和声学入門
* 大和声学教程:機能理論に基く和声運用の実技
* 作曲法教程上巻
* 作曲法教程下巻
* 作曲のよろこび

==ディスコグラフィー==
* 長谷川良夫の音楽:東と西の接点を求めて(ポリドール)


== 関連記事 ==
== 関連記事 ==
* [[和声 理論と実習]]
* [[和声 理論と実習]]


== 脚注 ==
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長谷川 良夫
生誕 (1907-12-22) 1907年12月22日
出身地 日本の旗 日本東京都
死没 (1981-05-06) 1981年5月6日(73歳没)
学歴 東京音楽学校
ジャンル クラシック音楽
職業 作曲家

長谷川 良夫(はせがわ よしお、1907年12月22日 - 1981年5月6日)は日本作曲家

経歴

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東京に生まれる。

作曲を信時潔クラウス・プリングスハイムに師事。1931年東京音楽学校師範科卒業。1933年同研究科作曲聴講生修了、日本ビクターに所属。1937年宝塚歌劇団作曲部に所属。1938年ドイツに渡り、ベルリン国立歌劇場オペラを研究し、1940年帰国。1946年、東京音楽学校作曲科教授に就任。1949年、学制移行により東京芸術大学教授となる。1975年、同大学名誉教授となる。 1979年、勲三等瑞宝章を受章。1981年心不全のため死去。

音楽教育に力を注ぎ、著書に『作曲法教程』『大和声学教程』『対位法』などがある。門下から、保科洋菅野光亮三枝成彰はじめ多数の作曲家を輩出している。

主要作品

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著書

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  • 合唱読本
  • 対位法:線的作曲技法及びカノン・フーガ
  • 和声学入門
  • 大和声学教程:機能理論に基く和声運用の実技
  • 作曲法教程上巻
  • 作曲法教程下巻
  • 作曲のよろこび

ディスコグラフィー

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  • 長谷川良夫の音楽:東と西の接点を求めて(ポリドール)

関連記事

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脚注

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