「寒川神社」の版間の差分
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『[[延喜式神名帳]]』では「相模国高座郡 寒川神社 名神大」と記載され、[[名神大社]]に列している。また、[[鎌倉時代]]の『[[吾妻鏡]]』には「一宮佐河大神」と記載があり、相模国の[[一宮]]とされたことがわかる。[[戦国時代 (日本)|戦国時代]]には[[武田信玄]]が行軍中に当社を参拝し、自身の纏っていた[[兜]]と[[太刀]]を安全祈願に奉納した<ref group="注釈">現在当社の方徳資料館にそのうちの兜が展示されている。</ref>。 |
『[[延喜式神名帳]]』では「相模国高座郡 寒川神社 名神大」と記載され、[[名神大社]]に列している。また、[[鎌倉時代]]の『[[吾妻鏡]]』には「一宮佐河大神」と記載があり、相模国の[[一宮]]とされたことがわかる。[[戦国時代 (日本)|戦国時代]]には[[武田信玄]]が行軍中に当社を参拝し、自身の纏っていた[[兜]]と[[太刀]]を安全祈願に奉納した<ref group="注釈">現在当社の方徳資料館にそのうちの兜が展示されている。</ref>。 |
2014年9月22日 (月) 11:09時点における版
寒川神社 | |
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拝殿 | |
所在地 | 神奈川県高座郡寒川町宮山3916 |
位置 | 北緯35度22分46.7秒 東経139度23分0秒 / 北緯35.379639度 東経139.38333度座標: 北緯35度22分46.7秒 東経139度23分0秒 / 北緯35.379639度 東経139.38333度 |
主祭神 |
寒川大明神 (寒川比古命、寒川比女命の総称) |
社格等 |
式内社(名神大) 相模国一宮 旧国幣中社 別表神社 |
創建 | 不詳 |
例祭 | 9月20日 |
主な神事 |
国府祭 浜降祭 浜降古式祭 武佐弓祭 |
寒川神社(さむかわじんじゃ)は、神奈川県高座郡寒川町宮山にある神社。式内社(名神大社)、相模国一宮。旧社格は国幣中社で、現在は神社本庁の別表神社。
概要
神奈川県中央南部、相模川河口から約7km遡った左岸の低台地上に鎮座する。古代には相模湾がここまで入り込んでおり、神社からさらに8キロ上流の海老名市国分付近に相模国分寺があった。朝廷からも名神大社として崇敬された。相模国における式内社十三社の中でも、大社とされたのは当社のみである。
現在も八方除の守護神として関東一円から参拝者が集まり、正月の三が日にはのべ40万人が初詣に訪れる。なお、新年の幕開けとなる元日午前0時には大太鼓の合図と共に八方除祭・元旦祈祷祭が行われ、近年では迎春干支ねぶたの初点灯も実施されている。一方、テレビ放送の関係者には古くから「視聴率祈願の神社」として知られ、新番組開始前に参拝を行うことが多い。
祭神
現在の祭神は以下の2柱で、寒川大明神と総称される。2柱とも記紀には記載がなく、詳細は不明。
- 寒川比古命 (さむかわひこのみこと)
- 寒川比女命 (さむかわひめのみこと)
寒川大明神は八方除の神とされる。なお、八方除では当社の他にも久伊豆神社などが知られる。
また、祭神については他にも八幡神、あるいは菊理媛、素盞嗚命、稲田姫尊などの諸説がある。
歴史
古代、相模川沿いは相模国造がおり、有力な豪族のいずれかが造営したと推定される。雄略天皇の時期に奉幣、神亀4年(727年)に社殿建立の記録があるが、公式には『続日本後紀』にて承和13年(846年)に仁明天皇から従五位下を授る記録がある。
『延喜式神名帳』では「相模国高座郡 寒川神社 名神大」と記載され、名神大社に列している。また、鎌倉時代の『吾妻鏡』には「一宮佐河大神」と記載があり、相模国の一宮とされたことがわかる。戦国時代には武田信玄が行軍中に当社を参拝し、自身の纏っていた兜と太刀を安全祈願に奉納した[注釈 1]。
明治4年(1871年)5月、近代社格制度において国幣中社に列した。
神階
- 承和13年(846年)9月、從五位下 (『続日本後紀』)
- 斉衡元年(854年)3月14日、従四位下 (『日本三代実録』)
- 貞観11年(869年)11月19日、従四位上 (『日本三代実録』)
- 元慶8年(884年)9月21日、正四位下
- 延喜16年(916年)正月28日、正四位上 (『扶桑略記』)
境内・参道
本殿及び拝殿の手前には神門がある。近年では新年から2月の節分まで、神門に干支にちなんだねぶたが飾られるようになり、夜にはライトアップもされている。参道は当社境内から南に1kmほど進んだJR相模線の踏切近く[注釈 2]にある一之鳥居から始まり、参道途中には二之鳥居(大鳥居)、境内入口には最後の鳥居となる三之鳥居がある[注釈 3]。
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神門 -
神門のねぶたライトアップ
(2013年『巳年』) -
境内の参道 -
一之鳥居
神嶽山神苑
神嶽山神苑(かんたけやましんえん)は、本殿裏手の神苑。
「難波の小池(なんばのこいけ)」を中心に、裏山の神嶽山(かんたけやま)を主とする。2009年に開苑した。
- 期間:4月1日より11月30日まで。毎週月曜日は休苑日(祝祭日は開苑)
- 時間:午前9時から午後4時まで(入苑料は無料)
- 茶屋:午前9時30分から午後3時30分まで
- 条件:入苑は本殿で祈祷を受けた者に限る
- 主な見所
- 裏参拝所
- 神嶽山を正中軸より拝する場所。
- 八氣の泉(はっきのいずみ)
- 旧三之鳥居の基礎石から湧き出る泉。
- 直心庵(ちょくしんあん)
- 梅見門と腰掛待合を配する茶室。
- 和楽亭(わらくてい)
- 抹茶と菓子を頂ける茶屋。
- 方徳資料館(ほうとくしりょうかん)
- 「八方除」の資料を展示。
- 難波の小池(なんばのこいけ)
- 本殿の真裏にある神池。
摂末社
- 末社
- 御祖神社 - 神嶽山神苑内に鎮座。
- 宮山神社 - 境内西方に鎮座。宮山地区にあった7社をまとめて祀る。
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御祖神社 -
宮山神社
主な祭事
現地情報・交通
- 所在地
- 拝観時間
- 交通アクセス
鉄道
バス
- 寒川町コミュニティバスもくせい号(北ルート)で、「寒川神社(バス停番号7番)」バス停下車
車
- 新湘南バイパス 茅ヶ崎中央インターチェンジから、約15分
脚注
注釈
参照
参考文献
- 『日本歴史地名大系 神奈川県の地名』(平凡社)高座郡 寒川神社項
- 『藤沢 - わがまちのあゆみ - 』 児島幸多編 藤沢市、藤沢教育委員会 昭和58年
関連項目
外部リンク