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* もともと[[ルーマニア]]と[[ベッサラビア]](現モルドバ)の言語はどちらも[[ルーマニア語]]として扱われ、[[大ルーマニア]]支配下では標準語の広まりによりほとんど差異がなくなっていた。しかし[[ソビエト連邦]]の占領政策により[[モルドバ語]]の存在が主張され、[[キリル文字化]]と並行してルーマニア語とモルドバ語は別言語とされた。ソ連崩壊後の[[モルドバ|モルドバ共和国]]では再びルーマニア語との同一性が主張されるようになり、2013年最高裁判所の判決にて「モルドバの公用語はルーマニア語である」と規定された。詳しくは[[モルドバの言語・民族性問題]]を参照。 |
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* [[インドネシア語]]は、[[マラッカ海峡]]周辺の交易の共通語であった[[マレー語]]の方言を基盤に整備されたものである。そのためインドネシア語とマレー語の共通性は元々高く、更に現在では両言語は正書法も同一のものとなっている。しかし、一般的には両言語は別言語として扱われている。詳しくは[[リングワ・フランカ#マレー語・インドネシア語]]を参照。 |
* [[インドネシア語]]は、[[マラッカ海峡]]周辺の交易の共通語であった[[マレー語]]の方言を基盤に整備されたものである。そのためインドネシア語とマレー語の共通性は元々高く、更に現在では両言語は正書法も同一のものとなっている。しかし、一般的には両言語は別言語として扱われている。詳しくは[[リングワ・フランカ#マレー語・インドネシア語]]を参照。 |
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* [[ヒンディー語]]と[[ウルドゥー語]]は、[[インド]]と[[パキスタン]]が分離する以前の[[ムガル帝国]]時代は同じ言語とされていた。ヒンディー語もウルドゥー語もともに標準語の母体は[[カリー・ボリー|デリー地方の方言]]であるが、パキスタンでは[[ペルシア語]]や[[アラビア語]]由来の要素を強化し、インドではイスラムの影響を排して代わりに[[サンスクリット]]の語彙を取り入れるなどの差別化が行われた。ただし、現在でも両言語の話者の意思疎通は可能である。詳しくは[[ヒンドゥスターニー語]]を参照。 |
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* [[中国語]]は地域によって別の言語としか思えないほどの違いがあり、例えば[[北京市]]出身者と[[広州市]]出身者がそれぞれの話し言葉([[北京官話]]と[[広東語]])で意思疎通するのは難しいが、共通の文字と書き言葉を持ち、「中国語という同じ言語を話している」という意識を話者が持っているため、それぞれ「中国語の方言」として扱われる<ref name="kokugoken_qa140"/>。[[ヴィクター・メア]]は中国における「方言」は「dialect」とは異なる概念であるとして、「方言」の直訳である「[[wikt:en:topolect|topolect]]」という語を使うことを提案している<ref>{{cite journal|author={{en|Mair, Victor H}}|authorlink=ヴィクター・メア|title={{en|What is a Chinese ‘Dialect/Topolect’? Reflection on Some Key Sino-English Linguistic Terms}}|journal={{en|Sino-Platonic Papers}}|year=1991|volume=29|pages=1-31|url=http://sino-platonic.org/complete/spp029_chinese_dialect.pdf|format=pdf}}</ref>。 |
* [[中国語]]は地域によって別の言語としか思えないほどの違いがあり、例えば[[北京市]]出身者と[[広州市]]出身者がそれぞれの話し言葉([[北京官話]]と[[広東語]])で意思疎通するのは難しいが、共通の文字と書き言葉を持ち、「中国語という同じ言語を話している」という意識を話者が持っているため、それぞれ「中国語の方言」として扱われる<ref name="kokugoken_qa140"/>。[[ヴィクター・メア]]は中国における「方言」は「dialect」とは異なる概念であるとして、「方言」の直訳である「[[wikt:en:topolect|topolect]]」という語を使うことを提案している<ref>{{cite journal|author={{en|Mair, Victor H}}|authorlink=ヴィクター・メア|title={{en|What is a Chinese ‘Dialect/Topolect’? Reflection on Some Key Sino-English Linguistic Terms}}|journal={{en|Sino-Platonic Papers}}|year=1991|volume=29|pages=1-31|url=http://sino-platonic.org/complete/spp029_chinese_dialect.pdf|format=pdf}}</ref>。 |
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* [[ノルウェー語]]と[[デンマーク語]]は十分に意思疎通が可能であるが、同一言語の方言同士とは扱われない<ref name="kokugoken_qa140"/>。ノルウェーとデンマークが[[デンマーク=ノルウェー|デンマーク主体の同君連合]]であった時代にはノルウェーでもデンマーク語が書記言語として使用され、現代もノルウェー語の標準語にはその影響が強く残っている。 |
* [[ノルウェー語]]と[[デンマーク語]]は十分に意思疎通が可能であるが、同一言語の方言同士とは扱われない<ref name="kokugoken_qa140"/>。ノルウェーとデンマークが[[デンマーク=ノルウェー|デンマーク主体の同君連合]]であった時代にはノルウェーでもデンマーク語が書記言語として使用され、現代もノルウェー語の標準語にはその影響が強く残っている。 |
2024年10月9日 (水) 06:31時点における版
社会言語学 |
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方言 (ほうげん)は、ある言語が地域によって別々な発達をし、音韻・文法・語彙などの上で相違のあるいくつかの言語圏に分かれていると見なされた時の、それぞれの地域の言語体系のこと[1]。言語変種の一つ。同一地域であっても、社会階層や民族、ジェンダーといった社会集団によって言葉は異なり、また場面の違いによっても言葉は異なるが、「方言」という概念にそうした多様性を含む場合、地域による違いを地域方言、社会集団などによる違いを社会方言と言う[2]。言語学のうち、特に方言を研究対象とするものを方言学と言う。
概説
言語は変化しやすいものであるため、地域ごと、話者の集団ごとに必然的に多様化していく傾向があり、部分的に他の地域や集団とは異なる特徴を持つようになったものを方言と呼ぶ。時が経って方言同士がそれぞれ異なる方向に変化し、やがて意思の疎通ができなくなると、ある段階で各々の方言は別の言語とみなされるようになる。同じ語族に属する言語とは、理論上、一つの言語(祖語)内の方言が変化して別言語に枝分かれしたものである。
方言はその地域に住む社会集団と結びついたものであり、長期間にわたって同一地域での定住があるとはっきりした方言の差異が生じ、短期間のうちに大規模な人の移動が起こったような地域では方言の差異は小さい[3]。そのため、その言語の使用地域の広さと方言の差異の大きさは必ずしも比例せず、例えばグレートブリテン島とアメリカ合衆国本土を比較した場合、面積は後者の方が広いが、英語の地域差は前者の方が大きい[3]。
一般に「方言」という用語は、標準語や共通語といった規範的あるいは広く通用する言葉とは異なる特徴を持つ言葉を指すことが多く、中でもその方言特有の単語(「俚言」とも言う[2])のことを「方言」と言うことがある[4]。しかし、言語学における「方言」は、標準語や共通語といった言葉との比較だけに限定せず、単語・発音・文法など様々な面を全て包括した、その地域の言語体系全体を指す[2]。
日本語の「方言」にあたる英語には"accent"と"dialect"があるが、"accent"は「訛り・方言」についての一般的な単語で、"dialect"はやや学術的な感じを持つ。社会言語学での主流の解釈では、"accent"は日本語の「訛り」に対比される。「訛り」とは、方言の一要素であり「ある言語内における発音の個人や社会集団差」である。それに対して"dialect"は日本語の「方言」に対比され、発音に限らない言語体系の多様性を表し「ある言語内における発音や文法、語彙といった言語体系全体の個人や社会集団差」とされる[5][6]。なお、英語圏の言語学者が"dialect"と言う場合、職業・趣味などが一致する者同士の間でのみ通じる表現(専門用語・業界用語・隠語・符牒)を含むことがある。
「言語」との違い
言語学的には、言語と方言は、相互理解可能性によって区別される。話者Aと話者Bがそれぞれ単一の母語を持ち、その母語だけで話すとした時、互いに話した内容を理解できない場合、両者の話す母語はそれぞれ独立した言語である。理解できる場合、両者の話す母語は同じ言語の方言といえる。
しかし実際には、「同語族・同語派・同語群の別の言語」と「同一言語の中の方言」の違いは曖昧である。隣接するA地方とB地方、B地方とC地方ではそれぞれ意思疎通が可能でも、A地方とC地方では意思疎通ができなくなるような例もある(方言連続体)。国境の有無や、友好国同士か敵対国同士かといった政治的・歴史的な条件、正書法の有無・差異などを根拠に「言語」と「方言」の区別が議論されることもある。「言語」と「方言」を分ける客観的基準は存在せず、「世界にいくつの言語が存在するか」という質問への明確な答えも存在しない[7]。「言語」と「方言」の違いを説く有名な警句に「言語とは、陸軍と海軍を持つ方言のことである」というものがある。
ユネスコでは「言語」と「方言」を区別せず、全て「言語」として統一して取り扱っている。
各国での方言の実例
「言語」と「方言」の境界が曖昧な事例は、世界中で見られる。
- バルカン半島のセルビア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ地方などでは、セルビア語、クロアチア語、ボスニア語といった言語が用いられてきたが、これらの言語は表記体系・正書法・規範的な語彙に違いがあっても互いに非常に近く、第二次大戦後の旧ユーゴスラビアではセルビア・クロアチア語という1つの言語とされた。しかしユーゴスラビア紛争を経て国家が分裂すると、相異なった3つの言語であると再び主張されるようになり、モンテネグロ独立後は更にモンテネグロ語の存在も主張されるようになった。なお、発音や語彙の地域差と各言語の分布は一致せずむしろ横断的で(標準語はいずれの言語もシュト方言の東ヘルツェゴビナ方言を基盤としている)、言語の違いを決定付けるのは最終的には発話者の民族意識となる。Wikipediaにはセルビア語版Wikipedia、クロアチア語版Wikipedia、ボスニア語版Wikipediaが存在し、それらとは別に更にセルビア・クロアチア語版Wikipediaも存在する。
- もともとルーマニアとベッサラビア(現モルドバ)の言語はどちらもルーマニア語として扱われ、大ルーマニア支配下では標準語の広まりによりほとんど差異がなくなっていた。しかしソビエト連邦の占領政策によりモルドバ語の存在が主張され、キリル文字化と並行してルーマニア語とモルドバ語は別言語とされた。ソ連崩壊後のモルドバ共和国では再びルーマニア語との同一性が主張されるようになり、2013年最高裁判所の判決にて「モルドバの公用語はルーマニア語である」と規定された。詳しくはモルドバの言語・民族性問題を参照。
- インドネシア語は、マラッカ海峡周辺の交易の共通語であったマレー語の方言を基盤に整備されたものである。そのためインドネシア語とマレー語の共通性は元々高く、更に現在では両言語は正書法も同一のものとなっている。しかし、一般的には両言語は別言語として扱われている。詳しくはリングワ・フランカ#マレー語・インドネシア語を参照。
- ヒンディー語とウルドゥー語は、インドとパキスタンが分離する以前のムガル帝国時代は同じ言語とされていた。ヒンディー語もウルドゥー語もともに標準語の母体はデリー地方の方言であるが、パキスタンではペルシア語やアラビア語由来の要素を強化し、インドではイスラムの影響を排して代わりにサンスクリットの語彙を取り入れるなどの差別化が行われた。ただし、現在でも両言語の話者の意思疎通は可能である。詳しくはヒンドゥスターニー語を参照。
- 中国語は地域によって別の言語としか思えないほどの違いがあり、例えば北京市出身者と広州市出身者がそれぞれの話し言葉(北京官話と広東語)で意思疎通するのは難しいが、共通の文字と書き言葉を持ち、「中国語という同じ言語を話している」という意識を話者が持っているため、それぞれ「中国語の方言」として扱われる[3]。ヴィクター・メアは中国における「方言」は「dialect」とは異なる概念であるとして、「方言」の直訳である「topolect」という語を使うことを提案している[8]。
- ノルウェー語とデンマーク語は十分に意思疎通が可能であるが、同一言語の方言同士とは扱われない[3]。ノルウェーとデンマークがデンマーク主体の同君連合であった時代にはノルウェーでもデンマーク語が書記言語として使用され、現代もノルウェー語の標準語にはその影響が強く残っている。
- ドイツ語は北部方言(低地ドイツ語)と標準語を擁する南部方言(高地ドイツ語)とで互いに通じないほど違うが、どちらもドイツ語を構成する方言とされている。一方でドイツ語北部方言はオランダ語ときわめて近い関係にあるが、オランダ語はドイツ語の方言とみなされない。そのため、ドイツ語北部方言とオランダ語は会話が比較的容易でありながら別言語とされ、ドイツ語北部方言とドイツ語南部方言は会話が困難でありながら同言語とされる奇妙な現象が起こる。
- 英語には様々な方言が存在し、同じ文章を読む場合でも、地域や階層によっては発音の差異により意思の疎通が困難となることがある。標準語もイギリスとアメリカ合衆国では細部が異なる(イギリス英語、アメリカ英語を参照)。また、インド英語やシンガポール英語など、かつてイギリスの植民地だった地域には独自の方言が発達している。
- アラビア語は東はオマーンから西はモーリタニアまで26の国家で公用語とされ、フスハーと呼ばれる文語が国の違いによらず標準語として機能している。アーンミーヤと呼ばれる口語には様々な変種があり、地域差のほか、宗派による差異、また遊牧民・農村・都市という生活形態の違いに由来する地域を越えた差異がある。現代アラブ世界でのフスハーとアーンミーヤの関係は、中世ヨーロッパのカトリック教会地域におけるラテン語とロマンス諸語の関係に似ている。後者が前者から派生して多くの変種に分かれていること、前者は日常語としては死語であるが、公的な話し言葉や書き言葉として通用し、後者は基本的に書かれることがまれであることが、その理由である。このことから、言語学においてアラビア語は二言語使い分け(ダイグロシア)の典型的な例とされる。
近代(国民)国家と標準語政策
近代に至り、フランスをはじめとするヨーロッパ各国では、国民形成、国民統合と国民国家建設に欠かせない要件として、首都など有力な地域の方言をもとに公用語・国語・標準語を整備し、国中に普及させる政策が取られるようになった。標準語に選ばれなかった方言や少数言語は、多くの場合標準語普及を阻害する存在、あるいは規範から外れた言葉として否定的に扱われ、言語差別の標的となり、地位の低下や衰退を余儀なくされた。そうした政策は世界各国に広まり、日本も例外ではなかった。
フランスの方言政策
絶対王政期のフランスでは、国家によってオイル語系の北フランスの方言を基にした標準語が定められ、それまで南部オクシタニアで話されるオック語系のプロヴァンス語などや、ロマンス語(イタリック語派)には属さない島嶼ケルト語系統のブルターニュ語、ドイツ語の方言に属すアレマン語系統のアルザス語など、標準フランス語とは系統の異なる地方言語を標準フランス語に対する方言と定義付けて、方言より標準語を優越させる政策が始められた。
例えば、学校教育において、方言を話した生徒に方言札を付けさせて見せしめにするということが行なわれた。この制度は日本にも取り入れられた。現在でも、フランスでは標準フランス語を優越させる政策が続いている。
2020年11月、話す時の訛りに基づく差別は「人種差別の一種」だとして、これを禁止する法案が可決した。人種差別、性差別、障害者差別に加えて、訛りに基づく差別も犯罪となり、最高刑では禁錮3年および罰金4万5000ユーロが科される。フランス語圏話者はフランス本土の北部と南部の違いがある他、離島などの海外領土やアフリカ大陸からの出身者も多くいることで、異なる発音をした場合に差別を受けることが大きな問題になっている[9]。
イタリアの方言政策
イタリアでは長い間、統一政府が作られず、外国を含めた多くの勢力によって分裂状態にあったため、地域による言語の差異が大きい。
方言が多様で争いさえ起きたイタリアでは、ラジオ・テレビ放送が始まった当初多くの人々が驚いたと言われている。それは、「放送局RAIが、標準語を定義した」というイタリアで初めての試みであったからである。農村部では「テレビ放送が始まってから、初めて標準語を知った」という老人も多かったと言われている。
日本
日本においては、820年頃成立の『東大寺諷誦文稿』に「此当国方言、毛人方言、飛騨方言、東国方言」という記述が見え、これが「方言」という語の文献上の最古の例とされる。当時、既に方言という概念が存在していたことを物語っている。
沖縄県と鹿児島県奄美群島の言語は、地理的・歴史的要因から本土の日本語とは差異が著しく、「琉球方言」として日本語の一方言とする考えと、「琉球語」として日本語(「標準語」を含む本土諸方言の総称としての)と同系統(日琉語族)の別言語とする考え、さらには「琉球諸語」とみなし奄美語、国頭語、沖縄語、宮古語、八重山語、与那国語を個別言語とする考えがある。詳しくは琉球諸語#言語か方言かを参照。
日本の方言政策
明治時代以降、一個の政府のもとに中央集権国家として統一された日本では、学校教育や軍を中心に、東京方言(山の手言葉)を基盤とする標準語の普及を押し進めた。明治21年(1888年)に設立された国語伝習所の趣旨には「国語は、国体を鞏固にするものなり、何となれば、国語は、邦語と共に存亡し、邦語と共に盛蓑するものなればなり」[10]とある。特に軍では、異なる地方の者同士では方言の差異のために命令の取り違えが発生しかねず、死活問題でもあった。このことから標準語以外の言語を抑圧する政策がとられ、地方の方言を話す者が劣等感(方言コンプレックス)を持たされたり差別されるようになり、それまで当たり前であった方言の使用が憚られることになった。ただし、方言追放を徹底できたとは言い難く、軍・政府の重鎮でありながら終生南部弁が抜けなかった米内光政のような例もある。なお、標準語教育に資する目的もあって方言の調査研究は古くから各地で盛んに行われており、明治30年(1897年)には当時の文部省の主導で全国一斉調査が行われている(その後関東大震災によって同省内の記録は焼失したが、地方の有志により一部が断片的に残る)[11]。
高度経済成長期後の日本では、学校教育やテレビ・ラジオの影響などによって標準語(全国共通語)が全国に浸透し、学校教育では方言と共通語の共生が図られるようになった。しかし、積極的に方言を保護しようとする動きはその後も鈍く、各地の方言は衰退や変容を余儀なくされ、アクセントは多くの地域で保持されているが、語彙は世代を下るに従って多くが失われている。平成21年(2009年)には、これまで方言と見なされることの多かった日本国内の一部の言語(琉球諸語・八丈語)がユネスコによって消滅危機言語であると指摘された。現在、消滅の危機にある言語・方言の記録・保存・継承に向けて、文化庁などが様々な取り組みを行っている[12]。
生物の名
生物の名は、各地で古くから使われた地方ごとの名があることが多く、方言名と呼ばれることがある。日本の場合、生物学では学名とともにそれに対応する標準和名をつけることが多く、これと方言名との間で標準語と方言のような対立を生む場合がある。
方言名が生まれるためにはその生物がその地域の人間に特定的に認識され、親しまれる必要がある。そのため、たとえばごく小さな昆虫には害虫でない限りそれがないことが多い。他方、よく親しまれていても、それが他地域との間で流通する場合には、統一されることが多い。アユはその例である。従って、親しまれていて、なおかつ流通しないものに方言名が多く、メダカはその例で日本中で5000もの別名がある。カブトムシやクワガタムシもよく親しまれ、ごく最近までは流通しなかったものであり、多くの地方名があったようだが、昆虫採集少年たちが標準和名を広めたため、消失した。
なお、方言名がそのまま和名として採用される例もある。アカマタやガラスヒバァなどはこの例である。
脚注
注釈
出典
- ^ 大辞泉 【方言】
- ^ a b c 三井はるみ (2021年7月13日). “「方言」というのはどのようなことばのことですか。”. ことば研究館. 国立国語研究所. 2024年9月27日閲覧。
- ^ a b c d 宇佐美洋 (2022年11月29日). “外国語にも方言はあるのですか”. ことば研究館. 国立国語研究所. 2024年10月2日閲覧。
- ^ “「方言」(出典:三省堂 大辞林 第三版)”. weblio辞書. 2020年7月23日閲覧。の意味(2)
- ^ Thomas Moore devin (2018年7月25日). “What’s The Difference Between A Language, A Dialect And An Accent?” (英語). babbel.com. 2021年1月15日閲覧。
- ^ スッキリ解決!「方言」と「訛り」の違い - gimon-sukkiri.jp 2021年1月15日閲覧。
- ^ 宇佐美洋 (2022年9月20日). “世界にはいくつの言語があるのでしょうか”. ことば研究館. 国立国語研究所. 2024年9月25日閲覧。
- ^ Mair, Victor H (1991). “What is a Chinese ‘Dialect/Topolect’? Reflection on Some Key Sino-English Linguistic Terms” (pdf). Sino-Platonic Papers 29: 1-31 .
- ^ “フランス、なまりに基づく差別を禁止”. フランス通信社 (2020年11月27日). 2021年2月6日閲覧。
- ^ 江仁傑 「日本の言語政策と言語使用」 樋口謙一郎編著 『北東アジアのことばと人々』 (ASシリーズ 第 9巻) 大学教育出版 2013年(ISBN 978-4-86429-214-6 C3080)
- ^ 『武市佐市郎集 風俗事物編』、平成7年3月15日発行、武市佐市郎、高知市民図書館、P51。
- ^ “消滅の危機にある言語・方言”. 文化庁. 2021年4月3日閲覧。