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1986年10月の教団発足当時、事務処理を行う[[寺社]]における寺務や社務所に相当する支部や本部を総括する「総合本部」は、[[東京都]][[杉並区]][[西荻南]]に事務所を設け設立した。1987年6月13日に杉並区松庵へ移転して一時的に「[[東京]]本部」とした後、1988年4月16日に[[西荻窪駅]]前のビル('''写真1''')杉並区西萩南へ移転して再び「総合本部」とした。 |
1986年10月の教団発足当時、事務処理を行う[[寺社]]における寺務や社務所に相当する支部や本部を総括する「総合本部」は、[[東京都]][[杉並区]][[西荻南]]に事務所を設け設立した。1987年6月13日に杉並区松庵へ移転して一時的に「[[東京]]本部」とした後、1988年4月16日に[[西荻窪駅]]前のビル('''写真1''')杉並区西萩南へ移転して再び「総合本部」とした。 |
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[[ファイル:Kioicho building chiyoda 2009.JPG|thumb|right|総合本部、写真2<br/>[[東京都]][[千代田区]][[紀尾井町]]にある紀尾井町ビル]] |
[[ファイル:Kioicho building chiyoda 2009.JPG|thumb|right|総合本部、写真2<br/>[[東京都]][[千代田区]][[紀尾井町]]にある紀尾井町ビル]] |
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その後、総合本部は、1989年12月20日に[[千代田区]]の紀尾井町ビル('''写真2''')4階に移転後、1996年4月1日には自己[[資産]]ビルとしての[[品川区]][[平塚 (品川区)|平塚]]の総合本部ビル('''写真3''')に移転、1999年10月31日には現状の品川区[[東五反田]]の新総合本部ビルに移転している<ref name=" |
その後、総合本部は、1989年12月20日に[[千代田区]]の紀尾井町ビル('''写真2''')4階に移転後、1996年4月1日には自己[[資産]]ビルとしての[[品川区]][[平塚 (品川区)|平塚]]の総合本部ビル('''写真3''')に移転、1999年10月31日には現状の品川区[[東五反田]]の新総合本部ビルに移転している<ref name="名前なし-1"> 「幸福の科学」教団史2008法輪、転ずべし。</ref>。 |
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[[ファイル:Daini Keihin 10.jpg|thumb|right|総合本部、写真3<br/>[[東京都]][[品川区]]の[[首都高速道路]][[戸越出入口]]付近<br/>右側に、幸福の科学、戸越国際精舎があり、左側には旧'''総合本部'''(1996年4月 - 1999年10月)現・戸越精舎がある。]] |
[[ファイル:Daini Keihin 10.jpg|thumb|right|総合本部、写真3<br/>[[東京都]][[品川区]]の[[首都高速道路]][[戸越出入口]]付近<br/>右側に、幸福の科学、戸越国際精舎があり、左側には旧'''総合本部'''(1996年4月 - 1999年10月)現・戸越精舎がある。]] |
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また、1996年7月10日には、本格的な礼拝施設としての、総本山・宇都宮正心館(後に「総本山・正心館」に改称)が竣工され、同年8月に開山した。(写真4)1999年10月までの一時期、総合本部の一部の機能をこの宇都宮に移転したことがあった。<ref> 「幸福の科学」教団史2008法輪、転ずべし</ref>。 |
また、1996年7月10日には、本格的な礼拝施設としての、総本山・宇都宮正心館(後に「総本山・正心館」に改称)が竣工され、同年8月に開山した。(写真4)1999年10月までの一時期、総合本部の一部の機能をこの宇都宮に移転したことがあった。<ref> 「幸福の科学」教団史2008法輪、転ずべし</ref>。 |
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== 会員制度と信者数の推移 == |
== 会員制度と信者数の推移 == |
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2009年の発表では、全世界80か国に1100万人の信者・会員がいるとされる<ref>雑誌『週刊ダイヤモンド』2009年9/12号</ref>。 |
2009年の発表では、全世界80か国に1100万人の信者・会員がいるとされる<ref>雑誌『週刊ダイヤモンド』2009年9/12号</ref>。 |
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2010年の発表では、86か国に1200万人とされる<ref>「月刊幸福の科学」2010年7月号</ref><ref name=" |
2010年の発表では、86か国に1200万人とされる<ref>「月刊幸福の科学」2010年7月号</ref><ref name="名前なし-2"> 塚田穂高 『宗教と政治の転轍点 保守合同と政教一致の宗教社会学』</ref>。 |
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教団の刊行物「月刊幸福の科学」によれば、1986年11月23日に東京都の日暮里酒販会館で開催された幸福の科学発足記念座談会に集った人数は87名であった<ref name=" |
教団の刊行物「月刊幸福の科学」によれば、1986年11月23日に東京都の日暮里酒販会館で開催された幸福の科学発足記念座談会に集った人数は87名であった<ref name="名前なし-3">『宗教と科学のネオパラダイム』沼田健哉 著</ref>。創設初期は入会試験制度があり、幸福の科学の書籍10冊を読み、入会願書に読書感想等を記入するものであり、合格率は4割程度であった<ref name="名前なし-3"/>。(入会試験は次第に簡略化され1994年頃に廃止された<ref name="名前なし-3"/>。) |
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1987年3月8日の発足記念第1回講演会「幸福の原理」の聴講者は約400名であった<ref>「月刊幸福の科学」1987年5月号</ref><ref name=" |
1987年3月8日の発足記念第1回講演会「幸福の原理」の聴講者は約400名であった<ref>「月刊幸福の科学」1987年5月号</ref><ref name="名前なし-1"/><ref name="名前なし-3"/>。1989年4月に会の方針として伝道活動が許可されて「誌友会員」制度が発足した。誌友会員は入会試験の無い会員であり、従来の会員は「正会員」とされた<ref name="名前なし-1"/>。 |
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1989年11月26日に全国20会場で実施された「第1回全国統一神理学検定試験」の受験者数は2209人だったが、1990年7月には7万7千人となり、1991年7月には会員数が150万人に達したとされている<ref>『月刊幸福の科学』1991年8月号</ref><ref name=" |
1989年11月26日に全国20会場で実施された「第1回全国統一神理学検定試験」の受験者数は2209人だったが、1990年7月には7万7千人となり、1991年7月には会員数が150万人に達したとされている<ref>『月刊幸福の科学』1991年8月号</ref><ref name="名前なし-3"/>。 |
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信者数が1000万人を突破したと公表されたのは1995年7月である<ref group="PR">『幸福の科学立宗10周年記念誌』宗教法人幸福の科学、1996年10月</ref>。1996年に会員制度が変わり、以前の「正会員」「誌友会員」を統合し「会員」とされるようになった。2007年には新たな入会制度が導入され、入会申し込みの手続きで会員になれるように簡略化された「入会者」会員ができた。 |
信者数が1000万人を突破したと公表されたのは1995年7月である<ref group="PR">『幸福の科学立宗10周年記念誌』宗教法人幸福の科学、1996年10月</ref>。1996年に会員制度が変わり、以前の「正会員」「誌友会員」を統合し「会員」とされるようになった。2007年には新たな入会制度が導入され、入会申し込みの手続きで会員になれるように簡略化された「入会者」会員ができた。 |
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=== 主な祭典行事 === |
=== 主な祭典行事 === |
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<ref group="PR">[https://happy-science.jp/info/event-class/ceremony/ 式典・大祭 | 行事の種類 | 幸福の科学 HAPPY SCIENCE 公式サイト]</ref><ref name=" |
<ref group="PR">[https://happy-science.jp/info/event-class/ceremony/ 式典・大祭 | 行事の種類 | 幸福の科学 HAPPY SCIENCE 公式サイト]</ref><ref name="名前なし-2"/> |
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支部や精舎において開催される。代表的な祭典は下記のとおり。 |
支部や精舎において開催される。代表的な祭典は下記のとおり。 |
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=== 信仰形態の変遷 === |
=== 信仰形態の変遷 === |
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1986年教団設立当初は、霊言集の刊行などによる「霊知識」「霊的人生観」の普及を中心とした啓蒙活動が展開され、[[信仰]]に関することが説かれることはあまりなかった。後に、教団内で組織ができるようになるが、多くの会員は入会する前に持っていた信仰に従い、会を指導(支援)しているとされた「高級霊」(例:[[日蓮宗]]系の人は[[日蓮]]、[[浄土真宗]]系の人は[[親鸞]])などを信仰していた。1989年からは、「三宝帰依」など信仰心について説かれるようになり、1990年「信仰と愛」「信仰と伝道」の法話が説かれ、1990年からは組織的な伝道活動が開始されるようになった。また、宗教法人となった1991年には、東京ドームでの「御生誕祭」7月15日に、大川隆法による「'''エル・カンターレ宣言'''」があり、信仰の中心がエル・カンターレに集約される基準点となった。1992年12月には、会員でも代理本尊の一つである「家庭御本尊」を安置することが可能となった。1994年4月10日には、大川隆法により「方便の時代は終わった」と宣言され、根本経典や基本書の『太陽の法』が改訂され、教団の運営体制の整備が進むとともに、[[エル・カンターレ]]信仰、[[三帰依|三宝帰依]]を中心とする信仰へと移行し、1994年6月からは三帰誓願式が始まっている。1996年10月6日には、会員制度を変更して、「正会員」と「誌友会員」の名称を「会員」とした<ref name=" |
1986年教団設立当初は、霊言集の刊行などによる「霊知識」「霊的人生観」の普及を中心とした啓蒙活動が展開され、[[信仰]]に関することが説かれることはあまりなかった。後に、教団内で組織ができるようになるが、多くの会員は入会する前に持っていた信仰に従い、会を指導(支援)しているとされた「高級霊」(例:[[日蓮宗]]系の人は[[日蓮]]、[[浄土真宗]]系の人は[[親鸞]])などを信仰していた。1989年からは、「三宝帰依」など信仰心について説かれるようになり、1990年「信仰と愛」「信仰と伝道」の法話が説かれ、1990年からは組織的な伝道活動が開始されるようになった。また、宗教法人となった1991年には、東京ドームでの「御生誕祭」7月15日に、大川隆法による「'''エル・カンターレ宣言'''」があり、信仰の中心がエル・カンターレに集約される基準点となった。1992年12月には、会員でも代理本尊の一つである「家庭御本尊」を安置することが可能となった。1994年4月10日には、大川隆法により「方便の時代は終わった」と宣言され、根本経典や基本書の『太陽の法』が改訂され、教団の運営体制の整備が進むとともに、[[エル・カンターレ]]信仰、[[三帰依|三宝帰依]]を中心とする信仰へと移行し、1994年6月からは三帰誓願式が始まっている。1996年10月6日には、会員制度を変更して、「正会員」と「誌友会員」の名称を「会員」とした<ref name="名前なし-4">「幸福の科学」教団史2008法輪、転ずべし。</ref>。1998年「エル・カンターレへの祈り」を制定し、研修施設「正心館・精舎」等で使用していたが、2010年に三帰誓願した信者まで下賜し「エル・カンターレへの祈り」で信仰を深めるようになった<ref name="名前なし-4"/>。 |
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幸福の科学では、単純な一神教信仰ではなく、またフラットな形の多神教でもない。「多様な価値観を包摂しながらも、融合させ調和させてゆく」という立場をとっている。「霊天上界には、神格、つまり高級神霊としての格を持った人が大勢いる」とし、「神は一人だけ、あと他は全部間違いだ」という考えは明らかに事実に反するとしている。またその「格」の高低の違いについても「どれだけ多様な人々を救い・導きうるか」によって格付けが成されるとしている。そして至高神エル・カンターレの教えによって世界の宗教間の対立問題は解決し、お互いの融和をもたらすことになるとしている<ref group="PR">『救世の法』p157</ref>。 |
幸福の科学では、単純な一神教信仰ではなく、またフラットな形の多神教でもない。「多様な価値観を包摂しながらも、融合させ調和させてゆく」という立場をとっている。「霊天上界には、神格、つまり高級神霊としての格を持った人が大勢いる」とし、「神は一人だけ、あと他は全部間違いだ」という考えは明らかに事実に反するとしている。またその「格」の高低の違いについても「どれだけ多様な人々を救い・導きうるか」によって格付けが成されるとしている。そして至高神エル・カンターレの教えによって世界の宗教間の対立問題は解決し、お互いの融和をもたらすことになるとしている<ref group="PR">『救世の法』p157</ref>。 |
2022年7月9日 (土) 09:52時点における版
幸福の科学シンボルマーク[PR 1] | |
東京正心館(東京都港区) | |
略称 | H S |
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設立 | 1986年 10月6日 |
種類 | 宗教法人 |
法人番号 | 7010705000147 |
本部 | 日本 東京都品川区 |
会員数 | 「会員制度と信者数の推移」参照 |
公用語 | 日本語、英語 |
創始者 兼 総裁 | 大川隆法 |
本尊 | エル・カンターレ |
根本経典 | 『仏説・正心法語』 |
関連組織 |
幸福実現党 幸福の科学出版 幸福の科学学園 ニュースター・プロダクション ARI Production ハッピー・サイエンス・ユニバーシティ |
ウェブサイト |
幸福の科学 HAPPY SCIENCE 公式サイト HAPPY SCIENCE Official Website |
特記事項 | 大川隆法 公式サイト |
幸福の科学 公式チャンネル | |
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YouTube | |
チャンネル | |
ジャンル | 宗教 |
幸福の科学 広報チャンネル | |
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ジャンル | 宗教 |
幸福の科学(こうふくのかがく、英: Happy Science)は、日本発祥の世界的宗教団体である。世界167カ国以上に会員組織がある。世界通称として「Happy Science」を使用。関連団体に日本国外の宗教法人70の他、幸福の科学出版、幸福実現党、幸福の科学学園、ニュースター・プロダクションなどがある。
本尊は主エル・カンターレ。根本経典は『仏説・正心法語』。創始者・総裁である大川隆法の代表作『太陽の法』をはじめ、歴史上の人物や政治家、著名人などの霊言を含む多数の出版物による布教スタイルが特徴である。
1991年ごろから大規模な広告キャンペーンを行った[1]。また写真週刊誌『フライデー』の記事に虚偽の内容があると主張して出版元の講談社などへ抗議行動を行った。
概要
幸福の科学は、大川隆法が1986年10月6日に、設立した世界的な新宗教である。幸福の科学によれば、仏法真理の流布による人類幸福化を掲げている[3]。発足以前の1985年から、イエス・キリストや孔子などの歴史上の偉人・宗教家などが大川隆法の口を通じて語るとする(チャネリング)という内容の書籍(霊言集)を多数出版している。最初の「霊言集」である『日蓮の霊言』[4]のなかで用いられている「幸福科学」という言葉は、1年後の1986年に団体の名称の基となった[5][6]。
その後1987年には『太陽の法』『黄金の法』『永遠の法』が出版された。これらの書籍読者から数多くの信者が集まり[3]、短期間で日本国内の全国組織ができあがった[7]。
1991年3月7日に宗教法人となった。この1991年は、講談社フライデーへの抗議行動と共にマスコミで盛り上がったことも相まって、年末には「チャネリング」が流行語大賞にノミネートされ、特別部門特別賞を受賞した[8][9]。1994年からは日本国外の法人設立と支部展開が行われる。1996年には会員制度の変更や運営方針の転換が行われた[10]。2009年には、宗教政党の設立と、学校法人の設立が行われた[11]。
2007年のアメリカ・ハワイでの講演から以降、大川隆法の英語説法による海外講演会が世界各地で行われている。その後、ブラジル(2010年11月)[PR 2]、インド・ネパール(2011年3月)[PR 3]、フィリピン・香港(2011年5月)[PR 4]、マレーシア・シンガポール(2011年9月)[PR 5]、スリランカ(2011年11月)[PR 6]、ウガンダ(2012年6月)[PR 7]、オーストラリア シドニー(2012年10月14日)[PR 8]、アメリカ・ニューヨーク(2016年10月2日)、ドイツ ベルリン(2018年10月7日)[12]、台湾台北市(2019年3月3日)[13] などで行われている。幸福の科学の発表では数千人数万人の規模だと報告している。幸福の科学によれば、インド・ネパールの講演では7紙のマスコミに紹介され[PR 3][注 1]、アフリカ・ウガンダの講演では、4紙のマスコミに紹介された[PR 7][注 2]、と報告している。2020年現在のところ、大川の著作は40言語以上(英語(イギリスVer・USA,Ver、インドVer、オーストラリアVer他)、ポルトガル語、スペイン語、オランダ語、ドイツ語、フランス語、ハンガリー語、スウェーデン語、フィンランド語、ポーランド語、ブルガリア語、リトアニア語、ロシア語、アラビア語、ペルシャ語、トルコ語、中国語(簡体字・繁体字 台湾・香港)、韓国語、インドネシア語、タイ語、ヒンディー語、タミル語、テルグ語、マラーティー語、グジュラティ語、ネパール語、シンハラ語、タガログ語、ベンガル語、スワヒリ語、ウルドゥー語、オリヤー語、マラヤーラム語、ルガンダ語、モンゴル語、カンナダ語、など。)に翻訳され、世界各国で出版されている。(『太陽の法』『常勝思考』参照)
設立
1981年、東京大学 法学部を卒業した大川隆法は、総合商社トーメン(現:豊田通商)に在職の傍ら、上記「霊言集」などを出版しながら教団設立の準備をしていた。1986年7月15日に退社後、具体的な団体設立の計画に着手。同年10月6日に任意団体として教団を設立した。その設立直前から、根本経典『正心法語』や基本書という宗教理論書『太陽の法』などを短期間に多数の執筆を行い、これを機に書籍出版活動を活発に行った。これらの書籍が書店を通して日本各地に流通し、また入会する会員が増え、組織の全国展開へとつながった。1988年5月には関西支部が開所し、日本各地に支部展開が始まる[14]。1991年3月7日に宗教法人格を取得した。
「幸福の科学」の英語名は 2008年2月までは The Institute for Research in Human Happiness であり、頭字語の IRH である略称を使用していた。ローマ字表記の Kofuku-no-Kagaku や Kōfuku-no-Kagaku 等も用いられる[15]。2008年2月から、世界通称として英語による正式名称を Happy Science とした。これは、世界伝道において、解りやすい名称にした[16]とされている。
教義
宗教法人「幸福の科学」では、大川隆法が多数の法話で説いた「仏法真理」を教義とし、この仏法真理の「探究・学習・伝道」を通じての「この世とあの世を貫く幸福」と地上ユートピアの建設を目指しているとする[3]。
修行の実践については、現代の四正道として「愛・知・反省・発展」を提唱している。人間は神の子・仏の子であることを自覚した上で他者へ愛を与え、真理を探求し、自分の心を見つめ直し、社会全体を向上させる心構えを持つことを現世の「魂修行」とする[17][18]。また、世界観として多元宇宙論を展開し、三次元世界(この世)は根源神に近づくための「魂の修行の場所」とされている[17]。
本尊
宗教法人「幸福の科学」の本尊は、霊天上界に存在するとされる、至高神 エル・カンターレ(El Cantare)である。
- 代理本尊と信仰
- 上記のエル・カンターレを象徴するものとして「代理本尊」を使用する。 - 法輪を模った「家庭用本尊」や、「エル・カンターレ像」、「布教所エル・カンターレ像」等を祀る。
- 「大エル・カンターレ像」 - 総本山の礼拝堂に置かれていて崇拝されている。
- エル・カンターレ信仰の確立
- 1989年に『仏陀再誕』を出版し、1990年第12回大講演会において、自身は「仏陀の魂の再誕」であると明示した[19]。幸福の科学の信者は、主エル・カンターレを体現しているところの「現成の仏陀(悟りたる者)」としての創始者大川の崇拝を始める。1991年、創始者大川の「御生誕祭」において、大川は自身が「エル・カンターレ」であると宣言した[20]。これ以降、幸福の科学の信者は、主エル・カンターレの本体部分が地上に下生した者として、創始者大川の崇拝を始める。
組織・施設
総合本部
1986年10月の教団発足当時、事務処理を行う寺社における寺務や社務所に相当する支部や本部を総括する「総合本部」は、東京都杉並区西荻南に事務所を設け設立した。1987年6月13日に杉並区松庵へ移転して一時的に「東京本部」とした後、1988年4月16日に西荻窪駅前のビル(写真1)杉並区西萩南へ移転して再び「総合本部」とした。
その後、総合本部は、1989年12月20日に千代田区の紀尾井町ビル(写真2)4階に移転後、1996年4月1日には自己資産ビルとしての品川区平塚の総合本部ビル(写真3)に移転、1999年10月31日には現状の品川区東五反田の新総合本部ビルに移転している[21]。
また、1996年7月10日には、本格的な礼拝施設としての、総本山・宇都宮正心館(後に「総本山・正心館」に改称)が竣工され、同年8月に開山した。(写真4)1999年10月までの一時期、総合本部の一部の機能をこの宇都宮に移転したことがあった。[22]。
組織
教団組織は、総裁である大川隆法に代表される。
組織の分類では、会内で婦人部の総称として位置づけられている「女性部」のほか、「青年部」「学生部」「中堅部」「親子の会」、壮年部的な位置づけにあたる「百歳まで生きる会」(1997年3月発足)などがある。
施設
地方本部、支部、拠点、布教所などが日本国内・世界各地にあり、「支部精舎」と呼ばれる施設も数多く建立されている[23]。国内の支部および支部精舎の所在地は、公式ホームページ内の「お近くの幸福の科学」[PR 9]等で公表されているが、大悟館、宇都宮仏宝館、北軽井沢精舎のような、大川隆法本人と限られた内弟子のみが使用する施設については詳細を公表していないものもある[24]。
- 日本国内の支部数・拠点数:460ヵ所
- 内、支部精舎数:250ヵ所
- 布教所数:約8000ヵ所
- (2022年1月現在)
研修・礼拝施設は「精舎」と呼ばれている。日本国内にある主な精舎は下記の通り。
- 総本山・正心館(栃木県宇都宮市)1996年8月4日開設
- 総本山・未来館(栃木県宇都宮市)1997年11月2日開設
- 総本山・日光精舎(栃木県日光市)1998年7月18日開設
- 総本山・那須精舎 (栃木県那須郡那須町)2004年5月30日開設
- 東京正心館(東京都港区高輪)2001年12月8日開設
- 聖地・四国正心館(徳島県鳴門市)2000年7月7日開設
- 聖地・エル・カンターレ生誕館(別格総本山、徳島県吉野川市)2016年開設
- 北海道正心館(北海道札幌市中央区)2003年8月7日開設
- 東北・田沢湖正心館(秋田県仙北市)2003年4月17日開設
- 秋田信仰館(秋田県由利本荘市)2007年4月8日開設
- 日本再建祈念館(宮城県仙台市)2011年10月30日開設
- 仙台正心館(宮城県仙台市)2011年10月30日起工、2012年7月開設
- 雌伏館(千葉県柏市)2005年3月23日開設
- 千葉正心館(千葉県長生郡長生村)2005年7月27日開設
- ユートピア活動推進館(東京都港区赤坂)2012年5月13日開設
- 戸越精舎(東京都品川区平塚)1996年5月8日開設
- 戸越国際精舎(東京都品川区戸越)2008年10月5日開設
- 渋谷精舎(東京都渋谷区鶯谷町)2005年12月25日開設
- 新宿精舎(東京都新宿区高田馬場)2006年11月1日開設
- 初転法輪記念館(東京都荒川区西日暮里)
- 横浜正心館(神奈川県横浜市)2012年4月29日開設
- 箱根精舎(神奈川県足柄下郡箱根町)2002年8月27日開設
- 新潟正心館(新潟県新潟市中央区)2008年1月1日開設
- 中部正心館(静岡県浜松市)2002年4月17日開設
- 名古屋記念館(愛知県名古屋市東区)2003年5月5日開設
- 名古屋正心館(愛知県名古屋市中村区亀島)2016年6月5日開設
- 北陸正心館(石川県羽咋市)2004年9月7日開設
- 琵琶湖正心館(滋賀県滋賀郡志賀町)1998年12月20日開設
- 大阪中央精舎(大阪府大阪市中央区)2007年4月28日開設
- 大阪正心館(大阪府大阪市北区)2007年12月23日開設
- 神戸正心館(兵庫県神戸市)2023年開設予定
- 中国正心館(岡山県玉野市)2004年4月17日開設
- 聖地・四国本部精舎(徳島県徳島市)2004年10月17日開設
- アジア国際精舎 福岡正心館(福岡県福岡市)2010年11月23日開設
- 湯布院正心館(大分県由布市)1999年7月20日開設
- 九州本部研修所(熊本県葦北郡)2005年8月7日開設
- 沖縄正心館(沖縄県国頭郡)2005年4月17日
上記以外の研修施設の歴史としては、1988年9月に幸福の科学研修ホール(東京都杉並区西荻南)を開設、1990年12月16日に四国研修道場(鳴門市、現・四国正心館の境内地内)を竣工、1991年8月1日には幸福の科学研修センター(東京都中野区弥生町)を開設した。1996年5月8日には、東京道場(旧東京正心館)を品川区大崎に開設したが、その後、総合本部ビルと呼ばれていた品川区平塚の施設へ移転し、戸越精舎として主に首都圏を中心に住む学生の会員が利用する研修施設となった。
大川の出身地である四国・徳島は「聖地」とされ、生誕地の徳島県吉野川市川島町には、参拝施設「川島特別支部」がある。鳴門市の聖地・四国正心館境内には、父で名誉顧問・善川三朗(本名:中川忠義、故人)を偲ぶ「善川三朗記念堂」がある。
その他の宗教施設としては、2006年4月15日、総本山・那須精舎(栃木県那須郡那須町)の境内に、「総本山・那須精舎付属 来世幸福園」が開園した。来世幸福園の中心には「大ストゥーパ」が建立され、幸福の科学の信仰の象徴となっている。「大ストゥーパ」の周辺には、3つの納骨堂(「在家菩薩堂」「三帰誓願堂」「涅槃堂」)が建立されている。 2011年5月には、聖地・四国正心館の隣接地にも「来世幸福園」が開園した。
2005年9月には、2005年日本国際博覧会(愛知万博「愛・地球博」)のネパール館で展示された貴重な文化遺産である(ハラティ・マタ寺院の復元物)を購入し、総本山・正心館の境内に建立された「ネパール釈尊館」の中に移設している。館内には寺院のほかに、釈尊への信仰に基づいた仏教美術が展示されており、一般公開されている。
2015年に千葉県に「幸福の科学大学(仮称)」を開学することを計画し、準備を進めていた。しかし、2014年10月、文部科学省の大学設置審議会は、同大学の設置を認めないことを文部科学大臣に答申した。さらに文部科学省は、「審査の過程で認可を強要するような不適切な行為があった」として、今後最長5年間にわたって、学校法人幸福の科学学園による大学の設置を認めない方針を決定した[25][26]。これに対し、幸福の科学側は引き続き文科省に抗議を行うとともに幸福の科学大学を私塾として開設し、ハッピー・サイエンス・ユニバーシティとの名称で開校した[27]。他に、東京都内江東区南砂にも「未来創造・東京キャンパス」を開設し入学者が増えている。
日本国外
1990年7月『太陽の法』の英訳版『The Laws of the Sun』の発刊以降、海外在住の会員が増加し、1994年1月1日に海外初の法人として「幸福の科学USA (Kofuku-no-kagaku,U.S.A.)」が設立され[PR 10][28]、ニューヨーク支部の開所となる。続いてロサンゼルス支部、ハワイ支部などが開所される。同年さらにブラジルには、サンパウロ支部、イギリスのロンドンには、ヨーロッパ支部など各地で現地法人が設立される。また、幸福の科学出版の海外支社も開設し、外国語への翻訳書籍も多数発刊している。
海外の精舎・支部精舎
- ハワイ精舎 2006年12月17日開設
- サンフランシスコ支部精舎 2007年12月9日開設
- ロサンゼルス支部精舎 2008年2月24日開設
- 台北支部精舎 2008年3月23日開設
- ソウル支部精舎 2008年5月25日開設
- ロンドン支部精舎(ヨーロッパ支部所属) 2008年6月7日開設
- ニューヨーク支部精舎 2008年8月24日開設
- ブラジル正心館 2010年5月16日開設
- アフリカ・ウガンダ支部精舎 2011年8月7日開設[PR 11]
- マレーシア支部精舎 2011年9月4日開設[PR 12]
- オーストラリア正心館 2011年12月11日開設[PR 13]
- ブッダガヤ精舎建立祈念堂 2011年12月28日竣工[PR 14]
- ネパール支部精舎 2014年8月30日落慶・開設[PR 15]
- インド、ブッダガヤ精舎
- カナダ トロント支部精舎 2017年7月9日落慶[PR 16]
ほか世界167か国に支部・会員組織がある。(2018年4月現在)[PR 17]
幸福の科学グループ
2009年5月、宗教法人 幸福の科学の外部組織として「幸福実現党」の設立により、組織として「幸福の科学グループ」を呼称するようになった[PR 18]。これにより、大川隆法は肩書きを「幸福の科学総裁」から「幸福の科学グループ創始者兼総裁」へと変更している。
- 宗教法人
- 日本国内の宗教法人のほか、世界70カ国に法人組織がある。USA、カナダ、メキシコ、ブラジル、ペルー、イギリス、フランス、ドイツ、フィンランド、オーストリア、ブルガリア、韓国、台湾、香港、フィリピン、タイ、マレーシア、シンガポール、インド、ネパール、スリランカ、ウガンダ、ナイジェリア、ガーナ、南アフリカ、ニュージーランド、オーストラリア、他
- 来世幸福園(霊園・納骨堂)[PR 19]
- ヘレンの会(視聴覚障害者支援)[PR 20]
- ネバー・マインド(不登校児支援スクール)[PR 21]
- 出版・及び各種メディア展開
- 幸福の科学出版株式会社
- IRH Press Co., Ltd.USA.(アメリカ合衆国の出版法人)
- このほか世界各地に「幸福の科学出版」の事務所が多数ある。
- 株式会社ブックスフューチャー [PR 22]
- ブックスフューチャー(一般書店)東京銀座・赤坂・杉並区天沼など
- HS PICTURES STUDIO(アニメ映画制作を行う)
- ニュースター・プロダクション - 映画製作や劇団運営を行う会社。芸能プロダクションの機能もある。
- 劇団「新星(しんせい)」
- ARI Production(アリ・プロダクション) - 芸能プロダクション[PR 23]。千眼美子(清水富美加)や希島凛などが所属する。ドキュメンタリー映画の製作を行う。
- 学校法人など
- 学校法人幸福の科学学園
- 幸福の科学学園中学校・高等学校 那須本校 - (栃木県)
- 幸福の科学学園関西中学校・高等学校 関西校 - (滋賀県)
- ハッピー・サイエンス・ユニバーシティ - 大学に準ずる教育を行う無認可校 - (千葉県、運営者は宗教法人の幸福の科学)
- 政治関連
- その他
- 来世幸福セレモニー株式会社 (葬儀社)[PR 25]
- HAPPY LIBRARY - 心を豊かにする良書の発刊を志し「ユートピア文学賞」の運営を行う。
会員制度と信者数の推移
2009年の発表では、全世界80か国に1100万人の信者・会員がいるとされる[29]。 2010年の発表では、86か国に1200万人とされる[30][31]。
教団の刊行物「月刊幸福の科学」によれば、1986年11月23日に東京都の日暮里酒販会館で開催された幸福の科学発足記念座談会に集った人数は87名であった[32]。創設初期は入会試験制度があり、幸福の科学の書籍10冊を読み、入会願書に読書感想等を記入するものであり、合格率は4割程度であった[32]。(入会試験は次第に簡略化され1994年頃に廃止された[32]。)
1987年3月8日の発足記念第1回講演会「幸福の原理」の聴講者は約400名であった[33][21][32]。1989年4月に会の方針として伝道活動が許可されて「誌友会員」制度が発足した。誌友会員は入会試験の無い会員であり、従来の会員は「正会員」とされた[21]。
1989年11月26日に全国20会場で実施された「第1回全国統一神理学検定試験」の受験者数は2209人だったが、1990年7月には7万7千人となり、1991年7月には会員数が150万人に達したとされている[34][32]。
信者数が1000万人を突破したと公表されたのは1995年7月である[PR 26]。1996年に会員制度が変わり、以前の「正会員」「誌友会員」を統合し「会員」とされるようになった。2007年には新たな入会制度が導入され、入会申し込みの手続きで会員になれるように簡略化された「入会者」会員ができた。
日付 | 人数 | 備考 |
---|---|---|
1986.11.23 | 87名 | 「幸福の科学発足記念座談会」参加人数[PR 27] |
1987.3.8 | 約400名 | 「幸福の科学発足記念講演会」参加人数(出席していた生長の家およびGLAの信者・関係者を含む数)[35] |
1987.12 | 1,700名 | [35] |
1988.12 | 4,000名 | [35] |
1989.12 | 13,300名 | 正会員8,100名、誌友会員5,200名[35] |
1990.7.8 | 7万数千名 | 「第七回大川隆法先生大講演会」における公表数[35] |
1990.12 | 17万名 | 正会員2万名、誌友会員15万名。 |
1991.3 | 30万名 | 正会員5万名、誌友会員25万名[35] |
1991.5.22 | 77万名 | 正会員10万名、誌友会員67万名(同上)[35] |
1991.6.12 | 100万名 | 正会員15万名、誌友会員85万名(同上)[35] |
1991.7.15 | 1,527,278名 | 正会員約20万名、誌友会員約133万名[35]、東京ドームでの「御生誕際」での発表 |
1991.9 | 約200万名 | 正会員約30万名、誌友会員約170万名[35] |
1991.12 | 約560万名 | |
1995.7 | 1000万名以上 | [PR 28] |
2009.8 | 約1,100万名 | 根本経典『正心法語』累計発行部数をもって公称値とする[36] |
活動
- 教義の内容を編纂して、書籍や月刊「ザ・リバティ」等の雑誌(幸福の科学出版より発行)、経典、CD、DVD、ビデオ、劇場用映画、布教誌「ザ・伝道」(会員の生の声をピックアップ)「ヤング・ブッダ」(中学生~大学生を対象だがコラムがメイン)「ヘルメス・エンゼルズ」等を発刊している。
- 2012年10月3日、インターネットに、幸福の科学 体験談投稿サイト voicee(ボイシー)を開設した。幸福の科学の信者の体験談や生の声を集めたサイトである[PR 29]。
- 特に映画は宣伝活動にも力を入れており、過去には興行通信社調べによる全国の映画興行収入ランキングで複数回1位を記録したこともあった。
- 映画『ノストラダムス戦慄の啓示』(1994年・実写・東映配給)
- 1995年朝日ベストテン映画祭・読者賞グランプリ受賞
- 映画『ヘルメス 愛は風の如く』 (1997年・アニメーション・東映配給)
- 1997年毎日映画コンクール・日本映画ファン大賞2位、中央青少年団体連絡協議会推薦、優秀映画鑑賞会推薦
- 映画『太陽の法 エル・カンターレへの道』(2000年・アニメーション・東映配給)
- 2006年以前の日本週末興行収入1位の映画の一覧 2000年10月28日-29日、11月4日-5日(2週連続)を参照
- 2001年朝日ベストテン映画祭・読者賞第1位、第25回報知映画賞・読者投票邦画部門第1位
- ぴあ映画満足度ランキング第1位、中央青少年団体連絡協議会推薦
- 映画『黄金の法 エル・カンターレの歴史観』(2003年・アニメーション・東映配給)
- 2006年以前の日本週末興行収入1位の映画の一覧 2003年10月11日-12日、10月28日-19日(2週連続)を参照
- ぴあ映画満足度ランキング第1位
- 映画『永遠の法 エル・カンターレの世界観』(2006年・アニメーション・東映配給)
- ぴあ映画満足度ランキング第2位
- 映画『仏陀再誕 The REBIRTH of BUDDHA』(2009年・アニメーション・東映配給)
- 映画『ファイナル・ジャッジメント』(2012年6月・実写・日活配給)
- 映画『神秘の法』(2012年10月・アニメーション・日活配給)
- 、ワールドフェスト・ヒューストン国際映画祭 REMI SPECIAL JURY AWARD受賞[PR 30]。
- 映画『UFO学園の秘密』(2015年10月・アニメーション・日活配給)
- 映画 『天使に“アイム・ファイン”』(2016年3月・実写・日活配給)
- 映画『君のまなざし』(2017年5月・実写・日活配給)
- 映画『心に寄り添う。』(2018年5月5日・実写・東京テアトル)[PR 31]
- 映画『さらば青春、されど青春。』(2018年5月12日・実写・日活配給)[PR 32]
- 全国の精舎で研修や祈願、各種大祭や式典等の行事を開催。
- 世界各地の支部や拠点を中心に、「御法話拝聴会」、各種の大祭や式典、研修、祈願、集い等の行事を開催。
主な祭典行事
[PR 33][31] 支部や精舎において開催される。代表的な祭典は下記のとおり。
- 新年大祭(1月)
- 宗教法人設立記念式典(3月)
- 大悟祭(3月)
- 春の幸福供養大祭(3月)
- ヘルメス大祭(5月)
- 御生誕祭(7月)
- お盆の幸福供養大祭(8月)
- 先祖供養大祭(9月)
- 立宗記念式典(10月)
- 初転法輪祭(11月)
- エル・カンターレ祭(12月)
特に御生誕祭とエル・カンターレ祭は二大祭典とされる。
信仰形態の変遷
1986年教団設立当初は、霊言集の刊行などによる「霊知識」「霊的人生観」の普及を中心とした啓蒙活動が展開され、信仰に関することが説かれることはあまりなかった。後に、教団内で組織ができるようになるが、多くの会員は入会する前に持っていた信仰に従い、会を指導(支援)しているとされた「高級霊」(例:日蓮宗系の人は日蓮、浄土真宗系の人は親鸞)などを信仰していた。1989年からは、「三宝帰依」など信仰心について説かれるようになり、1990年「信仰と愛」「信仰と伝道」の法話が説かれ、1990年からは組織的な伝道活動が開始されるようになった。また、宗教法人となった1991年には、東京ドームでの「御生誕祭」7月15日に、大川隆法による「エル・カンターレ宣言」があり、信仰の中心がエル・カンターレに集約される基準点となった。1992年12月には、会員でも代理本尊の一つである「家庭御本尊」を安置することが可能となった。1994年4月10日には、大川隆法により「方便の時代は終わった」と宣言され、根本経典や基本書の『太陽の法』が改訂され、教団の運営体制の整備が進むとともに、エル・カンターレ信仰、三宝帰依を中心とする信仰へと移行し、1994年6月からは三帰誓願式が始まっている。1996年10月6日には、会員制度を変更して、「正会員」と「誌友会員」の名称を「会員」とした[37]。1998年「エル・カンターレへの祈り」を制定し、研修施設「正心館・精舎」等で使用していたが、2010年に三帰誓願した信者まで下賜し「エル・カンターレへの祈り」で信仰を深めるようになった[37]。
幸福の科学では、単純な一神教信仰ではなく、またフラットな形の多神教でもない。「多様な価値観を包摂しながらも、融合させ調和させてゆく」という立場をとっている。「霊天上界には、神格、つまり高級神霊としての格を持った人が大勢いる」とし、「神は一人だけ、あと他は全部間違いだ」という考えは明らかに事実に反するとしている。またその「格」の高低の違いについても「どれだけ多様な人々を救い・導きうるか」によって格付けが成されるとしている。そして至高神エル・カンターレの教えによって世界の宗教間の対立問題は解決し、お互いの融和をもたらすことになるとしている[PR 34]。
現代社会に適応し、かつ、人類の豊かな未来を開いてゆくための宗教として、新しい手法を「発展の原理」として投入し、イノベーション型の組織・信仰となっている[PR 35]。
社会運動、活動、事件等
1991年9月、幸福の科学会員らは写真週刊誌『フライデー』などに掲載された教団を批判する記事に抗議し、講談社に対するデモ行進や電話・ファクスによる抗議を実施した。9月6日には「講談社フライデー全国被害者の会」(会長・景山民夫、副会長・小川知子)が結成され、以後教団・大川隆法・幸福の科学出版および会員らは「精神的公害訴訟」と銘打った裁判など数多くの訴訟を提起し講談社と対立した(講談社フライデー事件)。教団はこの一連の活動を、9月15日に開催された講演会法話に因んで「希望の革命」と称している。この事件を機に、外国の報道機関を含め、テレビ、新聞、雑誌などからの取材や対談に応じることとなり、1991年10月27日のテレビ朝日の番組(サンデープロジェクト)内では、教祖・大川隆法への公開インタビューが生放送で放映された。講談社側と争った裁判にて、講談社刊行雑誌の一部の記事内容と抗議行動の双方に違法性が認められた[PR 36][PR 37][PR 38][PR 39][38]
[39][40][41][42][43][44]。裁判の結果、勝訴の件数・賠償金の合計額で幸福の科学側の勝利といえる[45]。
1995年フランス国民議会「アラン・ジュスト報告書」に「セクト」として記載されていたが、1999年の認定リストには記載されていない。
1994年には、誰でも手に取れる一般週刊誌等にも猥褻なヌード写真等が数多く掲載されていることにつき、問題を提起し、ヘア・ヌード反対運動として 同年11月に「マスコミ倫理研究会」を発足し、東京・渋谷(11月26日)や大阪・御堂筋(12月4日)、名古屋・古出来(12月23日)でデモ行進を行なうなど、啓蒙活動を行なった[PR 40]。
1995年1月17日の阪神・淡路大震災では、地震発生当日から21日までに阪神地方に35ヵ所の救援拠点を設け、1月19日から炊き出しを始めてカレーなど1日あたり3万食を提供し、全国からの救援物資を届け、医師ボランティアによる医療活動のほか、特設浴場を開くなどした[PR 41]。
1995年2月28日に発生したオウム真理教による公証人役場事務長逮捕監禁致死事件では、拉致の現場目撃者が幸福の科学会員だったこともあり、幸福の科学は、オウム真理教による犯行であることを行政や報道機関、政治家などに訴え、事件の早期解決を求めた。これが一連のオウム教犯罪の捜査の突破口になったと幸福の科学は主張している[PR 42]。
同年3月18日に東京都内などでオウム糾弾デモや街宣活動なども展開、破壊活動防止法適用を支持した。
1995年、幸福の科学が理想とする「哲人政治家」として、自由民主党の三塚博代議士を推薦するなど、積極的に政治に提言した。幸福の科学は政治に関しては「徳治主義的民主主義」を理想としており[PR 43]、思想的にはアメリカの共和党やイギリスの保守党に近い思想を持つとしている[PR 44]。
1995年の御生誕祭(1995年7月10日、東京ドーム)で、幸福の科学政権の樹立を目指すとして三塚を推薦することを発表するなどしたが、8月には『三塚博総理大臣待望論』(小川空城編、幸福の科学出版)が刊行され、8月8日に日比谷公園の野外音楽堂で出版記念フェスティバルが開催された。
幸福の科学は、一貫して、宗教の立場から「霊的人生観」(宗教的真実を基礎におく人生観)を説いており、無宗教や唯物論・無神論を批判している。1997年から雑誌「ザ・リバティ」誌上で、脳死問題や臓器移植問題が宗教的真実を全く知らないで議論されているとして、問題点を指摘し、宗教的観点から解説している。霊的真実では「脳死」とされる段階では、まだ死んでいないとして、この段階で臓器移植を行うと、本人は生体解剖されているのと同様の痛みと心理的混乱を引き起こし、死後の世界への魂に重大な傷を負わせてしまうとしている。また臓器移植を受けた患者は、死亡した臓器提供者の魂の憑依を受ける確率が高くなり、人格の豹変などの危険があるとしている[PR 45]。
1998年からは、毎年増え続ける自殺者を減らすべく、雑誌「ザ・リバティ」誌上で「自殺防止キャンペーン」を開始、この運動は現在も継続しており、Web上の「自殺防止サイト」[PR 46]や、全国で会員有志が街頭などでも「自殺者を減らそう」キャンペーンを展開している[PR 47][PR 48][PR 46]。
2001年、元信者が献金を強要されたとして提起していた裁判(幸福の科学が「強制献金捏造訴訟」と呼称するもの。強制の事実はないとして元信者側が敗訴)[PR 49][PR 50]の関連で、虚偽の内容と知りつつ裁判を提起したとして、その弁護士山口広らを訴えた裁判(悪質な弁護士業務の逸脱行為として提訴)にて、威嚇目的のスラップ訴訟とされ幸福の科学側が敗訴[46][47][48][49]。
新型コロナ禍下での活動
2020年以降、創価学会を始めとし、多くの宗教団体が新型コロナウイルスとの“自粛の戦い”を迫られている中、幸福の科学は2020年3月時点では教団の公式ホームページを見ても特に「自粛のお知らせ」などは掲載されていないばかりか、式典やセミナーの案内などが日々更新され、大川隆法も信者に対する法話などを継続した。教団関係のニュースサイト「ザ・リバティweb」には、「法話を聞いて免疫が上がる」など書かれ、他教団(生長の家)古参会員からもうらやまれるほどであった。2020年2月下旬や3月中旬に行われた大川の法話には、1000人を超える会員らが詰めかけた[50]。
批評
教義は伝統宗教とのつながりが弱く[51]、初期のころは、先行する新宗教である生長の家とGLAの影響を強く受けているとする宗教学者もいたが[3][17]2000年以降はその傾向は無くなっている[18]。
島田裕巳の評価(平成29年時点)概要
1980年代の終わりから90年代のはじめにかけて、幸福の科学は大いに話題になったとされている。1991年の東京ドームでの「御生誕祭」、また、1991年の、出版社に対しての抗議活動、テレビでのオウム真理教との対決などがあり、当時、新しいタイプの教団として注目されたことを記している。
幸福実現党が2009年に結成され、2009年8月の第45回衆議院議員総選挙に候補者を337名立てて選挙に臨んだことも、大いに注目されたとしている。得票率は平均して1%前後にしか至らず、一人も当選しない結果となった[52]。得票率がのびていない理由として、幸福の科学の活動の中心が、著名人の守護霊が下りてきてメッセージを下す「霊言」にあると思われることを挙げている。公開霊言等のパフォーマンスに関心を抱く信者の多くは、大川の主張に興味を示さなかったのではないかと記している。
出版社に対して激しい抗議活動を展開していた時代は、社会に対する敵対的ともとれる姿勢が見られたが、2010年の幸福の科学学園の開校からは見られなくなった。現時点において新宗教としては珍しくオープンになっているとしている[53]。
脚注
注釈
出典
- ^ “1か月半の宣伝費約20億円 宗教法人「幸福の科学」”. 朝日新聞朝刊 (朝日新聞社): p. 29. (1991年7月30日)
- ^ 講演会 行事の種類 幸福の科学 HAPPY SCIENCE 公式サイト
- ^ a b c d 沼田健哉『宗教と科学のネオパラダイム』創元社、1995年。ISBN 4-422-14019-1。
- ^ 『日蓮聖人の霊言』(後に『日蓮の霊言』に改題、潮文社、1985年8月15日初版発行、ISBN 978-4-8063-1145-4、1992年に絶版)
- ^ 『日蓮の霊言』(潮文社、1985年8月15日初版発行、ISBN 978-4-8063-1145-4)p126
- ^ 『大川隆法霊言全集 第2巻』第1章 真理を述べ伝えよ p33
- ^ 『幸福の科学』リンダパブリッシャーズ・秋谷航平 著、2015年10月1日発行、ISBN 978-4-8030-0779-4
- ^ 新語・流行語大賞 - 過去の受賞データ
- ^ 新語・流行語大賞第8回1991年
- ^ 「月刊幸福の科学」1996年12月号
- ^ 「月刊幸福の科学」2009年12月号
- ^ 海外講演情報 大川隆法 公式サイト
- ^ 台湾講演「愛は憎しみを超えて」を公開!(3/5~) 幸福の科学 HAPPY SCIENCE 公式サイト
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- ^ “一審判決支持し教団の控訴棄却「幸福の科学」訴訟”. 朝日新聞朝刊 (朝日新聞社): p. 34. (2002年5月28日)
- ^ “宗教法人「幸福の科学」の敗訴確定”. 毎日新聞東京朝刊 (毎日新聞社): p. 24. (2002年11月9日)
- ^ “創価学会と幸福の科学の対照的な感染対策「法話で免疫が上がります」 今なら学会本部の写真、撮り放題!”. 小川 寛大『宗教問題』編集長 PRESIDENT Online. 2021年9月4日閲覧。
- ^ 井上順孝 著「グローバル化時代の近代新宗教とポスト近代新宗教」、中牧弘允ほか 編『グローバル化するアジア系宗教 経営とマーケティング』東方出版。ISBN 978-4-86249-189-3。
- ^ 母体である幸福の科学は国内外に1100万人の会員がいると公称していた。
- ^ 『日本の新宗教』島田裕巳著P285
一次資料または記事主題の関係者による情報源
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- ^ 大川隆法総裁 ブラジル大講演会 - サンパウロ講演会 『愛と天使の働き』
- ^ a b インド・ネパールにて大川隆法総裁初の講演
- ^ 大川隆法総裁によるフィリピン講演・香港講演が行われました
- ^ 2011年9月15・18日マレーシア・シンガポール大講演会前後の現地レポート
- ^ 2011/11/6 およそ13,000名が参加!スリランカ野外大講演会レポート!
- ^ a b 国営放送を含む3局で同時中継! アフリカ・ウガンダ大講演会レポート!
- ^ 「未来世界への大志」大川隆法総裁オーストラリア講演会レポート!
- ^ お近くの幸福の科学
- ^ 『「幸福の科学」教団史2008 法輪、転ずべし』p57
- ^ アフリカ大陸初! ウガンダ支部精舎が8月7日に落慶
- ^ 9月4日 マレーシア支部精舎が落慶しました!
- ^ オーストラリア正心館が12月11日に落慶しました!ついに五大陸全てに精舎が落慶!
- ^ ブッダガヤ精舎建立祈念堂
- ^ 祝・ネパール支部精舎が落慶!盛大な式典を開催
- ^ Toronto Local Temple | HAPPY SCIENCE Official Website
- ^ 『忍耐の法』より。
- ^ 幸福の科学グループサイト
- ^ 来世幸福園
- ^ ヘレンの会
- ^ ネバー・マインド(不登校児支援スクール)
- ^ ブックスフューチャー (Web書店)
- ^ ARI Production株式会社
- ^ HS政経塾
- ^ 来世幸福セレモニー
- ^ 『幸福の科学立宗10周年記念誌』宗教法人幸福の科学、1996年10月
- ^ 宗教法人幸福の科学「第2章 真理の太陽が昇る」『「幸福の科学」教団史2008,法輪、転ずべし。』幸福の科学出版、2008年、34-35頁。
- ^ 『幸福の科学立宗10周年記念誌』宗教法人幸福の科学、1996年10月
- ^ 幸福の科学 体験談投稿サイト voicee(ボイシー)オープン!
- ^ ヒューストン国際映画祭で「神秘の法」が「スペシャル・ジュリー・アワード」を受賞!
- ^ 映画「心に寄り添う。」
- ^ 映画「さらば青春、されど青春。」公式サイト
- ^ 式典・大祭 | 行事の種類 | 幸福の科学 HAPPY SCIENCE 公式サイト
- ^ 『救世の法』p157
- ^ 「幸福の科学」教団史2008法輪、転ずべし。p7
- ^ 雑誌「フライデー」に対する東京高裁平成10年11月16日判決、この判決はマスコミ側の上告もなく確定した。
- ^ 雑誌「週刊現代」に対する最高裁平成13年6月12日第三小法廷決定 平成13年(オ)第101号・(受)第80号損害賠償請求上告及び上告受理申立事件、東京高裁平成12年10月25日判決の確定裁定
- ^ 最高裁平成11年3月25日第一小法廷判決 平成8年(オ)第382号損害賠償請求上告事件
- ^ 「講談社フライデー事件」
- ^ 『ストップ・ザ・ヘア・ヌード―あなたの子供が、危ない!』幸福の科学広報局、1995年1月10日、ISBN 4-87688-232-0
- ^ 書籍『阪神大震災神戸を救え!!―救援ボランティア活動全記録』幸福の科学出版、1995年2月、ISBN 4-87688-237-1
- ^ 『新生日本の指針―新時代への国家選択』幸福の科学出版
- ^ 大川隆法『理想国家日本の条件』幸福の科学出版、1994年4月25日、ISBN 4-87688-202-9
- ^ 大川隆法『奇跡の法』幸福の科学出版
- ^ 大川隆法『永遠の生命の世界 - 人は死んだらどうなるか』幸福の科学出版、2004年4月27日、ISBN 978-4-87688-522-0
- ^ a b 幸福の科学 自殺防止サイト
- ^ 『永遠の生命の世界』参照、ISBN 4-87688-522-2
- ^ 幸福の科学「自殺者を減らそう」キャンペーン
- ^ 強制献金 捏造訴訟
- ^ 東京高裁平成12年1月20日判決
参考図書
- 大川隆法『幸福の法』幸福の科学出版、2004年、ISBN 4876885214(第4章に幸福の科学入門)
- 大川隆法『太陽の法』幸福の科学出版、1997年、ISBN 4876883211(第6章(エル・カンターレへの道)にエル・カンターレについての説明)
- 大川隆法『信仰のすすめ』幸福の科学出版、2005年、ISBN 4876885397(第4章にエル・カンターレについての説明)
- 大川隆法『永遠の生命の世界』幸福の科学出版、2004年、ISBN 4876885222(自殺防止、脳死・臓器移植等について)
- 『宗教と科学のネオパラダイム』沼田健哉 著
- 秋谷航平『幸福の科学』リンダパブリッシャーズ、2015年10月1日。