伏見港
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伏見港(ふしみこう)は京都府京都市伏見区にかつて存在した河川港。1950年代頃まで京都と大阪を結ぶ水運の拠点として栄えた。北緯34度55分24.12秒 東経135度45分21.77秒 / 北緯34.9233667度 東経135.7560472度(WGS 84)。
概要
桃山時代に豊臣秀吉が太閤堤をはじめとする宇治川の治水事業を行い、宇治川と濠川(ごうかわ、ほりかわ)を結ぶ形で港が設けられ、三十石船が伏見と大阪の間を行き来した。
江戸時代には角倉了以・素庵父子が高瀬川を開削し、京都の中心部と伏見が結ばれることとなりさらに便利になった。幕府の伝馬所も置かれ、参勤交代の大名が立ち寄るために本陣や大名屋敷も置かれていた。幕末期には坂本龍馬が伏見港の船宿である寺田屋を常宿としていたのは有名である。
明治時代に入り琵琶湖疏水(鴨川運河)が開通すると疏水とも接続、大津から大阪までの水上交通が完成し蒸気船が運航された。また、日本初の電車である京都電気鉄道(後の京都市電)が伏見港と京都市内を結ぶために建設された。
1929年、宇治川の堤防が整備され宇治川と濠川に水位差が生じたため三栖閘門が建設されている。
その後、鉄道や道路輸送が発達し水運は衰えたため1967年、跡地を埋め立てて公園とする都市計画が決定され廃港となった。現在は港湾施設の復元模型があるほか、濠川から三栖閘門の周辺は遊歩道が整備され観光用の十石舟が運航している。
また、伏見区内には京橋、南浜、弁天浜、材木町といった港町に因んだ地名が残っている。
公園
現在は、跡地が公園となっている。
- 伏見港公園
- 体育館
- テニスコート
- 相撲場
- プール
- 伏見みなと公園
- 港湾施設の復元模型