東儀鉄笛
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東儀 鉄笛(とうぎ てってき、明治2年6月16日(1869年7月24日) - 大正14年(1925年)2月4日)は、明治・大正期の雅楽家・作曲家・俳優。本名・東儀季治(すえはる)。京都府出身。父・季芳(すえよし)は、安倍季誕(すえのぶ)の子として生まれ、のちに、祖父である東儀季郛(すえもり)の死後、東儀の姓を継いだ。孫・東儀季信は元宮内庁楽部楽師。
同じ姓でも、江戸幕府に仕えた楽師の末裔にあたる雅楽演奏家・東儀秀樹とは、家系を異にする。
略歴
1300年続く雅楽の家柄に生まれ、宮内庁雅楽寮に勤める傍ら、東京専門学校(現・早稲田大学)に学んだ(中退)。
1906年設立の坪内逍遥の「文芸協会」に加わり、新劇俳優としても活躍。「ベニスの商人」のシャイロック、「マクベス」のマクベスなどを得意とした。協会解散後は無名会を組織。また西洋音楽を学び、東京音楽学校(現・東京芸術大学)講師となった。
「都の西北 早稲田の森に…」の歌い出しで有名な早稲田大学校歌(作詞 相馬御風)の作曲者。 イェール大学の学生歌である「オールドイェール」の旋律を採り入れているともされているが、さらに「オールドイェール」は、イギリスやアメリカの古民謡の影響の下にあり、それらを参考にしたのかは不明であった[1]。しかしながら、現在では早稲田大学校歌研究会による調査によって、当時の時代背景などから判断して東儀鉄笛が「オールドイェール」を下敷きとしたことがほぼ確定的となり、研究成果として『校歌百年... 歌い継がれた 都の西北の謎』というDVDにまとめられている[2][3]。
主な作曲作品
- 歌劇「常闇」(台本:坪内逍遥)
- 早稲田大学校歌「都の西北」(作詞:相馬御風)
- 早稲田中学校・高等学校第一校歌(作詞:坪内逍遥)
- 広島県・庄原市立本小学校校歌(作詞:稲毛詛風)
- 国士舘舘歌(作詞:柴田徳次郎)
- 秋田県立大館鳳鳴高等学校校歌(作詞:土井晩翠)
- 千葉県立成東高等学校校歌(作詞:大和田建樹)
- 千葉県立銚子商業高等学校校歌(作詞:相馬御風)
脚注
- ^ 「都の西北」のルーツ?
- ^ “News & Topics 校歌の謎”. 早稲田大学 (2007年11月22日). 2013年2月17日閲覧。
- ^ 葛西順一 (2007年11月14日). “No.264 「都の西北」の研究”. 早稲田大学、朝日新聞社. 2013年2月17日閲覧。