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テトラヒドロカンナビノール

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テトラヒドロカンナビノール
THCの構造
IUPAC名(−)-(6aR,10aR)-6,6,9-trimethyl-3-pentyl- 6a,7,8,10a-tetrahydro-6H-benzo[c]chromen-1-ol
別名THC, Δ9-THC
分子式C21H30O2
分子量314.46
CAS登録番号1972-08-3
沸点200 °C(0.001 mmHg)

テトラヒドロカンナビノール(英:Tetrahydrocannabinol; 略:THC, Δ9-THC)はカンナビノイドの一種。多幸感を覚えるなどの作用がある向精神薬大麻樹脂に数パーセント含まれ、大麻(マリファナ)の主な有効成分である。

THCは生きている大麻ではTHCA(THCのカルボン酸体)として存在し、伐採後に熱や光によって徐々に脱炭酸されてTHCへと変化していく。乾燥大麻の中ではTHCとTHCAが共存しており、この総THC(THC+THCA)で大麻のTHC含有率を表す。

水には溶けにくい(溶解度 1〜2 mg/L [1] )が、エタノールヘキサンなどの有機溶媒には溶けやすい。などに存在するカンナビノイド受容体に結合することで薬理学的作用を及ぼす。

抽出と合成

1964年、イスラエルのワイズマン研究所の ラファエル・メコーラム(Raphael Mechoulam) と Yechiel Gaoni によって分離された。2006年、スタンフォード大学の2人の化学者が合成に成功した[2]

合成カンナビノイド

製薬会社ファーモス社は、THCの鏡像異性体類縁体として、デキサナビノール(Dexanabinol)という、THCのような向精神作用がなく脳損傷の進行を抑える治療薬を開発している[3][4]

JWH-018というTHCのような精神作用を持つ物質が、脱法ドラッグとして流通し[5]、日本では2009年11月20日より指定薬物として規制されている[6]

薬理作用

THCは、や体中のカンナビノイド受容体に結合することで薬理作用が起こる。カンナビノイド受容体に結合する本来の体が持っている神経伝達物質アナンダミドで、1992年のアナンダミドの発見も、THCを分離したラファエルによる[7]

THCのカンナビノイド1受容体への結合親和性(Ki)は10nM、カンナビノイド2受容体は24nMである。また、カンナビノイド1受容体への作用を介さずに神経保護(EC50=10µM)が発現していることが示唆された[8]。THCはカンナビノイド受容体に対するパーシャルアゴニストとされる。緩やかに作用し、最大作用も弱い[9]

2016年大阪大学は、大麻摂取が脳の正常な発達に障害を与えることを科学的に証明したと発表した。Δ9-THC(1 or 0.1mg/kg, i.p.)を含む合成カンナビノイドシナプス刈り込みに異常を来たし、神経回路を破綻させることが示された。また、カンナビノイド受容体の機能を遺伝的に欠損させた場合、余計な投射の刈り込みがなくなり、無秩序な投射のまま残ってしまうことも示された[10][11]

マウスへのTHC(5、20mg/kg)投与によるミクログリア活性化をミノサイクリン(40mg/kg[12])がほぼ完全に阻止した[13]。これは2016年6月30日に大阪大学が発表した、THCによるシナプス刈り込みの異常を阻止するものと考えられる。しかし、ミノサイクリン40mg/kgは幼若マウスの脳細胞をアポトーシス促進と神経変性させることが分かっている[14]。長期間にわたる統合失調症を誘発させるNMDA受容体アンタゴニストと同様である[15]

メスカリンシロシビンリゼルグ酸ジエチルアミド (LSD) との交叉耐性はない[16]

精神作用

中毒性は無いがカフェイン程度の依存性がある。幻覚を見ることは稀である[16]。  欧米諸国の複数の統計・研究によれば、アルコールと近似した酩酊感・倦忘感を有する程度であり、周囲の人々に対する近親感を有し、酒乱の様な騒ぎを起こすことなく、平和に酔いつぶれたようになる程度である。日本の政府機関が啓発している「幻覚・妄想」は生じない、とのことで、日本政府の見解と欧米研究機関との研究成果に乖離が生じている。個人差もあるが一般的には血圧には変化はない。食欲が増進する[16]との大勢の体験者からの意見が寄せられている一方、「欧米でのマリファナ常習者は何故か皆痩せている」状況も指摘されており、未だ解明には至っていない。

マリノール

ドロナビノールはTHCの純異性体のための国際一般名、(-)-トランス-Δ9-テトラヒドロカンナビノールであり、大麻より発見された主な異性体である。[17]マリノールソルベー製薬の登録商標)として販売されている。ドロナビノールも、SVC製薬LP、ローズテクノロジーズの系列会社との販売契約とライセンスの条件のもとで、PAR製薬会社によって市場に出され、販売、流通されている。合成THCは一般にドロナビノールと称されることがある。アメリカ合衆国とドイツを含むいくつかの国で、処方薬(マリノールのもと[18])として市販されている。アメリカでは、マリノールはスケジュールIII薬物で、処方薬として利用可能であり、非麻薬性で精神的また身体的依存の危険性が低いとみなされている。2002年の申請DEAによって受理されたにもかかわらず、大麻をマリノールの類似体としてスケジュール変更するための努力は、これまでのところ成功していない。マリノールのスケジュールIIからスケジュールIIIへのスケジュール変更の結果として、この物質に対して再処方が今は許可されている。マリノールは、アメリカ食品医薬品局(FDA)によって、エイズ患者食欲不振英語版の治療に、同様に、化学療法を受ける患者の手に負えない吐き気嘔吐に認可されており、それはなぜ天然のTHCがまだスケジュールI薬物であるかの多くの論争を提起した。[19]

ドロナビノールの類自体のナビロンは、バリアント・ファーマスーティカルズ英語版によって製造され、商標名セサメットのもとカナダで市販されている。セサメットはまたFDAの認可を受け2006年にアメリカで販売を開始している; それはスケジュールII薬物である。[20]

2005年4月、カナダ政府当局はサティベックスの販売を承認し、多発性硬化症患者のための経口スプレーで神経因性疼痛痙縮を緩和するために用いることができる。サティベックスはテトラヒドロカンナビノールと一緒にカンナビジオールを含有し、個別のカンナビノイドではなく大麻全体の調合である。それはカナダでGWファーマシューティカルズによって販売されている、(近代では)世界で初の大麻を基にした処方薬である。さらに、サティベックスは2010年に欧州規制当局に認可された。[21]

医療大麻との比較

雌の大麻株は、多発性硬化症患者を助ける主な抗けいれん剤と考えられているカンナビジオール(CBD)を含む、60種のカンナビノイドを含有する;[22] また大麻の鎮痛効果に寄与する可能性のある抗炎症カンナビクロメン英語: cannabichromene(CBC)。[23]

マリノールが十分な全身的作用に達するのに1時間以上かかるのに比べ[24]、喫煙や気化では数秒または数分である。[25] 症状を管理するためにちょうど十分な大麻の煙の吸入に慣れた一部の患者は、マリノールの所定用量による強すぎる陶酔に苦情を述べている。多くの患者は、マリノールは激しいサイケデリック効果を大麻よりも生じさせ、この差異は大麻の多くのTHC以外のカンナビノイドがもたらす穏やかな効果によって説明できると推測されると言う。そのため、ナビキシモルスのような大麻植物の植物エキスを基にした代替のTHC含有医薬品が開発されている。 マーク・クレイマン英語: Mark A.R. Kleiman、カリフォルニア大学ロサンゼルス校公共政策学部の薬物政策分析プログラムの長はマリノールについて述べる「それは少しも楽しくなくて使用者の気分を悪くしたので、娯楽市場に浸透する恐れもなく認可され、医薬品としての、すべてを含んだ大麻の支持者を撃退するこん棒として利用できた」[26] 米国連邦法はドロナビノールをスケジュールIII規制物質として登録しており、ナビロンのような合成物質を除いて、ほかのすべてのカンナビノイドはスケジュールIのままである。[27]

法的見地

日本

テトラヒドロカンナビノールは日本において、麻薬及び向精神薬取締法により麻薬に指定されている[28]ため、その含有成分であるTHCを用いた臨床試験は麻薬及び向精神薬取締法により、麻薬研究者でない場合禁止されている。

国際法

脚注

  1. ^ Jarho P, Pate DW, Brenneisen R, Järvinen T. Life Sci. 1998, 63(26), PL381-4. PMID 9877229
  2. ^ ドラッグを扱った科学研究5件 (WIRED.jp、2008年4月8日)
  3. ^ マリファナの活性成分を合成して脳損傷の進行を阻止(WIRED.jp 2003年11月19日)
  4. ^ [1]
  5. ^ ハーブのお香の煙に幻覚効果? オーストリアで販売禁止に(AFPBB News、2008年12月19日 12:48)
  6. ^ 薬事法第二条第十四項に規定する指定薬物及び同法第七十六条の四に規定する医療等の用途を定める省令の一部を改正する省令(厚生労働省)
  7. ^ 「副作用」の心配無用、大麻の化学成分を合成する新技術(WIRED.jp 2002年3月5日)
  8. ^ A. J. Hampson, M. Grimaldi, J. Axelrod, and D. Wink (1998-7-7). “Cannabidiol and (−)Δ 9 -tetrahydrocannabinol are neuroprotective antioxidants.”. Proc Natl Acad Sci US A. 95 (14): 8268-73. PMC 20965. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC20965/. 
  9. ^ “Cannabinoid receptors in microglia of the central nervous system: immune functional relevance.”. en:Journal of Leukocyte Biology 78 (6): 1192-7. (2005-12). doi:10.1189/jlb.0405216. PMID 16204639. http://www.jleukbio.org/content/78/6/1192.long. 
  10. ^ “Developmental Switch in Spike Timing-Dependent Plasticity and Cannabinoid-Dependent Reorganization of the Thalamocortical Projection in the Barrel Cortex.”. en:The Journal of Neuroscience 36 (26): 7039-54. (2016-6-29). doi:10.1523/JNEUROSCI.4280-15.2016. PMID 27358460. http://www.jneurosci.org/content/36/26/7039.long. 
  11. ^ 世界初!大麻が脳に悪影響を与えることを科学的に証明 大麻の主成分:カンナビノイドが神経回路を破綻(2016年6月30日)大阪大学
  12. ^ マウスへのミノサイクリン40mg/kg腹腔内投与は臨床用量(200mg)相当とされる。HED換算「40/12.3=3.25mg/kg(体重60kgで約200mg)」とも一致する。
  13. ^ “Microglial activation underlies cerebellar deficits produced by repeated cannabis exposure.”. en:Journal of Clinical Investigation 123 (7): 2816-31. (2013-7). doi:10.1172/JCI67569. PMC 3696568. PMID 23934130. https://www.jci.org/articles/view/67569. 
  14. ^ Inta I, Vogt MA, Vogel AS, Bettendorf M, Gass P, Inta D (2015-10-19). “Minocycline exacerbates apoptotic neurodegeneration induced by the NMDA receptor antagonist MK-801 in the early postnatal mouse brain”. en:European Archives of Psychiatry and Clinical Neuroscience: 1-5. doi:10.1007/s00406-015-0649-2. PMID 26482736. https://link.springer.com/article/10.1007/s00406-015-0649-2. 
  15. ^ Inta D, Lang UE, Borgwardt S, Meyer-Lindenberg A, Gass P (2016-6-27). “Microglia Activation and Schizophrenia: Lessons From the Effects of Minocycline on Postnatal Neurogenesis, Neuronal Survival and Synaptic Pruning.”. en:Schizophrenia_Bulletin. doi:10.1093/schbul/sbw088. PMID 27352782. https://schizophreniabulletin.oxfordjournals.org/content/early/2016/06/27/schbul.sbw088.long. 
  16. ^ a b c レスター・グリンスプーン、ジェームズ・B. バカラー 『サイケデリック・ドラッグ-向精神物質の科学と文化』 杵渕幸子訳、妙木浩之訳、工作舎、2000年。ISBN 978-4-87502-321-0。58-60頁。(原著 Psychedelic Drugs Reconsidered, 1979)
  17. ^ List of psychotropic substances under international control” (PDF). 2011年4月20日閲覧。[要ページ番号]
  18. ^ Marinol - the Legal Medical Use for the Marijuana Plant”. Drug Enforcement Administration. 2011年4月20日閲覧。
  19. ^ Eustice, Carol (1997年8月12日). “Medicinal Marijuana: A Continuing Controversy”. About.com. 2011年4月20日閲覧。
  20. ^ Title 21 of the Code of Federal Regulations – PART 1308 — SCHEDULES OF CONTROLLED SUBSTANCES”. US Department of Justice. DEA Office of Diversion Control. 12 January 2014閲覧。 With changes through 77 F.R. 4235 (January 27, 2012).
  21. ^ Sativex Oromucosal Spray”. medicines.org.uk (2011年6月9日). 2012年2月1日閲覧。
  22. ^ Pickens, JT (1981). “Sedative activity of cannabis in relation to its delta'-trans-tetrahydrocannabinol and cannabidiol content”. British Journal of Pharmacology 72 (4): 649–56. PMC 2071638. PMID 6269680. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2071638/. 
  23. ^ Burns, T. L; Ineck, JR (2006). “Cannabinoid Analgesia as a Potential New Therapeutic Option in the Treatment of Chronic Pain”. Annals of Pharmacotherapy 40 (2): 251–260. doi:10.1345/aph.1G217. PMID 16449552. 
  24. ^ MARINOL (dronabinol) capsule drug label/data at Daily Med from U.S. National Library of Medicine, National Institutes of Health.
  25. ^ McKim, William A (2002). Drugs and Behavior: An Introduction to Behavioral Pharmacology (5th ed.). Prentice Hall. p. 400. ISBN 0-13-048118-1 
  26. ^ Greenberg, Gary (2005年11月1日). “Respectable Reefer”. Mother Jones. http://motherjones.com/politics/2005/11/respectable-reefer 8 April 2010閲覧。 
  27. ^ Government eases restrictions on pot derivative”. Online Athens. 12 January 2014閲覧。
  28. ^ 麻薬、麻薬原料植物、向精神薬及び麻薬向精神薬原料を指定する政令第1条第41号(デルタ10テトラヒドロカンナビノール)、第42号(デルタ9テトラヒドロカンナビノール)、第44号(デルタ8テトラヒドロカンナビノール)、第44号(デルタ7テトラヒドロカンナビノール)、第44号(デルタ8テトラヒドロカンナビノール)、第45号(デルタ6a(10a)テトラヒドロカンナビノール)、第46号(デルタ6a(7)テトラヒドロカンナビノール)

関連項目