大船遺跡
大船遺跡(おおふねいせき)は、北海道函館市に所在する縄文時代の遺跡である[1][1]。
前期後半(約5200年前)から中期後半(約4000年前)頃に至るまでの大規模な集落遺跡であり、盛土遺構や竪穴住居、フラスコ状土坑などが発見されている。
2001年(平成13年)8月13日、国の史跡に指定された[2]。東日本における代表的な集落遺跡であり、北海道・北東北を中心とした縄文遺跡群を構成する遺跡の一つ。
遺跡の周辺は、当時の環境を再現している「縄文の森」、竪穴住居や盛土遺構を復元している「縄文のにわ」、南茅部地域の縄文遺跡に関するパネルを展示した「管理棟」などが整備されている。
概要
渡島半島の内浦湾沿いに面した低位海岸段丘上に立地し、縄文時代前期後半(約5200年前)から中期後半(約4000年前)頃までに至る南茅部地区の大規模な集落遺跡である。100棟を超える竪穴建物跡からなる住居域と大規模な盛土遺構があり、その南西には墓や貯蔵穴を含む100基以上の土坑墓群が確認されている。北西には落し穴と遺物が分布している。
約1000年間にわたり継続した集落は、大船川左岸の標高45メートル前後の広い段丘上に形成されており、北東北における集落構造と共通している。また、発見された竪穴建物跡は、床を深く掘り込んだ大型のものが多く、炉の付近や住居跡の長軸方向の壁際には、祭祀に係ると考えられている特殊な小土坑もある。中には深さ2mを超える竪穴建物も存在する。出土遺物は約20万点で、大型のクジラやオットセイの骨、クリやクルミ、石棒や2000を超える多数の石皿などが出土している。
1996年(平成8年)5月に、南茅部町教育委員会によって町営の墓地造成に伴う埋蔵調査を実施し、大規模な集落跡として重要性が認識されたため現状保存されることとなった。1997年(平成9年)から2000年(平成12年)まで継続調査を実施している。
2002年(平成14年)12月29日、展示室冬季休館中に発生した埋蔵文化財調査団事務所の火災により、出土品の一部が破損及び消失した[3]。
かつては出土品の大部分は函館市大船遺跡埋蔵文化財展示館で展示されていたが、同館の休館に伴い、函館市縄文文化交流センターにて一部が展示されている。
沿革
- 1996年(平成8年)5月調査対象面積40000㎡のうち調査面積4500㎡の発掘調査に着手
- 2001年(平成13年)8月13日 国の史跡に指定される。指定区域の面積は71832.03㎡
関連施設
2012年(平成23年)10月1日に函館市縄文文化交流センターが開館した。
交通アクセス
函館駅(JR函館本線)から自動車で約70分、バスで約90分 函館空港から自動車で約50分 道央自動車道(森IC)から車で約40分
参考文献
縄文遺跡群世界遺産登録推進本部『史跡大船遺跡』函館市教育委員会「北海道・北東北の縄文遺跡群リーフレットシリーズ1」2013年
脚注
- ^ a b 文化庁編 1999年「発掘された日本列島'98 新発見考古速報」P15-16 ISBN 4-02-257455-0
- ^ 大船遺跡 - 国指定文化財等データベース(文化庁)
- ^ 最古級の漆製品焼失で視察/関係者が北海道南茅部町に 四国新聞社
関連項目
外部リンク