レディオヘッド
ラジオヘッド | |
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基本情報 | |
出身地 | イングランド オックスフォード |
ジャンル |
オルタナティヴ・ロック アート・ロック エクスペリメンタル・ロック エレクトロニカ ポストロック ポストパンク アンビエント 電子音楽 現代音楽 |
活動期間 | 1991年 - |
レーベル |
パーロフォン(英) キャピトル・レコード(米) 東芝EMI(日) XLレコーディングス(英) TBDレコード(米) ホステス・エンタテインメント(日) |
公式サイト | http://www.radiohead.com/ |
メンバー |
トム・ヨーク ジョニー・グリーンウッド エド・オブライエン コリン・グリーンウッド フィル・セルウェイ |
ラジオヘッド(Radiohead)は、イギリスのロックバンド。
概要
1985年にオックスフォードで前身バンドを結成。1992年のメジャー・デビュー以降、外部ミュージシャンの起用は多いものの、同じパーマネント・メンバーで活動している。
彼らのルーツであるポストパンクやオルタナティヴ・ロックの大枠に、ポストロックや電子音楽、ジャズ、クラシック、現代音楽などを混交した多彩な音楽性や、アルバムごとの急進的な実験性・変化が特徴。また、ソロ活動も盛んである。 アルバム総売上は3,000万枚を超えている。
2011年「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100組のアーティスト」において第73位。
メンバー
- ジョニー・グリーンウッド (Jonathan Richard Gordon Greenwood, 1971年11月5日 - )
- コリン・グリーンウッド (Colin Charles Greenwood, 1969年6月26日 - )
- プロデューサーのナイジェル・ゴッドリッチと、アートワークのスタンリー・ドンウッドは『The Bends』以降バンドの活動に欠かせない存在であり、しばしば第六・第七のメンバーと称される。
来歴
オックスフォード郊外にある男子全寮制パブリックスクールのアビンドン・スクールでメンバー5人は出会う。それぞれ別のバンドで活動したのち、1985年に「On A Friday」というバンドを結成。
1991年にEMI傘下のパーロフォンとメジャー契約し、バンド名をラジオヘッドに変更する。1992年にEP『Drill』でメジャーデビュー。翌年、1stアルバム『Pablo Honey』(1993年)からのシングル『Creep』が若者から熱烈な支持を受け、世界的なヒットとなる。この当時はUSオルタナティヴ・ロック、UKシューゲイザーなどの影響が頻繁に語られるような、トリプルギターにベース、ドラムという比較的オーソドックスなロックバンドであった。
ギターロックをより押し進めつつもアコースティックソングやサイケデリック・ロックからの影響を昇華した2ndアルバム『The Bends』(1995年)により、人気を不動のものとする。この作品からプロデューサーのナイジェル・ゴッドリッチと組むようになる。
この頃から次第にロックミュージック以外の音楽と接近していき、メンバー各自が様々な楽器を使い分けるようになる。1996年明けには映画音楽・サイケデリック・トリップ・ホップなどからの影響をシングルのB面や限定シングルカット「Lucky」などに表出し始め、1997年にはそれらの実験的な試みの結晶ともいえる3rdアルバム『OK Computer』(1997年)を発表。このアルバムは全世界で大きな評価を獲得し、1990年代のポップ・ミュージックを代表する金字塔としばしば評される出世作となる。
アルバムの世界的な成功により名声を得たメンバーだったが、評価を得たそれらのサウンドを捨て去り、当時ポップミュージックの分野ではほぼ手つかずのジャンルであったエレクトロニカ・現代音楽などに大きく傾倒。長いスタジオ作業の果てに「商業的自殺」[9]とも言われた4thアルバム『Kid A』(2000年)を発表し、大方の予想を裏切り再度成功を収める。実験的な電子音楽とバンド・サウンドを融合させ、前作『OK Computer』からの劇的な変化を遂げた作品となった。
翌年には『Kid A』と同時期に制作された5thアルバム『Amnesiac』(2001年)を発表。1920年代のスウィング・ジャズを取り入れるなど、ジャンルに捕われない音楽性をより明確にした。同年に初の公式ライブアルバム『I Might Be Wrong - Live Recordings』を発表した。
6thアルバム『Hail to the Thief』(2003年)では、これまでの実験性を包括したうえで改めてバンドサウンドに立ち返った。このアルバムを最後にEMIとの契約を終了。契約金額で折り合わなかったことが理由と報じられている[10]。同年、ジョニーが初のソロ作品としてテレビ・ドキュメンタリー『Bodysong』のサウンドトラックを発表。翌2006年にトムが初のソロ・アルバム『The Eraser』を発表。
2005年から新作に向けた活動が再開され、2006年には欧米でのツアーも行われた。2007年10月1日、突然公式ブログにて7thアルバム『In Rainbows』を発表。期間限定の専用サイトを通じ、MP3形式で先行ダウンロード販売が行われた。購入価格は買い手が自由に決める方式となっており[11]、話題になった。同時に、豪華版のディスクボックス(ダウンロード版と同内容のDisc1にDisc2を加えた2枚組CD、同内容のアナログ盤2枚、ブックレット、化粧箱で構成される)も40ポンド定額でリリースされ、2007年12月3日より発送開始となった。その後、TBDレコード(北アメリカのみ)、ホステス・エンタテインメント(日本のみ)、XLレコーディングス(それ以外の全世界)と契約し、通常のCDフォーマットでもリリースされた(内容はダウンロード版、豪華版Disc1と同様)。
2008年、初のベストアルバム「Radiohead: The Best Of」と同タイトルのベストDVDをリリース。バンド自身は曲順やアートワークなどの制作全般に関わっておらず、EMIが残されたアルバム契約を消化するために行われた。
2009年より、トムがレッド・ホット・チリ・ペッパーズのフリー、ナイジェル・ゴッドリッチらと共に新バンド"Atoms for peace"(ソロ・アルバムの曲名が由来)を結成。セットリストはソロアルバムの曲を中心に、他バンドのカバーや新曲をちりばめたようなもので、各所でライブを精力的に行っている。
2010年よりフィルがソロアルバム『Familial』を発表。また、フジロックフェスティバルにAtoms for peaceが出演した。
2011年2月14日、突如公式サイトにて8thアルバム『The King Of Limbs』の完成を発表。専用サイトにて、アルバムダウンロード(MP3又WAV)と豪華版ニュースペーパー・アルバムの予約受付を開始した。7月4日にはザ・キング・オブ・リムズのリミックスシリーズの発売が決定。完全生産限定12インチ・アナログシングル(輸入盤のみ)と、デジタル・シングルでの発売となる。リトル・バイ・リトルとロータス・フラワーのリミックスが収録された。
2011年春、2013年夏、2015年夏と断続的にスタジオ入りが報じられており[12][13]、ジョニーはインタビューで新作には未発表曲の"Lift"が収録される予定だと答えている[14]。
2016年に9thアルバム『A Moon Shaped Pool』が発表されたが、上記の"Lift"は収録されなかった。
作曲スタイルと影響
ラジオヘッドのメンバーは、ジョイ・ディヴィジョンやマガジン、スージー・アンド・ザ・バンシーズ[16] [17] [18]、 U2といったポストパンクや、ピクシーズやR.E.M.やソニック・ユースといったオルタナティヴ・ロックに早くから影響を受けてきた。また、トムは小学生の頃にはクイーンなどを好み、エルヴィス・コステロなども聴いていた。[19][20][21]1990年代半ばにはマッシヴ・アタックやDJシャドウなどのエレクトロヒップホップからの影響をうかがわせ、それらは『OK コンピューター』に顕著である。[22]他に『OK コンピューター』にはマイルス・デイヴィス、エンニオ・モリコーネなどや、ビートルズやビーチ・ボーイズ、ピンク・フロイドなどからの参照が見受けられ、メンバーもそれを公言している。[19][23]
『キッド A』で、メンバーはグリッチやアンビエントなどのエレクトロニカの手法に関心を見せ、ワープ・レコーズのオウテカやエイフェックス・ツインといったアーティストの音楽性に接近していった。またそれ以降、モダン・ジャズのアリス・コルトレーンやマイルス・ディヴィス、チャールズ・ミンガス、アート・ブレイキーなども好んで参照し、カン、ノイ!、クラフトワークなどのクラウト・ロックの影響も顕著である。特にジョニーはいわゆる現代音楽や、オリヴィエ・メシアン、クシシュトフ・ペンデレツキ などの独特の方法論を持った音楽家からの影響も大きい。[24]
ラジオヘッドの楽曲は、基本的に作詞/作曲のクレジットがメンバー全員(Radiohead)となっている。これは、曲の大枠やデモの多くを作るのはトムだが、そこからさらに議論を重ねてそこに肉付けしたり、逆に削ったりすることで楽曲の元を作っているからである。録音についてもパート別に順ぐり録音したりするのではなく、メンバー全員とプロデューサーでアレンジを議論し、個々がパートにとらわれずに音楽を作っている。パートごとの演奏者もまちまちで、あまり問題とされない。ストリングスやブラスバンド主体の曲などでは、楽隊を呼んで録音するため、そもそもメンバーが譜面やアレンジを指示するだけで演奏しないこともあり得る。歌詞については、基本的にほぼ全てがトムによって作詞・推敲される。[25]
アートワーク
グラフィック・アーティストのスタンリー・ドンウッド (Stanley Donwood) は、『The Bends』以降、レディオヘッドの全作品のアートワークを手がけている。彼はトム・ヨークの大学時代からの友人であり、トムの社会活動にも一緒に参加している。
基本的にアートワークはアルバムごとに一定のテーマが決められている。シングルのジャケットやツアーでのグッズなど、次のアルバムをリリースするまではそのテーマに沿ったものが作成される。
- Slowly Downward 公式サイト
- トム・ヨークもDr.Tchock名義でアートワークに参加している。
ディスコグラフィ
シングルと各国ごとの収録曲内容等、更なる詳細は英語版Wikipediaのディスコグラフィを参照。
スタジオ・アルバム
- 『パブロ・ハニー』 - Pablo Honey (1993年)
- UK22位(2×プラチナム)、US32位(プラチナム)
- 『ザ・ベンズ』 - The Bends (1995年)
- UK4位(4×プラチナム)、US88位(プラチナム)
- 『OK コンピューター』 - OK Computer (1997年)
- UK1位(5×プラチナム)、US21位(2×プラチナム)
- 『キッド A』 - Kid A (2000年)
- UK1位(プラチナム)、US1位(プラチナム)
- 『アムニージアック』 - Amnesiac (2001年)
- UK1位(プラチナム)、US2位(ゴールド)
- 『ヘイル・トゥ・ザ・シーフ』 - Hail To The Thief (2003年)
- UK1位(プラチナム)、US3位(プラチナム)
- 『イン・レインボウズ』 - In Rainbows (2007年)
- UK1位(ゴールド)、US1位(ゴールド)
- 『ザ・キング・オブ・リムズ』 - The King Of Limbs (2011年)
- UK7位(ゴールド)、US3位
- 『ア・ムーン・シェイプト・プール』 - A Moon Shaped Pool (2016年)
- UK1位(シルバー)、US3位
ベストアルバム
EP
- Manic Hedgehog [Self released] (1991年)
- Drill (1992年)
- Itch (1994年, 日本限定企画盤)
- My Iron Lung [CD1&2] (1994年)
- No Surprises - Running From Demons (1997年, 日本限定企画盤)
- Airbag/How Am I Driving? (1998年, アメリカ限定企画盤)
- I Might Be Wrong - Live Recordings (2001年)
- Com Lag : 2+2=5 (2004年)
- My Iron Lung [Re-release] (2007年, 日本限定企画盤, イギリス盤のCD1&2の編集盤)
ダウンロード
Radioheadの作品には、ダウンロードのみで発表される楽曲(アートワークも含む)も存在する。
- Harry Patch (In Memory Of) (2009年)
- These Are My Twisted Words (2009年)
- フリーダウンロード。
- Burn The Witch (2016年)
- Daydreaming (2016年)
映像作品
- Live at the Astoria (1995年, VHS)
- 7 Television Commercials (1998年, VHS/DVD)
- Meeting People Is Easy (1999年, VHS/DVD)
- The Most Gigantic Lying Mouth Of All Time (2004年, DVD)
- Live at the Astoria [Re-release] (2005年, DVD)
- In Rainbows - From the Basement (2008, iTunes Store digital download)
- The Best Of Radiohead (2008年, DVD)
コラボレーション
トム・ヨーク
- Drugstore
- アルバム『White Magic for Lovers』の楽曲『El President』にボーカルで参加。(1998年)
- PJ Harvey
- アルバム『Stories From The City, Stories From The Sea』の楽曲『This Mess We're In』にボーカルで参加。(1998年)
- アルバム『Psyence Fiction』の楽曲『Rabbit in Your Headlights』にボーカルで参加。(1998年)
- 映画『ベルベット・ゴールドマイン』サウンド・トラック
- トムとジョニーが参加した"Venus in Furs"というバンド名義でRoxy Musicの楽曲をカバー。(1998年)
- アルバム『Selma Songs』の楽曲『I've Seen It All』にボーカルで参加。(2000年)
- アルバム『Happy Birthday』の楽曲『The White Flash』にボーカルで参加。(2007年)
- アルバム『Until The Quiet Comes』の楽曲『Electric Candyman』にボーカルで参加。(2012年)
ジョニー・グリーンウッド
- アルバム『Terror Twilight』にハーモニカで参加。(1999年)
- アルバム『Frantic』の楽曲『Hiroshima...』にギターで参加。(2002年)
その他のメンバー
- Asian Dub Foundation
- エド・オブライエンがアルバム『Enemy Of The Enemy』の楽曲『1000 Mirrors』などにギターで参加。(2003年)
レディオヘッドのライブで前座を務めたミュージシャン
- シガー・ロス / スーパーグラス / ザ・ブルートーンズ / フォー・テット / Low / Clinic / David Gray / ディアフーフ / ティーンエイジ・ファンクラブ / モードセレクター / バット・フォー・ラッシーズ / グリズリー・ベア / フライング・ロータス
レディオヘッドをカバーしたミュージシャン
- ジョシュ・クリングホッファー/Christopher O'Riley / ジョン・メイヤー / パール・ジャム / Jamie Cullum / モービー / ブラッド・メルドー / パニック・アット・ザ・ディスコ /マリリオン/ザ・フレーミング・リップス / コーン / ジョン・フルシアンテ / プリテンダーズ / アラニス・モリセット / KTタンストール / サラ・マクラクラン / ザ・ダークネス / プリンス / Syrup16g / 椎名林檎 / ウィーザー / 吉井和哉 / Gnarls Barkley / Easy Star All-Stars / Perte Kuzma Ft. Bilal / ピーター・ガブリエル / SCALA AND KOLACNY BROTHERS / Macy Gray / The Chinematic Orchestra / アンドレ・マトス / ロバート・グラスパー / Christian Scott
カバー曲
- Glen Campbell「Rhinestone Cowboy」/ Blondie「Union City Blue」/ Tim Buckley「Sing a Song For You」/ Carly Simon「Nobody Does It Better」/ Can「The Thief」/ Magazine「Shot By Both Sides」/ Neil Young「Cinnamon Girl」/ Traditional pop「Winter Wonderland」/ Bjork「Unravel」/ The Smiths「The Headmaster Ritual」/ Joy Division/New Order「Ceremony」/ Manic Street Preachers「If You Tolerate This Your Children Will Be Next」
トム・ヨークまたはトム&ジョニーによるカバー
- Queen「Crazy Little Thing Called Love」/ Elvis Costello「I'll Wear It Proudly」/ Neil Young「After The Gold Rush」「On The Beach」/ Portishead 「The Rip」
コラボレーションによるカバー
- The Velvet Underground「I'm Set Free」(Thom Yorke and Beck)
トリビュート・アルバム
- Helping Hand「Tribute To Radiohead」(2013年)
日本のkilk recordsよりリリースされた国内アーティストによるトリビュート。
社会問題に関する活動
レディオヘッドのメンバーは社会問題に関心が強く、これまでに多くのキャンペーンに関わってきた。
- チャリティー・アルバム『HELP』(1996年)
- ユーゴスラビア紛争によるボスニア・ヘルツェゴビナ戦災孤児を救済するため、ブライアン・イーノが呼びかけたチャリティー・キャンペーン。イギリスの数多くのミュージシャンが参加し、レディオヘッドも楽曲『Lucky』を提供した。
- http://www.warchildmusic.com/
- チベタン・フリーダム・コンサート (1997年 - 1998年)
- チベットの独立問題・人権問題を訴えるため、ビースティ・ボーイズのアダム・ヤウクが呼びかけたキャンペーン。トムとジョニーが第2回と第3回に参加している。
- http://www5f.biglobe.ne.jp/~letsrock/TFC.html
- ジュビリー2000 (2000年)
- 途上国の債務帳消しを訴えた国際的なキャンペーン。U2のボノや坂本龍一らとともに、トム・ヨークも賛同した。
- http://www5f.biglobe.ne.jp/~letsrock/Jubilee.html
- Band Aid 20『Do They Know It's Christmas?』(2004年)
- MAKE POVERTY HISTORY (2005年)
- Friend of the Earth "THE BIG ASK" (2005年)
- イギリス政府の地球温暖化に関する政策の変更を訴えるキャンペーン。
- http://www.foe.co.uk/ http://www.foejapan.org/
- チャリティー・アルバム『HELP: A Day In The Life』(2005年)
- 上記『HELP』からの10周年を記念したキャンペーン。レディオヘッドは新曲『I Want None Of This』を提供した。
- http://www.warchildmusic.com/
- イギリスの自殺予防団体「サマリタンズ」
- フィル・セルウェイが学生時代から支援しており、チャリティー・オークションやチャリティー・マラソンなどに参加している。
- http://www.samaritans.org.uk/
- MTV EXIT 反人身取引キャンペーン
- 人身取引をなくすキャンペーンをMTVと実施。人身取引の実態を映す「All I Need」プロモーションビデオをリリース。
- http://www.mtvjapan.com/special/exit/#movie
- Japan tour 2008(Make THE RULEキャンペーン) (2008年)
- 2005年のTHE BIG ASKと同様、ライブ会場で日本のMAKE THE RULEキャンペーンの署名活動を呼びかけた。
- http://www.maketherule.jp/
その他
日本との関係
- トムとジョニーは、一時期日本語を学んでおり、カーオーディオで日本語学習のテープを流していたという。来日中のジョニーは片言の日本語をよく話すらしく、トムはライブで「ドウモ」と上手い発音で挨拶することでも有名。しかし、2003年のサマーソニック2003のアンコールにおいて、「クリープ」を演奏した後、大団円の打ち上げ花火が上がる中、トムは「コンバンワ!」とまるで今から始めるかのようなMCをしたことがある(おそらく、[Good night=お休みなさい]を、[Good evening=こんばんは]と勘違いしていたものと思われる)。
- トムは、渋谷や原宿での洋服をたくさん買うとのこと。
- 音楽誌「BUZZ」2001年11月号では、来日中のジョニーが世界的なオンド・マルトノ奏者である原田節と対談している。
- 2007年12月10日には、mixiに公認のアカウントで参加している。
- 2010年、映画『告白』の主題歌に「Last Flowers」が起用された。
来日公演
- 1998年、「OKコンピューター」リリースに伴うジャパンツアーは北は仙台から南は福岡までを巡り、これまでのツアー最多となる8ヶ所10公演が行われた。ツアーは宮城でのライブからスタートしたが、序盤は記録的な大雪に見舞われ、移動が困難になった。ドラムのフィル・セルウェイが風邪を引いたため、終盤の福岡でのライブからアコースティックセットが組み込まれるなどのトラブルが起こった。
- またこのツアーには「Meeting People Is Easy」の製作スタッフが同行しており、福岡でのライブ前のサウンドチェックで演奏された未発表曲「Follow me around」が収録された他、日本で撮影された映像が「Palo Alto」のビデオクリップ(MTVなど一部の局で放送)に用いられている。7thアルバム「In Rainbows」に収録された楽曲「Nude」は、1月23日の赤坂ブリッツでのライブで初めて披露された。
- 2001年9月〜10月
- 大阪城ホール 9月29日(再追加公演)、30日
- 日本武道館 10月2日(追加公演)
- 横浜アリーナ 10月3日、4日(再々追加公演)
- 話題となった『キッドA』、『アムニージアック』を引っ提げて行われたこの来日公演は当初、「大阪(9月30日)・横浜(10月3日)でそれぞれ1日のみ」とアナウンスされていたため、チケットは早々と完売した。しかし、日本武道館での追加公演のアナウンスを皮切りに、大阪での再追加公演、横浜での再々追加公演が次々に発表されたために混乱を招き、結果的に各会場共にアリーナ席でも当日券が買えるほどチケットは余ってしまった。また、奇しくもこの来日の直前にニューヨークでアメリカ同時多発テロ事件が起こったため、大阪公演ではトム・ヨークによるブッシュ大統領への「この盗人の猿野郎!」という批判ともとれるメッセージと共に、CANの「ザ・シーフ(=盗人)」をカバーした。なお、10月4日の横浜公演はツアーの最終公演であったため、トム・ヨークがMCにて発した「This Is Final Show」というセリフを解散宣言だと勘違いした人も少なからずいたという。
- 2003年8月 サマーソニック2003 千葉マリンスタジアム、WTCオープンエアスタジアム
- 日本でのライブとしては初のフェスティバル参加となったこの公演は、そもそも会場規模が大きく人気も高いフェスであり、日本公演で初めてプロショットのライブ映像が残された。大阪・東京両日のトリとして参加、東京公演のアンコール後に、セットリストに予定のなかったクリープを演奏した(セットリストにない曲を演奏すること自体はしばしばある)。バンドの演奏の調子自体も非常に良く、前述のサプライズなどもあり、しばしばサマーソニックや日本のロックフェスにおけるトップギグとしてメディアで取り上げられることも多い。
- 2004年4月 Japan Tour 2004 インテックス大阪、幕張メッセ
- 2008年10月 Japan Tour 2008 大阪市中央体育館、さいたまスーパーアリーナ、東京国際フォーラム・ホールA(追加公演)
- 2008年、『イン・レインボウズ』世界ツアーの中での来日となったこの公演は、当初は前2会場しかアナウンスされていなかったものの、一般発売後早々とチケットは完売し、追加の東京国際フォーラムでの公演も含めて過去の来日公演の中で最も多くの動員数を記録した。5日のさいたまスーパーアリーナでの公演はWOWOWやネット上で放送され、特にネット上のものは「冒頭曲『15 Step』のカメラワークを見る側が自由にいじることのできる」サービスが提供され、話題を集めた。ちなみに、この年の世界ツアーでバンドが演奏した曲目数は全オリジナルアルバム曲と未発表曲、B面曲合わせて150曲以上にのぼり、セットリストは毎日のように様変わりしていた。
- 2012年7月29日 FUJI ROCK FESTIVALに出演。
- 2016年8月20日(大阪)、21日(千葉)にて行われたサマーソニック2016に出演。
参考文献
- 『エグジット・ミュージック - レディオヘッド・ストーリー』 Mac Randall著 丸山京子訳 シンコー・ミュージック刊
- 『music life』1997年6月号 シンコー・ミュージック刊
- 『CROSSBEAT FILE Vol.2 レディオヘッド』シンコー・ミュージック刊
脚注
- ^ キッド Aなどのクレジットより
- ^ アルバムのクレジットに明記されている他、ライブ演奏より
- ^ レコーディングにおいて楽隊向けのストリングスの譜面を書くことがバンド内での主な役割だが、自身もヴァイオリンやチェロなどは幼少から習っており、当然弾ける。実際のライブではギター以外の弦楽器はあまり演奏せず、ギターをボウイングして手近にチェロ風の音を出すことが多い。
- ^ サンプリングに関しては各アルバムのクレジットにも明記されている
- ^ カバサなど
- ^ サンプリングに関しては各アルバムのクレジットにも明記されている
- ^ クラベスなど
- ^ ゼア・ゼアなどにおいて。
- ^ Pitchforkガイドのキッド Aレビューより、当時の反応。
- ^ レディオヘッド、EMIと決別した理由 Barks 2008年1月2日
- ^ 「価格はあなた次第」のレディオヘッド新作、幾らで売れた? ITメディア 2007年11月6日
- ^ レディオヘッド「あまり先のことは考えないことにした」 Barks 2011年3月7日
- ^ レディオヘッド、2013年夏にも通算9枚目の新作スタジオ・アルバム制作開始 Barks 2013年2月18日
- ^ ジョニー・グリーンウッド、レディオヘッド新作の進捗状況を語る RO69 2015年6月18日
- ^ “ロキシー、ゾンビーズ、ジャネット、ロックの殿堂入りに喜びのコメント”. BARKS (2018年12月14日). 2019年2月2日閲覧。
- ^ Lamacq, Steve. “Interview with Thom Yorke”. BBC 6 Music radio. 26-08-2006閲覧。 “My best gig in Oxford ever though, was Siouxsie and the Banshees [...] they were absolutely... they were just amazing [...] the band were like, they were really, really exciting [...] Siouxsie and the Banshees were just genius”
- ^ Dombal, Ryan. “Radiohead interview”. Pitchfork.com. 21-03-2008閲覧。 “Colin Greenwood: In rehearsals yesterday, Thom, Ed and I were running through a Siouxsie and the Banshees cover called "Happy House" and Jonny [Greenwood]-- the young one-- was like, "What the fuck is this?" And we're like, You know, Siouxsie and the Banshees! Check out Juju [ Siouxsie and the Banshees' 1981 album]”
- ^ Casandra Scaroni, Samuel Dietz.. “You’ve got to find a voice [Radiohead Ed O'Brien interview]”. Alltuntun. 01-09-2018時点のオリジナルよりアーカイブ。2-09-2011閲覧。 “I was very lucky because I grew up in an era, a time from about 1979 onwards, and I was very aware of music in the charts in England . It was the post-punk era, so you had a lot of music like Siouxsie and the Banshees [...] it was a great era of music, you’d been listening to the charts or tape them on a cassette recorder so you’d have [...] "Spellbound" by Siouxsie And The Banshees,”
- ^ a b Randall, Mac (1998-04-01), “The Golden Age of Radiohead”, Guitar World
- ^ Ross, Alex (2001-08-20), “The Searchers”, The New Yorker, オリジナルの2008年2月14日時点におけるアーカイブ。 2007年12月24日閲覧。
- ^ Reynolds, Simon (June 2001), “Walking on Thin Ice”, The Wire
- ^ Gillespie, Ian (1997-08-17), “It all got very surreal”, London Free Press
- ^ DiMartino, Dave (1997-05-02), “Give Radiohead Your Computer”, LAUNCH, オリジナルの2007年8月14日時点におけるアーカイブ。 2007年12月21日閲覧。
- ^ Zoric, Lauren (2000-10-01), “Fitter, Happier, More Productive”, Juice
- ^ Eccleston, Danny (2000-10-01), Q
外部リンク
- Radiohead.com - 公式ウェブサイト
- DEAD AIR SPACE - メンバーによる公式ブログ
- W.A.S.T.E. - グッズショップ
- Radiohead - ホステス・エンタテインメントによる日本公式ウェブサイト
- The King Of Limbs - 8thアルバム日本公式ウェブサイト