アングル:増加する認知症と資金トラブル、対応迫られる金融機関

アングル:増加する認知症と資金トラブル、対応迫られる金融機関
 12月17日、「電子レンジって何─」。東京都内に住む大久保英一さん(71)が、妻の由美子さん(68)に、食べ物を電子レンジで温めるように頼んだ時の返事だ。写真は都内で10月撮影(2018年 ロイター/Toru Hanai)
[東京 17日 ロイター] - 「電子レンジって何─」。東京都内に住む大久保英一さん(71)が、妻の由美子さん(68)に、食べ物を電子レンジで温めるように頼んだ時の返事だ。
由美子さんが認知症と診断されてまもないころだった。適切な言葉が思い出せなくなり、25年間続けた着付け教室の講師を続けることも難しくなっていた。
それ以来、介護する英一さんにとっても、由美子さんにとっても、日々の生活はさまざまな苦労がある。金銭をどう管理していくのか、ということも社会的に大きな問題の1つだ。
京都市の社会福祉士、上林里佳さんは、これまで認知症の患者が、明確な理解のないまま、自分の銀行口座から大金を引きおろす場面に何回も遭遇してきた。
例えば、ある90代の女性は、孫のひとりに、相続のために資金が必要だと思い込ませられ、合計2000万円以上の資金を複数の金融機関から引き出し、その孫に渡していた。
「9引きおろした、などと言うので、いったい何のことかと思ったが、実は札束の数のことだった」という。
明らかな経済的虐待の事例と見られたため、行政や弁護士などと相談し、歩くのもおぼつかない女性を連れて、金融機関を一軒一軒回ったという。
「一部の金融機関は、それ以上の被害を防止するための協力を惜しまず、要請後の出金は止められた。ただ、非協力的な金融機関もあり、必要な書類さえ形式的に整っていれば、出金は止められない、という姿勢だった」と上林さんは当時を振り返る。
<増える認知症患者の保有金融資産>
厚生労働省の推計では、認知症患者の数は、2012年時点で462万人。2030年には744-830万人と予想されている。全人口の6-7%に匹敵する規模だ。
経済協力開発機構(OECD)は、日本での認知症患者数が2037年に全人口の3.8%と推計。OECD加盟国の中で一番高く、加盟国平均の2.3%を大きく上回る。
第一生命経済研究所によると、2030年まで、認知症患者の保有する金融資産が215兆円に上ると予想している。
企業や金融機関も、認知症患者の保有する金融資産への対応を迫られている。
典型的な例として、取引後に認知症を理由に家族や介護者などから契約の解消を求めらるケースがある。京都府立医科大学大学院の成本迅教授は、このような事例が今後、増えると予想する。
成本教授などの調査では、既に認知症患者を抱える家族の3割程度が、無駄な金品の購入など、経済的な損失を被ったことがあると回答している。
金融機関の窓口でも、ATMの使い方がわからない顧客、同じ質問を何回も繰り返す顧客など、認知症と思われる顧客への対応を迫られることは、日常茶飯事になりつつある、と複数の金融関係者は明かす。
認知症は、脳の疾患に起因する記憶や認知能力障害の結果、日常生活が営めなくなる状態だ。アルツハイマー病が全体の3分の2ほどを占めるが、それ以外に多くの種類があり、症状も一様ではない。
多くの場合、計算や時間の認識などに障害が出ることから始まり、さらに病気の進行が進むと、場所や人の認識もできなくなるということが多い。
<対応に動き出した金融機関>
生活に不可欠な「お金」を取扱う金融機関は、認知症の患者と接する機会も多く、野村証券や三井住友信託銀行など、一部の金融機関では、社員に対する認知症対応のための研修を始めた。
「今までは、証券会社などの窓口の人が、独自に判断していた場合がほとんどだったと思う。金融機関の人と、医療的な立場の人が場を持って、知識を共有するということが重要になってくる」と慶應義塾大学医学部の三村將教授は言う。
また、城南信用金庫など都内の5信金では、認知症支援のためのNPO団体「しんきん成年後見サポート」を設立した。認知症の患者を家族に抱える預金者などの相談に応じる一方、品川区と協力しながら、成年後見人を請け負うサービスを実施している。
成年後見人制度は、介護保険と同じく2000年に導入されたものの、使い勝手が悪いとの声が多く、利用率は低い。
さらに後見人の監督に目が行き届いておらず、後見人が被後見人の資産を盗む、などの事例も後を絶たず、改善が要望されている。
内閣府の資料によると、2015年までの5年間で、3000件以上の不正が報告され、被害総額は210億円に及ぶ。
しんきんサポートでは、担当者を必ず複数にし、抜き打ち検査を行うなど、金融機関と同水準の厳格な内部管理をして不正を防止するようにしているという。
「人員を複数配置することで、コストも2倍になるが、私たちは必要なコストだと考えている」と、しんきんサポートの平森均事務局長は語る。
ただ、このサービスを営利事業として行うのは難しいという。
テクノロジーを使って、認知症の早期発見に取り組もうとしているのは、家計簿支援アプリなどを手掛けるフィンテック企業のマネーフォワードだ。
例えば、ある利用客が突然ATMから頻繁に現金を引き出すようになった場合、認知症の可能性もある。そうした場合に、それを親族などに伝える、という仕組みを開発中だ。
認知症を治す治療法は、まだ見つかっていないが、早期発見で進行を遅らせることは可能になりつつある。こうしたサービスがあれば、認知症とともに生きる人達の助けになりうる。
「認知症といっても、常にすべて何もできないわけではない。財布は使わなくなっても、一緒に旅行にも行ったし、写真も撮ったり、ということはできていた」と大久保さんは語る。実際2012年から合計3年かけて、大久保さん夫婦は東海道を歩いて制覇したという。
「今の生活は、昔思い描いていた退職後の生活とは確かに違う。でも、いま私がつきあっているのは、妻が認知症になってから、それを通じて知り合った人たちばかり。だから、今の私があるのは彼女のおかげだと感じる」──。

佐野日出之 編集:田巻一彦

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