「夢~Dreamer」を書き終えて(補足) | 未知なる心へ

未知なる心へ

統一教会入信から脱会までの日々と、脱会後の魂の彷徨。

この話は、以前書いていた「わたしと統一教会」の前の話でした。これを書くことによって、カルト宗教にはまっていく青年の心理というものを描きたいと思ったのです。

 

 

高校から浪人~大学時代にかけての期間は、書き残していた日記がありました。なので、忘れていたような詳細な出来事も書けた反面、ただの事実の羅列のような感じになってしまいました。なので、小説のダイナミズムには欠けた、平凡な作品になってしまったと思います。

 

 

本当は、もっともっと、青春の悩み苦しみ、葛藤を描きたかったのですが、それができなかったのは残念です。

 

 

しかし、あの当時の伊藤みどりへの想いは、何かにとりつかれたような激しいものでした。かといって、本当の意味で彼女一筋だったかというと、決してそうではなかったと思うのです。

 

 

男の悲しい性ですが、一途に彼女を思いながらも、一方では当時はやり出したAV(アダルトビデオ)を借りたり、風俗に行ったりする自分がいました。

 

 

そんな自分の「愛と性の不一致」こそが、永遠の愛、真の愛を標榜する統一教会へと向かわせた、一つの動機となりました。

 

 

つまり、一人の女性を愛そうとしても愛しきれない自分の中に「サタンの血統」を見たということです。

 

 

でも、今にして思えば、それは男性の生物としての本性であり、別に異常なことではないと分かります。しかし統一教会は、そういった男性の性欲を「堕落性」「罪」と見做すことによって、伝道を進めてきました。

 

 

原研に入って間もない頃に聞いた、今でもよく憶えている話があります。「人間がダイヤモンドや純金に価値を感じるのは『永遠に変わらないもの』を求める心があるからだ。それがつまり『永遠の愛』である」と。

 

 

わたしはこの話を聞いた時に「自分の愛は不純だ」と感じてしまったのです。そして「原罪の清算」のためには「祝福」を受けるしかない、と決意することになりました。

 

 

本当は、わたしが一番描きたかったのは、このところだったのです。しかし、日記をベースに事実をたどっているうちに、そういった内面の描き方が不十分になってしまいました。

 

 

いずれにせよ、文章で表現できることには限界があります。しかし、逆もまた真なりで、文章でしか表現できないものもあると思うのです。

 

 

それを今後も追求していきたいと思います。

 

 

 

 

 

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