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三つの流れ

「クリムゾン様、贄の準備が整いました」


「そうか……」


 無法都市を見下ろしていたクリムゾンは、その視線を夜空に浮かぶ月に向けた。端麗な顔立ちにワインレッドの髪を横に流している。


「『赤き月』は……まだか……」


 月は赤く染まっている。だが、まだ足りない。万全を期すためにもうしばらく待つ必要があるだろう。


「都市の制圧はどうなっている」


「制圧は計画通り順調に始まりました。ただ……」


「ただ?」


 クリムゾンは振り返って、言葉に詰まる配下を見据えた。


 配下の男はその視線に怯えながらも続きを話す。


「ただ……局所的に予想以上の抵抗があります」


「魔剣士協会か?」


「いえ、魔剣士協会は問題になりません。抵抗しているのは三人です。一人は『妖狐』ユキメ。もう一人は『暴君』ジャガノートです」


「奴らか……」


 クリムゾンは顔をしかめて無法都市を見下ろす。順調に勢力を広げているグールの群れだったが、それと抗うかのように逆行する三つの流れがあった。


『白き塔』の支配者『妖狐』ユキメ。『黒き塔』の支配者『暴君』ジャガノート。この二人には何度も苦汁を舐めさせられてきた。認めたくはないがクリムゾンの実力はあの二人に一歩劣る。


 だが、それも今日までだ。


『赤き月』が始まった。女王さえ復活すれば、奴らも血の海に沈む。


「ククク……好きにさせておけ。どうせここまでは辿り着けん。『血の女王』さえ復活すれば、我らの勝利だ……」


 クリムゾンは嗤いながら、部屋の中央に鎮座する棺に歩み寄る。


「我が愛しの女王……もうすぐ我らが世界を支配する……」


 彼は棺を撫でて、ふと気づく。


「待て、三人と言ったな。あと一人は何だ?」


『赤き月』の彼らにあらがえる勢力を、クリムゾンは二人しか知らない。


「そ、それが、まだはっきりとは分かっていません。しかし、奴一人に多数のグールが駆逐され、さらに増援として向かわせた吸血鬼すら一掃されています」


「なんだと……?」


「奴の名はシャドウ。我々の見解では奴が最大の脅威になるかと……」


「シャドウ……」


 クリムゾンは眉を顰めてその名を呟いた。





 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





『紅の塔』へと向かう三つの流れがあった。




 一つは、荒れ狂う『暴君』。


 その男は、褐色の巨悪。


 巨大な鉈のような鉄塊を振り回し、グールを力任せに両断する。 


 誰も彼には近づけず、間合いに入った瞬間無残な挽肉へと変わる。




 もう一つは舞い踊る『妖狐』。


 その女は、妖しい美貌の白銀の狐人。


 珍しい九本の尻尾が闇夜に輝く。


 彼女は両手の鉄扇で舞でも踊るかのようにグールを切り刻む。


 着物から覗く艶やかな肌に目を奪われたが最期、二度と目覚めぬ眠りへと旅立つ。




 数多のグールを虐殺し、二つの流れは交わる。


「くたばれ売女ァ!」


「ほんまじゃまくさい男やなぁ」


『暴君』の巨大鉈を、『妖狐』は器用に受け流す。


 巨大鉈が地面を穿ち、砂埃が舞い上がる。


「久しぶりだなぁ『妖狐』」


『暴君』ジャガノートは凶悪な顔で嗤った。


「二度と会いとうなかったわ」


『妖狐』ユキメは嫌そうに溜息を吐く。


「血吸い蝙蝠どもを始末するついでだ。てめぇもここで死んどけ」


 ジャガノートはその巨大鉈を軽々と振りかぶる。


「しつこい男は好かんわ……」


 ユキメもその鉄扇を構える。


 二人が動き出そうとしたその瞬間、最後の流れがそこに合流した。


 その男は漆黒のロングコートを纏い、音もなく夜空から降り立った。


 そして、彼を追ってきた三体の吸血鬼を一瞬で細切れにする。


『暴君』は彼の身のこなしに驚愕した。


 動きの滑らかさ、その瞬発力、そしてそこに秘められた圧倒的な力強さ。それは『暴君』すら認めねばならない領域にあった。


『妖狐』は彼の剣技に感嘆した。


 剣筋の美しさ、そして無駄のない完成した技は、長き時を生きる彼女ですら初めて見る。その芸術にまで昇華された剣舞は『妖狐』すら深く感嘆させた。


「てめぇ、何者だ……?」


「ぬしはいったい……」


 二人は同時に問いかける。


 漆黒の男は振り返り、刀を振り血糊を飛ばした。


「我が名はシャドウ。陰に潜み、陰を狩る者……」


 そして、三つの流れは交わった。

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