ふくを食べる 「春帆楼本店」山口県下関市｜Logbook : 春帆楼 下関本店

高速に乗って関門海峡を渡った理由はただ一つ「ふく」を食べる事
それも春帆楼（しゅんばんろう）本店で食べることだ

日本史の表舞台に立ったお店は多くはない
そんな名店で食べてみたかったというのが素直な気持ちである

現在の春帆楼は「料亭」というよりオーベルジュ
フロントの脇には、あたりまえのように伊藤博文の書がかけられていた

仲居さんに案内された4人は二十畳程の一室に通される
だだっ広い部屋に大ぶりのテーブルが二つ贅沢な部屋割りだった

鯛わたのともあえと煮凝りなどが先付け
少し濃いめの味付けは酒の肴にピッタリと寄り添う
鯛わたをちびちび舐めるように食べながらノンアルコールビールを飲んでいると、自分がドライバーになったことを後悔し始めた

ふくさしが菊の花のようで皿の藍色が透けて映るように盛り付けてある
何度かふぐの刺身は食べたことがあったけど、専門店で食べるのは初めて
ひと切れ持ち上げて、細かく刻んだ細ネギの入った酢醤油でいただく

刺身を咀嚼すると思った以上にムチムチしている
イメージではコリコリだけれど、薄く削ぎ切りしてあるからだろうか、弾力が強い
味は淡白で脂分も全くないから、普段食べている東北の白身魚の刺身とかなり違った印象を受けた

刻まれたネギはとても細く、山口県産の「安岡ねぎ」だそうで、ツンとくる風味は少なく、ポン酢もまた酢のきつさがないマイルドな味

と・・・ここまで来てようやく写真の撮り忘れに気づいた
慌てて数カット撮影するが、花びらのかけたふく刺しはなんとも収まりが悪い
思いっきり失敗した

コレ以降は3切れ程度箸でつまんで食べていく
ムチムチ度合いが上がり、ふぐを食べている実感が出てきた
また、すすめられたとおりすだちをポン酢に絞って食べると、すだちのもつほんのりと青い柑橘の香りと酸味がプラスされて味に起伏が出た
皮はコリコリで細く切ってあるから食べやすいが結構な腰があり歯ごたえが楽しめる
ゼラチン質と皮のもつ食感を楽しめる古来からのスタイルなのだろう

ふく真丈の椀もの
さらりとしたほんのりとした出汁の味と、はんぺんのような卵白も入った真丈のふわふわとした食感は下で押しても潰れそうな感じがする
食にコントラストをつけてあり飽きがこない

ふくの香草焼きを出されたときに、一番興味をもった食べ物だった
淡白なふぐを香草で焼いたらどうなるのだろう？素朴な疑問である

表面がパン粉で覆われこんがり焼かれているので、はじめは二つに割り食べてみた
表面はサクサクふくはモチモチとした食感が有り、にんにくが効いていてエスカルゴバターやグリーンソースのような味わい

本来のコースから外れた間もあるけれど、昔より現代の植生ｼｰﾄ工（標準品）活は油物が多いこともあるし、趣向が変わってきてワインとのマリアージュを考えると、ふぐというからには白ワインかもしれないが、フランス人は意外と魚にも軽い赤を合わせる傾向がある
そんな、オーダーにも対応できるひと品かもしれない

濃いところが続いて、ふくの唐揚げの登場
恥ずかしながら、小さいふぐを開いたものの唐揚げは食べたことがあったが、大きなふぐの唐揚げは初めてである

しっぽのところの部位を食べてみると、ほっこりとしていて、うっすらと醤油のような味が付いている
硬い骨がついた部位は、しゃぶるようにしてゆっくり味わった
エラの当たりだろうか？なかなか骨が固くみんな子供に帰っている
仲間たちだから問題はないけれど、これが夜のお呼ばれだったらここまで真剣には食べないだろうと一人想像した

ノンアルコールビールで油を流していると、口直しのように茶碗蒸しが出された
茶碗蒸し自体はあっさりと仕上がっているけれど、あんにはしっかりと味が付いている
とろっとぷるんとした感じが珍しい
自宅で食べる茶碗蒸しにあんがかかったことが無いから、物珍しさもあってあっという間に食べ終わった

窓の外を見下ろすと、雨にぬれた屋根瓦の日清講和条約記念館と関門海峡が見える
貨物船をはじめ多くの船が行き来する様は、普段見ることが出来ない風景
食べ物だけでなく景色もまた贅沢である

ふくの蒸し煮はどちらかというと「ふぐちり」を調理場で作ってきた物を個別に盛り付けてあるような感じだ

太い春雨の上にふぐや豆腐・人参、白菜・春菊、椎茸・しめじ等がきれいに盛り付けてある
東北なら「たらちり」と言いたいところだけど、私たちが食べる鍋は味が付いているものが多く、ポン酢で食べる鍋はどちらかというと珍しい部類に入るかもしれない

こってりとしたものが続いたあとだったから、はじめは白菜や春菊をポン酢に落として食べる
どちらも野菜にしては味が濃い目だから、ビールでリセットした口を更にさっぱりと戻すのにもってこいだ

太めの春雨は歯がかりがあり、ふぐのむちむちとした食感と相まって優しいポン酢によく馴染んでいたと思う
ふぐの鍋をみんなでつつくと残したり足りなかったり何かと不平等になりやすいから、最初から分けてあるほうが余計な気を遣わない分いいと思った

やはり味覚の変化からだろうか、ふくの皮を使ったサラダが登場した
ふく刺しについていた皮でも楽しめたが、チャキチャキの生野菜と一緒に食べるのもまた乙なものである

ゼラチンと酸味と言えばイギリスのうなぎの煮凝りを連想するけれど、和風ドレッシングの味付けは慣れ親しんだ味がしてホッとする美味しさだ

幾分油分を感じたがその前が超淡白だったから、これはこれでいいのだろう
アメリカ人が好んで食べる「ブルーチーズドレッシング（くだいたブルーチーズが入っているドレッシング）」なんていう冒険的な味付けなんかにしても面白いと思った

サラダを食べているときに中居さんがせっせと作ってくれたのが、締めのふく雑炊
昆布出汁がうっすらして予想以上にクリアな味
溶き卵が半熟じゃないこともその要因かもしれない

鍋の締めぞうすいというと野菜などの甘味や素材のえぐみが出る事が多いけど、これはとてもさらりとした風味
スルスルと喉を通ってゆく

友人は「普段、丼飯をかっ込むような食生活だから、これだけゆっくり食べるととてもお腹いっぱいになる」と言っていた
食事を始めたから、ここまで1時間半以上かけて味わったのだからこの発言にも頷ける

うなづきながらも僕は雑炊のお代わりをしてしっかりいただいた

これにデザートがついてようやく終了となる
約２時間の食事は私にとってとても有意義な時間だった

はじめてのふぐ料理だから、今日の食事がベンチマークになる
ふぐ料理を食べ慣れた人からすれば「もっと美味しいお店があるだろう」「器の良し悪しうんぬん」「接客がどうこう」等色々と言いたい事があるかもしれない

けれど、僕はやはり春帆楼を選んでよかったと思う
本場下関で、歴史的な舞台となったお店が持つ厳かさを感じることができたし、中居さんの躾のゆきとどいた慇懃さも心地よかった

普段の昼食からするとかなり高価なものとなったが、それ相当の満足感が得られたお昼ご飯だったと思う

無理におすすめはしないが来てみた甲斐は十分にあった