激しさを増す気候変動により、「都市インフラの再設計」が迫られている

米国に上陸したハリケーン「アイダ」の影響でニューヨークの地下鉄が浸水するなど、異例の豪雨が大都市に多くの被害をもたらした。そこから得られる教訓は、もはや都市インフラが気候変動の影響に追いつかなくなっており、再設計を迫られているという事実だ。
Subway
DAVID DEE DELGADO/GETTY IMAGES

ニューヨーク市は9月1日(米国時間)の夜、わずか数時間で6〜10インチ(約150〜250mm)もの豪に見舞われた。このときの降水量は、カリフォルニア州サンノゼの過去1年の降水量よりも多い。このためアパートメントの地下には水が流れ込み、屋根からは雨漏りが起き、地下鉄の駅構内に押し寄せた雨水で線路は浸水した。

これはメキシコ湾岸で猛威を振るったハリケーン「アイダ」が熱帯低気圧となって北上し、米北東部で洪水を引き起こした結果である。9月2日の夕方までにニューヨーク地区全体で死者は40人に上り、地下鉄の遅延や運休が続いた。

すべての交通手段が水浸しに

ニューヨーク市のインフラは、19世紀後半から20世紀はじめにかけて構築された。5年から10年に1度の大雨に耐えられるように設計されている。

ところが近年、毎年のように記録的な豪雨に見舞われるようになった。今回は熱帯低気圧となったアイダによって日常的な通勤風景が一変し、あらゆる人が気候変動の影響を受けるという事実を痛感させられたのである。実際に米西部では山火事による火災積乱雲が発生し、テキサス州では停電が起きた。南部にはハリケーンが上陸し、東部では豪雨が発生している。

「これらはすべて、わたしたちが20年前に発生を予測していた事象なのです」と、環境シンクタンクのブレークスルー研究所で気候およびエネルギー担当ディレクターを務める気候科学者のジーク・ハウスファーザーは言う。「ただ、実際にこれらすべてが一斉に起きている様子を目の当たりにすると、やや呆然としてしまいます」

今回の大雨では道路の冠水のみならず、クルマの代替になるはずの自転車専用道路や歩道、公共交通機関も水浸しになった。ニューヨークでは9月2日、一時はすべてが水に浸っていたのだ。地下鉄の駅構内に押し寄せた濁流の画像には、危機を痛感させられる。

「インフラの専門家でなくても、インフラに問題があることはすぐにわかります」と、ニューヨークのメトロポリタン・トランスポーテーション・オーソリティ(MTA)のCapital Construction Companyの元社長で、現在はニューヨーク大学建設イノヴェイション研究所の所長を務めるマイケル・ホロドニチアヌは言う。「わたしから見れば、これまでインフラの現状に十分に注意を払ってこなかったツケが回ってきているように思えます」

大雨をもたらしたメカニズム

気候変動に関連して、ニューヨーク市にとって最初の注意喚起となったのは、9年前のハリケーン「サンディ」の到来だった。サンディに伴う高潮により、低地や地下鉄の駅構内が浸水したのだ。市長直下の復旧部門によると、ニューヨーク市はそれから気候変動対策として約2,000万ドル(約22億円)を費やしてきたという。

だが、その資金の一部は、アイダにより露呈した問題とは異なる課題の解決に充てられていた。それは河川の氾濫対策である。今回の洪水の原因はすべて空からやってきた大雨であり、海面より高い地域でさえ浸水の恐れがあったのだ。

熱帯低気圧に変わったアイダが北東部にこれほどの豪雨をもたらしたのは、気候変動の影響によるものである。温暖化によって降水量は少なくなると思うかもしれないが、米北東部や中西部など、世界の一部の地域では大雨の増加が観測されている。

雨となって降り始めるまでに大気が保持できる水蒸気の量は気温に影響を受けるのだと、気候科学者のハウスファーザーは指摘する。低温の場合は保持する水蒸気量が少ないが、高温ならより多くの水蒸気を保持できる。こうして雨が降れば、大雨になるのだ。

ハリケーンは熱をエネルギーにして発達する。アイダが急速に勢力を強め、風速150マイル(約240km)にまで成長したのは、上陸直前にメキシコ湾の海水温が異常に高かったからである。渦巻く暖かい空気の塊として、アイダは大量の水蒸気を保持していた。このため上陸後に風は弱まったものの、大量の水蒸気を北部に運び、進行に伴って複数の州に豪雨をもたらすことになった。

気温上昇と大雨の関係

気候変動によってハリケーン「アイダ」が発生したわけではない。だが、気候変動の影響で、アイダのようにハリケーンがより猛威を振るいやすくなっていることを科学者は認識している。

「気温が1℃上昇すると、大気が保持できる水蒸気の量は約7%増えます。これは気候学において最も基本的な物理法則のひとつです。このため、はるかに大量の雨が降る可能性もあります」と、ハウスファーザーは言う。「ハリケーンの降水量は、過去数十年で増えています。そして今後も、その傾向が続くと予想されています」

また近年ではアイダのように、海水温の上昇に伴ってハリケーンがより急速に発達する傾向があることも明らかになっている。

ニューヨーク市のインフラが100年以上前に構築されたとき、このような状況を予見できる人はいなかった。エンジニアは下水道システムを設計する際、システムが排出可能な最悪の豪雨を想定する。つまり、10年から20年に1度の大雨である。

実際にニューヨーク市の下水道システムは、5年に1度の大雨に耐えられるように設計されている。市内を水浸しにして去ったばかりのアイダについて科学者はこれからデータを集計する必要があるが、5年に1度の規模でなかったことは確かだろう。むしろ、100年に1度のレヴェルに近い。

今回の大雨は別の問題も提起している。一般的に集中豪雨は、都市の上空を移動する小さな雲の塊によって発生することが多いと、カーネギー研究所の環境エンジニアのデイヴィッド・ファーンハムは説明する。ファーンハムはニューヨーク市の下水道システムについて研究してきた。「広範囲で雨が降っていても、本当に激しく降っているのは一部の地域だけなのです」

例えば、ニュージャージー州メープルウッドでは、9月1日の夜から2日の朝にかけて8.39インチ(約210mm)の雨に見舞われた。ところが、そこからわずか3マイル(約4.8km)ほどの距離にあるミルバーンの降水量は、そのほぼ半分の4.4インチ(約110mm)ほどだった。それでも翌朝、街のいたるところに泥だらけの水たまりができたのである。

求められるグリーンインフラ

数年にわたる下水道設備の更新を経て、ニューヨーク市では現時点で下水道の約60%が合流式になっている。合流式下水道とは、排水と雨水を1本の管で集め、下水処理施設に運ぶ仕組みである。このため大雨の際は、すぐに処理能力を超えてしまう。

また、都市生活の残骸であるごみ、植物、一般的な汚れが排水管を詰まらせ、排水システムをさらに台無しにしている。「したがって、これほど巨大なハリケーンが来れば排水が追いつかず、洪水になって当然でしょうね」と、ファーンハムは言う。

ニューヨーク市は、特に暴風雨が予想される場合などに合流式下水道を分離し、排水管の詰まりを解消するよう努めている。また、歩道に設置されている地下鉄トンネルの換気用の格子の位置を高くしたり、場合によってはなくしたりしている。

この格子は地下のじめじめした空間に新鮮な空気を送り込むためにつくられたが、いまではより大量の雨水が流れ込める穴と化している。さらに一部の場所では、MTAが防水ドアを建設し、浸水する可能性があるときは閉鎖できるようになっている。

一般論で言えば、ニューヨーク市などの都市が水害に対処するには、より多くのグリーンインフラを構築するといいだろう。つまり、舗装された道路を減らし、土に置き換えるのだ。例えば、道路の脇に緑地をつくれば、排水溝に流れ込む前に雨水を浸透させ、その過程でごみや汚れを取り除くことができる。実際にロサンジェルスでは、こうして雨水を集約している。

「これは長期的な対策です」と、ニューヨーク大学のホロドニチアヌは指摘する。とはいえ、将来予測や現状に基づいて都市を改良するには、最も希少な資源のひとつを大量に必要とする。結局のところ、現在よりはるかに多くの資金を投入する必要があるのだ。

※『WIRED』による気候変動の関連記事はこちら


RELATED ARTICLES

REPORT
温暖化が地球にもたらす「悲惨な未来」を食い止めよ:国連IPCC報告書を読み解いて見えてきたこと


限定イヴェントにも参加できるWIRED日本版「メンバーシップ」会員募集中!

次の10年を見通すためのインサイト(洞察)が詰まった選りすぐりのロングリード(長編記事)を、週替わりのテーマに合わせてお届けする会員サーヴィス「WIRED SZ メンバーシップ」。毎週開催の会員限定イヴェントにも参加可能な刺激に満ちたサーヴィスは、1週間の無料トライアルを実施中!詳細はこちら


TEXT BY AARIAN MARSHALL AND MATT SIMON