人間の骨にヒント。耐久性が5倍のコンクリート、米国の研究チームが開発

楕円筒形の中空構造によって損傷時の亀裂を最小限に抑える骨の仕組みをヒントに、従来の5倍の耐久性をもつコンクリートを米国の研究者たちが開発した。大量生産できれば公共インフラや建築分野で有効活用できる可能性を秘めている。
人間の骨にヒント。耐久性が5倍のコンクリート、米国の研究チームが開発
Photograph: Sameer A. Khan/Fotobuddy/Princeton University

公共工事や建築現場で用いられるコンクリートは、ひとたび亀裂が生じると急激に壊れてしまう脆弱性が問題視されてきた。そこで米国の研究者たちは、人間の骨の構造に着想を得て新たなコンクリートを開発した

「破壊力学と統計力学の理論を用いることで、材料の基本特性を設計から見直しました」と、プリンストン大学助教授で土木工学と環境工学が専門のレザ・モイニは説明する

材料工学における物質の強度とは、負荷による変形や破壊に対する抵抗力を指す。これに対して靱(じん)性とは、亀裂の進行や損傷の拡大に対する抵抗力を意味する。一般的に材料の強度が高くなるにつれ、靱性は低下する傾向にある。

モイニらの研究チームは今回、コンクリートの内部構造を改良することで、強度と靱性を高水準で両立させることに成功した。

中空構造が亀裂の伝播を遅らせる

コンクリートの改良にあたって研究チームが着目したのは、人間の骨を分厚く覆っている皮質骨(緻密質)という部分である。皮質骨は「オステオン(骨単位)」と呼ばれる楕円形のチューブで構成されており、これが亀裂の広がりを抑える役割を果たしてくれる。この構造を模倣して、研究者たちは内部に楕円筒形の空間をもつコンクリートを開発した。

このコンクリートにひびが入ると、亀裂は中空の円筒内部でいったん止まる。亀裂の伝播を遅らせることでエネルギーが分散され、ひび割れの進行を段階的に遅らせる仕組みだ。これにより材料が徐々に損傷を受けながらも、急激な崩壊は防げる。従来のコンクリートがもつ弱点を克服したことで、損傷に対する耐久性が最大5.6倍にまで向上した。

新しいコンクリートを開発したプリンストン大学のレザ・モイニとシャシャンク・グプタ。

Photograph: Sameer A. Khan/Fotobuddy/Princeton University

モイニによると、チューブの形状やサイズ、配置を工夫することで強度を犠牲にすることなく靱性を高められるという。従来の方法では、セメントに繊維やプラスチックを混ぜることでコンクリートに靱性をもたせていた。今回の手法はほかの材料を一切加えることなく、楕円のチューブ状の空間を幾何学的に配置するだけでコンクリートの靱性を大幅に向上させている。

ちなみに人間の皮質骨を構成するオステオンのアスペクト比(楕円率)は、1.02から2.62である。研究チームは今回、楕円率が2.5の円筒空間を組み込んだ構造が、亀裂の伝播を最も効果的に抑えられることを実証した。また、ポロシティ(固体物質の全体積に占める空間体積の割合)が40%のコンクリートが最も優れた性能を示したという。なお、人間のオステオンのポロシティは45%から60%とされている。

さらに研究チームは、材料の配置をより正確に評価するために「無秩序の度合い」を数値化する新たな方法を導入した。従来の「規則的」か「非規則的」という単純な分類ではなく、統計力学的なアプローチにより材料の配置をより精緻に表現できるようになった。この新しい設計基準により、さらに複雑で強度の高い構造物を開発できるようになることが期待されている。

研究者たちは、ロボティクスや3Dプリンティングなどの先端技術と組み合わせることで、新たなコンクリートが公共インフラや建築分野で活用される未来を見据えている。

(Edited by Daisuke Takimoto)

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