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サミュエル・アクソン

「Ars Technica」のシニアレヴューエディターとして、デヴェロッパーやクリエイティヴな専門職に就く人々を対象に、アップル製品、ディスプレイ、ハードウェア、ソフトウェアなどに関する記事を担当。メディア系企業幹部として働いた後、「Ars Technica」、「Engadget」などで10年にわたってテクノロジー関連の記事を執筆。趣味としてiOSやインディゲームの開発も手がける。シカゴ在住。

随分前になるが、アップル本社キャンパスのとある建物にエンジニアたちが集まった。エンジニアらはほかの社員から隔離された部屋で、古い「MacBook Air」から中身を取り出して試作段階の回路基板につなげた。目標は、アップルがARMアーキテクチャーをベースに独自設計したMac用の半導体を搭載する、初の製品を開発することだ。

アップルのクレイグ・フェデリギの話を聞いていると、かつてスティーブ・ウォズニアックがシリコンヴァレーのガレージで作業していたエピソードが思い出される。そして2020年11月、ついにアップルはエンジニアたちが準備していた大きな一歩を踏み出した──「Apple Silicon」を搭載した初のMacをリリースし、何十年にもわたってデスクトップ型およびラップトップ型コンピューターの頭脳として業界標準であり続けるインテル製CPUから自社製チップへと、Mac製品を全面移行させる計画を開始したのだ。

アップルの3人の上級副社長、ソフトウェアエンジニアリング担当のクレイグ・フェデリギ、ワールドワイドマーケティング担当のグレッグ・ジョスウィアック、ハードウェアテクノロジー担当のジョニー・スルージに「M1」の発表直後におこなったインタヴューで、予想通りではあるが、アップルがこの計画を何年も前から温めていたことがわかった。

「Ars Technica」は、初のMac用チップであるApple Silicon(Apple M1)の構造について、3人の幹部から詳しく話を聞いた。ソフトウェアのサポートに関してはいくつか細かい質問も挟まなければならなかったが、われわれの頭のなかにあったのは、「アップルが大胆な変革に踏み切った理由は? 」という大きな疑問だった。

なぜ? そして、なぜこのタイミングで?

まずは「なぜ? そして、なぜこのタイミングで? 」という大きな質問から始めた。これに対し、フェデリギは非常にアップルらしい回答をくれた。

Macはアップルの核です。Macがわたしたちの多くをコンピューティングの世界に導き、アップルへと導いたのです。そして、いまでもMacはわたしたち全員がここアップルであらゆる仕事をするためのツールであり続けています。だから、このチャンスは……これまで学んできたことのすべてをわたしたちの生活の中心にあるシステムに応用することは、長年の野望であり、夢の実現なのです。

「わたしたちは可能な限り最高の製品をつくりたいと思っています」とスルージは言った。「提供しうる限り最高のMacを提供するには、独自開発の半導体が必要でした」

PowerPC(かつてMacに使われていたプロセッサーのアーキテクチャー)の時代が終わりに近づいていると思われた2006年、アップルはインテルのx86系CPUを使用し始めた。初めの数年間、このインテル製チップはMacに大きな恩恵をもたらした。

Windowsなどほかのプラットフォームとの互換性を得たMacは、コンピューターとしてはるかに柔軟な製品となった。そのおかげでアップルは、デスクトップ型機器だけでなく、人気が高まっていたノートパソコンにも注力できた。こうしてMac製品の普及が進むと同時に、「iPod」が大ヒットを記録し、まもなく「iPhone」が登場した。

長い間、インテル製品の性能は業界最高水準だった。しかし近年では、同社製CPUの開発計画は性能向上とスケジュールの両面で信頼性が低下している。Macユーザーはこれに気づいていた。しかし、今回話を聞いた3人はいずれも、このことが変革の動機になったわけではないと主張する。

「わたしたちが何をやれるか、問題だったのはそこです」とジョスウィアックは言った。「ほかの会社ができることやできないことは関係ありません」

「あらゆる企業には目的があります」と彼は続ける。「ソフトウェア開発企業は、ハードウェア開発企業にしてほしいことがある。ハードウェア開発企業は、OS開発企業にしてほしいことがある。でも、それぞれの目的はなかなか相いれない。ただ、今回は違います。われわれの目的はひとつでした」

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今回のオンラインインタヴューの参加者。グレッグ・“ジョズ”・ジョスウィアック(ワールドワイドマーケティング担当上級副社長)、クレイグ・フェデリギ(ソフトウェアエンジニアリング担当上級副社長)、ジョニー・スルージ(ハードウェアテクノロジー担当上級副社長)。PHOTOGRAPH BY AURICH LAWSON / APPLE

最終決定が下されたとき、当初それを知る者は社内でもごく限られていた。「でも、この方針でいくと宣言した瞬間から、それを知る人たちはうれしさを隠せないようでした」とフェデリギは回想する。

スルージは、アップルはこの計画を成功させるうえで特殊な立場にあるとしてこう語った。「ご存知の通り、われわれがつくるチップは、他社のさまざまな機器に使えるような汎用性のあるものではありません。でもそのおかげで、ソフトウェア、システム、製品そのものと緊密に統合することができます──これこそわたしたちが必要としているものです」