「虎に翼」脚本家・吉田恵里香さんの「はて?」 自分にできることは

Re:Ron発

聞き手・佐藤美鈴 菅光
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 朝日地球会議のRe:Ronセッション「『はて?』から始める 私たちと世界はどう変われるか」に登壇する、脚本家の吉田恵里香さん。NHK連続テレビ小説虎に翼」を手がけ、自身も様々な形で発信する吉田さんに、「はて?」という言葉に込めた思い、「声を上げる」ということ、社会とエンターテインメントのあり方について聞いた。吉田さんの「はて?」とは。

【参加募集】「はて?」から始めるリロンセッション 10月26日、朝日地球会議

「朝日地球会議 2024」で「『はて?』から始める 私たちと世界はどう変われるか」と題したRe:Ronのセッションを開きます。東京・八重洲で10月26日(土)10:00~11:00、「虎に翼」の脚本家・吉田恵里香さん、政治学者・重田園江さん、国際政治学者・三牧聖子さんが登壇。登壇者を囲んで対話を深めるアフタートーク「Re:Ronカフェ」も予定しています。

 ――「虎に翼」のキーワードでもある「はて?」という言葉に込めた思いは。

 納得いかない、疑問を感じる、分からない、ということについて、なるべく相手を否定しない形で、どういう意味なのか、対話しよう、ということを念頭において考えた言葉です。それこそ、作品を通して何回も出てくる「思ったことは口に出したほうがいい」「声を上げる」がテーマで、その一つとして、最初から敵対するわけじゃなく、相反する意見を持っている相手でも、話し合えば何か着地点があったり、実は言葉が足りていなくて誤解だったりすることもある。そういうことをできるワードが「はて?」です。

 ――裏返すと、そうした対話が足りていないという問題意識があったのでしょうか。

 そうですね。主語を大きな単位にして話すことはあまり好きじゃないんですけど、「女性」って大人になればなるほど、発言・主張するよりも、何となくわきまえて三歩下がったり全てを寛容に受け入れたり、誰に対しても母親のような「母性」を求められることが多くて。自分の意見を求められていないというか、主張しちゃいけない。主張すると「大人げない」と敵対視されてしまうことが多いと思ったので、そこに疑問を呈したかったんです。

 ――反響についてはどう受け止めていますか。

 自分のことをしゃべるとか人に聞いてもらうとかって結構難しい。「はて?」も含めて、作品を通じて色んな人が声を上げるきっかけをつくってくれたことはすばらしいと思っています。

 一方で、男女別で分けて敵のようなフレーズで使われてしまうことも。エンターテインメントなので、発信した以上、誰がどう言葉を使うかは自由ですが、対話の難しさを感じることもありました。男女の対立をつくりたいわけではなく、男性優位な中で平等にしたいということ、性別関係なく生きにくさがあるということを「虎に翼」では取り上げてきたので。もちろん怒っていいし、許さなくていい。それは根底にあるけれど、権力をもつ人が使うと言葉の意味もまた違ってくる。そこがすごく難しく、私自身も気を付けなければ、と感じました。

当たり前の言葉が 切り捨てられる

 ――ちなみに、吉田さんが「はて?」と思っていること、ありますか。

 最近だと、SNSを見ると「戦争反対」と言うこと自体が批判を受ける、政治色が強いと言われてしまうという、ちょっと恐ろしいことが起きていて。「戦争反対」を否定することは、戦争に賛成したり加担したりする行為にもつながる。実際に被害に遭うのは結局私たちで、それが想像できていないのか、自分の世代では起きないと思っているのか、もっと大きなものが動いているのか、はわからないんですけど。声を上げることに対して否定的なことが多すぎて、「はて?」と思います。

 ジェンダーギャップ、女性の社会進出、出生率……女性だけじゃないけど、女性の負担が大きくなりがちな物事に対して、なぜか女性側だけが批判を受けることが多い。本来は男女関係なく考えるべきことなのに。社会全体の余裕のなさ、心の貧しさを感じていて、ずっと「はて?」と思っているし、自分にできることは何か考えています。

 「虎に翼」は結構ド直球の球をエンターテインメントで投げていて、それが功を奏して色んなことで共感していただけたと思うけど、直球で投げても割と伝わらないこともいっぱいあってどうしたものかな、とも思っています。当たり前の言葉が「きれいごと」と切り捨てられることについて、考えたいです。

 ――伝わらない、というのは?

 直接届く声だけでも否定的な人は結構いて、たとえば関東大震災のときにあった虐殺行為についてです。実際に起こったことなのになかったと本気で思っている人がいて、こんなに最近の出来事で文献も多く残っているのに……と思います。「虎に翼」は歴史的な出来事を、割と丁寧に、言ってしまえば説明的に描いたと思うんですけど、それでも伝わらない人には何ができるのか。自分の作品が正しいとか、好きとか嫌いとかではなく、作品以前に「差別しちゃいけない」「戦争はよくない」ということなので。

 ――それにどう向き合っていけばいいのか、まさに作品で実践されていることだとは思いますが……。

 そうですね……。私はやはりどうしても当事者とか被害に遭った人のほうに基本的には寄り添いたいと思っていて、そこは変わらない。けれど、寄り添うという意味ではなく、差別感情や加害者意識を持ってしまう人を知ることも大事なのかと思う。それは、理解するとか味方するという意味ではなく、何を考えているか知らないと、実は全く違うことを議論していてけんかしていた、みたいなこともあるのかなと思って。なぜその感情になっているのかを探ることで、こちらからしゃべる内容が変わるかもしれないし、お互いに漠然と自分が正しくて相手は敵だと思ってしまっているとも思うので、どうかみ合っていないのかを考えたい、というのが最近の思いとしてあります。

 ――改めて作品のテーマでもある「声を上げる」ことについて、その難しさ、もたらす影響も含めて考えを教えてください。

 「声を上げるだけじゃ何も変わらない」という考え方はもちろんある。それに、これまでの社会、これまでの大人が信用を失っている状態で、大人になったときに「世の中を変えよう」ではなく、失望して自分が傷つかないほうにいくのは当たり前だと思うんです。

 だからこそ、声を上げられる人は上げていく。

 議論するスタートラインにすらまだ立てていないことが多すぎると思うので、まず議論の対象になるために、間違っていることに声を上げるのが大切なのではと私は思っていて。ある種の理想論だとは思うけど、理想を掲げられなくなったら終わりだし、そこから色んな歩み寄りがあると思う。

できる人がまず一歩 何かのきっかけに

 ――最終回の後には「これまで声を上げて社会を変えてきた全ての人たちに、私も続きたいです。全ての差別と戦争虐殺がなくなり、真の意味での平等な世界が来ますように」とSNSにつづりました。エンターテインメントの可能性についてどう考えていますか。

 ニュースでもあまり戦争の話をやらないから、何となくひとごとに思ってしまう人が多いんじゃないかな。当たり前ですけど、地球って一つしかなくて地続きで、自分の生活や人生にも直結することだから、それこそ戦争に反対することも含め、できることがあるんじゃないかなと思っています。

 戦争の足音が近づいて、エンターテインメントもこの10年ですごく変わった気がしています。「昔はおれと同い年だった田中さんとの友情」や「福田村事件」など、切り口は違えど遠い昔の出来事ではなく、風化させない、当事者意識を持とうと訴える作品が増えてきました。スマートな描き方は難しくなってきたというか、自分たちに関係ないこととして戦争のリアルを繊細に伝えていくというのもあると思うけど、ちょっと荒々しくても、直球で伝えなくてはいけないのかな、とも感じています。「虎に翼」も、裁判を通じて国際法や戦争に関わる話がありました。一人ひとりでできることは限られているけれど、声を上げないといけない、ということは伝えているつもりです。

 ――地続きの問題に、どう向き合っていきたいですか。

 やっぱり日常の中で話し合うことしかないのかな、と思います。様々なメディアでも取り上げてほしいし、もうちょっと真面目に、このままじゃいけないという危機意識を持っていく。そんな簡単なことではないというのはもちろん分かるけれど、できることをやっていかないと、本当にそれこそ取り返しのつかないところまできてしまうんじゃないかと思います。

 できる人が、まずは一歩。それを見て、一歩一歩が広がっていけば変わる世の中があるのかな、と。自分の意見ではなく多数派の波に乗りたい人もいるのは事実。そういう意味でも、声が大きくなるほど社会は変わると思うので、自分もその一員になったり、何かのきっかけになったりできればいいなと思います。(聞き手・佐藤美鈴、菅光)

 《略歴》よしだ・えりか 1987年、神奈川県出身。脚本家・小説家。ドラマ「恋せぬふたり」で第40回向田邦子賞を受賞。映画「ヒロイン失格」、ドラマ「30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい」、アニメ「ぼっち・ざ・ろっく!」など数々の作品の脚本を手がける。

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この記事を書いた人
佐藤美鈴
デジタル企画報道部|Re:Ron編集長
専門・関心分野
映画、文化、メディア、ジェンダー、テクノロジー
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