「むし歯を治療する」から、「おいしく食べる」「健やかに生きる」をサポートする歯科医師の育成へ――。日本歯科大学が取り組む超高齢社会の歯科訪問診療
Sponsored by 日本歯科大学

2024/12/13
日本歯科大学では、要介護状態や認知症、がんの終末期などにより歯科に通うことが難しくなった患者を診療する「地域密着型の歯科医師」の育成に力を入れている。歯学部生や臨床研修歯科医師の実習の場にもなっている東京と新潟の二つの大学附属クリニックを取材した(写真は、歯科訪問診療を行う日本歯科大学在宅ケア新潟クリニックの診療チーム)。
◆日本歯科大学口腔リハビリテーション多摩クリニックの取り組み
日本歯科大学口腔リハビリテーション多摩クリニック(以下、多摩クリニック。東京都小金井市)は、JR中央線東小金井駅の目の前にある。食べることや話すことに支援が必要な人を対象に、約10人の常勤歯科医師のほか、歯科衛生士、管理栄養士、言語聴覚士、社会福祉士らがチームとなって、機能回復のための口腔リハビリテーションや誤嚥を起こさないための食べ方などを指導している。
多摩クリニックには「外来診療」と、通院が困難な患者を対象にした「歯科訪問診療」の二つの部門がある。「近年、在宅医療を受ける高齢者が増えていることから、歯科訪問診療のニーズが高まっています。がんの終末期の患者さんを診るケースも少なくありません」と同クリニックの菊谷武院長は言う(以下、同)。
がんの終末期は水分が十分に取れなくなることから、口の中が乾燥し、荒れてしまう。菊谷院長によれば、こうした患者に口腔ケアを行うと、口の動きがよくなるという。
「口腔ケアを行うと、食べることができるようになったり、会話をしやすくなったりするのです。介護者の方からは、『最期に好きなものを一口食べさせることができてよかった』などとおっしゃっていただけます」
在宅医療において、歯科医師は欠かせない存在なのである。

多摩クリニックは超高齢社会の歯科診療を見据えて、2012年に設立された。菊谷院長は早い段階から「多くの患者さんが歯科に通えなくなる近い将来において、歯科医師の誰もが在宅の患者さんを当たり前に診療できる体制が必要」と、歯科訪問診療を構想していたという。日本歯科大学は『歯科と食の研究』に長年取り組んできた歴史があることから、「地域が求める歯科医師の育成を大学が先頭に立ってやるべきではないか」と提案、わずか1年余で多摩クリニックが開院した。
開院後は、訪問診療の依頼がひっきりなしに舞い込んだ。歯の不具合を何年も放置している間に噛めなくなった、入れ歯が合わなくなった、病気が原因で飲み込みが困難になった、など依頼の理由はさまざまだ。依頼者は患者本人ではなく、在宅医療に取り組んでいる医師や訪問看護師、ケアマネージャーなどが多い。介護者が「たくさん食べさせたい」と思って与えている食事が、誤嚥や窒息のリスクを高めているケースもあれば、食事や飲み物の適切な与え方がわからず、患者が重度な脱水や低栄養になっているケースもある。
◆学生の実習の場として、在宅医療チームの一員として
多摩クリニックには歯科訪問診療に使用する車が4台あり、チームごとに患者の待つ介護施設や自宅などに向かう。同大の歯学部では1年次と5年次に、この歯科訪問診療に参加する「実習」が必修となっている。
「学生には常々、我々スタッフと介護者、家族とのコミュニケーションの取り方を見てほしいと言っています。例えば咀嚼・嚥下機能が落ちているのに、介護者がブドウをそのままの形状で与えてしまっているケースがあります。それを頭ごなしに『ブドウを食べるのは危険です』というのは必ずしも適切ではない。まずは介護者やご家族の『食べさせてあげたい』という思いを受け止めたうえで、『固形物は難しいけれど、飲み物だったら大丈夫ですよ。お父さんはどんな飲み物がお好きですか?』と声掛けから始め、少しずつ信頼関係を築いていくことが大切なのです」

「患者さんが、自分の祖父母にあたる年齢の方が多いからか、学生たちは比較的容易に現場に溶け込んでいます。実習を通じて、『歯科訪問診療は、自分たちがこれからやるべき仕事のひとつなのだ』と自覚するようですね。あまり知られていませんが、摂食・嚥下のリハビリテーションを歯科医師が担っているのは、世界中で日本だけなんです。舌がんなど口腔領域の手術もほとんどの国では医師が担当しますが、日本では歯科医師が積極的に取り組んでいます。歯科医師は、さまざまな分野で活躍できる魅力的な仕事だと思いますよ」

多摩クリニックは、多職種連携による地域の在宅医療チームの一員でもある。そもそも歯科医師の多くは開業医になると言われている。地域に根付き、患者さん、あるいはその家族を、何十年にもわたり、世代を超えて診続けることもある。
「地域の顔なじみである歯科医師が地域の在宅医療チームに入れば、患者や家族、介護者は心強いと思うんですよ。医療者同士の連携も強固になります。私たちは患者さんの看取りの場に立ち会うことも多いのですが、ご家族から感謝の言葉をいただくたびに、この仕事をしていてよかったと思います。このやりがいを、歯学部生や若い歯科医師に伝えていきたいと思っています」

◆日本歯科大学在宅ケア新潟クリニックの取り組み
「こんにちは!お元気でしたか」
要介護の男性(83歳)の自宅に訪れたのは、新潟県三条市にある日本歯科大学在宅ケア新潟クリニック(以下、新潟クリニック)の診療チームだ。この日の治療は入れ歯の型取り。同行する臨床研修歯科医師の荒木寿水さんが血圧測定を行い、指に酸素濃度を測るパルスオキシメーターを付ける。
同クリニックの髙田正典歯科医師は言う。
「訪問診療の対象となる患者さんは、体の病気を抱えていて、心機能や肺機能が低下しているケースがほとんど。このため、バイタルサインや酸素濃度を常に確認することが安全面からも大事なのです。体に負担をかけないよう、治療時間も『できるだけ短く』が鉄則です」
歯科衛生士の澤田佳世さんは、患者の口の中の衛生状態をチェック。そばで見守る家族に、「歯の清掃、よくできていますね!」と声をかける。
男性は数年前、病気の発症をきっかけに要介護状態になった。退院後、薬の影響もあり、歯茎からよく出血するようになり、それまで通っていた、かかりつけの歯科医に相談したところ、歯科訪問診療を行う新潟クリニックを紹介され、口腔ケアを中心に治療を続けている。
「夫は歯の調子が悪くなり、以前使っていた入れ歯が合わなくなり、食べるものが制限されていました。食べることが大好きなので、新しい入れ歯ができるのを本人も私たち家族も心待ちにしているのです」と患者の家族は話す。

◆中山間地の過疎地域における歯科訪問診療のニーズにこたえる
新潟クリニックは2018年に開設された歯科訪問診療専門のクリニックだ。歯科訪問診療の対象範囲はクリニックを中心に半径16キロと定められているが、それは地図上のこと。山に囲まれたこの地は、中山間地での診療も少なくなく、片道の走行距離が20キロを越えることもある。雪の多い季節はさらに困難を伴う。訪問先は介護保険施設が7割近く、個人宅が3割くらいという。
「中山間地の過疎地域では、歯科医師の高齢化や継承者不足から歯科医院の廃院が相次ぎ、歯科医師が不足しています。少なくとも2065年までは続くと言われる超高齢社会において、歯科訪問診療のニーズは急速に高まっていますが、行き届かない地域も多数存在しています。新潟クリニックは診療所であると同時に、将来の歯科医院の新しいかたちを学生に示すモデルケースでもあります」と、日本歯科大学新潟病院 副病院長の田中彰教授は言う(以下、同)。

日本歯科大学新潟病院が全国の歯科大学に先駆けて歯科訪問診療を始めたのは、1987年のこと。当時は『歯科訪問診療』という名称もなく、『在宅歯科往診ケアチーム』という名前だった。介護保険制度もなく、依頼は往診をしている患者のかかりつけ医などからがほとんど。新潟病院には複数の歯科専門科があり、在宅往診の依頼があると、患者の症状によって「抜歯の可能性が高ければ口腔外科」「入れ歯の問題だったら義歯を専門とする歯科医(歯科補綴ほてつ医)」などと各科から歯科医師が集まり、その都度チームが編成されていたという。
「専用の往診車もなかったので、当初は公用車のセダンを使っていました。診療に持参する機材も大掛かりなもので、まさに手探りからのスタートでしたね」
在宅往診(歯科訪問診療)の取り組みが進展するきっかけとなったのは、2004年に起こった中越地震だった。地元の歯科医師会とともに、被災者への応急歯科診療と避難所を巡回して高齢者を対象に行われた口腔ケア活動を「在宅歯科往診ケアチーム」が中心となって担った。このとき指揮をとったのが田中教授だ。当時から、避難者の災害関連疾病(被災者が避難生活に伴うストレスや環境悪化から発症する疾病)が問題となっており、最も多いとされた肺炎の予防には、肺炎の原因となる口腔内の細菌を減らす目的で口腔ケアが有効とされていた。
「歯科医師や歯科衛生士が被災地の避難所など、普段とは全く異なる状況において、高齢者などに歯科医療や口腔ケアを行うことは、日頃の在宅歯科往診の経験が大きく生かされました。その後の07年の中越沖地震では、この経験をもとに、より的確に被災者への歯科保健医療支援を行うことができ、現在もこの新潟の活動が、災害時の歯科保健医療支援活動のモデルとなっています」

これらの活動が多方面から評価されたこともあり、10年からは在宅歯科往診を歯学部5年生の臨床実習、歯科医師の臨床研修においても必修化することが決まった。
「さらに11年の東日本大震災被災地における歯科保健医療支援活動などを経て、歯科訪問診療の専門家を養成する目的で新潟病院に『訪問歯科口腔ケア科』を新設することになりました。その後、新潟病院だけではカバーできない地域を補い、さらに地域で行われている歯科訪問診療のバックアップを目的とした歯科訪問診療専門のクリニックを、現在の場所に在宅ケア新潟クリニックとして開設したのです」
◆若い歯科医師にこそ歯科訪問診療は向いている
田中教授は、大学が取り組む歯科訪問診療には二つの提供体制が必要と考えている。一つは、食べたり、飲み込んだりすることに支障がある人を対象とした口腔(摂食嚥下)リハビリテーションや食事の支援、そして要介護者や認知症患者の誤嚥性肺炎の予防として行う歯垢、歯石の除去、口腔清掃などの「口腔ケア(口腔衛生管理)」を提供する体制である。特に口腔(摂食嚥下)リハビリテーションには、診断と治療に専門的な知識と技術が必要で、地域では一人でも多くの専門家が求められている。
もう一つは「地域連携」の役割だ。現在、高齢者の介護は「住まい・医療・介護・予防・生活支援」が一体的に提供される「地域包括ケアシステム」の構築が急がれている。歯科訪問診療も地域包括ケアシステムの一部として、必要な人にスムーズに提供できるよう、介護支援専門員、社会福祉士や訪問看護師、訪問診療の主治医師と連携して診療にあたる体制が必要になる。

「地域の歯科医師との連携も欠かせません。訪問診療を実施していない地域の歯科医院から依頼を受けることもありますし、訪問診療を行っていても、全身状態に不安のある患者さんの抜歯やリハビリテーションなど専門的な治療への対応が難しい歯科医院もあります。そうした場合の処置、いわゆる1.5次的な診療の依頼を受けて行うのも、私たちの役割と考えています。歯科医師同士が連携し、歯科診療やリハビリテーションが途切れることなく、スムーズに患者さんに提供できることが重要です。そのためにクリニック内には、「連携の場」として多職種が集まり話し合うことができるカンファレンスルームも設けました」
田中医師は、「これからの若い歯科医師にこそ歯科訪問診療は向いている」と言う。
「従来、歯科医師は治療をできる限り自院のみで完結させる考えが強くありましたが、若い歯科医師は、考え方が柔軟ですから、患者さんのために必要に応じて他の歯科医や多職種の医療従事者と連携することが大切だというのは十分理解できると思います。さらに、彼らが学ぶ歯科医師の教育カリキュラムには、全身の病気や嚥下、栄養に関わる医学的知識などが豊富に加えられるなど、新しい教育が行われており、他医療職との連携における障壁は低くなっています。そして何より、歯科訪問診療専門クリニックは、高額な歯科診療台などを揃える必要がないため、開業に向けた初期費用を大幅に抑えることも可能ですので、若い歯科医師の多様なライフデザインにもマッチすると考えています。歯科訪問診療は全国の多くの地域で担い手が不足しているため、その役割が期待されています。ぜひ多くの生徒さんに、歯科訪問診療への関心を持っていただきたいと思います」
<詳しくはこちらへ>
日本歯科大学附属病院ホームページ
https://www.tky.ndu.ac.jp/hospital/
日本歯科大学新潟病院ホームページ
https://www.ngt.ndu.ac.jp/hospital/
取材・文/狩生聖子 撮影/篠田英美 制作/朝日新聞出版メディアプロデュース部ブランドスタジオ

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