1966年に当時の静岡県清水市(現在の静岡市清水区)で一家4人が殺害された強盗殺人放火事件のやり直しの裁判をめぐり元プロボクサー・袴田巖さん(88)の無罪が確定する中、検察が発表した畝本直美 検事総長による談話について、袴田さんの弁護団が10月10日、静岡地検に声明文を提出した。以下は弁護団声明の全文である。(原文ママ)

2024年10月8日、最高検は、9月26日静岡地裁が袴田巖さんに対し言い渡した無罪判決に対し、控訴を断念する旨の畝本直美 検事総長の談話を発表した。

検事総長の談話の要旨は、静岡地裁の無罪判決には論理則・経験則に反する事実誤認があるが巖さんの置かれている状況を考えて控訴を断念したというものである。しかし、これは控訴はやめておくが、巖さんを冤罪と考えてはいないということであり、到底許し難いものである。

無罪判決が確定すれば、だれも巖さんを犯人として扱ってはならない。これは、法治国家であれば、当然のことである。にもかかわらず、検事総長の談話では、巖さんの事件の判決について、「疑念を抱(き)」、「強い不満」を表して、「判事された事実には、客観的に明らかな時系列や証拠関係とは明白に矛盾する内容も含まれ」「推論の過程には、論理則・経験則に反する部分が多々あり」「理由中に多くの問題を含む」とされ「控訴して上級審の判断を仰ぐべき内容」であるとしている。

要するに、検事総長がいまでも巖さんを犯人と考えていると公言したに等しい。これは、法の番人たるべき検察庁の最高責任者である検事総長が、無罪判決を受けた巖さんを犯人視することであり、名誉毀損にもなりかねない由々しき問題と言わなければならない。

もちろん、検事総長の談話における無罪判決に対する上記指摘自体も、まったく間違ったものである。

談話において大きな疑念があるとされた5点の衣類に付着していた血痕が1年以上みそ漬けになったときには赤みが消失するとした判決の結論は、弁護側の専門家証人の証言した血液が黒褐色化する科学的機序を前提にし、化学反応の速度についても実験結果や専門的知見に裏付けられた理論的な説明をもとに判断しているのであって、検察官や検察側の科学者は、上記説明への反論となる専門的知見も提出できず、単に、抽象的な可能性論を述べるに終始したことから、その主張が排斥されたものである。

そもそも、1年以上みそに漬かっていても血痕に赤みが残る可能性があれば巖さんの犯人性の認定に疑いは生じないという再審公判における検察官の主張は、本件無罪判決が、「1年以上みそ漬けされた5点の衣類の血痕に赤みが残ることが合理的な疑いを差し挟む余地がない程度に証明される必要がある」(判決要旨39頁)と説示することで、明確に否定されている。つまり、検察官の上記主張は、検察官の役割の根幹に関わる説明責任の本件へのあてはめ自体が誤っていたとされたのである。

さらに検事総長が強い不満を表明した5点の衣類が捜査機関のねつ造であると判決が断定した点は、客観的証拠である取調べの録音テープ等により検察官調書が警察と連携した実質的なねつ造であるとした上で、血痕に赤みが残っていた事実等からして5点の衣類は犯行着衣ではありえないのだから、5点の衣類はねつ造証拠であり、ねつ造する動機と現実的可能性があったのは捜査機関だけであること及び吉村検察官による警察の捜査活動と連携した臨機応変かつ迅速な主張・立証活動を考慮して、検察官を含む捜査機関によるねつ造であるとされたものである。

以上のとおり、今回の無罪判決は、検察官の有罪立証が完全に誤りであったことを明らかにしており、事実誤認があるとする検察庁の判断こそ誤っていたのであるから、検察官には、法律上、控訴の理由などまったくなかったものである。この点で検事総長の談話は、単なる強弁に過ぎない。このような姿勢でいる限り、検事総長が言う「所要の検証」も期待できるものではない。

検察庁は、まずもって有罪立証の判断の誤りを率直に認め、巖さんに直接謝罪すべきである。検事総長の談話では、「再審請求審における司法判断が区々になったことなどにより」と裁判所に責任を転嫁した上、「袴田さんは、結果として相当な長期間にわたり、その法的地位が不安定な状況に置かれてしまうこととなりました。この点につき、刑事司法の一翼を担う検察としても申し訳なく思っています。」と述べるが、その言葉も他人事のような表現であって、巖さんに対する非人道的な取調べや5点の衣類のねつ造についての反省すらないもので、何ら謝罪になっていない。

そして、違法な取調べが行われ、5点の衣類等がねつ造されたこと、さらには死刑再審事件でありながら、重要な証拠が隠されていたこと等を深刻に受け止めなければならない。その上で、こうした重大なる冤罪を生み出してしまい、その誤りを改めることに58年もの年月を要した原因を明らかにし、二度と繰り返さないようにするため、捜査・公判手続き全般にわたって厳正かつ真摯な検証をすべきである。

2024年10月10日
袴田事件弁護団事務局長 小川秀世

テレビ静岡
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