第29回読売演劇大賞…受賞作・受賞者紹介

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 2021年の演劇界の成果を顕彰する第29回読売演劇大賞が決まりました。正賞はブロンズ像「 蒼穹そうきゅう 」=写真=、副賞は大賞・最優秀作品賞に200万円、その他の最優秀賞並びに杉村春子賞、芸術栄誉賞、選考委員特別賞に各100万円を贈ります。選考委員による受賞作、受賞者の審査評を紹介します。(敬称略)

第32回読売演劇大賞・中間選考会…世相を反映、力ある群像劇目立つ

フェイクの時代 希望灯す「言葉」…大賞・最優秀作品賞 「フェイクスピア」(NODA・MAP)

写真・篠山紀信
写真・篠山紀信

  ■審査評 杉山弘

 言葉は虚構や うそ を生み出すが、真実もまた言葉でしか迫ることが出来ない。芸の真実は虚構と現実との微妙なはざまにあるという近松門左衛門の虚実皮膜論を引き合いに出すまでもなく、演劇でしか語れない言葉の力を信じ、希望を とも すことは出来ないか。

 作・演出の野田秀樹が30年以上温めてきたテーマが、フェイクニュースが 跋扈ばっこ して真実が炎上しかねない現代社会、そして芸術文化の不要不急が叫ばれたコロナ禍の中で実を結ぶ。

 題材としたのは、520人の命を奪った日航機の事故。ボイスレコーダーに残された機長らの言葉の迫力を前に、野田が創作物では太刀打ち出来ない無力感を覚えたとしても無理はない。

 受賞作では、死者の言葉を伝達するイタコ、演劇の神様・シェイクスピアの名せりふ、サンテグジュペリの「星の王子さま」、神武天皇の道案内をした 八咫烏やたがらす 神話などを頼りに、生と死、現実と現実味を交錯させながら、得意とする言葉遊びや息をのむ群舞、美しい森の情景などで、演劇の言葉を舞台から客席へ届けた。

 最優秀男優賞の高橋一生をはじめ、ベテランの橋爪功、白石加代子、若手の前田敦子らとともに作品を練り上げ、信頼するスタッフが手抜かりなく支える。まさに総合力を結集させて言葉の力で現実に一矢報いようとする姿勢には祈りに似た 清々すがすが しさがあった。トップランナーたちの手による 渾身こんしん の舞台は、1次選考会、投票委員の投票とも最高票を得て作品賞に輝き、大賞へと登りつめた。

           ◇

 青森の霊場・恐山を舞台に、mono(高橋一生)という記憶をなくした男が持っていた「コトノハ」の詰まった はこ を巡る物語が展開する。野田秀樹はシェイクスピアとフェイクスピア役で出演。美術・堀尾幸男、照明・服部基、衣装・ひびのこづえ。

華ある演技派 難役見事に…最優秀男優賞 高橋一生 「フェイクスピア」の演技

「フェイクスピア」 写真・篠山紀信 
「フェイクスピア」 写真・篠山紀信 

  ■審査評 萩尾瞳

 「フェイクスピア」で演じた主人公monoは文句なしの見事さだった。monoは、謎の はこ を巡るドラマの中心にいる存在。 手練てだ れの俳優たちが 各々おのおの の色で物語を紡いでいくなか、無色のまま「居る」という難役である。匣が日航機墜落事故時のボイスレコーダーだと明かされる緊迫のクライマックスでは、事実を体現する生身の熱を発し、圧倒した。

 劇中では、シェイクスピア劇のヒロインが 憑依ひょうい し、するりと役に入り込む妙技も見せもした。その役と場面にふさわしい温度と響きで、言葉を観客に届けることができる技量の持ち主なのだ。また、しなやかで美しい身体表現力も、この人の大きな資質である。

 「レ・ミゼラブル」のガブローシュ役など子役から始め、多彩な舞台でキャリアを積んできた。その体験が、俳優・高橋一生を磨き上げたのだろう。今や多くの演出家からの信頼も厚い華のある演技派だ。次はどんな役を見せてくれるのか、期待はますます高まる。

  たかはし・いっせい  児童劇団を経て、子役として芸能活動を始めた。ドラマ「カルテット」「おんな城主 直虎」など話題作に出演。舞台は蜷川幸雄演出「から騒ぎ」、藤田俊太郎演出「天保十二年のシェイクスピア」など。映像と舞台で卓越した演技力を見せる。41歳。

不条理で魅力的な造形 女優の「別の貌」…最優秀女優賞 緒川たまき 「砂の女」の演技

「砂の女」写真・引地信彦
「砂の女」写真・引地信彦

  ■審査評 矢野誠一

 ケムリ研究室「砂の女」で「女」を演じた緒川たまきは、これまでの舞台で見せてきた 素敵すてき な女優とはまったく別の「 かお 」を表してくれた。東京の教師(仲村トオル)と、砂丘の底に住む 得体えたい の知れぬ「女」の奇妙な共同生活で、教師の抱いていた脱出願望をだんだんと失わせてしまう魔力を、しごく自然に発揮して、 ている者を納得させてしまう。

 安部公房の原作を踏襲しながら、「上演台本・演出」によってケラリーノ・サンドロヴィッチの感性で彩られた非現実、非日常の世界のなかで、緒川たまきは日常性な演技をつづけながら、ミステリアスな魅力をたたえた不条理な「女」を見事に造形してみせた。不条理を不条理として演ずることなく、日常そのものに不条理が潜んでいるのを教えてくれたのだ。

 個性がその存在を支えていた女優が、その個性を抑え込んだことで成功した「砂の女」に、緒川たまきの脱皮を見た。

  おがわ・たまき  舞台「広島に原爆を落とす日」で1997年度のゴールデン・アロー賞演劇新人賞。映像作品でも魅力を発揮する。純文学を好む読書家。2020年に夫のケラリーノ・サンドロヴィッチと演劇ユニット、ケムリ研究室を結成した。50歳。

徹底的探究と稽古場の匂い…最優秀演出家賞 上村聡史 「OSLO」「森フォレ」の演出

「森 フォレ」 写真・細野晋司
「森 フォレ」 写真・細野晋司

  ■審査評 中井美穂

 上村さんが挑む戯曲は、社会性が強く難解で重厚、一筋縄ではいかないものが多い。「OSLO」は、「オスロ合意」の裏側を描いた人間ドラマで、セットをうまく使い、現在と地続きの物語であることを示した。「森 フォレ」はレバノン出身の劇作家ムワワドの「約束の血」4部作の第3弾。リアルでありながらも神話的な要素が絡み合う。上村さんは、「炎 アンサンディ」「岸 リトラル」とムワワド作品の演出を一貫して手がけ、シリーズ共通の俳優との強固なつながりも感じさせる。

 「OSLO」「森 フォレ」ともに複数の役を演じる俳優が多い作品。 ている私たちも集中力と想像力が必要となる。俳優の肉体から放たれる言葉や熱量に目を凝らし、耳を澄まし、自分の感覚全てで舞台の世界を受け止めるのだ。

 その結果、遠い世界の話がいつのまにか自分の体の中に染みこんで住み着いていく。上村さんは観客を置き去りにすることなく俳優の肉体の熱量を手渡してくれる。戯曲への徹底的な探求と俳優と過ごす濃密な稽古場の匂いを感じます。

  かみむら・さとし  2001年、文学座付属演劇研究所に入所。05年に演出家デビュー。09年から文化庁新進芸術家海外留学制度により1年間英、独に留学。18年からフリー。第56回紀伊国屋演劇賞個人賞。本賞での最優秀演出家賞は第22回以来、2回目。42歳。

多彩な舞台の表情と説得力…最優秀スタッフ賞 伊藤雅子 「ジュリアス・シーザー」「反応工程」「友達」の美術

「友達」 シス・カンパニー提供 写真・宮川舞子
「友達」 シス・カンパニー提供 写真・宮川舞子

  ■審査評 西堂行人

 別々の演出家のオファーに応じ、異なった作風の作品に鮮やかに対応する。それが2021年の伊藤雅子さんだった。多彩な舞台の表情をつくる手腕は並大抵のものではない。

 俳優でもある千葉哲也演出の「反応工程」(宮本研・作)は、生き生きとした生産現場を再現し、俳優の登退場まで計算して立体的な演技空間をつくりこんだ。若手演出家・加藤拓也演出の「友達」(安部公房・作)では舞台上に外部に通じるドアを平面に設置し、屈折した作品世界に抽象化された造形感覚で応えた。

 女優だけで演じられる森新太郎の野心的な演出「ジュリアス・シーザー」では、有名な演説を際立たせるために扇動される群衆の動きが手に取るようにわかる広場とブルータスの苦悩する小空間を並置した。

 伊藤さんの舞台美術には、演出家の意図を存分に飲みこみ、それを最大限に かす圧倒的な説得力があった。

  いとう・まさこ  長野県生まれ。東京造形大卒業。松井るみに師事し、オランダ留学後、2005年からフリーの舞台美術家として活動を始める。本賞では第15回、17回に優秀スタッフ賞。21年には30作品を超える舞台美術を手がけた。48歳。

苦難の時も「凜」として…杉村春子賞 那須凜 「アルビオン」「春の終わりに」「ザ・ドクター」の演技

「アルビオン」 写真・坂本正郁
「アルビオン」 写真・坂本正郁

  ■審査評 小田島恒志

 名は体を表す。俳優は演じ方だけではなく居方が大事だが、那須凜の りん とした姿は る者の目に焼き付くほどだ。劇団公演「 砂塵さじん のニケ」(2018年)で新人ながら大 抜擢ばってき され、母親との確執を抱えた娘として物語の核心を追求していく大役を演じ切ったその登場そのものが凜としていた。

 昨年は「アルビオン」で母親と敵対しながら母親の友人に かれて揺れ動く強弱併せ持つ女性を凜として演じた。自ら企画・主演した「春の終わりに」では、実年齢の3倍ほどの老人の姿で現れ、同時に若い姿も見せるという難役を、コロナ禍による上演延期の苦難を乗り越えて、凜として演じた。「ザ・ドクター」では、名前も年齢も性別も指定のない若手医師という一見存在感が薄いようでいて、実は主人公の女性医師を窮地に追い込む張本人という重要な役を、名優大竹しのぶを相手に一歩も引かず 対峙たいじ し、凜として演じた。もう今から次の舞台で目にするのが楽しみでならない。

  なす・りん  東京都出身。2015年に劇団青年座に入団。「砂塵のニケ」の演技で第26回の本賞上半期ベスト5に入った。4月にこまつ座「貧乏物語」、7、8月にシス・カンパニー「ザ・ウェルキン」に出演予定。母は女優で「シアター風姿花伝」支配人の那須佐代子。27歳。

ザ・スズナリがなかったら…芸術栄誉賞 本多劇場グループ

東京・下北沢は、庶民的な町並みに個性的な劇場が並ぶ
東京・下北沢は、庶民的な町並みに個性的な劇場が並ぶ

  ■審査評 徳永京子

 もしザ・スズナリが、本多劇場がなかったら――。そう考えたことのない演劇人は少ないのではないか。1981年開場のザ・スズナリを手始めに、現・代表の本多一夫氏が下北沢につくった劇場はこれまでに8館。多くのつくり手、観客を生み育てた80年代の小劇場ブームは、作品が自由に発表できる場所、つくり手と観客が物理的に出会う場所=劇場があったから、圧倒的な熱量を持ち得たことは間違いない。

 数だけでなく、「劇場はモナカの皮、作品というあんこがなければ成り立たない」という一夫氏の信念は柔軟な経営姿勢に反映され、演劇人の実験精神を支えてきた。つくり手主義の精神は今も続く。総支配人の本多慎一郎氏は、コロナ下にいち早く行動を起こし、感染対策に腐心しながら、ひとり芝居の配信プロデュースなど演劇人の発表の場を守るアイデアを次々と講じた。昨年はグループが形にした“演劇の街・下北沢”から初めて新宿に進出。シアタートップスの運営を引き継いだ。

          ◇

 1982年に開場した「本多劇場」をはじめ、“演劇の街・下北沢”を形成する8劇場を運営する。昨年、復活した「新宿シアタートップス」の事業も継承した。実業家で俳優の本多一夫がグループ代表で、長男の慎一郎がグループ総支配人を務める。

36年経て「まことの花」開く…選考委員特別賞 「桜姫東文章」 松竹

「桜姫東文章 上の巻」 (c)松竹
「桜姫東文章 上の巻」 (c)松竹

  ■審査評 犬丸治

 「時分の花」(若さゆえの魅力)から、しっとりと成熟した「まことの花」へ。世阿弥が示した芸の筋道をそのまま体現してみせたのが、昨年4月、6月に分けて歌舞伎座で上演された「桜姫東文章」。36年ぶりに実現した玉三郎の桜姫、仁左衛門(当時孝夫)の清玄と釣鐘権助の顔合わせである。

 どこか初々しさを たた えていた桜姫は、堂々たる歌舞伎の深窓の姫となり、清玄は高僧としての気品を、小悪党の権助は鼻歌まじりに悪事をやってのける すご みに一層磨きがかかった。「桜谷草庵」で、久々に再会して肌を合わせた桜姫と権助。その一幅の絵が 御簾みす がするすると下りて閉じられた時の、客席の声にもならぬ め息が忘れられない。一期一会に身も心も委ねたいという思いで、役者と観客が一体となった瞬間だった。

 「孝玉」ブームから約半世紀、ふたりは今もなお歌舞伎界を 牽引けんいん し続けている。この賞は、仁左衛門と玉三郎、細心の注意で公演に臨む制作陣らをはじめ、歌舞伎を愛するすべての人々への花束である。

          ◇

 四世鶴屋南北による円熟期の傑作歌舞伎。桜姫、僧清玄、悪党権助の愛欲流転の物語を、前世の因果などをまじえて描く。白菊丸とその生まれ変わりの桜姫を坂東玉三郎、桜姫を翻弄(ほんろう)する清玄と権助を片岡仁左衛門が勤め、36年ぶりに「黄金コンビ」で上演された。

           ◇

優秀作品賞 =「帰還不能点」「砂の女」「ニュージーズ」

優秀男優賞 =阿部サダヲ、佐藤B作、松尾貴史、村井國夫

優秀女優賞 =板垣桃子、倉科カナ、長澤まさみ、みやなおこ

優秀演出家賞 =岡田利規、野田秀樹、日澤雄介、眞鍋卓嗣

優秀スタッフ賞 =国広和毅、塵芥、長田佳代子、松本大介

 

選考委員 (50音順)

 犬丸治(演劇評論家)

 小田島恒志(翻訳家、早稲田大学教授)

 杉山弘(演劇ジャーナリスト)

 徳永京子(演劇ジャーナリスト)

 中井美穂(アナウンサー)

 西堂行人(演劇評論家、明治学院大学教授)

 萩尾瞳(映画・演劇評論家)

 松井るみ(舞台美術家)

 矢野誠一(演劇・演芸評論家)

 

■選考の経緯

 最終選考会はオンラインで行われた。5部門の最優秀賞は規定通り、107人の投票委員の投票で決めた。

 杉村春子賞(新人賞)には、投票委員から42候補が推薦された。その中から最多の支持を集めた京本大我と那須凜、女優賞で2位の票を得た倉科カナで投票した結果、那須に決まった。近年の活動がめざましく、昨年も舞台の大小を問わず芯のある演技を見せたことから、将来の飛躍に期待が寄せられた。

 この賞と最優秀各賞の計6件から選ぶ年間グランプリの大賞には、「フェイクスピア」と同作に出演した高橋一生が強く推されたが、投票で「フェイクスピア」に。台本、俳優、アンサンブル、演出、スタッフと舞台を作り上げた全ての力が突出していると総合力がたたえられた。

 長年の演劇界への貢献や優れた企画を対象とする芸術栄誉賞には、本多劇場グループを選んだ。40年も東京・下北沢の劇場群の運営を続け、コロナ下でもいち早く公演できる環境を整え、演劇人を支援したことから顕彰することにした。

 選考委員特別賞は「桜姫東文章」で意見が一致した。暗い世情の中、名優コンビが年月を重ねたからこそ咲かせた花が観客を感動させ、希望を与えたと絶賛された。(東京本社編集委員 祐成秀樹)

          ◇

 贈賞式は25日、東京・内幸町の帝国ホテルで行われる。

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