3D立体視とゲーム「3DC安全ガイドラインを読み解くための背景知識」
過日行われた、日本デジタルゲーム学会(DiGRA JAPAN)の研究会「3DC安全ガイドラインに基づく、快適な立体視ゲームの作り方」における、後藤田洋伸氏(国立情報学研究所/情報社会相関研究系准教授)の講演「3DC安全ガイドラインを読み解くための背景知識」の内容を、一般の方にも分かりやすく解説していく。
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■「3D」とは何か?
「3D」のもともとの意味は三次元(Three Dimensional)だが、「3D映画」「3Dテレビ」など、映像を見た人が「立体感」を感じる場合に「3D~」という言い方をする。いわゆる「立体視」なのだが、この「立体感」という言葉はなかなか定義するのがむずかしい。
また、まぎらわしい用語として、コンピューターグラフィックスの「3D」などもあるが、これは立体視とは直接関係がない。上下左右前後に広がる三次元データから画像を構成する手法になる。
■では「立体感」って?
人は、生きてる経験の中で「立体感を感じる手がかり(depth cue)」を元にして、奥行きを感じ取っている。その手がかりとはこんなものだ。
・モノの重なり(Interposition)
手前のモノが奥のモノを隠している手がかり。
・モノの大きさ(Familiar size)
手前のモノほど大きく見えて、遠くにあるほど小さく見える手がかり。
・モノの陰影(Shadow & Shading)
影や面の輝度によって、出っ張ったり凹んだり見える手がかり。
・キメの細かさ(Texture gradient)
表面の様子が手前ほど粗く、遠くほど細かく見える手がかり。
・モノの形(Linear perspective)
いわゆる「パース」がついていることで無限遠の消失点を感じる手がかり。
・モノの霞み(Aerial perspective)
遠くのモノほど霞んで見えにくくなる手がかり。
他にも、モノの高低やモノの色によって手がかりが得られたりもする。だが、これらの手がかりは二次元画像にも存在する手がかりで、「立体感」はあるのだが、見るモノが三次元でなければ得られないわけではない。だまし絵などの錯視に利用しやすい、立体感の常識と言った感じだ。
■3D特有の立体感
立体物を見ることでしか得られない手がかりには、片目だけでも分かるものと、両目でないと分からないものがある。まずは片目(単眼)でも分かる手がかりがこの2つだ。
・運動視差(motion parallax)
電車の車窓から外を見ていると、遠くのモノは動きが遅く、近くのモノは動きが速く見える。これが運動視差で、アニメーションの多段セル背景で、速度を変えて奥行きを感じさせるなど、二次元動画にも応用することができる。動的な奥行きの手がかりだ。
・水晶体の焦点調節
モノを注視すると、目は水晶体の厚みを調節して、そこに焦点を合わせようとする。焦点が合った距離にあるモノはハッキリと見え、それ以外のモノはぼやけて見える。水晶体を調節する筋肉は、遠くを見る時ほど収縮しているのだが、その緊張度合いやボケて見える感じが、奥行きの手がかりとなっている。二次元では再現できない手がかりだ。
2つの目(両眼)による手がかりは、単眼による手がかりよりはるかに立体感を知ることができる。逆に、立体を視覚的に捉える必要があるから目は2つ必要と言っても過言ではない。その手がかりが次の2つだ。
・両眼視差
左目と右目では、見える画像に「ずれ」がある。これが「両眼視差」で、重ねた画像で生じるずれを、脳が立体感を持った1つの画像として融合している。モノを立体として見る場合、最大の手がかりになっている。
・両眼の輻輳(ふくそう)
モノを注視すると、左右の目はそれぞれ見ようとするモノの方を向く。すごく近くのモノを見ようとすると、寄り目になってしまうのはこのためだ。この両目の視線の交錯を「輻輳(ふくそう)」と呼び、視線の交わりが作り出す角度を「輻輳角」と言うのだが…こんな言葉は人生で初めて聞いた人が多いのでは?
輻輳による「どのくらい目が寄っているか?」というのは、やはり奥行きの手がかりとなっている。
■3D表示技術
これらの奥行きの手がかりを使って、見る人が「そこに立体がある」ように感じる映像を見せるのが「3D映画」「3Dテレビ」なのだが、3D表示装置には色々な種類がある。その方式は大きく分けると3つで、名前だけ紹介すると、
・両眼視差方式
二眼式、多眼式
・像再生型
高密度多眼式、インテグラル方式、ホログラフィ
・体積型
回転スクリーン型、表示面積層型
両眼視差方式の二眼が現時点での主役で、それ以外だと辛うじてホログラフィが知られている程度かな。興味のある人は調べてもらうと、あり得ないような方法を色んな人が試していて面白い。
■二眼式3D表示技術
現在主流の、両眼視差の二眼方式による表示装置だが、これにも色々な方式がある。大きく分けるとメガネが必要なものと要らないもの、それぞれの代表的な例を挙げてみよう。
・アナグリフ
赤青メガネを使うメガネ式。右目用画像と左目用画像に、それぞれに対応したフィルターを通して合成し、その画像を表示する。色が正確に再現されない不具合がある。
・偏光
偏光メガネを使うメガネ式。映画の場合はメガネに対応した偏光フィルターを通して、2台の映写機を使う方式が簡単。テレビの場合は右目用と左目用の画像表示部分に、対応したフィルムを貼っている。
・アクティブシャッター
右目用左目用画像を交互に映し、映像に同期して片目を塞ぐメガネ式で、最近の3Dテレビでは主流の方式。画像を切り替えるスピードが遅いとチラツキを感じる。
・レンチキュラ
右目用と左目用の画像を交互に並べ、その前にカマボコ状のレンズが並んだレンチキュラレンズを置いて見ると、対応する画素だけが拡大されて、切れ目なく左右の目にそれぞれの画像が見える。表面がプラスチックでギザギザしていて、立体に見えるポストカードはこの仕組み。
・視差バリア
右目用と左目用の画像を交互に並べ、その前に置かれた短冊状のスリット越しに見ると、対応する画素だけが見える。Nintendo3DSはこの仕組み。
■二眼式の問題点
二眼式の特徴は、
・画像は平面上に表示され、表示面は動かない。
・表示された画像は、メカニズム(メガネ、バリア、レンズ)で左右の目に分離される。
・水晶体の焦点調節の手がかりは得られない。
などとなる。一般に3Dを見ていると「疲れる」「気持ち悪くなる」と言われるが、その原因は次のようになる。
・映像酔い
これは3Dだけでなく2Dの映像でも起こる。動きの多いシーンを見てると、気持ち悪くなるというアレだ。
既存のゲームでも、画面のスクロールや回転だけで気持ち悪くなったり、FPSの3DCG映像はダメと言ったように、個人差はあるものの指摘されている。視覚による移動と、身体の実際の移動にずれがあると、前庭(平衡)感覚がおかしくなるらしく、乗り物酔いと同様の不快感だ。
・ウィンドウ違反(Window violation)
左右どちらかの目でしか見えないモノは、奥行きが把握できないだけでなく、チラツキを起こしたりする。これは右目左目どちらかの像で、画面からはみ出している物があると起こる。
表示画面の手前の(飛び出して見える)物ほど、画面の端でこの現象を起こしやすい。
・クロストーク(Crosstalk)
左目用の画像が右目でも見えちゃったり、左右の目にきちんとそれぞれの画像が振り分けられていない状態で、像が二重にブレて見えたりする。これも視差や輻輳などの手がかりが得られない。
原因は左右画像の分離方式によって様々で、それぞれに対処法が違う。
「シャッター方式」メガネと画面の同期ずれ、シャッターの遮光不十分、など。
「偏光方式」メガネと画面の角度のずれ、など。
「視差バリア・レンチキュラ」画面に対する目の位置、など。
特に視差バリアやレンチキュラでは、目の位置によっては左右の映像が反転(右目用の画像を左目で、左目用の画像を右目で見る)してしまうこともある。この状態は「逆視」と呼ばれていて、奥行きの手がかりも逆転してしまう。
・立体像の歪み
映像制作時に想定していた画面と目の位置関係からずれると、立体像がゆがんで見える。
CGであれば、ディスプレイの大きさや、視聴者の目の位置を検出して、リアルタイムに画像を修正することも可能?だが、映画やプリレンダームービーでは修正できないので注意。
・調節と輻輳の不一致
二眼式ディスプレイの場合、水晶体のピント調節によって得られる距離の手がかりは、画像が表示されるスクリーン上になる。スクリーンより手前や奥にあるモノは、両眼の輻輳によって得られる手がかりと一致しない。
このずれが大きくなると、不快感や目の疲れがはげしくなるため、特に注意しなければならない。
■調節と輻輳の不一致の許容範囲
実際には、調節と輻輳は必ずしも一致している必要はなく、ある範囲内であれば誤差が許される。その根拠となっている現象から、それぞれに許容範囲を考えると次のようになる。
・被写界深度
カメラとかで使われる用語で、レンズのピントが合った距離に対して、前後少しずれても画像がボケずにピントが合った状態の範囲があること。
両眼の輻輳による手がかりで得たモノの位置が、スクリーンに対して水晶体の調節ができている被写界深度の範囲内であれば、調節と輻輳の不一致は感じられない。
被写界深度はこのような式で表される。
・パナムの融合領域(Panum's fusion area)
普段から左右の目には、それぞれ視差によって違う映像が見えているはずだが、注視点付近では二重像ではなく単一像に見えている。本来左右の像が一致するのは注視点だけなのだが、脳の働きによる視覚メカニズムによって、二重像が単一像に融合されているのだ。この注視点に対し、単一像に見えるその周りの範囲を「パナムの融合領域」という。
水晶体の調節による奥行きの手がかりが、輻輳による手がかりによる注視点に対し、パナムの融合領域内付近におさまっていれば、不一致による不快感は生まれない。この範囲は視差角に換算して約1度程度だと言われている。
・パーシバルの快適視域(Percival's zone of comfort)
水晶体の調節と両眼の輻輳の相対関係を表したのが次の図になる。
緑の領域は、ピント合わせと両眼融合の双方が可能な範囲だが、調節と輻輳が一致している赤い線を中心にした、約1/3ほどの黄色い領域では、不快感の度合いが低くなっている。これを「パーシバルの快適視域」と言う。
被写界深度、パナムの融合領域、パーシバルの快適視域で示される許容範囲は、実際はほぼ同じくらい。
■3DC安全ガイドライン
このような両眼立体視の普及拡大を図るため、3Dテレビを作っている家電メーカーが中心となって作られた「3Dコンソーシアム(3DC)」では、3Dに関わるすべての人に知ってほしい知識やルールを、ガイドラインとしてまとめている。これは2010年4月に改訂され、ISO IWA3に準拠しているものだ。
・用語の整理
立体視に関わる用語は次のようになっている。
「飛び出し」の場合
■製造者のためのガイドライン
3D表示装置のメーカーに向けられた項目として、主に次のようなものがある。
・クロストークの軽減
左右画像のクロストークができるだけ小さい装置の開発を推奨。
・時分割立体方式の周波数
切り替え周波数が低いと融合限界を低下させ、光感受性発作(てんかん)を引き起こす可能性がある。できるだけ高い切り替え周波数を推奨。
アクティブシャッター方式のディスプレイはここに注意しなければならない。どのくらいの周波数が良いかと言うと、映画関係者であれば24fps(左右秒間48回切り替え)もあれば十分だと言うが、プレイヤーは1/60秒を感知できるので、ゲーム関係者だと60fps(左右秒間120回切り替え)欲しいなどと意見さまざま。
■視聴者のためのガイドライン
3D映像を見る人に向けられた項目として、主に次のようなものがある。
・視聴姿勢
両目を水平にした位置で見ること。
・視聴位置
適正位置は画面の正面で、画面の上下の3倍の距離だけ離れた場所。
・視聴時間
見ていて気持ち悪くなったり疲れたら、見るのをやめて休憩すること。
・低年齢層への配慮
視機能の発達段階を考慮して、視聴させないか視聴時間を制限すること。
■コンテンツ制作者のためのガイドライン
映画やゲームなどのコンテンツを作る人に向けられた項目として、主に次のようなものがある。
・開散方向への視差制限
遠くの物を見ようとすると、左右の目の向きは開いて行き、無限遠の物を見る場合はその視線は平行になる。人間の目は平行よりも外側に開くことができないが、画面上には瞳孔間距離を越えた視差を持つ映像を表示することができる。このように両目の目線が平行より開いてしまうような状態を「開散」と言い、こうした立体像は眼精疲労を引き起こす。画面上の視差が、瞳孔間距離を超えないようにしなければいけない。
・ディスプレイサイズと視差
コンテンツが想定したサイズより大きなディスプレイに表示すると、視差が両眼間隔よりも大きくなり、開散となってしまうので注意が必要。
・快適視差範囲
立体像を快適に楽しむための前後奥行き範囲を、快適視差範囲といい、視差角1度以下が目安となる。また二重像が生じない奥行き範囲を融合限界といい、視野角2度以下程度が目安となる。
視差角は直観的な把握が難しい。これを画面上の左右画像の差をピクセル数で図った数値を用いると分かりやすい。画面の上下の3倍という距離で、ハイビジョン画像(1920x1080)を鑑賞する場合の換算表は、次のようになる。
・融合限界
許容範囲として融合限界(2度)としているが、快適視差範囲(1度)を超えた飛び出し方向の多用や長時間提示は避けること。用いる場合は、視差の急な変化を避け、徐々に行うこと。引っ込み方向は比較的大丈夫。
・ディスプレイサイズと視差
コンテンツ作成時には、ディスプレイサイズと視聴距離を考えて視差を設定するのが望ましい。同じ視聴距離であっても、ディスプレイサイズが大きくなると、視差も視差角も大きくなり、開散を起こす可能性がある。
・子供の瞳孔間間隔(両眼幅)について
子供は瞳孔間間隔が狭いため、同じ視差でも立体感を強く感じることになる。また開散も起こしやすくなるので注意。大人の瞳孔間間隔は60mm、子供は50mmを目安とする。