変革の必要が分かっていても、85%の人が行動すら起こせない――。いくら変革を訴えても組織が変われない理由は、人々の「知性」が十分に成長していないからだという。『なぜ人と組織は変われないのか』(英治出版)でその理由と「処方箋」を披露したロバート・キーガン米ハーバード大学教育大学院教授に、変革に必要な「知性」について詳しく聞いた。

(聞き手は広野 彩子)

人々が変われない理由に、大人の「知性」が次の段階に成長できないからだ、という指摘をされていました。キーガン教授が意味する「知性」とは何でしょうか。

キーガン:私が言う「知性」は、mind(考え方、思考)です。Intelligence(知能)ではありません。つまり、情報をたくさん持っていたり、知識が豊富であったりすることを指すわけではありません。深く自分自身を内省すると同時に、自分を取り巻く世界を深く理解する能力を指します。視野の広さや、自分自身のことをよく分かって内省できる力、そんな知的能力を指します。

30年ぐらい前までは、知性の発達は20歳頃に止まると考えられていたとのこと。ところが脳の可塑性(痕跡を残しながら成長していく性質)などが解明された結果、人の知性は年齢を重ねるにつれて上昇し、高齢になるまで3つの段階を踏んで成長し続けることが分かったとのことです。それぞれの段階ごとで「世界に対する認識」が違う、と解説されていますが、どういう意味ですか。

大人の知性には3段階ある

ロバート・キーガン(Robert Kegan)
米ハーバード大学教育学大学院教授
1946年生まれ。発達心理学者。77年、米ハーバード大学からPh.D取得。30年あまりの研究・執筆活動を通じて、人が成人以降も心理面で成長し続けることは可能であり、現代社会のニーズに応えるためにもそれが不可欠であるという認識を広めてきた。専門は成人学習・職業発達論。(写真:陶山勉、以下同)

キーガン:大人の知性は、3つの段階を踏んで成長していきます。大人の知性の最初の段階は「環境順応型知性」です。順応主義で、指示待ちの段階です。チームプレーには向いています。次の段階は、「自己主導型知性」。課題を設定でき、導き方を学び、自分なりの価値観や視点で方向性を考えられ、自律的に行動できる。自分の価値観に基づいて自戒し、自分を管理します。

 最後の段階が「自己変容型知性」。学ぶことによって導くリーダーで、問題発見を志向し、あらゆるシステムや秩序というものが断片的、あるいは不完全なものであると深く理解しています。1つの価値観だけでなく、複数の視点や矛盾を受け入れられる段階です。同じ現象をどのように受け止めるかで、知性の違いが分かります。それぞれの知性には、質的な違いがあるのです。

本書に引用されている研究によると、成人の知性レベルの分布が「自己主導型知性」より上に到達している人が半分を大きく下回り、自己変容型の割合は数パーセントです。そこまで到達した人は仕事の能力が高いということですが、自己主導型ぐらいまで成長できれば十分なのではないですか? また、なぜ全員が年齢と共に自然に自己変容型まで到達できるわけではないのでしょうか。

キーガン:まず大事なのは、どの段階も、前段階で見られる限界を克服したからこそたどり着いているという点です。どの段階についても尊敬すべき点があります。2段階目の、自律的に動ける人材に成長しただけでも大変な進歩です。人に依存せず他人の意見に左右されず、個人として権威ある人物足りえるくらいの段階です。実際、人類の進化の歴史の中で、現在ほど多くの人が自己主導型に到達できたのは、ごく近年のことですから。

 自己主導型知性を獲得すると、必ずしも文化的規範に捉われることなく活動できます。大昔であれば、「人は文化的規範を超えて成長することなどできない」とすら言われていました。しかし今やそうではなくなったのです。現実に、私たちの社会は以前よりはるかに多様な社会を実現していますが、多くの人が自己主導型知性に達したためでもあるでしょう。そのこと自体、大した進化なのです。

人の知性の発達にはとても時間がかかる

 それでも自己変容型という最終段階にそれほど多くの人たちが到達できないのは、人の知性の発達に大変時間がかかることと関係しています。発達段階が複雑になればなるほど、よりそこから抜け出すのには時間がかかります。どういうことかというと、例えば大人の知性の3段階だけでなく、子供にも発達段階がありますよね。

 幼児は知性の次の段階に到達するまでに、つまり生まれてから話したり歩いたりできるまでに2年ぐらいしかかかりません。その次の段階には5年、さらに青年期の段階に成長するには約10年といった感じで、かかる時間がどんどん倍増します。知性のレベルが複雑になればなるほど、次のステージに成長するためには時間が必要となります。

大人の知性の発達が3段階になったのは、最近のことなのですか。

キーガン:150年前、人の寿命は今よりはるかに短かったですね。40代~50代で亡くなっていました。知性の最終段階まで成長する人が少ない理由の1つは、そこにもあります。発達理論における大きな考え方の1つとして、種としての我々が長く生きるようになった理由の1つは、さらに複雑で高度な知性を創造できるようにするためだ、という考え方があります。つまり、一見解決不可能に思える大きな問題を解決し、種の断絶という脅威を克服するため、長生きするようになったというのです。知性の進化には年齢を重ねることも必要なのです。

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