ジャーナリストの津田●介は疲れていた。先程、週刊フ●テレビ批評の収録を終えて局を出たばかりである。このまま帰って眠ってしまいたいが、彼には明日に〆切を控えた原稿が残されていた。
「はあ、いい天気だ。中央公論新社から新刊『動員の革命 ソーシャルメディアは何を変えたのか』も絶賛発売中なことだし、こんな日は原稿を書かず遊んでいたいなあ」
しかし、そんなささやかな望みは叶わない。ツイッター隆盛の立役者であり、フォロワー数二十万を抱える津田は、このソーシャルネットワーク社会に於いて今や時代の寵児。多忙を極める身なのである。
(そういえば昨日、『100RTされたら津田大介総受けBLを書きます』なんてpostがされていたなあ。出来心で公式リツイートしちゃったけれど、あれからどうなったんだろう)
ツイッターには世界各国から人種・職業・年齢に趣味嗜好を問わず様々な人種が集まる。津田ほどの有名人であればその名に便乗して妙なことを考える輩も現れるのだ。
(まあ、どうせネタだろう。気にすることはないな)
「津田さん」
後ろから声をかけられて振り返ると、そこにいたのは先程のフジテレビのスタジオにいたADの男だった。
「いつもツイッター読んでます。実は津田さんのファンなんです。よかったらサインもらえますか?」
「ああ、いいですよ」
ADが差し出した色紙とペンを受け取り、サインをさらさらと書き終えて返そうとした津田の両手に、カチャリという音と共に冷たい感触が走る。
「は……?」
突然の事態に津田には状況が飲み込めなかった。気が付けばADによって津田の両手には手錠がかけられていたのである。
「お、おい。一体何を……」
「おや、知らないんですか津田さん。今ツイッターでは大変なことになっているんですよ」
ADはポケットから取り出したiPhoneの画面を津田の眼前に差し出した。映しだされたツイッターのTL(タイムライン)を、困惑したままの津田は目で追っていく。
「津田さんが昨日、リツイートしたpostがきっかけで、今やツイッターのトレンドは津田BLで持ち切りなんですよ。それも、もしかして総受け願望があるのではないかとね」
なんということだ。ちょっとTLから目を離している間にそんなことになるなんて。たしかにツイッターでは現実の自分と差異のあるイメージが、猛スピードで拡散していくことなど日常茶飯事ではあるのだが……津田は舌打ちをした。
「そ、それはわかった。しかし、なんで俺は手錠をかけられているんだ?」
「え、総受け願望があるんでしょう?」
「ねえよ」
「僕、実は前々から津田さんのことが好きだったんです。二人で愛のタイムラインを作りませんか」
ADの手が津田の身体に伸びる。
「お、おい! 何をするんだ、やめろ!!」
とっさに、津田はADの頭に強烈な頭突きをお見舞いした。
「ああっ、痛い! でも津田さんの金髪にやられるならホモォ……じゃなかった本望です!!」
逃げようと走りだした津田であったが、そこで自分の周囲に起こった異変に気付いた。
津田を囲っているのは大勢の男女……それも、全員目をギラギラと光らせて津田を見詰めている。
「な、なんだこいつら? どうなっているんだ、一体」
「そこにいるのは津田さんを攻めたい男達と、攻められている津田さんを見たい腐のついた乙女達ですよ。ツイッターでの情報を手がかりに津田さんの動向を追ってきたんです。流石は情報の拡散と共有が早いソーシャル時代。これこそが津田さんの望んだメディアの在り方じゃないんですか」
「こんな形は望んでねえよ! 急いで逃げないと……!!」
しかし、ここまで囲まれてしまっては逃げ道などない。すると、狼狽える津田の背後に、一台の車が近付いてきた。
「津田さん、乗ってください!」
車のドアが開いて現れたのは、キラリと光る頭。
それはソ●トバンク社長、孫●義その人だった。
「し、社長! ありがとうございます!」
津田が孫の車に乗り込むと、車は人混みをかき分けて飛び出した。
「助かりました、社長。なんとお礼を言ったらいいか」
「なあに。共に情報化社会のキーパーソンとしてツイッターの流行に貢献した仲間だ。こういうときこそ支え合いの精神ですよ。それに」
「それに?」
「あのままじゃ津田さんを独占できないじゃないですか。手錠のおかげで手間がはぶけそうですよ」
孫の鋭い視線が津田に注がれる。津田の全身に怖気が走った。
「ま、まさか社長、アンタも俺のことを……!?」
「ヤリましょう RT @tsuda ま、まさか社長、アンタも俺のことを……!?」
「ヤラねえよ!!」
「そんなことを言わないでください。ソ●トバンクのアンテナはまだ足りませんが、私の股間のアンテナはもうこんなにバリ3なんです」
津田が社長のズボンに目を向けると、そこには立派な福岡ソ●トバンクホークス。
「こら社長! そんなもの見せるんじゃない、今すぐしまえ!」
「はああ、今すぐあなたに私のホワイトプランを注ぎ込みたい……」
腹を括った津田は、意を決してドアを開け、走る車から飛び降りた。
津田の身体が激しく地面に転がり、全身に激痛が走る。
「うぐぐ……どうして俺がこんな目に……」
「おい、みんな! あそこに津田がいたぞ!!」
近づいてくる多くの足音。なんとか立ち上がった津田だったものの、すでに心も身体も満身創痍であった。
「捕まえた!」男が津田に飛びかかる。
「は、離せ……って、あんたは東●紀じゃないか!」
「津田さん、僕の股間のポストモダンはもうこんなに動物化……」
「さっきの社長とネタかぶってんだよ!!」
「僕と幸せなクォンタム・ファミリーズを……」
身をよじって抵抗したもののそれも虚しく、津田は容易く地面に組み伏せられてしまった。
すると、周囲からシャッター音のようなものが幾度と無く聞こえてきた。携帯、中にはデジカメや一眼レフまで持ちだす者まで現れ、組み伏せられた津田の姿を捉えている。
「twitpicに投稿してツイッターに投下だ! 既成事実を作っちまえ!!」
「すごいぞ、ガンガン公式リツイートされている!!」
「togetterにまとめたぜ!!」
「ガジェット通信が食いついた!!」
「コピペブログが記事にしたぞ!!」
爆発的なスピードでネットの海を拡散していく総受けであった。
どうしてこんなことになってしまったのか……津田には受け入れ難い現実が次々と押し寄せる。流石にここまで混沌とした状況を精査するリテラシーまでは備えていない。
そんな彼の気持ちなど顧みず、周囲の昂りは熱を上げていく。
「おい、ビデオ回せ! UST配信するぞ!」
「僕も津田さんと夜の相互フォローしたいぞ!」
「俺だって津田さんとしっぽりTsudaりたいんだ!」
「みんなで楽しくTsudaろうぜ!!」
「人の名前をエロい隠語みたいに使ってんじゃねえ!!」
救いを懇願するような目で周囲に視線を向けると、見慣れた女性が一人、人混みの中に紛れていた。
ご存知、勝●和代である。
「あ、勝●さん! よかった、助けてください!!」
「次の新刊は津田総受け本、と……」
「腐女子だったのかよ、チクショウ!!」
このままでは本当にどうにかなってしまう。津田は最後の力を振り絞り、自分を組み伏せている男達を払いのけた。
「だ、誰かこいつらを何とかしてくれ!!」
「殺りましょうRT @tsuda だ、誰かこいつらを何とかしてくれ!!」
「お前はすっこんでろハゲ!! RT @m●sason 殺りましょう RT @tsuda だ、誰かこいつらを何とかしてくれ!!」
「やっと心を開いてくましたね RT @tsuda さすが社長、やっぱり僕には社長が一番です/// RT @m●sason 殺りましょう」
「改変RTすんな!!」
「今日の体験談は無修正で有料メルマガに書くんですよね?」
「書くか!!」
ツッコミを入れることに力を費やしたのが運の尽き。足をもつれさせた津田は盛大にすっ転んだ。
「津田さん! あんまり僕達をリムーブしないで、そろそろ心のブロックを解除してください!!」
「お前ら全員スパム報告だああ!!」
Twitter is over capacity……ここから先のことはクジラにしかわからない。
完
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