東日本大震災の津波に襲われ、壊滅的な被害を受けた宮城県南三陸町。死者・行方不明者の数は800人以上に上りました。骨組みだけになった防災庁舎は、震災遺構として保存すべきかどうか検討されましたが、年内をめどに解体が決まり、作業に入る前の11月2日、慰霊式が行われました。 この日を特別な思いで迎えた1人の女性、遠藤美恵子さん。遠藤さんの娘、未希さんは当時、津波が押し寄せるなか、最後まで無線で避難を呼びかけ亡くなりました。 決して戻ってこない娘に対し、美恵子さんは、みずからの思いを日記を通して語り続けてきました。 その日記が今回初めてNHKに紹介されました。日記を通して、悲しみを乗り越えるため一歩一歩前へ進もうとする母親の思いを紹介します。 <関連番組> おはよう日本 11月3日(日)※終了 →番組の動画はこちら NHKジャーナル 11月1日(金)※終了 →番組HPの「ピックアップ」で聴
コンテンツブロックが有効であることを検知しました。 このサイトを利用するには、コンテンツブロック機能(広告ブロック機能を持つ拡張機能等)を無効にしてページを再読み込みしてください。 ✕
古堅純子 オフィシャルブログ 「あなたの暮らしに愛と笑顔を届けます!」 Powered by Ameba 暮らしに愛と笑顔を届けます!幸せ住空間セラピスト古堅純子公式ブログです。散らからない暮らしを実現させる片づけの新常識でお家スッキリ!今よりもっと暮らしやすく!お家が一番安心安全!世界で一番大好きな場所になるように!清潔で快適な暮らしを目指しましょう♪ こんばんわ 幸せ住空間セラピスト☆古堅純子です 今日は終日 生前整理の作業でした 一見お宅はとても広々とした空間が広がり 一人暮らしのご婦人のお家にしては とても広いお住まいで暮らしていらっしゃいました ただ、収納の中には結婚して独立したムスコさんやムスメさんの学生時代の教科書から趣味のモノまで そこに住まない家族のモノがた~くさん置き去りにされた状態でした 10年前に夫に先立たれ 突然、未亡人になってしまった相談者 お子様ふたりを立派に
犯罪被害・刑罰・裁判員制度・いじめ・過労死などの問題について、法哲学(主に哲学)の視点から、考えたことを書いて参ります。 p.86~ 「千の風になって」を拒む気持ち より “秋は光になって畑にふりそそぐ 冬はダイヤのようにきらめく雪になる” “朝は鳥になってあなたを目覚めさせる 夜は星になってあなたを見守る” 秋になると日が短くなりますから、光になるというのは、とても貴重な存在になるということ。冬の雪はダイヤのようだというのも、美しく、嬉しくなるようなイメージです。鳥になって、星になってと、生きている人を見守ってくれる死者の存在を私たちに感じさせてくれます。 ところが、私がグリーフケアで出会った遺族の方が、この歌を「嫌い!」と一蹴しました。「私の死んだ主人に、風になんかなってもらっては困るのよ! 千の風になっては、姿が見えないじゃない。鳥になっても嫌、光なんて嫌よ!」 そういって、腹を立て
平成23年10月3日、僕は妻を失った。 新婚一年、闘病生活たった三ヵ月弱。命日は誕生日の翌日という、いまどきテレビドラマでも敬遠されそうな出来すぎた設定だった。 診断 7月3日、初めての結婚記念日の十日前の夜、妻は血痰を吐いた。週明けの5日に病院に行ったところ、肺癌の疑いということですぐに大学病院に紹介状が書かれ、精密検査に入った。 二週間に及ぶ検査の末、医者の診断結果は、他臓器への転移はまだ見られないものの、かなり進行した肺癌。他の病院だと恐らく手術適用にならないが、この病院であれば切れるから切りましょうとのことだった。 妻は当然ながら強度の失意に見舞われたが、手術できるという唯一の希望にすがることで自分を保っていた。僕にできることは、妻のそばにいることだけだった。結婚記念日には、ささやかながらお祝いをしてお酒も飲んだ。 これは僕も後で知ったことだが、正確には妻は手術できたというよりは、
『サヨナラCOLOR』- SUPER BUTTER DOG - 最近『サヨナラCOLOR』とEGO-WRAPPIN'の『色彩のブルース』ばかり聴いてます。いい曲~ 色んな方がカバーしてるんすね。最後の、忌野清志郎とフフっと笑い合うところがたまらない。僕はとりあえずmiyoさんとハモるために弾き語り練習中(笑) ”夜のジョギングは浄化作用がある” …と言ったのは誰だったか。 山本ケイイチ氏だったような気がするけど、私も夜走るようになって”浄化”と呼べるような感覚を覚えました。いつも通っている、車や人間でごった返している道は夜10時を過ぎるとまったく異なる空間になります。特に今のような真冬の夜は空気がキーンと澄んでいて、においも違う。明るい時間とか車で移動していたら気づかない発見がある。 星が散らばる夜空の下、黙々と走っていると仕事や家族のことなど様々な思いがめぐり、また逆にまったく何も考えず
遺骨や遺灰を身近に置いて故人をしのぶ「手元供養」。骨つぼなどに入れて自宅に安置するほか、アクセサリーなどにして身につける方法がある。武骨なイメージのあった遺骨ペンダントも、一般的なネックレスに近い洗練されたデザインのものが出回るようになってきた。手元供養の広がりの背景には、死別から立ち直るための「グリーフ(悲嘆)ケア」の問題が横たわっている。(豊田真由美) 手元供養は、「墓地が遠くて墓参りに行けない」「故人といつも一緒にいたい」などのニーズに応える手軽な追悼のスタイルとして広がっている。 少子高齢化で墓を受け継ぐ親族がいない人や、都市部のマンションなどで仏壇を置くスペースがない人らには、墓や仏壇に代わる役割を果たしているといえる。 ◆墓・仏壇の代わり 草木の下に埋葬する「樹木葬」、家族中心の小規模な「家族葬」など、形式にとらわれない葬儀の形も広まり、生前から自分らしい葬送の形を模索する人が
妻の死後、様々な後悔が押し寄せました。 「もっとこうしておけばよかった」というのがほとんどですが、この間、ふと思いつきました。 「待てよ、後悔しなかったことってあるのかな?」 これは私にとって新しい視点。素晴らしいです(自画自賛)。 そして考えました。そしてありました。 それは・・・・・ 妻にいつも「愛してる」と伝えていたことです。 妻はそれを知っていました。私が妻を心底愛していることを知っていてくれました。 病気になる前から、結婚してからずっと愛していたことを。 「彼女のためなら」と本気で思っていたことも。 そういう私の気持ちを知っていてくれました。 それは私が「愛している」と伝え続けたからです。 私の性格なのか、その瞬間に伝えたくなってしまい、「愛してる」という言葉が口をついて出ていました。 そう、常に愛していたからこそ、常に愛してると言っていた。 だから、妻は自分が愛されているのだと
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く