企業はビジネス改革やイノベーション創造の戦略と常に向き合う。優秀な博士人材ほど、その中心で期待される役割は大きい。目の色を変えて確保を進める海外勢に、日本はどう対抗するのか。

 「昼夜を問わず研究開発に没頭できる人材はいないか」。台湾積体電路製造(TSMC)の幹部は8月下旬、日本のある国立大学の大学院教授にこう尋ねたという。

 具体像を確認しようとする教授に、TSMC幹部ははっきり答えた。「日本人は想定より働かないが、博士号を取得できる学生なら違うはずだ。積極的に受け入れるルートを広く築きたい」

 TSMCは2024年2月、熊本県菊陽町に第1工場を開所。運営会社JASMはソニーグループやデンソーとの共同出資で誕生した。第2工場の建設も24年内に着工する予定で、トヨタ自動車も出資に加わり27年末の稼働を目指す。両工場は、日本の優秀な人材を集める窓口に近い役割も担う。

 「顧客のためなら水火も辞せず、行き届いたサービスを全力で実践する」。創業者である張忠謀(モリス・チャン)氏の言葉が浸透したTSMCの研究開発は独特だ。その一端が見えたのが、14~16年に韓国サムスン電子や米インテルと繰り広げた激しい技術競争だった。

TSMCは経営トップの魏哲家氏(左下)だけでなく張忠謀氏(上)や前会長の劉徳音氏(右下)も博士号を持っている(写真=2点:共同通信)
TSMCは経営トップの魏哲家氏(左下)だけでなく張忠謀氏(上)や前会長の劉徳音氏(右下)も博士号を持っている(写真=2点:共同通信)

 半導体の研究開発に携わるスタッフが毎日8時間、「日勤」「準夜勤」「夜勤」の3つのシフトに分かれて働いた。生産ラインではなく、研究開発部門を24時間稼働させるケースは、当時の半導体業界では極めて異例だった。

 リレー方式のビジネスが成功したのは、現場にちりばめた高度人材の活躍が大きかった。「ただ作業を引き継ぐのではなく、より高いレベルの技術を積極的に探し続けた」(当時の社員)という。

(写真=共同通信)
(写真=共同通信)

役員の6割が博士号取得者

 こうした成功体験や、米スタンフォード大学で電気工学の博士号を取った張忠謀氏のこだわりもあり、TSMCは博士号取得者に注目した雇用策を推進してきた。現在の役員は28人のうち、会長兼最高経営責任者(CEO)の魏哲家(シーシー・ウェイ)氏をはじめ17人が大学の博士号を持っている。

TSMCは特に米大学の博士号取得者を重用している
TSMCは特に米大学の博士号取得者を重用している
●博士号を取得したTSMCの役員一覧 注:TSMCのホームページを基に作成

 ただし従業員ベースだと、足元では全体の3.9%にとどまるため、TSMCは博士人材の採用拡大を急ぐ。半導体に関連する分野で博士号の取得を目指す学生向けに奨学金を設立し、23年時点で107人が受けている。さらに台湾の大学と協力し、大学2、3年生が博士号を持つTSMCの従業員と交流できるキャンプを企画。23年は84人の学生が参加している。

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