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'''山本 幸雄'''(やまもと さちお、[[1911年]](明治44年)[[2月26日]] - [[2007年]](平成19年)[[2月6日]])は、[[日本]]の[[政治家]]、[[内務省 (日本)|内務]][[建設省|建設]][[官僚]]、[[日本の国会議員|衆議院議員]](7期)。


==来歴・人物==
==来歴・人物==
現在の[[三重県]][[桑名市]]に生まれる。[[三重県立四日市高等学校|富田中学]]、[[松本高等学校 (旧制)|松本高等学校]]文科甲類を経て[[1933年]][[東京大学|東京帝国大学]]法学部政治科に入学。在学中に[[高等文官試験]]行政科に合格し、[[1936年]]、大学卒業。
現在の[[三重県]][[桑名市]]に生まれる。[[三重県立四日市高等学校|旧制富田中学]]、[[松本高等学校 (旧制)|松本高等学校]]文科甲類を経て[[1933年]](昭和8年)に[[東京大学|東京帝国大学]]法学部政治科に入学。在学中に[[高等文官試験]]行政科に合格し、[[1936年]]、大学卒業。


1936年、[[内務省 (日本)|内務省]]に入省する(同期に[[山田正雄]][[陸上幕僚長]])。入省後、[[愛媛県]]にて[[別子銅山]]の[[公害]]調査、[[富山県]]にて内務省高等官として[[都市計画]]等の地方行政に携わる。終戦後の1946年、当時内務政務次官であった[[世耕弘一]]の下、経済警察の立場で隠退蔵物資摘発に携わった後、[[国家地方警察神奈川県本部]]隊長、[[国家地方警察]]本部人事課長、[[防衛省|防衛庁]]人事局長、[[大阪府警察|大阪府警]]本部長、建設省官房長、[[建設事務次官]]を最後に退官。
1936年、[[内務省 (日本)|内務省]]に入省する(同期に[[山田正雄]][[陸上幕僚長]])。入省後、[[愛媛県]]にて[[別子銅山]]の[[公害]]調査、[[富山県]]にて内務省高等官として[[都市計画]]等の地方行政に携わる。終戦後の1946年、当時内務政務次官であった[[世耕弘一]]の下、経済警察の立場で隠退蔵物資摘発に携わった後、神奈川県国家地方警察隊長、[[国家地方警察]]本部人事課長、[[防衛省|防衛庁]]人事局長、[[大阪府警察]]本部長、建設省官房長、[[建設事務次官]]を最後に退官。


[[1963年]]、[[第30回衆議院議員総選挙]]に[[無所属]]候補として、[[三重県第1区 (中選挙区)|旧三重1区]]から立候補して当選。以後[[自由民主党 (日本)|自由民主党]]公認で通算当選7回(当選同期に[[小渕恵三]]・[[橋本龍太郎]]・[[田中六助]]・[[伊東正義]]・[[渡辺美智雄]]・[[藤尾正行]]・[[中川一郎]]・[[鯨岡兵輔]]・[[西岡武夫]]・[[三原朝雄]]・[[奥野誠亮]]など)。[[第31回衆議院議員総選挙]]と[[第34回衆議院議員総選挙]]で2度落選した事により、他の三重1区の自由民主党議員の当選競争に負けて政治権力を失った事もあった。派閥は[[春秋会|河野派]]-[[木曜クラブ|田中派]]-[[平成研究会|竹下派]]に所属する。[[1982年]]、[[第1次中曽根内閣]]にて[[自治大臣]]兼[[国家公安委員会委員長]]として初入閣。
[[1963年]]、[[第30回衆議院議員総選挙]]に[[無所属]]候補として、[[三重県第1区 (中選挙区)|旧三重1区]]から立候補して当選。以後[[自由民主党 (日本)|自由民主党]]公認で通算当選7回(当選同期に[[小渕恵三]]・[[橋本龍太郎]]・[[田中六助]]・[[伊東正義]]・[[渡辺美智雄]]・[[藤尾正行]]・[[中川一郎]]・[[鯨岡兵輔]]・[[西岡武夫]]・[[三原朝雄]]・[[奥野誠亮]]など)。[[第31回衆議院議員総選挙]]と[[第34回衆議院議員総選挙]]で2度落選した事により、他の三重1区の自由民主党議員の当選競争に負けて政治権力を失った事もあった。派閥は[[春秋会|河野派]]-[[木曜クラブ|田中派]]-[[平成研究会|竹下派]]に所属する。[[1982年]]、[[第1次中曽根内閣]]にて[[自治大臣]]兼[[国家公安委員会委員長]]として初入閣。


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2007年2月6日、[[肺炎]]のため[[東京都]]中央区の病院で死去。葬儀・告別式は、[[曹洞宗]]の[[長谷寺 (東京都港区)|長谷寺]]で行われた<ref name="SENTAKU1">[http://www.47news.jp/CN/200702/CN2007020601000515.html 山本幸雄氏死去 元自治相、元自民党衆院議員]</ref>。墓所は[[桑名市]]海蔵寺


== エピソード ==
== エピソード ==
引退後の[[1993年]]、後継者の[[岡田克也]]が自民党を離党して[[新生党]]結成に加わった際、「君がそれがいいと思うのなら、その信念を通せ」と励まし、自らも長年所属した自民党を離党して新生党に入党した<ref name="SENTAKU2">[http://katsuya.weblogs.jp/blog/2007/02/post_1c96.html 山本幸雄先生のご逝去]</ref>。
引退後の[[1993年]]、後継者の[[岡田克也]]が自民党を離党して[[新生党]]結成に加わった際、「君がそれがいいと思うのなら、その信念を通せ」と励まし、自らも長年所属した自民党を離党して新生党に入党した<ref>[http://katsuya.weblogs.jp/blog/2007/02/post_1c96.html 山本幸雄先生のご逝去]</ref>。


== 元秘書 ==
== 元秘書 ==
*[[津田勉]]-元三重県議会議長
*[[津田勉]] - 元三重県議会議長
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== 関連書籍・作品 ==
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山本幸雄
やまもと さちお
生年月日 1911年2月26日
出生地 日本の旗 日本 三重県桑名市
没年月日 (2007-02-06) 2007年2月6日(95歳没)
死没地 日本の旗 日本 東京都中央区
出身校 東京帝国大学法学部
前職 建設事務次官
所属政党無所属→)
自由民主党→)
新生党
称号 勲一等瑞宝章
親族 山本佐知子(孫)

内閣 第1次中曽根内閣
在任期間 1982年11月27日 - 1983年12月27日

選挙区 旧三重1区
当選回数 7回
在任期間 1963年11月22日 - 1966年12月27日
1969年12月29日 - 1976年12月9日
1979年10月8日 - 1990年1月24日
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山本 幸雄(やまもと さちお、1911年(明治44年)2月26日 - 2007年(平成19年)2月6日)は、日本政治家内務建設官僚衆議院議員(7期)。

来歴・人物

[編集]

現在の三重県桑名市に生まれる。旧制富田中学松本高等学校文科甲類を経て1933年(昭和8年)に東京帝国大学法学部政治科に入学。在学中に高等文官試験行政科に合格し、1936年、大学卒業。

1936年、内務省に入省する(同期に山田正雄陸上幕僚長)。入省後、愛媛県にて別子銅山公害調査、富山県にて内務省高等官として都市計画等の地方行政に携わる。終戦後の1946年、当時内務政務次官であった世耕弘一の下、経済警察の立場で隠退蔵物資摘発に携わった後、神奈川県国家地方警察隊長、国家地方警察本部人事課長、防衛庁人事局長、大阪府警察本部長、建設省官房長、建設事務次官を最後に退官。

1963年第30回衆議院議員総選挙無所属候補として、旧三重1区から立候補して当選。以後自由民主党公認で通算当選7回(当選同期に小渕恵三橋本龍太郎田中六助伊東正義渡辺美智雄藤尾正行中川一郎鯨岡兵輔西岡武夫三原朝雄奥野誠亮など)。第31回衆議院議員総選挙第34回衆議院議員総選挙で2度落選した事により、他の三重1区の自由民主党議員の当選競争に負けて政治権力を失った事もあった。派閥は河野派田中派竹下派に所属する。1982年第1次中曽根内閣にて自治大臣国家公安委員会委員長として初入閣。

1990年(平成2年)にイオングループ創業者である岡田卓也の次男・岡田克也に四日市市・桑名市周辺の自民党の地盤を譲り政界を引退した。同年勲一等瑞宝章を受章。晩年は薩摩義士顕彰奉賛会(三重県桑名市北寺町・海蔵寺)会長を務めた。

2007年2月6日、肺炎のため東京都中央区の病院で死去。葬儀・告別式は、曹洞宗長谷寺で行われた[1]。墓所は桑名市海蔵寺。

エピソード

[編集]

引退後の1993年、後継者の岡田克也が自民党を離党して新生党結成に加わった際、「君がそれがいいと思うのなら、その信念を通せ」と励まし、自らも長年所属した自民党を離党して新生党に入党した[2]

元秘書

[編集]

関連書籍・作品

[編集]

田原総一朗『警察官僚の時代』(講談社文庫、1986年) ISBN 9784061837379

脚注

[編集]
公職
先代
世耕政隆
日本の旗 自治大臣
第31代:1982年 - 1983年
次代
田川誠一
先代
世耕政隆
日本の旗 国家公安委員会委員長
第41代:1982年 - 1983年
次代
田川誠一
官職
先代
山本三郎
日本の旗 建設事務次官
1963年
次代
山内一郎