西成村
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にしなりむら 西成村 | |
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廃止日 | 1940年9月20日 |
廃止理由 |
編入合併 西成村 → 一宮市 |
現在の自治体 | 一宮市 |
廃止時点のデータ | |
国 | 日本 |
地方 | 中部地方、東海地方 |
都道府県 | 愛知県 |
郡 | 丹羽郡 |
市町村コード | なし(導入前に廃止) |
総人口 |
8,202人 (1935年10月1日) |
隣接自治体 | 愛知県一宮市、丹羽郡古知野町、布袋町、千秋村、丹陽村、葉栗郡浅井町 |
西成村役場 | |
所在地 | 愛知県丹羽郡西成村 |
座標 | 北緯35度18分42秒 東経136度49分59秒 / 北緯35.31175度 東経136.83306度座標: 北緯35度18分42秒 東経136度49分59秒 / 北緯35.31175度 東経136.83306度 |
ウィキプロジェクト |
西成村(にしなりむら[1])は、愛知県丹羽郡にかつてあった村である。
現在の一宮市東部に該当する。西成とは、「丹羽郡の西部に成る村」という意味であるという。
歴史
- 江戸時代末期、この地域の大部分は尾張藩領であった。
- 1878年(明治11年)12月28日 - 下奈良村と下奈良酉新田が合併し、春明村となる。
- 1889年(明治22年)10月1日 -
- 浅野村、南小淵村、北小淵村が合併し、浅淵村となる。
- 小赤見村、大赤見村、柚木颪村、丹羽村が合併し、赤羽村となる。
- 定水寺村、春明村、西大海道村が合併し、穂波村となる。
- 1906年(明治39年)7月1日 - 浅淵村、赤羽村、穂波村、時之島村、瀬部村が合併し、西成村を新設[1][2]。
- 1907年(明治40年)- 丹羽郡丹陽村大字馬見塚(旧多加森村)を編入[1][2]。
- 1940年(昭和15年)9月20日 - 一宮市に編入され消滅[1][2]。西成(村)の名前は中学校名などにしか残っていないが、1906年まで存在した歴史ある村名の中には「大字」として残ったものもある。
教育
交通機関
名所など
脚注
参考文献
- 角川日本地名大辞典 23 愛知県
- 『市町村名変遷辞典』東京堂出版、1990年。